アシュトレト編1
光と闇は相反する。
すべての元素の中でもっとも強く対立・緊張する。
光は「男性的」であり、闇は「女性的」である。
シベリア語では光はLischtで男性名詞。闇はThenebraで女性名詞である。
光と闇の戦いは宿命である。
この世界は光と闇が戦う闘争の舞台なのである。
光と闇の戦いが再びはじまる。
過去においてそうであり、現在もまたそうであり、未来においてもそうであろう。
この戦いは終末の時、神がすべての闇の勢力を地獄に叩き落とし、世界が光で満たされ、永遠の平和が訪れるまで続く。
パン、パン、パンと花火が鳴った。
本日はツヴェーデン軍の基地記念祭であった。いつもは固く閉ざされている衛門が今日は一般開放されるのだ。軍隊マニアのあいだではまたとないチャンスであり、押し寄せる市民たちは祝賀ムードでいっぱいであった。基地では出店が出され、食べ物やミリタリーグッズなどが販売されていた。
また、軍隊の行進や軍楽隊のコンサートなども見ることができた。
この祭りにはセリオンとエスカローネも訪れていた。多くの人々が祭を楽しんでいた。
基地内はたくさんの人たちでにぎわっていた。人々はあふれんばかりに行きかっている。
セリオンとエスカローネは互いの手を握って歩いていた。
「本当に、すごい人だかりだな。まるで人の波だ」
セリオンが言った。
「そうね。こうして手を握っていなかったら、はぐれてしまいそう……」
セリオンの隣にはエスカローネがいた。それほど混雑は激しかった。
二人は人の波にのまれながら、基地の中を移動した。
二人は軍楽隊のコンサートを聴いた後で、出店を回っていた。
セリオンは棒状のチョコチップアイスを注文した。アイスクリームをおいしくいただく。
不意に、セリオンのアイスクリームが奪われた。
「えへへ……これ、もらっていい?」
エスカローネははにかんだ笑顔を浮かべ、セリオンのアイスクリームを持っていた。
「ははは、いいよ」
セリオンは答えた。エスカローネはほおを赤らめて、アイスクリームを食べた。
セリオンとエスカローネは祭を満喫していた。
天空城――
それは空に浮かぶ城であった。空にありながら、天空城は誰にもその存在に気づかれずにいた。
姿を隠す結界が働いていたからである。
この城の玉座に、主人が一人座っていた。目の前の大きな水晶には映像が映っている。それは地上のツヴェーデンの様子を映していた。
彼女はアシュトレト Aschtoreth 悪魔の女王である。
アシュトレトは水晶の映像を見ていた。
「人間どもよ、今のうちにうつつを抜かしているがよい。じきに地上は我々悪魔が支配するようになる。闇の理、恐怖によって地上は支配される。闇が地上を支配するのだ」
その時、着信音が響きわたった。
「何ようだ?」
アシュトレトは冷たく応じた。アシュトレトは水晶の映像を変えた。水晶球には巨大な鎧男が映し出された。
「アシュトレト様、地上攻撃部隊の出撃準備が完了いたしました。これより地上に降下し、人間どもを恐怖の渦中にいれてごらんにいれましょう!」
「うむ。大儀である。それでは命じる。悪魔の女王アシュトレトの名において、地上を攻撃せよ!」
「ははっ!」
数隻の飛空船が天空城から出撃した。目標は地上都市ツヴェーデン。
船には頭のない、動く鎧の闇黒生命体・幽騎士デュラハンが満載されていた。
平和な休日に飛空船は来襲した。デュラハンたちは飛空船から跳び下りて、降下した。
市民たちは当初、軍のパレードの一環だと思った。
降下したデュラハンたちは、市民を大剣で斬りつけ殺害した。
ここに至って、市民たちは恐怖の渦中に陥った。デュラハンは市民を次々と殺戮していく。これは虐殺だった。市民たちは我を忘れて逃げまどった。
