5.ラスボス登場
今日のお肉にかかったソースも絶品だ。最後の晩餐、明日からまた緊張感あふれる食卓に戻るのかと想像するだけでげんなりくるけれど、ここ数日はたくさん食べ貯めしたし、しばらくは大丈夫かしら。
もしまた、食欲がなくなったら、同じ手を使えばいい。
そんな風に呑気に考えていた時、扉がノックされた。
ハンナと同時に音のする方へ顔を向ける。ハンナは食後の紅茶の準備をしていた手を止め、扉へ向かう。
誰だろう、なんの用事だろうか。私を訪ねてくる人に思い当たる人はいない。
まあ、ハンナが上手く対応してくれるだろう。
私は興味を失い、お肉を頬張った。噛むと肉汁がしたたり、なんともジューシーだ。
美味しくて幸せを味わっていた。
「お嬢様」
背後からハンナから声がかかる。心なしか声が強張っている。
私はモグモグと肉を頬張りながら振り返る。
そこにいた人物を視界に入れると、肉が喉に詰まりそうになった。
銀の髪に宝石のルビー思わせる赤い瞳。
腕を組んで立ち、私を見下ろす姿は威圧感たっぷり。
ランスロット・ハーディ侯爵が、そこに立っていた。
目を開けて固まる私だったが、そうもいかない。
しばし見つめあったが、ハッと我に返る。急いでナプキンで口を拭き、立ち上がる。
「ど、どうなさったのですか……?」
ランスロット・ハーディ侯爵の前に立ち、おずおずと尋ねる。
彼はゆっくりと形の良い唇を開いた。
「具合が悪いと聞いた」
「えっ、あっ、はい、そうなんです」
わざとらしくゴホゴホと咳こんで見せる。
「多忙なランスロット・ハーディ侯爵にうつしてしまっては悪いので、しばらくは別室で食事をしたほうがいいと思いまして……」
本当は、しばらくどころか、ずっとを希望するけれど!! そんなこと、私からは口が裂けても言えない。
「…………」
ビクビクしながらも、目の前に立つランスロット・ハーディ侯爵の顔をジッと見つめる。
彼もまた私を見下ろしている。
無表情だから考えが読めない。
やがてゆっくりと自身の顎に手を添える。考えごとをしているみたいで、目を伏せた。
「……そうか」
……って、どういう意味だよー。一人で勝手に納得したみたいだ。
そもそもなにしに来たの? 私の嘘がとっくにバレていて、叱責しにきたのかしら。
ヒッ、彼から怒られることを想像するだけで恐怖で体がすくみ上がる。
ここまできたら嘘をつき通すしか道はない。中途半端に嘘を認めたら、大変なことになりそうな予感がした。
「あっ、あの! 自室で食べていたら、どの料理もすごく美味しくて。すっかり元気になりましたので、明日から大丈夫だと思いますわ、ええ!!」
やましいことがあるからこそ、饒舌にもなる。ペラッペラと一方的にしゃべくり倒す私を冷めた目で見ているランスロット・ハーディ侯爵。その背後に控えているハンナは、ほらみろ、とその視線が物語っている。自分で蒔いた種とはいえ、冷や汗ダラダラだ。
「……わかった」
低い抑揚のない声でつぶやくランスロット・ハーディ侯爵は、突然クルリと背中を見せた。
あっけに取られている私をよそにそのままスタスタと歩き出し、部屋から出ていった。
扉がバタンと閉まる音が聞こえ、我に返る。
「な、なんだったのかしら……」
思わず去った扉を指さすとハンナはコホンと咳払いした。
「きっとお嬢様が心配で部屋を訪ねていらしたのですよ!!」
ハンナの必死なフォローが痛々しい。そんなわけあるかとぶった切りたくなる。
「まあ、とりあえず、無事言い訳が出来てよかったわ」
フラフラとソファに戻り、倒れるように腰を下ろす。
「てっきり叱責されるかと思ったわ」
深く安堵の息を吐き出した。
「お優しい方ですね」
ハンナの必死な侯爵上げを聞いていると、乾いた笑いが出る。
本当、なにしにきたんだろう。
私と結婚した理由も、彼の行動すべてが謎に包まれている。
「愛されているのですわ」
ハンナの痛々しいフォローを聞き、グホッとむせた。
「そんなわけないわよ」
ここまでくると笑いが出る。
「だいたい、私たち、結婚したとはいっても初夜もまだなのハンナも知っているでしょ」
ひらひらと手を振りながら、おどけて笑う。
「シッ、お嬢様、大きな声で話すことではありません!! 慎みを持ってください」
ハンナは小声で話すように諭す。だが私は開き直る。
「なによ、本当のことじゃない。この屋敷に住む誰もが知っているんじゃない? 私たちが仲良く話していることなんてないし。お飾りの妻と思われているでしょうね。本当、あの人、なんで私と結婚したんだろう。不思議でたまらないわ」
「お嬢様、ランスロット様をあの人などと……」
ハンナは険しい表情を浮かべ、私をたしなめる。
だが、私は事実を述べたまでだ。
名前を呼びあうほど、彼とは親しい関係ではない。
結婚式当日の初夜、それこそ口から心臓が吐き出るかと思うぐらい緊張していた。だって心の準備など、できていなかったから。
そんな緊張しまくっていた私に手も出さず、当の本人は横になって寝ていただけだった。そして朝に目覚めたら、すでに隣に彼の姿はなかった。
その結果、初夜とは名ばかりで、私は添い寝をしただけだった。
つまり私たちは本当の意味で夫婦ではない。確かに魅力的ではない体をしているとは思うが、この時ばかりは貧相な自身の体に感謝した。拒否されたことは事実なのだから。
だからこそ、この結婚が不思議でたまらない。
「あ~本当、なんでランスロット・ハーディ侯爵は結婚したんだろう。そしてその相手が私だったんだろう」
ソファから立ち上がり、背伸びをした。
「このおままごとみたいな結婚に飽きて、早く離縁してくれないかしら。実家に帰りたいわ」
「お嬢様!!」
ついつい本音をポロッとこぼす私に、ハンナのたしなめる声が聞こえた。