【後編】長き護りし故国に眠りゆく三人の少女
予告通り、後編を投稿です。
二話構成ですので、これで完結です。
では、どうぞご覧くだされば嬉しいです。
その人は、私の尊敬する最も強くて、美しい人だった―――
帝国海軍の艦魂軍人の中で最も強く、華がある、誰よりも祖国への愛着と忠誠心が強かった、戦乙女の鏡と謳われた【鬼神】。
東洋の撫子に似つかわしくない、違った人種を思わせる容姿はさほど関係ない。
蒼い瞳に、鳥の羽のようなリボンをつけた金色に輝く長髪。スラリと伸びた背の高さが、帝国海軍の制服を身に纏い、愛用の日本刀を腰に差し、首に巻いた日出る国を表したスカーフが特徴的だった。
「榛名、貴様は強くなれ。 強くなって、この日出る祖国と陛下をお護りするのが、我々帝国海軍軍人の務めだ。 それを心して、決して忘れるな」
大きくて、海のように蒼い瞳が、自分の瞳を映していた。
「我々は長らくこの国を護り続けてきたが、この国は今、最大の試練に直面している。それを乗り越えるためには、より強き者が必要なのだ」
光り輝き、煌々と靡く金色の長髪。
「榛名、貴様にこれをやろう。 これを私だと思ってくれ」
彼女は、首に巻いていたスカーフを解いて、それを榛名の首もとに優しくかけてやった。
「これから我々は大きな戦へと出陣することになるが、信じる心を以てすれば必ず道は開かれる。 榛名、貴様は私の妹だ。 信じているぞ」
その時に見た、目の前の姉の微笑み。
そして首にかけられたスカーフには、姉の温度が残っていて、優しい温もりがあったのを覚えていた。
「榛名…?」
伊勢の声に、榛名はハッと我に返った。
「どうしたの。神妙な顔しちゃって…」
伊勢はクスリと笑った。
「いや、なに…。 ちょっと昔を思い出していただけさ……」
榛名はぐいっと首に巻いたスカーフを口元に上げた。
「ねぇ、思い出すわよねぇ……」
伊勢は線香花火の小さな火花を見詰めながら、瞳を細めて呟くような声で言った。
「昔も……よく夏の日に、こうして花火をみんなでやったわね…。日向がいて、長門さんや金剛さん、扶桑義姉さんや山城義姉さん……赤城さんや加賀さん……大勢いたわよね…」
「ああ、そうだったな…」
「懐かしい」
「ああ…」
伊勢は、榛名は、背後をゆっくりと振り返った。そこには砲塔に背を預けて眠りこける、肩を並べた日向と二ノ宮の寝顔があった。
「ふふ…」
「まったく、あいつらは…」
「こうして見ていると、まるで子供ね」
「まだまだ子供さ。特に少尉は、まだ本当の恐怖も知らないような、無知な子供だ。それが士気なのか、恐怖なのか、それさえ判別できない子供だ」
「言うわねぇ。でも、可愛いわよ」
「ふん。 ……今のあいつらを見ていると、忘れてしまうな。戦争を…」
「本当に良い寝顔ね…。見てるこっちが微笑ましくなるわ」
伊勢は優しい頬笑みをずっと浮かべ、榛名も口元をフッと微笑ませていた。
「生粋の頭の固い帝国海軍軍人さんである榛名は、あの緩みきったのは許さないかしら?」
伊勢のその言葉に、悪気なんてものはまったくあるはずがない。親友をからかうような仕草で、そして榛名も、笑い返すように言った。
