Vとして
「──兄貴!」
「だから兄貴って呼ぶんじゃねぇ!」
なんでこいつら頑なに男扱いしてくんだよ!?俺は──“俺”とか言ってるが女だ!
「あ、すいません!つ、つい…」
「ついってなんだよ…」
マジでなんなんだよ。
「それより、かなり急いでたが、何か用か?」
「あ、そうなんスよ!実は、オススメしたいものっつーか、人っつーか…」
「あ?」
何言ってんだこいつ。
「これっス!この新人VTuber!」
「ぶ、VTuber?」
ちょ、ちょっとなら聞いてやらなくも…
「おい、兄……姉御がんなモン見るわけねぇだろ!」
「あ、そ、そうっスよね……あ、わ、忘れてください!」
だ、だよな、見るはずないよな……
「…………」
VTuberね……
「……べ、別に興味は無いけど、一応聞いてやるよ」
「ほ、ホントっスか!?」
「さすが兄……姉御!舎弟への気遣いも完璧っスね!」
「お、おう」
興味無いけどな、興味ないけど……今見てるVTuber《V》が配信してない時に見るかもしんないしな!
「じゃ、じゃあ、えっと……これっス!」
「ん?」
「この人っス!名前は──」
あれ?これもしかしなくても──
「──“二輪田 駆”。最近配信始めた番長系VTuberっス!」
「──ッ!?」
「「「──兄貴ィ!?」」」
驚いて座っていた机から転げ落ちてしまった。
そいつが持っている画面に映っているのは──紛れもない、俺が演じる姿なのだから。
うぅ…痛い……──じゃなかった!
「な、なんだよ番長系って!んなの見るやついんのか!?」
「あ、兄貴、落ち着いてくださ──」
「──誰が兄貴だ!」
「すいやせん姉御!」
「チャ、チャンネル登録者は1500人いて、収益化もしてるんス。まだ新人でしかも個人勢で男なのにスゴくないスか!?」
「スゴくねぇよぉ!!」
「お、おいお前が変なモン紹介するから珍しく兄貴がキレちまったじゃねぇか!早く謝れ!」
「あ、す、すいやせんでした!」
──はっ、ここで変に騒いでもしょうがないどころか悪化しかねない。
「いや、別にいいから気にするな。好きなものは好きと言うべきだしな」
「お、おぉ、さすが兄……姉御!カッコいいっス!」
「やっぱ兄……姉御に一生ついていくっス!」
うん、褒められるのはお世辞でも悪くない。だが一生ついてくんのは迷惑だやめろ。
~~~~~~~~~~
「やぁぁばぁぁいぃぃぃ…!」
まずいまずいまずい!このままじゃ舎弟たちに俺がVTuberなんてやってるってバレかねない!
「つーか舎弟にあんなオタク系のやついたのかよ!」
いや、舎弟は全員把握してるけど趣味までは知らねぇよ!これからはちゃんと把握しておこう。全員ちゃんとケアしてやらなきゃ。
「どうしよぉ……」
──こ、ここは配信で気分切り替えよう!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『【暴走】たむろしようぜ【雑談】』
「よう、舎弟共」
『こんばんはっス姉貴!』
『こんばんはっス!』
『今日もカッコいいっスね姉貴!』
「誰が姉貴だ!」
配信を始めると、ほんの十数分前に告知しただけなのにすぐにコメントしてくれるリスナーさんたちがいる。嬉しい。
『姉貴、なんかにやけてない?』
『なんか良いことあった?』
『にやけてるアバター可愛くない?』
「にやけてねぇよ!あと、アバターは…ま、ママが頑張って作ってくれたから当然だな!」
うぅ…皆の前でママって言うの恥ずかしくないか…?
