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1. セシリアは考えた

 静まり返った食堂。


 この広い空間で聞こえてくるのは、自分自身が扱う食器の音だけ。銀のナイフは切れ味も抜群、力を入れなくともお肉がスッと切れる。食器はもちろんのこと、食材も一流品なのだろう。


 なぜ、私はここにいるのだろう。

 私、セシリア・イストはぼんやりと考える。


 屋敷の隣に広がるサンセの森で、幼少から遊んで過ごしたほど活発な私が、本来ならこの場にいることすらおかしい。完全に場違いだ。

 十八歳になった今でも、サンセの森は私の憩いの場だ。つい最近のことなのに、懐かしく感じるのはなぜだ。


 本当、なぜここにいるのだろう。

 

 毎日毎日、幾度となく頭に浮かぶこの疑問。だがいくら考えても答えは出ない。

 その疑問をぶつけるべき相手は顔を上げた先、長いテーブルの端に座っている。


 ランスロット・ハーディ侯爵。


 均整の取れた体つきに長い手足。私が見上げるほどスラッと背も高い。

 光を浴びて輝く銀の髪に、赤い瞳は宝石のルビーのようだ。その眼差しは鋭い。

 すごい美青年だな、おい!!

 思わずツッコミたくなるほど、魅力的な二十一歳だ。


 だが同時に、畏怖を抱くのは、整いすぎている容姿のせいだろうか。

 いや、もともと表情が乏しく、なにを考えているのかちっとも読めない。それに無口なので余計なことは口に出さない。視線を投げられただけで体がすくみ上がってしまうのは私だけではないはずだ。


 そんな方が、私の旦那様……らしい。


 そう、私は三か月前に結婚した。これは紛れもない事実なのだろうが、実感はゼロに等しい。

 普通、貴族間の結婚は身分のつり合いが取れた者同士でする。

 彼は侯爵家、私は田舎の男爵家。どうみたってつり合いの取れる家柄ではない。

 それに、本来は婚約期間があり、時期をみながら結婚に向けて準備を進めるはずだが、私たちにそれもなかった。もろもろすっ飛ばして、いきなり結婚ときたもんだ。


 あれは忘れもしない三か月前のこと。


 すごく天気が良かったので、ちょっと小川に魚でも釣りに行こうかと考えていた時だ。

 わが家の屋敷の前に、一台の黒塗りの立派な馬車が停まった。

 しかも貴族、それも侯爵家の紋章入り。馬車を見た途端、家中がなにごとかと、どよめいた。前触れもなくいきなり訪ねてくるのは礼儀に欠けるが、侯爵家ともなれば地方の男爵家などに気を遣う必要もないということだろうか。我が家に縁のない侯爵家がなんの用だろう? そう思いつつも自分には関係ないと思い、そのまま釣りに出かけようとした。

 だが屋敷を一歩出た途端、すぐさま父に客間に呼ばれた。


 客人はハーディ侯爵家の使いだと言い、一枚の封書を私に向かって差し出した。

 読むように視線を送ってきたので、私は目の前で封書を開いた。


「婚姻関係を希望する。  ランスロット・ハーディ」


 模様など一切ない白い便箋に、これまたシンプルに書かれた一行とその名前。

 いや、そもそもお前は誰よと、叫びそうになった。

 だがその名だけは聞いたことがある。社交界ではもっとも有名な独身貴族だからだ。

 手紙の内容が気になっているだろう父は、困惑した表情を浮かべ、手を動かしソワソワしている。

 私は手紙を二回、いや五回は見た。

 そして首を傾げた。

 間違ってるだろう、これ。


「あの、差出人のお名前はありますが、宛先が書かれていません」


 顔を上げ勇気をふりしぼり声を出す。

 そう、いきなりこんな手紙をもらう理由が見当たらない。面識もなにもないし、顔も知らない。ただわかるのは、相手は侯爵家ということだけ。

 それもかなり格上の相手から求婚されるなど、私の人生においてありえない。

 だが、侯爵家からの使いの男性はゆっくりとうなずいた。


「セシリア様宛で間違いございません」

「…………」


 やけに自信満々に言うけれど、絶対間違っている。


「意味がわかりません。ランスロット・ハーディ侯爵が私と結婚したいだなんて」


 混乱した頭で叫ぶと同時に、父が目をむき出し大口を開けた。驚きのあまり、顎が外れたらしい。なんか横でガクガクいっている。


「もし、ご説明が必要でしたら、このままハーディ家にいらっしゃりませんか? 許可は得ております」

「……行きますっ!!」


 意味がわからない。これなら直接説明していただきたい。

 そうしてあれよあれよとランスロット・ハーディ侯爵を訪ねた。だが到着した瞬間、屋敷の立派さに驚き、我に返った。

 こんな大きな屋敷に住む方が、田舎住まいの男爵令嬢とは名ばかりで、最低限の教育とマナーしか受けていない私に求婚するなんてありえない。しかも私には兄妹が多く、姉が二人に妹が一人いるのに、名指しでピンポイントで私だなんて、なにかあるの。いや、あるに決まっている!!


 ただの冗談だった、と笑われて終わりかしら。

 それとも悪友たちと賭けをしたとか? 世間知らずな田舎出身の娘をからかう遊びとか?

『ほら、田舎娘がのこのこ結婚話に釣られてやってきたぞ』と屋敷の一室の窓から、私を笑って見ていたりして。

 釣るなら私じゃなく、小川の魚にしてくれ。今の時期のお勧めはヤマメだ。


 そして対面したランスロット・ハーディ侯爵はびっくりするほど整った顔立ちの方。

 さらにこれまた驚くほど寡黙で無表情、視線が鋭いものだから、彼を前にして固まってしまった。全身から放たれる威圧感にやられてしまった。


 なぜかそこから記憶があまりない。驚きの連続で記憶が飛んだといっていい。

 ハッと気づいた時には白い婚礼服を着て、長いベールを被っていた。そのベールをランスロット・ハーディ侯爵がそっと持ち上げたところだった。


 まるで彫刻のように整った彼の顔を見て、我に返る。

 長い長い夢を見ていると思っていたが、どうやら現実だったようだ。

 私のベールを持ち上げると彼の美麗な顔が近づき、ギュッと目を閉じた。

 額に柔らかな感触を受け、口づけをされたことを知る。


 どうやら私は結婚したようだ。


 ランスロット・ハーディ侯爵から封書を受け取ってから、たった数週間で。

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