00 魔王、こうして世界を彷徨う。
※プロローグです。
魔王目線です。
とある世界。剣と魔法の異世界。
そんな世界は今、深刻な危機に侵されていた。
相打ちという結果になってしまったが、勇者が魔王の討伐に成功。
人類においての平和は確立されたのだ。
そう、確かに確立されたのだ。
だというのに――
☆魔王城にて☆
「「「新しい魔王様の誕生だぁー!!」」」
ワーッショイ!ワーッショイ!と胴上げされる中、私は一人、今まであっただろうかというぐらいに天才的(自称)な頭を回転させていた。
なんで私が第28代魔族総統括将軍、通称『魔王』に選ばれている?
長い赤毛に黄色い瞳の私ことアリシア。
そんな私だが、弱い。途轍もなく弱い。
『ステータス』や『レベル』は、『鑑定石』と言う自分の力を見定める石が魔族領に無いためわからないが。
この世で一番弱いとされている魔物、スライムの戦闘力を10だとしよう。
そうした時、私の戦闘力は恐らく20ぐらいだ。
流石にスライムよりは強いが、これで魔王ってのはね。うん。ムリあるよね。
私を今胴上げしている魔族……これから私の部下になる奴らだが、そいつらの平均戦闘力は数値化するならば1000000はくだらない。
(魔族の平均は300000程度)
全く魔法が使えない、おまけに今まで剣術も何も学ぼうとすらしなかった私は、自分の下に立つ者に手も足も胸さえも勝てないのだ。
……サキュバスやらのような色欲の魔族だけならともかく、普通の魔族、あるいはちょっと胸板の大きい男にすら完全敗北である泣。畜生。(※胸の話)
いやでも、きちんと剣術やら魔法学やら学んでいれば、私も人並み程度にはなれたのかねぇ。胸以外。
では、こんな弱小魔族の私が何故魔王にまで上り詰めてしまったのか。
答えは簡単である。
「魔王軍四天王が1柱、吸血鬼族始祖のバルキュリアさんやい」
彼、吸血のバルキュリアは、黒と紅が混ざったストレートな髪が妙に落ち着いており、ジェントルマンのようなスーツが決まりに決まり狂っている、超絶強いハイスペックイケメンである。
胴上げ真っただ中の私の真下を支えているが、ワッショイワッショイと大はしゃぎはせず他の魔族とは違ってクールな存在だ。
「よしてください新魔王様。私など、魔王様の手にも足にも及ばぬ弱小者。故にさんなどといった言葉、使ってはならないのです」
「あら……そう?」
「はい」
「じゃぁバルキュリア」
「なんでしょう新魔王様」
「なんで私は新魔王に選ばれたのかね」
「何を仰っているのです?先代魔王様の勇敢なる戦いを見て、次の魔王様として相応しいのが誰なのか、私共一同、悟ったに決まっているではありませんか。」
そう。あいつがすべての元凶なのだ。
先代の魔王……要するに私のお父さんが。
私のお父さんは、第27代魔族なんちゃら将軍だった。
要するに、私の前の代の魔王だったのだ。
魔王としての戦力は歴代最高クラス。いや、頂点だった可能性すらある。
遂に、人族にやたら反感を買われている魔族が世界を統一する時代がやって来た!全魔族がそう思った。
しかしそれは、人族側も同じであった。
人族は新たな魔王が誕生すると、異世界から勇者と呼ばれる人を召喚する。人族は単体ではもろすぎるため、魔王に太刀打ちできないからだ。
……と言ってもまぁ、スライムは余裕で一撃殺害可能なのだが。
それでも、仮に人が10000人揃ったとして、魔王軍四天王の1柱に勝てる可能性はゼロに等しい。
それほどまでに人族の力は無力であった。戦闘においては。
だから、こちらの世界へ召喚された際に、運動能力や魔法能力、環境適応能力などが桁外れに跳ね上がる勇者を使い、代々魔王を討伐してきたのだ。
そして、私のお父さんの代の勇者は別格であった。
言ってしまえば、私のお父さんはバカそのものだった。
何か魔族領にてトラブルが発生すると、全て力ずくでねじ伏せる。いわば筋金入りの脳筋だったのだ。
それに対し勇者は、力もそれなりにあるくせして超絶頭脳派。
人族と魔族の全面戦争時は、魔族軍の行動を予測し、襲撃を仕掛け続けたらしい。
力こそ正義の完全脳筋ラスボス
VS
頭脳こそ全ての超絶頭脳派プレイヤー
その戦いは、惜しくも相打ちに終わったのだ。
戦いは引き分けに終わった。
しかし全魔族がその戦いに感動。いいや、全人魔族が感動したに違いない戦いだった。
まぁそれほどまでに、常人からかけ離れており、敵味方関係なく心が涙に包まれた戦いだったのだろう。
『だろう』というのには理由がある。
私は実際にこの戦いを見たわけではないのだ。みんなが必死になって戦っている間、私は私でとあることに忙しかった。
古代ダンジョンにて、
私の身体を襲う白い巨大お化けの体内に取り込まれつつ、
何とか必死に古代の禁書目録を読んでいたのだ。
流石、翌代の魔王様になるほどの才能の持ち主だと褒めてくれてもいいのだぞ?