『照れてれ可愛い』
『なんで照れてるの?』
『↑初見か?絵師さんのことじゃなくてリアルママのことだからだよ』
コメントを見ながら、このアバターをママが頑張って作っていた姿を思い出す。
「ママ、メチャクチャ頑張ってくれたんだよな…」
『何故だ、男アバターなのに一瞬美少女が見えたぞ…』
『それが姉貴だ』
『さすが可愛い』
「か、可愛いって言うな!俺は男だ!」
『可愛い』
『可愛い』
『姉御と呼ばせてください!』
「や、やめろぉ!呼び方は勝手に──やっぱり姉御はやめろ!」
気持ちは切り変わったけど疲れた……。
「今日はな、舎弟ども──ああ、リアルの方な?そいつらとスプレー缶で落書きしてきたんだよ」
今日、というか、一ヶ月前のことなんだけどな。ホントに今日のこと話してたら中身がバレるだろ。
『スプレー缶か』
『どんなの描いたの?』
『ナチュラルに犯罪では…?』
「ああ、ちゃんと許可は取ってからやったぞ?」
黙ってやったら器物破損の罪に問われるらしいからな。
『法令遵守の暴走族』
『草』
『落書きってなんだ』
「で、テキトーに描いたんだが」
『題材は?』『姉貴って画伯?』『画伯()だろ』
「題材は特に思い付かなかったから猫だ。あと画伯()って言ったやつあとでシメるか?」
『シメてください』
『変態だー!』
『猫可愛い』
「…シメるのはやめとくか」
『ガチ引きw』
『その蔑んだ目…イイ』
『ナニカに目覚めそう…』
「目覚めるな、永遠に眠っとけ」
ウチの舎弟どもロクなのいねぇな。
『スプレーアートの写真ないの?』
「落書きだぞ?そんなスプレーアートなんて高尚なモンじゃない。写真は住所割れ怖いから出さん。代わりにパパッと描くか」
『今から?』
『画伯か、画伯()か』
『ゴクリ…』
んーざっと描けばいいか。こうして、こうして……
「っし出来た!これ見ろ」
画像を画面に出して、っと
『おお』
『普通に上手い』
『可愛い』
「そうだろう!」
『猫(と姉貴)可愛い』
『(姉貴が)可愛い』
『姉御のドヤ顔可愛い』
「お前ら絵を見ろや!」
男の顔見て可愛いってなんだよ!この前視聴者の男女比率見たけど男女半々だったからな!可愛い打ってるやつの半分は男だからな!
いや、同性愛は否定しないが…可愛いってことはないだろ!
『見た目の性別とか超越した可愛さ』
『↑わかる』
『中身は美少女だと確信してる』
「お前ら何言ってんだよ!?ってか確信レベル!?どんだけだよ!」
あー疲れる。
『草』
『ほら、姉貴疲れちゃってるだろ!謝りなさい!』
『ごめんなさいm(。_。)m』
でも、
『真面目に謝れよw』
『あれ?姉貴笑ってる?』
『笑顔の破壊力が…』
やっぱり楽しいな、配信。
~~~~~~~~~~
「──なあ、この前言ってたやつ見たんだが、結構良かったな」
「え、マジで!?だよなだよな!めっちゃイイよな!」
「お、おう、お前ほどじゃないけど、中々良いと思ったぜ…」
ど う し て こ う な っ た。
なんで広まってんの…?
「……俺、ちょっと先に帰るわ」
「え?あ、うっす!お疲れ様っス!」
「「「お疲れ様っス!」」」
「お前らも下校時間までに帰れよー」
あーどうしよ。
少し憂鬱気味に教室を出る。既に窓からはほぼ水平線上に夕日が見える。
このまま配信続けて大丈夫なのか?
そんな不安が脳裏をよぎる。
まあ、バレたからって、どうにかなるとも限らない。
あのオタクなやつみたいに、好意的に感じてくれるかもしれない。いや、あれは架空の存在だから好きなのであって、中身が俺と分かったら引くのかもしれない。
どっちになるか、なんて全く分からない。でも、どうしても不安になる。
舎弟達に気持ち悪がられるんじゃないか。
クラスメイトから孤立するんじゃないか。
すれ違う人々から不躾な好奇の視線を向けられるんじゃないか。
そんなこと、ないだろうと分かっている。
舎弟達がそんな簡単に気持ち悪がるほど狭量でもないし、クラスメイトもいつも優しくしてくれる。
もし誰かにVTuberをやっているとバレたところで、町中の話題になんてなりやしない。
分かってる、分かってるんだ。VTuberだって別に恥ずかしくはないだろ。俺がそれで収入を僅かでも得ている以上、立派な仕事だ。自分がVTuberだと隠す理由なんて、リアルバレ対策だろう。
まあ、男のアバターを使っていることは恥ずかしくはあるが……
俺の趣味じゃないからな!ママが勝手に作ったんだからな!