「ふん。もちろん、帝海軍人足る者、身も心も引き締めなければならん」
「…まるで、金剛さんね」
先に舞い散る桜の如く、軍神となった親愛なる姉を瞳に浮かべる榛名は、フッと微笑んだ。
「…私は姉上のところにまだ至っていない。 姉上に認められるような者になってみせるさ」
榛名は、まさに平和を具現化したような、静かに眠る二ノ宮と日向を見詰めて、微かに笑った。
「……あれも、悪くはない」
榛名と伊勢は、二ノ宮と日向の寝顔を見詰めていた。日向の寝息をたてる口から小さく「この馬鹿二ノ宮ぁ〜……ムニャムニャ…」と寝言が漏れてから、しかしコツンと日向の頭が二ノ宮の肩に乗ったのを見て、榛名と伊勢は顔を見合せて、月光の下で、笑った。
七月二十四日―――
「ん……」
朝の陽光に照らされ、二ノ宮は目を覚ました。ゆっくりと開いた視界に入ったのは、太陽の眩しい光と、白く照らされて輝く甲板だった。
欠伸をしながら腕を伸ばし、その途端に痺れるような痛みを感じてすこし呻いた。ふと気がつくと、自分のそばに瞼を下ろしてスゥスゥと寝息を立てている日向がいた。
二ノ宮は昨夜のことを、覚めかけの頭から思いだした。
昨日の夜、榛名を加えた、伊勢や日向たちと花火をした。火気厳禁を忘れたかのように楽しい夜を過ごしたのを覚えている。あの寂しいような、綺麗のような、小さな線香花火の火花が脳裏に鮮明に焼き付いている。あの夜、線香花火で打ち解けている末に、日向が眠気にまどろみ、先に寝てしまった。起こしても中々起きないのは昔から承知だったが、日向は本当に起きることはなかった。仕方なく、いつの間にか、二ノ宮も日向の隣で寝てしまった。
「………」
二ノ宮は、日向を起こさないようにそっと身体を慎重に起こして、歩きだした。朝日が照らす甲板の上をゆっくりと歩き、そして長い影が伸びているのを見つけて、顔を上げた。
砲塔の上に、影を伸ばす、日を眺めて立つ榛名の姿がそこにあった。
「…ん。 起きたのか」
「おはよう、榛名」
「ふん、随分と眠りこけていたな」
「あはは…。おかげさまで……」
「日向は?」
「まだ寝てるよ」
「そうか」
そう言って、榛名はまた日のほうに視線を向けた。まるで二ノ宮のことなど一切興味がなくなったかのようだった。
「よっと」
二ノ宮は砲塔の上によじ登り、榛名のもとに歩み寄った。
「な、なんだ。貴様。何の用だ」
「いや、特になにも」
何故かすこしだけ動じたような榛名の隣に立った二ノ宮は、一緒になって日の光を眺めた。その先には湾口があって、水平線が見えた。
「なに見てたの?」
最近、榛名が水平線の先を見詰めているのが日課になっているのは知っていた。
「別に…。 ただ、あの向こうを見詰めていただけさ」
「ふぅん…?」
「いつか、あの水平線の向こうから敵が来るだろう。私はただそれを待っているだけだ」
榛名の軽く放たれた言葉に、二ノ宮は驚いて榛名を見た。榛名の横顔は、いつもと変わらない表情だった。
「確かに三月にも空襲はあったけど…。 縁起でもないこと言うなよ…」
「縁起でもない? 日本中が敵の空襲と艦砲射撃に晒されている今なのだ。おかしいことではないだろう」