話を戻そう。
ま、こうしてお父さんの評判は爆上がり。
魔王というのは、『強さ』『戦闘力』『無敵っぷり』(※同じ意味)など、様々なステータスにおいて高い魔族が立候補し、選挙をすることによって毎代選ばれるのだが。
私はその魔王の娘ということで、お父さんを知っている全魔族から推薦され、特別枠を獲得。ありがとう全魔族の諸君!
私の、同じ家系から魔王が2代続くのはいかがなものかと言う建前だけの意見は尊重されることなく、あれよあれよと言う間に当選を果たしてしまったのだった。
で、今に至るのである。
「はぁぁぁ~~~、なんでこうなったんだよぉ~!!!」
魔王は強いのが絶対条件だ。
どんなに心優しくても、弱い者の後を付いて行く魔族などいるわけがない。
それだけではない。
魔王は、魔族領の中心都市として栄えている魔王城街の中心に位置する、魔王城の玉座に座る権利を有する。
また、肖像画が描かれ、歴代の魔王とともに称えられるのだ。
そして、我らがリーダーとして称えに称えられている魔王の言うことは絶対。
どんなに位が高い魔王軍四天王でさえ、魔王には逆らうことができないのだ。
……まぁ、そもそもとして四天王は魔王の軍隊って時点でなんとなくわかると思うけどね。
しかし、たまにバカな輩がいることがある。
自分もその絶対的な権限が欲しいため、魔王を打倒して自分自身が新たな魔王になろうとする者だ。
即ち、下剋上である。
普通は魔王に力が届くわけもなく、瞬時に捉えられる。からの処刑。
けれども、もしも魔王が弱かったと知れれば……。
魔王に従順な四天王でさえ、私を裏切ってくるかもわからん。
いやでも!可憐な美少女である私に心打たれて……絶対に裏切ってくるに違いない。
私は新魔王誕生パーティの後、魔王城最上階にある新しい自室にて、強者を演じて強者を従えることを、心に決めたのだった。
☆1か月後☆
「魔王様!人族どもが、また教会で勇者を召喚しましたっす!!」
魔王誕生式から1か月が経ったある日、ゴロ寝天国と化した私の部屋の両開きの大扉が、ノックも無しに大きく開かれた。
「コラ!ゴルジョブ!!他人の部屋はノックせずに開けるなって言ってるだろ!全くもう、仮にでもここは乙女の部屋なんだぞ?」
開いたのはゴルジョブ。彼もバルキュリア同等、魔王軍四天王が1柱である。
なんと!?
トイレに行く時と言いお風呂に入る時と言い、魔王軍四天王にしかここ1か月会ってない気がする!
今の自分を創っているのは良く一緒にいる直近の5人だとか言わんこともないし、私ってば、実は最強!?
……ていうか、魔王がいる魔王城の最上階に滞在する権利を有しているのは今のところ四天王だけだろうが。バカなのか?私は。
直近の5人も何も、私の周辺には4人しかいないのだ。今の私を創ってるとかそれ以前の問題である。
……で、話を戻そう。何の話だっけ?