「……誰に対する弁明だよ」
だらだらと色々考えたが、結論として、VTuberやって何が悪いってことだ。
ただの開き直りだし、何も解決していないのは気にするな。
大体、あいつはよく、こんなマイナーVTuberの俺を見つけたよな。皆可愛い美少女VTuberに目がいくだろうに。もしかして、あいつ男が好き…?
……今度から気ぃ使ってやるか?いや、気にしすぎない方がいいのか?
いや、でも──
「や、やめッ…!」
「…………」
どこからだ?
「なんだよ、いいじゃねぇか」
「イイことしようぜ?なあ」
コンビニ前か。監視カメラあるけど、バカかあいつら。
薄暗い町中で明るく光るコンビニ前、一人の女子に二人組の男が詰め寄っている。
「や、めて……!」
「ほら、いい加減ついてこいよ」
「めんどくさい女は嫌われるぜぇ?」
めんどくさいのはどっちだよ。
ナンパなんて生易しいモンじゃない。一人の男が女の子の腕を掴み、女の子は必死に抵抗している。
「い、いや…」
「おいおい泣いてんじゃねぇよめんどくせぇ」
「俺らが折角誘ってやってんのに、これじゃこっちが悪いみたいじゃねぇか」
「どう考えてもお前らが悪ぃんだよバーカ」
「「っ!?」」
ビビりすぎだろ。
「な、なんだ、女じゃねぇか」
「へへっ、お前も俺たちと遊びたいのか?」
うわ、キモッ。
「うわ、キモッ。………あ、ヤベッ口に出てたわ」
「んだと、このクソアマが!」
「舐めてんのか?ああ゛?」
「舐めてねぇよ。正当な評価だ。それともなんだ?自分達のことイケメンとか思ってんのか?」
…あ、キレたな。沸点低っ。
「死ねやオラァ!」
「ただで済むと思うなよ!」
「──!」
「っ!避けてんじゃねぇ!」
おいおい…避けんなってメチャクチャじゃねぇか……。
「………」
「当たれやぁ!」
「───っ」
「チッ!……へへ、いつまで余裕でいられっかな」
「──ラァッ!」
「あがっ!?」
「なっ!?」
目の前のバカ──一号と呼ぼう。一号はチラチラ俺の後ろ見てやがるし、喧嘩で興奮したのか、「ふぅ…ふぅ…」ってずっと後ろから聞こえてたんだよ気持ち悪い。
後ろから奇襲ならバレないようにやれってんだ。
「…………」
「う、うおぉぉぉ!」
あーあ、ダメだなコイツ。
「オラァァ──ぁ…?」
相変わらず単調で直線的な突進。しかも足の速さはそこそこ。
最初の台詞も考えると見るに耐えない。
馬鹿みたいに突っ込んでくる一号の勢いを横へ流しつつ、その襟元を掴む。さすがに持ち上げる力はないが、まあ、問題ない。
「──なぁ、お前」
「ヒッ…!」
「おいおい、そんなにビビんなよ。こちとら花も恥じらう乙女だぜ?……いや、自分でも無理があるとは思うが──なっ!」
勢いそのままに一号を横へ投げ捨てる。
一応、美人とはよく言われるんだぜ?……一緒に、目付きが怖いとも言われるが。
「俺はさ、お前らみてぇなのが大っ嫌いなんだよ。俺も女なんでな、女子の気持ちは分かってるつもりだ。ま、俺は世間一般の女性像からは離れてるけどな」
それくらい自覚してる。それでも、世間一般に合わせようとは思わないけど。
「お前らみてぇなありもしないナニカで、自信とプライドだけデカくしたようなやつはウゼェんだよ。大口叩いた割に弱ぇしよ」
マジでイライラするんだよ、こういうの見てると。
「お前…双葉…花梨…」
好きにやってだけだが、中々有名になってたらしいな。
「そうだ。この一号《馬鹿》さっさと連れてってくれ」
「…あ…は、はい…」
俺、二号にはなんもやってねぇぞ?そんなに怯えられると心にダメージが…。
いや、そんなことより、
「おい、大丈夫か」
「───」
女の子は頬を赤く染め、ぽーっとした表情のまま反応しない。
「おい、おい!」
「……──っへぁ!?」
「大丈夫か?」
「は、はい!大丈夫でしゅ!」
「……そうか」
大丈夫じゃなさそうな気がしなくもないが、あまりおせっかいを焼く必要もないだろ。
「何もされてないんだな?」
「はい、大丈夫です」
「そうか、なら良かった」
何だかんだで不安だったからな。あんな啖呵を切っておいて、手遅れでした、なんて胸糞ワリィ。
これで一先ず安心か。
「───」
「ん?どうした」
「──あ、いえ、なんでも」
ボーッとする癖でもあんのか?