「そりゃそうかもしれないけどさ……。だけど…」
「そうなったときは、もちろん全力で戦うさ。 それが我々の使命なのだからな」
榛名の首に巻いたスカーフが、風に揺られて後ろへと靡いた。パタパタとスカーフの端を揺らす少女が、そこにいた。
「ここはな、少尉。 皆の思い出が深く刻まれた場所でもあるんだ…」
帝国海軍の、世界の第三位の海軍力を誇り、絶大な力を持っていた最強の連合艦隊の本拠地だった呉は、連合艦隊が壊滅する以前まで、世界に誇る日本の多くの艦艇がいた。日本を護る最強の戦艦や空母をはじめとした艦隊が存在したここは、まだ生きていた頃の榛名たちと同じ艦魂たちが大勢いた所でもあったのだ。
「姉上や妹たち、大和長官、長門や扶桑などの仲間もここにいた。 そして……神龍もいた。ここは、思い出が詰まった大切な場所なんだ」
「榛名…」
「もちろん、昨日の伊勢や少尉たちとの花火もそれに含まれる。だから私は――ここを護りたいんだ。護るには、戦うしかない。ただやられてばかりでここを汚され、お前たちが死ぬところを黙って見るよりずっとマシだからな」
榛名の真の心が明かされた瞬間だった。二ノ宮は、自分は彼女の心を、本当に前から気付いてたのかどうかわからなかった。いや、気づいてなかった。彼女がここまで、こんなに考えて、ここを本当に大切に思っているなんて、二ノ宮は知らなかった。
「……僕も」
「少尉?」
「――僕も、ここを護りたい。だって、榛名や日向、伊勢、みんなが確かにいた、ともに過ごした場所なんだ。僕も、戦うよ」
「……ふん」
榛名は鼻で笑ったが、その口元は優しく微笑んでいるように、二ノ宮は見えた。
「まだなにも知らない子供が…。 だが、心意気は大したものかな…」
「僕は確かに子供かもしれない。だけど、本当に護りたい気持ちは本物なんだ」
「大した口だよ、本当に…」
榛名は空を仰いだ。日の光が強く、呉の港を、彼女たちの鉄の身体を照らしていた。
昭和二十(一九四五)年七月二十四日―――
この日、もはや戦う力を持たない大日本帝国海軍の残存艦艇が集結した呉軍港に、突如、日本近海に接近していた米機動部隊空母部隊から発進した米艦載機述べ一〇〇〇機以上が、呉に襲来した。
この戦争の中で、帝国海軍の本拠地に関わらず空襲の数が少ない、しかし被害は甚大となる、三度の呉大空襲と呼ばれた米軍による空襲の、三月の空襲に続いての二度目の空襲だった。
呉沖海戦とも呼ばれるが、米艦載機が一方的に攻撃を仕掛けてきたので、呉大空襲と呼ぶほうが妥当だろう。
対して呉港に停泊していた艦艇が迎撃したので、海戦とも呼ばれなくもない。
ウウウウウウウ………
空襲警報の音が港に鳴り響き、兵士たちは戦闘配置に就くのに騒がしくなる。街にも避難警報が発令され、工廠のほうも降りかかる爆弾と敵機に警戒して、対空砲の砲身を上げた。
「総員、対空戦闘準備! 対空戦闘準備急げ!」
号令が響き、江田島小用沖に停泊していた『榛名』でも対空機銃や対空砲が迎撃準備に入った。ゆっくりと、大艦巨砲主義を表した巨砲が旋回し、砲身を上げた。
ヒューーーン……ズドドドォォォォンッッ!!