――あぁ!あれだ!ゴルジョブの説明だ!
ゴルジョブは魔王軍四天王だ。その力は当然ながら最強……なんだが、身長は私と大して変わらないほど(150cm程)であり、どう見たってやんちゃなガキンチョだ。
服は軽装の胸甲冑の下に浴衣のような着物で、そこそこイケてるというのに。
私のファッションセンスが皆無だとか言った輩がいたら、ぶっ殺す。ゴルジョブ君が。
そして何より驚くべきところは、彼の種族だ。その種はなんと、ゴブリン。
道理で鮮やかな緑色の髪をしてる訳だ。だって緑緑しいで有名なかのゴブリンだもの。
ていうか、ゴブリンってこんなに人の顔っぽい顔してたっけ?
なんかこう……
もっと不細工なデブで、森に迷った美少女冒険者を喜びながら侵すような種族かと思っていたんだけど?(※偏見)
と言ってもまぁ、ゴブリンが生息してそうな森の中なんて生まれてから一度も入ったことないしー。
ゴブリンなんて物語小説でしか見たことないしー。
だから、わからないんだけどね?
――と、おっと。ゴルジョブの説明に全力を注ぎすぎて、肝心なゴルジョブの存在を忘れてた。
ゴホンッ
「それでゴルジョブ。新しい勇者が召喚されたとは、どういう意味で?」
「そのままの意味ですっす!勇者が召喚されたんっす!取り合えず、詳しい話は魔王軍会議室で話すっす!」
え?
何今から会議を始めるの?
別に新しい魔王が誕生したから勇者が召喚されるなんて、今までずっと当たり前だったじゃない。知らんけど。
あ!なるほど。どう勇者を討伐するか私に聞きたいってわけね。
それだったら先代魔王までと同じく今まで通りの手段で……
「まず勇者のお手並み拝見的な感じで弱い魔物から戦闘させていこっか。それで、後になって強い四天王たちをぶつけて殺しにかかる。おk?」
「魔王様。なんで長生きな魔族の代表である魔王様が現在28代目かわかるっすか?」
「さぁ?」
「今までその手段でやってきて、みんなどんどん力をつけた勇者にやられちゃったからっすよ」
あぁ。言われてみれば確かに。
「と言う訳で魔王様。さっさとしがみついているドアの取っ手から手を放してくださいっす!」
そう。私は今、ゴルジョブに足を引っ張られている。魔王であろう私が。
「いやだいやだ!会議ってことはこの部屋から出ないといけないんでしょ!?私、ここ1か月トイレとお風呂以外はこの部屋から出ないで過ごしてたのにぃ!!」
「食事はどうしてたんすか!!」
「運んでもらってたのぉぉ!!」
ずっと魔王城最上階でグーたらしてきた私は、すっかりひきこまりへとグレードアップしていた。
私にとって嬉しいことだから、これはグレードアップだ。決してグレードダウンではない。
「魔王様!魔王様の強大な覇気を隠して俺たちと親しみやすくしてくださっているのはありがたいっすけど、流石に自分の部屋から全くでないのはどうなんすか!?」
なるほど。
魔族において、力が強ければ強いほどより濃くなる覇気、即ちオーラだが。
弱すぎて常人には感じ取ることができないこの私の覇気ですら、こんなに都合が良いように解釈されているのか。
世の中、良い方向に転がることも結構あるもんだなぁ。
いや、魔王に選ばれてしまった時点で最悪のどん底ではないか。
そうこうしている間に私の手はドアの取っ手からツルンッと滑り落ち、ゴルジョブに担がれて城内にある会議室へと輸送されていくのだった。
今度握力でも鍛えてみよっかな。引きこもるために。
☆魔王軍会議室にて☆
「それでは、第1回、魔王軍緊急会議を開始する」
赤い絨毯が敷かれ、豪華なシャンデリアがぶら下がった大ホール。
まるでどこかの王国の宴会場かと思ってしまうほど豪華な部屋の真ん中に、円状のテーブルが一つ置かれている。
もちろん白いテーブルクロスがかかっており、その中央には3本の蝋燭が刺さったキャンドルスタンドが1つ置いてあった。