ツヴェーデン軍の基地にも多数のデュラハンたちが降下してきた。
デュラハンたちは記念祭に訪れていた市民たちを虐殺した。市民たちはパニックに陥った。
「!? 何だ、あいつらは!? いったい何が目的だ!?」
セリオンが言った。
「市民たちが無差別殺戮されているわ! 市民たちを守らないと」
エスカローネが答えた。
「エスカローネは戦えないから、下がっているんだ。ここは俺が食い止める!」
「ええ。分かったわ、セリオン。気を付けて」
セリオンは走って、デュラハンたちのもとへと向かった。デュラハンたちの剣は赤く血の色に染まっていた。そして多くの市民たちが倒れていた。
「俺が相手だ」
セリオンは神剣サンダルフォンを構えた。デュラハンたちがぞろぞろとセリオンに向かってくる。
一体のデュラハンがセリオンの前に来ると、大剣を振りかざした。大剣が振り下ろされる。
が、セリオンはそれより速く、デュラハンの装甲を斬り裂いた。
セリオンは間合いをつめると、一体のデュラハンを一刀両断にした。デュラハンががしゃんと崩れ落ちる。
セリオンはダッシュをすると、左右のデュラハンたちを斬り捨てた。デュラハンは黒紫の霧となって消滅した。
セリオンは走って、デュラハンの軍団の中心部に移動した。デュラハンたちはこの獲物を狙って一斉に攻撃してきた。セリオンは襲いかかるデュラハンたちを次々と斬り捨てた。
デュラハンの数がみるみる減っていく。
と、そこに援軍が現れた。ツヴェーデン軍兵士が武装し、デュラハンたちに立ち向かっていった。
戦況はこちらに有利に展開していた。
テンペルでもこの非常事態を認識していた。
「非常事態が発生した。謎の幽騎士が市民を虐殺している! 全軍ただちに出撃する!」
スルトが命じた。スルトは全軍を二つに分け、一方を自身が、他方をアンシャルが率いることになった。
「アンシャル隊は広場に向かうぞ! 市民を守れ!」
アンシャルは一隊を率いるとテンペルから出撃していった。
ツヴェーデン軍基地にて。
セリオンの活躍によって、デュラハンの軍団はあらかた掃討された。
「これで終わりか?」
セリオンは一息ついた。そこに大きな影が現れた。
「まったく、たった一人にここまで壊滅されるとは情けない奴らだ」
「おまえは……」
セリオンの前に、巨大な鎧の男が立ちはだかった。鎧の色は紺色。
「我が名はダナン Danan ! 鉄の巨人よ!」
「おまえが指揮官か?」
「いかにも。我こそ地上攻撃軍の指揮官だ! おまえの名はなんだ?」
「俺か? 俺の名はセリオン」
「セリオンか。覚えておくとしよう。もっとも、それもわずかな時のあいだだろうがな!」
そういうと、ダナンは跳び込んで斬りつけてきた。セリオンはサイドステップでかわした。
ダナンは大剣を横に薙ぎ払った。セリオンはダナンの大剣を直接受けることは危険だと判断し、回避に徹した。
「ええい! ちょろちょろと動きおるわ! おとなしく逝ねい!」
「おまえの攻撃など誰がくらうか!」
ダナンは大剣をフルパワーで叩きつけた。セリオンは横によけてかわした。
セリオンはダナンに反撃した。セリオンはななめ左下からななめ右上にダナンを斬りつけた。
しかし、セリオンの攻撃はダナンの厚い鎧に通じなかった。
「フン! ぬるいわ! その程度の攻撃など我が鎧には効かぬ!」
セリオンはあくまで冷静に分析する。通常攻撃が効果なしでは、ほかの攻撃を試みるだけである。
ダナンは大剣を横一文字に振るった。セリオンはバックジャンプして後方に跳びのいた。
セリオンの体から蒼い気が揺らめいた。蒼気――
セリオンの冷たく蒼い闘気である。