不気味な空気を切り裂く音が響くと、次の瞬間には火柱が立ち上った。あたりで水柱も立ち上り、轟音と爆発音が港を揺らし、騒音を上げた。
上空には無数の敵機が黒い点となって遠方から現れ、それが次々と港の中へと殺到した。
「………来たか。 思ったより、――遅かったな。だが、貴様たちはここに来た。正々堂々、正面で立ち向かおう、我が身を盾にしててでも」
スカーフを靡かせながら、瞳を閉じた榛名は腰に差した鞘から軍刀の日本刀を抜いた。
日本刀の刃がキラリと輝き、構え、榛名は向かってくる敵機を睨み据えた。
「金剛型三番艦―――」
大正から日本を長年護り続けてきた称号を紡ぎ――
「榛名、参るッ!」
刀を構えた榛名は、地を蹴って跳躍し、迫りくる敵機に向かって斬りかからんとした。
「だぁぁぁぁぁっっ!!」
爆弾倉を開いて接近した敵爆撃機に刀を振り下ろし、一刀両断した。と、同時に『榛名』の対空機銃弾が散発的に爆撃機の機体に穴を開けて、機体は分裂した。
敵機の分裂した機体が火の粉となってパラパラと海のほうへ落ちていった。
爆弾を落とす敵機も斬り捨ててればあっけないもの。しかし、それは自分にも言える。幾度の爆弾や魚雷を受ければ、如何に巨大な身体でも、あっけなく沈んでしまう。
砲塔の上に降り立つと、また蹴って、跳躍。それは飛躍といっても過言ではなかった。空中に舞い上がった榛名は、身を翻し、後方を過ぎ去ろうとした敵機を目に捉え、斬り捨てた。
また一機、火をあげた敵機はブゥゥゥゥン……と一直線に音を立てて海に向かって突撃していった。
「確かに私は浮き砲台だ。だが……戦えないこともないっ! 貴様らを地獄の底に突き落としてやるっ! 覚悟しろっ!!」
榛名は飛躍し、空中で身を巧みに翻しながら、刀を斬りまわし、近寄る敵はすべて斬り捨てる勢いであった。
しかし敵機も負けじと突貫するかの勢いで迫りくる。数に物を言わせて、大多数の敵機が編隊を解いて、ばらばらに突撃してくる。幾度も爆弾を投下し、不気味な音を響かせ、落ちた先に水柱を立ち上らせた。
数十メートルと高く立ち上った水柱が、海水が甲板を濡らし、雨となって降りかかった。
『榛名』の第二砲塔の中にいた砲術員である二ノ宮は、戦友たちとともに砲弾を装填した。
「三式弾装填完了ッ!」
「テェッ!」
旋回した砲身が首を上げ、その砲口から真っ赤な花を咲かせた。黒煙とともに噴き上げ、火山の噴火に似た大音響が轟いた。艦体を、波を揺らし、空中に飛び込んだ三式弾が爆発し、無数の火山弾が散開した。
三式弾の爆発に巻き込まれた十数機の敵機が火の十字架となって、バタバタと落ちていった。
「次弾装填急げッ!」
その時、『榛名』の砲塔付近に爆弾が降りかかった。爆弾はヒューンという寒気がする音を響かせてから、着弾した。艦体を揺らす爆発が轟き、甲板に大穴が開いた。
「ぐあっ!」
第二砲塔にいた二ノ宮は付近から襲いかかってきた衝撃に打たれた。戦友たちも同じく、衝撃によって倒れる者もいた。
「前甲板に直撃弾一ッ!」
伝声管から報告の声が届き、二ノ宮はギクリと震えた。
「しまった…。 榛名ッ!」
二ノ宮は、外で戦っているだろう戦乙女のことを思った。
「あぐぅっ!!」
榛名の身体から傷が開き、真っ赤な血しぶきが舞った。膝を折り、ガクリと項垂れた榛名は、荒く息を吐いてから、キッと上空を支配する敵機を睨んだ。
「この程度……どうってことはない。私はまだ戦えるぞッ!」
榛名は立ち上がり、ぽたぽたと血が滴った。口端から血がこぼれ、噛みしめると鉄の味が染みわたったのを榛名は感じた。
血が流れた身体で、榛名はまた、刀を構えて跳躍した。
グオオオオオオオン!!という炸裂音を響かせ、敵戦闘機が機銃掃射を浴びせてきた。対空機銃で立ち向かっていた兵員、弾を運んでいた兵員等、何人かの兵員がその身体に機銃弾を叩きこまれ、絶命していった。
「おのれっ!」