しかし、そこまでならばよくあるパーティでも同じ光景を見ることができるだろう。
異様なのは、この会議を開始する号令をした者、そして、それに合わせて私のほうを向き、頭を下げた者たちだ。
魔王軍四天王、勢ぞろいである。
「ゴルジョブ。魔王様を粗末に担いできたらしいが。お前はどういうつもりだ?」
先ほど始まりの号令をしたのはバルキュリア。
今ゴルジョブを叱っているのもバルキュリア。
私にはガチガチの敬語を使う癖して、同僚には普通のため語なのだ。それがバルキュリアと言う男である。
それよりも。
なんだ。
勇者の対処についての大事な会議かと言ったからしょうがなく来てやったってのに、ただの喧嘩じゃないの。
「いいんすよバルキュリア!魔王様が輸送されるの嫌なら、とっくに俺は塵になってるっすし!」
「ふむ。それも確かにそうだな」
「そうっすよ!魔王様はきっと、自分で歩くより部下の足を使って楽したかったんっす!ですよね?」
いきなり話を吹っ掛けられ、少々肩がビクッとする。
けれどもここは、落ち着いて冷静に答えなければ。
「あぁそうだとも!私は如何なる時も戦いに全力を注げるよう、常に体力は100%温存しているのさ。そのためなら、部下の足を借りることだって当然ってわけだな」
おいおいなんだその今とっさに考えたような言い訳は。
(※事実)
まるで歩くのがめんどいから部下を使っているみたいではないか。
(※これも事実)
全く、心外だね。
そんなに部下を思ってない奴、この世にいるのか!?
歩くのがめんどいだなんて、とんだ怠けものだよ!
もしもそんな輩が存在するなら、会って顔を殴ってやりたい気分だ。
(↑1か月自室に引きこもっていた人)
「流石魔王様っす!俺、魔王様の足になれて光栄っす!」
前言撤回。どうやら部下の足を借りる魔王は尊敬されるらしい。
「独り占めは良くないぞゴルジョブ。私も魔王様をおんぶしたいに決まっているではないか」
「ほほう……お前らそうか!そんなに私の足になりたいか!!」
「「はい」」
「そうかそうか。ではこれからは私が部屋から出るたびに――」
「魔王様、話が進まないわ。私もう眠いから寝ていいかしら?」
すると、バルキュリアとゴルジョブ、私の雑談に水を差された。
「全く誰だよ!せっかくの魔王軍水入らずタイムを邪魔するだなんて!!」
「そうっすよスラリン!眠いなら勝手に寝てればいいじゃないっすか!!」
スラリンは眠たそうに紫の眼を開け、ゴルジョブに向かい覇気を全開にする。
「あ”ぁ”?何言ってんだ雑魚ゴブリンが。お前は何しに来た?勇者討伐の会議だろうが。ふざけんじゃねぇぞボケなすが」
今ギャップが半端ない低音怒鳴りボイスを発しているのはスラリン。
魔王軍四天王しかいないこの会議にいるということは……当然彼女も四天王が1柱である。
いつでも自前の枕を片手に持っており、いつでも眠そうに眼を閉じている、可愛らしい少女だ。
白銀色の髪とお姫様のパジャマのような服装が真っ白な肌に似合っており、見ていると女の私でも変な気を起こしてしまいそうだ。
戦闘能力はあまり高くなく、……と言っても500000程はあるのだが。
主な攻撃スタイルは『スリーピオン』と呼ばれるもの。魔法の一種だが扱えるものは人族魔族亜族を合わせても3人しかおらず、一瞬で相手を睡魔の闇へと葬ってしまう、恐ろしい魔法の使い手だ。
その3人の中でも最高精度の使い手だから、『スリーパーのスラリン』と呼ばれ恐れられることも多い。
まぁともかく。
「おいスラリンや。そうキレないでやってくれよ。ゴルジョブはちょっと、大好きな私の足になれるということで興奮してしまっているんだ」
「……魔王様がそうおっしゃるのなら」
「それにスラリン、君は真面目で優秀だ。ヤンチャなゴブリンの成り上がり者を叱ってしまったら、君も同類扱いされてしまうぞ?」
「そうですわね魔王様。あんな馬鹿でうるさくて一緒にいてヘドが出てしまうような下等生物、無視するべきでしたわ」