「無駄だぞ! 我が装甲はそんな気など通じはせぬ!」
そう言うと、ダナンは大剣でセリオンを突き刺してきた。セリオンは片刃の大剣の上にジャンプして突きをかわし、ダナンの頭部に蒼気の一撃を叩きこんだ。
「ぐおあ!?」
ダナンがうめいた。だが、決定的なダメージを与えてはいなかった。セリオンはダナンの大剣から跳び下りる。
「おのれ、小僧! 許さんぞ!」
ダナンは怒った。ダナンは大剣で斬り払い、さらに連続突きを繰り出した。
セリオンは間合いを大きく取ることでこれらの攻撃をやり過ごした。
セリオンは自分の大剣に雷の力を集中させた。
「逝ねい、若造!」
ダナンは薙ぎ払いを放った。セリオンはジャンプでかわし、全力で雷の一撃を放った。
必殺の一撃「雷鳴剣」である。無数の雷電がダナンを襲った。ダナンは雷の放電に全身を打ち付けられた。
「ぐああああああああああ!?」
ダナンはセリオンの一撃を受けて、あおむけに倒れた。
ズシーンと地響きが鳴った。セリオンの雷はダナンの鎧を貫通した。
「どうだ?」
ダナンの鎧は、セリオンの雷鳴剣によってヒビが入っていた。
「ぐぬう、……まだだ!」
体全体に力が入っていない。それが、ダナンが受けたダメージの大きさを物語っていた。
セリオンは改めて神剣サンダルフォンを構えた。
「このままおめおめと引き下がることなどできぬ……」
「潔く、逃げろ! 追いはしない!」
セリオンは勧告した。だが。
「逃げるだと? 我が辞書に『逃げる』などという文字はない! 敗北は許されないのだ! アシュトレト様! 我に力を!!」
「アシュトレト?」
セリオンが質問するより前にダナンが動いた。ダナンは最後の力でセリオンに迫った。ダナンはセリオンに突きを入れようとした。しかし、その攻撃にはもはや勢いは感じられなかった。セリオンは軽やかな足さばきでダナンの攻撃をかわすと、全力で雷の一撃を叩きこんだ。
「雷光剣」である。
セリオンの攻撃によってダナンの鎧が吹き飛んだ。
「がああああああああああ!?」
ダナンの断末魔の絶叫が響きわたった。ダナンは倒れ、黒紫の霧となって消滅した。
「ふう……まったく、あらかた幽騎士どもを倒したな。これなら壊滅もまじかに……ん?」
アンシャルがデュラハンたちの不審な動きに目を留めた。アンシャルと彼が率いる一隊は円形広場にいた。
そこに飛空船がやってきた。デュラハンたちは続々と飛空船に乗り込んだ。
「逃げるつもりか」
残っていたデュラハンをすべて乗せると、飛空船は飛びたっていった。ツヴェーデンの町にいたデュラハンたちは飛空船で撤退した。
スルトはデュラハンの鎧を豪剣で刺し貫いた。デュラハンが消失する。
スルトはデュラハンの軍団を眺めた。続々と飛空船に跳び乗っている。
「……ここまでか」
スルトは戦闘の終了を悟った。
「迎えの船というわけか」
スルトは発進した飛空船の行先を探った。
「むう……空に城の影のようなものが見える。あそこから敵は来たのか」
スルトは空に浮かぶ城の影の一点を凝視した。
「デュラハンたちが撤退していく……どうやら逃げ出したらしいな」
セリオンは周囲を見渡した。
「セリオン、大丈夫?」
「! エスカローネ! だめじゃないか。今、エスカローネは戦えないんだから、こんなに近づいて」
「ええ、でも、セリオンが心配になって……私、どうしても」
「俺の心配は大丈夫だ。デュラハンたちは逃げ出した。これで一安心だ。ただ……」
「ただ?」
「いったいどこのどいつがこんなことを企てたんだろうな?」
「そうね。市民の虐殺を命じるなんて、いったい誰のしわざかしら?」
「とにかく、一度テンペルに戻ろう。話はそれからだ」