まあいいや。
「これからは、あんまり一人でうろつくなよ。まだ薄暗い程度だが、バカはいつでもいるんだ」
さっきみたいなのは、ここらじゃそうそういないけどな。
「で、でも、私なんか──」
「バカ共も可愛い娘を狙うに決まってんだろ。お前は十分その対象なんだから気を付けろ」
「え?え、それって…?」
「わかんなかったか?お前は可愛いんだから気を付けろって話だ」
「か、可愛っ!?」
ボーッとしたり赤くなったり忙しいやつだな。
「じゃ、俺はもう行くから、気をつけて帰れよ」
「──あっ!何かお礼を…」
「要らねぇよ。見返りが欲しくてやったんじゃねぇ。……あぁ、そうだ。また何か絡まれたら俺の名前使えば多分なんとかなるから、遠慮なく使ってくれ」
コンビニに背を向けながらそう言ってその場を離れる。アホ二人ももういなかったし、大丈夫だろ。
何か疲れた。さっさと帰ろ。
「──ってことがあってイライラしてんだよ」
『流石姉貴』
『たまに出るイケメン』
『流石スケバン』
「姉貴とかスケバンって呼ぶな、俺は男だ。つーか“たまに”ってなんだ“たまに”って」
別にリアルの自分が可愛いとかいうつもりはねぇけどよ。
「ママが作ってくれたこのアバターがカッコよくねぇわけねぇだろ!」
『ママ大好きw』
『ありがとう駆ー!』
『↑お前ママじゃねぇだろw』
「ママの名を騙るんじゃねぇぞ?」
『ごめんなさい(土下座)』
『早いwww』
『流れるような土下座』
「次から気を付けろよ」
『優しい』
『寛大な処置』
優しいか、今の?
まあいいや。
「で……何の話だっけ?」
『草』
『ママ愛で記憶飛んだ』
『素行の悪い不良がいてイライラした話』
「あー、そうそう、それだ」
『素行の悪い不良w』
『不良は素行が悪い人のことでは?』
『不良ってなんだ(哲学)』
「不良は俺みたいなやつのことだろ」
『姉貴は不良(素行良)だから』
『不不良(良くなくない)』
『姉貴が不良なら、世の中の不良のほとんどが死刑囚』
「そんな言う?」
あれ?俺、自分のこと不良だと思ってたんだが、もしかして違った?
「あれだぞ、学校サボったり、落書きしたり、バイク乗ったりしてるぞ?」
どう考えても不良だろ。
『サボり(おばあちゃん助けてて遅刻)』
『落書き(建物の持ち主に許可取り済み)』
『バイク(ゴールド免許、法令遵守)』
「………」
『どう考えても不良のそれじゃないんだよなぁ』
『言い返せなくて黙ってて草』
『不良って(ry』
「──っせぇ!俺が不良っつったら不良なんだよ!」
『草』
『暴論過ぎるw』
『駄々こねる女児が見える』
「この話は終わりだ終わり!」
これ以上は良くない。……俺が女児に見えるとかいうヤバイやつ居なかったか?
『他に話すことあるの?』
「あー……」
『何もないんですね分かります』
「しゃーねぇだろ。イライラしていきなり始めたんだからよ」
そう考えると、突然始まった配信にも来てくれるやつがいるのは嬉しいな。
「ありがとな、舎弟共《お前ら》」
『不意打ちずるい』
『おっふ』
『笑顔助かる』
「うっせ」
『照れてる』
『可愛い』
『姉貴可愛い』
「誰が姉貴だ!そして可愛いじゃなくカッコいいだろうが!」
ずっとこうやって馬鹿みたいな話をしていたいな……。
「──は?」
え……え?