すると、同期にバカにされまくったゴルジョブも、遂に堪忍袋の緒が切れ――
「おいスラリン!それって俺と一緒に話してた魔王様もバカにしてることになるんじゃないっす!?」
「あ”?黙れっつってんだろ下等生物が。魔王様とお前が同じわけないだろーが」
「すんませんした!!」
指の先までピンと伸ばし、スラリンに頭を下げた。
ていうか大体、相手を怒るのに魔王の威を借るとか、情けないわー。
☆数時間後☆
数時間の激討論の末、ようやく勇者へどう対処するのかが決まったらしい。
「魔王様?魔王様!起きてください!」
それと同時に、私はベネガルに起こされた。
ベネガルと言うのは、四天王最後の1柱。
サキュバスの女王である。
サキュバスと言うのは、高い知能と色気により男を誘惑し、何をとは言わんが食べてしまう生き物である。
だから。
私は、戦力も!知力も!色気も!胸も!普通だったら勝てないのだ。
し!か!し!
魔王軍四天王のベネガルは、なんと!貧乳である!!!
あぁ神よ!私よりもの弱者を創ってくださり有難うございます!!
少女であるスラリンにすら私は胸が負けていたが、完全ロリっ子であるベネガルには流石に負けない!
ていうかサキュバスの女王がロりっ子って言うのはこれいかに!?
あぁ!大きなピンクの瞳に、ピンクの髪の毛、ピンクのワンピースが似合いすぎててたまらんっ!
明るくて純粋かつ無邪気な声色もまたたまらんっ!
さっきのゴルジョブとスラリンとの喧嘩の際は、きちんと良い子にして黙っているの、たまらんっ!
今度私の自室に連れ込んで食べなければ――
と、つい話を脱線させてしまうのが私の悪い癖だ。気を付けなければ。
ゴッ…ゴホンッ!!
「ふむ。それで?勇者の対処についてはどう結論づいたのかね?」
「そういや魔王様、途中から寝てたっすもんねー」
「おっおう!睡眠は魔力や体力を回復させるのに最重要だからな!」
「魔王様……常に100%にしてるとかさっき言って無かったっすか?」
しまった。自分で墓穴を掘ってしまったようである。
「何を言っているんだいゴルジョブ君!確かに100%の力は常に残しているさ。けれども、魔王の力の上限が100%だなんて私は言ったかい?」
「言っ…言ってないっす!!」
よし、何とか誤魔化せた!
「そうだろ。私はな、今の睡眠だけで100%から120%まで残り体力を増やしたのだよ!」
「さっ流石っす!!体力量を限界突破するだけでも段違いっすのに、たった数時間でこれを20%も増やしたなんて!やっぱ魔王様って凄いっす!」
すると何故か、立派なホラ話を成功させた私ではなく、その話を横から聞いていたバルキュリアが称賛し――
「なんと!流石は魔王様。会議の途中から寝ておらっしゃると思いましたが、まさか、自ら勇者を倒すという討論結果を最初から予知してらっしたのですか!」
は?
「バルキュリア、今なんて?」
「はい。流石は魔王様だと……」
「いやお前の感想じゃなくて!もうちょっと具体的に」
「あぁ!魔王様は睡眠もしっかりとっておりますし、勇者を倒す準備が万端なのだなぁと」
「誰が勇者を倒すって?」
「ですから魔王様の手で」
私は第一に愕然とした。
まずい、このままでは私の弱さがバレてしまう! と――
そして第二に、と言う前にはもう、足が勝手に動き出していた。
今感じているのは正しく恐怖。
四天王、いや、大衆の目の前で私の弱さが明かされるのではと言う恐怖。
恐怖以外の何物でもない。
どこへなのかはわからない。
いや、恐らく自室だろう。
私は、ただただ全力で走り出していた。
だがここで、私の体を人生最大ともいえる災難が襲う。
「あっちょ!魔王様どこ行くんすか!?待ってくださ――」
ゴルジョブが私のことを全力で追いかけてきて。
ギィッ――
私は無言で大会議室の大扉を開き。
ドンッ!!