榛名は敵戦闘機に向かおうとしたが、敵戦闘機はさっさと『榛名』から離れてしまった。
しかし、飛び去ってしまった敵機は、突然黒煙を噴き上げて墜落した。
榛名が視線を向けると、その果てから轟音を轟かせながら、日本の迎撃機が飛来してきた。
「三四三航空隊の連中か…。 恩に切るぞ……」
以前までは航空機を虫と罵って嫌っていた榛名だったが、このときの榛名は以前とは違っていた。
素直に味方の支援を受け入れ、感謝していた。
三四三航空隊の紫電改が呉港を襲う敵機の中へと突っ込んでいった。紫電改は敵のグラマン戦闘機と交戦を交え、次々と敵機を撃墜していった。
しかし敵機も負けない。一機の紫電改が不意をつかれ、不幸なことに敵機の餌食とされてしまった。黒煙を機体から噴きあげて身を翻した紫電改はそのまま何処へと消えてしまった。
「くそっ! はぁぁぁぁっっ!!」
榛名は、一機の紫電改を撃墜した敵機に斬りかかった。敵機の翼が一刀両断され、さらにコクピットが血に染まった。くるくると回転して落ちていく敵機を見下ろし、榛名は仇は取ったぞと心のうちに呟いた。
「動けないからって舐めたら痛い目にあうわよっ! これでも喰らえッ!」
日向は手を上げて、そしてバッ!と振り下ろした。その時、『日向』の四一式35.6センチ連装砲四基が火を噴いた。
『日向』の放った対空砲弾――三式弾がその内なる力を解放し、爆風が周りの敵機を吹き飛ばした。
くるくると火の板となって舞い散った敵機の亡骸が、海面に落ちたのを見届けた日向はニッと微笑んだ。
「鬼畜米英、あなたたちなんかにこの場所を汚されてたまるかっ! この国から、この場所から、さっさと出ていけぇぇぇっっ!」
日向の怒号が、同時に放たれた『日向』の砲撃が重なって、あたりに大音響が響き渡った。
「……美しくない。綺麗じゃない。穏やかじゃないわねぇ……」
伊勢はふぅと頬に手を当てて溜息を吐いた。その上空は敵機に制圧され、次々と機体を翻した敵機が、真っ先に『伊勢』目掛けて急降下してきた。
「…物騒なのは、好きじゃないわ」
その瞬間、急降下で『伊勢』を見据えていた敵機のパイロットは一瞬自分の目を疑った。同じく爆撃手も爆弾を投下するトリガーに手をかけたとき、思わず目を見開いた。敵艦を前方に捉えていた正面が、一瞬にしてふわぁと舞った桜に包まれ、ピンクに近い白色の世界が視界を奪った。
「でも……」
混乱の声をあげる前に、パイロットたちは足場からドンドンッ!と機体の外側からハンマーで叩かれたような衝撃を感じた。その途端、ガクンと機体が傾き、晴れた視界が今度は黒煙に包まれているのを知って、悲鳴をあげながら、いつの間にか正面の視界が海になっているのに気づいて、そのまま海面へと特攻した。
「私だって、本気になるわよ…?」
伊勢は扇子を開いて、口元を隠した。
伊勢の周りに桜が舞い落ち、伊勢の片手には光の手裏剣が握られていた。
着物の長い帯が靡き、伊勢は可憐な動きで、開いた扇子を口元にやりながら光の手裏剣を投げた。光の手裏剣は一直線に、接近してきた敵戦闘機の機体に突き刺さり、敵機は爆発四散した。
「全員、よく聞け! ここは我が帝国海軍の本拠地であり、今や軍神となった者たちの想いが記憶された場所であるっ! 我々は先に散っていった彼女たちが護ったこの場所を、必ず護るのだっ! 覚悟を以て挑めッ! 以上ッ!」
榛名の吐いた言葉に、港にいた艦魂たちは全員、「了解ッ!」と応えた。
ここにいる艦魂たち全員の勇ましい応答の声を聞いた榛名は、満足そうに頷いた。
「大淀ッ! 危ない!」
利根の対空機銃が、『大淀』に急降下した敵機を見事に撃ち抜いた。
「すまない、利根」
ポニーテールを靡かせ、道着を着込んだ大淀が利根に視線を向けた。
利根はショートボブの、太い眉の下にある表情を緩ませた。
「もうっ。気をつけないと駄目だよ。 ――ッ?!」
ズドォォォォンっ!!