ど、どういうことだ?
「え、えっと、昨日の娘、だよな?」
「はい!」
じっとりとした気持ちの悪い汗が、頬をつーっとゆっくり伝う。
「ホントに、そんなこと思ってるのか?」
「はい!間違うわけありません!」
何を言ってるんだ、この娘。昨日会ったばかりだというのに。
「時間は関係ありません!凛花さん──いえ、姉貴は、私の恩人ですから!」
“姉貴”──それは、リスナーが呼ぶ俺の──二輪田駆の愛称。
「もう一回聞きますけど…」
ドクドクと、やたら大きな心臓の鼓動が聞こえる。
「凛花さんって…」
いつもなら気づかない僅かな体の揺れがとても大きく感じる。
「昨日、配信してた…」
今すぐにでもここから逃げ出したい。でも、これだけは聞かなくちゃ──
「VTuber──」
「仮に!」
「!」
「…仮に、そうだとして、お前はどう思う?」
「え?」
「俺が」
俺が………
「………」
「あ、あの…」
眼前の少女──優と名乗っていた──は、俺の様子を見てオロオロしている。
そんな悪意の欠片もない様子に、より言葉が詰まる。
この娘はいい子だ。今も俺を気遣っているんだろう。
だから、だからこそ、
──怖い
気持ち悪がられ、嫌悪されるのが怖い。
小説の主人公のように壮絶な過去なんてありはしない。それに付随するトラウマなんてものも当然ない。
ただ、ちっぽけな自尊心と臆病な心が、他人からの非難の目を受け入れない。
「俺が…」
だから、聞かなくちゃならない。
「俺がVTuberだったら、どう思う?」
俺を否定して、この弱い心を折ってもらうために──
「カッコよかったです!」
「……………は?」
「すごくカッコよかったです!昨日、助けてもらう前、もうダメだって思ってたんです。でも、颯爽と現れて、男二人を相手に堂々と立ち向かって。ちょっと怖かったですけど、私を気遣ってくれて」
「───」
「あのあと、すごかったなぁって思いながらすぐに家に帰って、動画見てたんです。そのとき、二輪田駆さんの配信を見つけて、VTuberなんて見たことなかったけど、なぜか惹かれて、見てみたんです」
「───」
「ビックリしました。だって、私が今日あったこととほとんど同じことを話されてて。偶然かな、と思ってたんですけど……」
「…偶然だろ」
我ながら苦しい言い訳だ。
「違いますよ。だって、そっくりでしたから」
「…何が?」
「凛花さん、いつも楽しそうに話してますよね。他の人の目なんて気にせず、好きなことをして、思ったことを素直に言って──」
「違う!!!」
「───」
「俺は……俺は、そんなに強い人間じゃない。いつも他人の目ばかり気にして……いつも怯えて生きてる。不良になろうとしたのだって、そんな自分への当て付け。でも、全部中途半端。悪いやつにもなり切れないし、優等生になんざなれる気はしない。俺は、所詮臆病者なんだよ」
「…………」
…失望、されたかな。
いや、これでいい。優みたいないい子が不良の真似事をやってる俺に近づくことはない方がいい。
「…待ってください」
立ち去ろうと背を向けた俺の耳に、後ろから小さな声が届く。
「…もういいよ」
もう、いいんだ。
「何がですか…?」
「俺の周りの人はみんなみんな優しくて、それが嬉しくて、救われて……でも、そんな人たちを騙して、虚構で塗り固めた自分で接し続けるのが辛くて…もう、嫌なんだよ!」
「騙されてなんかいません!」
「何を…」
優が一歩こちらへ踏み出し、その様子に思わず足を引いてしまった。
怒ってる…?
「あなたは!私を助けてくれました!」
「それは──」
「もし、あなたにとって取るに足らない相手だったとしても、万一にも怪我をする可能性のない相手だったとしても、ゼロとは言えない危険を省みず、見返りも求めずに私を助けてくれたこと。それは紛れもない事実です」
「…………」
優のまっすぐで、純粋な………俺のことを本気で思ってくれているのだろう目に、何も言い返せない。
「私は救われました。あなたが来てくれて」
「…………」
「私は救われました。あなたが本気で怒ってくれて」
「…………」
「私は救われました。あなたが本気で心配してくれて」
「…………違う」
「…あのときの言葉は、全て嘘だったんで──」
「違う!!!」
違う、違う。あのときの心も、言葉も、全部全部本物だ。嘘じゃない。だから、
「…泣くなよ」
そんな、泣きそうな顔しないでくれよ。
「…あなたは、双葉花梨です」
「…?」
何を言ってるんだ…?