その際一度止まった私にゴルジョブがぶつかり――
バタンッ!!
魔王であろう私は、床へと頭から転げ落ちた。
もう一度言おう。
魔王である私が、最強なはずの私が、部下に押されただけで床へ倒れ込んだのだ。
……
次の瞬間、四天王たちの覇気量が一気に変わった。
私の覇気が弱いため今までそれに合わせて弱めてくれていた……と言ってもかなり強力すぎて突然の不意打ちの際はたまに漏らすこともあるぐらい恐ろしいのだが。
その覇気量が数十倍に膨れ上がった。
具体的に言うなれば、禍々しい濃い紫のオーラが漂っており、髪の毛が浮いている状態である。
そして――
「おい、お前、本当に先代魔王様の娘か?」
バルキュリアが敬語を止め、
「娘なのは確かだった気がするわ。けど、これは無いわよね」
スラリンが軽蔑し、
「俺、こんな下等生物を担いでたっすか!?1週間お風呂占領していいっすか?」
ゴルジョブが生ごみを見る目で見下し、
「私、こんなのに好かれたくない!キモチ悪い!!」
ベネガルにストレートに嫌われた。
ベネガルだけ怒り方がちょっと優しい。
しかしこれでわかった。
魔王は部下の前で、弱い姿を一度も見せてはいけないのだと。
……わかったはいいが、もう手遅れである。
先ほどまであった恐怖は全て絶望へと変わってしまった。
私の真下の床が、生温かく濡れ始めた。
涙で顔はぐしゃぐしゃ。
別に、騙したわけではないのに、何なら私は被害者なのに。
けれどもそんな言い訳は今の状況でできるわけもなく。
下剋上と自分の死を悟った私は、再び全速力で走りだした。
今度は自室ではなく、魔王城ではないどこかへ向かって。
間違いなく殺される。
このままでは殺される。
このままでなくてもいつか殺される。
気づけば私は、魔王城の堀の外の城下町をダッシュで駆け抜けていた。
「あ!魔王様だ!」
「ホントだ!!俺たち城下民の様子を見に来てくれたんだ!」
「強いだけでなく私たちの事まで考えてくれるなんて!」
「それな!魔王様って事務の仕事とかも沢山あるんだろ?忙しいだろうに……流石だよな!」
「てかなんか魔王様のスカート濡れてる……?」
無邪気な子供たちの言葉が胸に刺さる。
スカート濡れてるってのも胸に刺さる。
私が強い?
いいや最弱だ。
知能が無いスライムですら本気で戦わなければ勝てない。
事務の仕事もこなしてる?
1か月ずっと自室に引きこもり堕落していたのは誰だと思う?
私だぞ。
事務の仕事は全てバルキュリアに任せていた、私だぞ?
いっそのこと最後ぐらい魔王らしく四天王へ歯向かってみようか?
しかし、そうは思っても城は小さくなっていく一方。
所詮私の根性はこの程度なのだ。
これから私はどこへ行くのだろう。
ほとんど外へ出たことが無いせいで、世界の大陸、国、気候、理すらもわからない。
ここまで読んでくれた君、おかしいと思わなかったか?
なんで世界観の説明が全くないんだよ!って。
ま、私が知らないんだから教えられるわけがないよな。
そしてしばらく森を走り続け――
私はただ、
青から暁色へ変わる空に飲み込まれ、夜の暗闇へと姿を消していった。
あなたの貴重な数分間を自分に下さり、有難うございます!!
プロローグからはあまり世界観がわからないと思います。
こんなに長い文でしたが、取り合えず弱い魔王が魔王城から逃げ出したということだけ覚えて頂ければ幸いです!
改めて。
貴重な時間を自分に下さり、有難うございました!!