「そして、あなたはみんなの兄貴で、姉貴で、この高校の生徒で、二年二組の一人で、この町の住人で──」
「さっきから何を…」
「二輪田駆です」
「───」
「そこに虚構も脚色があっても、全部、あなたの一部なんです。それでも、まだ自分を嘘つきとのたまうのなら…」
「…………」
「あなたがVTuberとして、二輪田駆として話し、笑い、怒り、悲しみ、そして、楽しんだ……そうやって感じてきた、伝えてきた感情は、全部、嘘だったんですか?」
「──違う」
ああ、そうだった。何でこんなことに気付かなかったんだ。
「俺は、楽しかった。双葉花梨として、舎弟達と馬鹿なことやって、馬鹿な話をすることが。二輪田駆として、舎弟共といろんなことやって、画面越しに同じ時間を共有することが」
そうだ。楽しかったんだ。その感情は、絶対間違いじゃない。
目元が熱くなるのを感じる。
「我慢しなくて、いいんですよ」
「───」
無意識に押さえていた涙腺《心》が崩壊して、頬に熱いものが流れる。
「俺は、俺は…!」
────VTuberが、したい…!
「私は、あなたを応援します。どんなあなたでも」
優は嗚咽を繰り返す俺の体を優しく包んでくる。
俺はいつもこうやって、みんなの優しさに包まれていた。
いつか、俺も誰かを包めるように……
「私はもう、あなたのお陰で救われましたよ」
「───」
「あれ?照れてるんですか?」
「…うるせぇ」
……………………………………………………………………………
……………………………………………………
………………………………
薄暗い部屋の中、一人の男が虚ろな目で、青い光をその目に浴びせ続ける。
「…………」
男は、ふと動画サイトを開き、適当な動画を開く。ライブ配信中のようだ。
『───』
「…………」
部屋に響く声はゲームをしているらしい。
『───っ』
「…………」
緊迫した展開に思わず、ゴクリと息を飲む。
『───!』
「おぉ…!」
配信画面からは喜びの声が聞こえてくる。
それと同時に耳を打つ聞き覚えのない声に、男は周りを見回す。
「…………」
そして、気づく。
これは、自分の声か、と。
思えば、いつから話していないのか。
外部との繋がりは、このパソコンと、部屋の猫用ドアから中に置かれる食事のみ。
猫用ドアがあるというのに、猫が入ってこないのは、猫にも嫌われているのか。
そんなよく分からない自己嫌悪にも苛まれる。
男は動画に目を戻す。
いつのまにやらゲームは休憩し、雑談が始まっていた。しかも、何故か家族愛を語り始めている。
家族。
その言葉に胸が苦しくなる。自分のような穀潰しの分まで働いているのか、と思うと。
だが、この男は今さら戻れないのだ。
何度も、何度もチャンスはあった。しかし、その僅かな自尊心と、臆病な心が男の足を底無し沼のように拘束する。
俺は、俺は…
そんな思考のループに、配信の主の声が割り込んでくる。
『───』
男ははっとした。そして、よろよろと、運動不足の頼りない足取りで扉へ向かう。
あまりに重く、固く、冷たいドアノブ。これに手をかけるのは何度目か。
何度、この扉に阻まれてきたことか。
しかし、もう違う。これからは、今からは、前へ踏み出すのだ。
開かれた扉の先は、あまりに眩しかった。
読んでくださりありがとうございました
ちなみに作者はVじゃないし、それで引きこもりから立ち直ったわけではありません
ただ、そういう方をコメントで目にしたことがあったので、こういった話にしてみました
今、たくさんのVTuberの方がいて、全ての人が有名になれるとは限りませんが、一人でも多くのVTuberさんが楽しく活動できることを祈っています
あと、喧嘩のシーンの描写が下手なのでいつか手直しするかもしれない(いつやるかは未定)