突然、利根の背後で敵機が爆発した。飛び散る敵機の破片を呆然と見詰めていた利根は、はっとなって、弓矢を構えていた大淀を見詰めた。
「お前も背中がガラ空きだぞ」
「お互い様ってことね」
二人はニッと笑って、次の瞬間には、お互いに背中をくっ付けるようにして合わせた。
「背中は任せたよ」
「そっちこそ」
二人は、それぞれの前へと、地を足で蹴って飛び込んだ。
燃料が無く、係留したまま動けない艦艇は敵機にとっては格好の獲物だ。しかし艦艇も迫りくる無数の敵機に対して、本当に奮闘した。近寄る敵は撃ち落とす勢いで、決して諦めずに最後まで戦おうという姿勢が見られた。
しかし、それも時間の問題だった。
上空を支配する敵機の轟音、そして爆発音が増していく。やがてその音に比するように火柱が立ち上り、次々と黒煙と火の手をあげて脱落する者が増えていった。
すでにほとんどの身を海水に没した者、今まさに沈もうとしている者、炎上する者、それぞれだった。
「………ッ」
ボタボタ、と重みのある血のかたまりが落ちた。身に纏う軍服は、――いや、身体はズタズタに引き裂かれ、真っ赤な血に染まっている。榛名は不意に、呉市のある陸のほうに視線を向けた。
黒煙をあげる工廠と、自分たちが護るべき国民が日常を生きる呉市の街が見えた。
空は青空。
その情景に、榛名は目を伏せた。
「はぁ…はぁ……。 ごほっ!ごほっ! く…ッ! まずいな…。身体が……言うことを聞いてくれなくなっている……。 ――がはっ! ごほっ!」
ベチャベチャ!と口から血のかたまりを吐きだした榛名は、その吐血量を見て、自分の身体がもう限界に近付いているのを悟った。
『榛名』自身、幾度も爆弾などを受けて黒煙をあげていた。艦体はボロボロで、兵員たちの肉片が甲板にころがっていた。血なまぐさい光景が広がり、『榛名』は一つの惨劇の公開場となっていた。
煙を立ち昇らせる第二砲塔から、煙の中から、服を黒く汚した二ノ宮が、咳きこみながら出てきた。
「ごほっ! ごほっ! はぁ…はぁ…。 ―――うっ!?」
二ノ宮は外に出て、目の前の惨状の光景に絶句した。
チラチラと火災の炎が見られ、甲板は人間の血によって真っ赤に染まっていた。あたりは血の水たまりばかりで、一歩、足を踏み入れば滑ってしまいそうなほどだった。そこらじゅうに人間の肉片や、身体の一部がころがっている。
あれは……人の腕? そしてあれは足……。 あ、あれは首がない胴体……。 か、顔が……
「うぅっ!!」
二ノ宮は思わず、奥底から煮え繰り返してきた吐き気に押され、汚物を吐き散らした。
「ぜぇ…ぜぇ…。 は、榛名……。 日向……。 伊勢……。 みんな……」
二ノ宮はフラフラと血の上を歩み出した。至近弾の衝撃に揺らされ、二ノ宮は血の池に倒れた。そして水柱から降りかかった海水の雨に身体を叩きつけられ、甲板の血の池が洗われた。
「あ…ぐ……。くそ…。ちくしょう……」
二ノ宮は倒れたまま、ぎゅっと握りしめた拳を震わせた。
「そろそろ……潮時…か……」
砲塔の上にいた榛名は呆然と立ち尽くした。その耳に敵機のグォォォンという炸裂音が響き渡り、敵機の機銃掃射が振りかぶった。
機銃掃射の衝撃に、立ち尽くしていた榛名の身体は揺らされた。その拍子に、榛名の首に巻きついていたスカーフが、スルリと解けて空中に舞った。
「あ…ッ!」
榛名は、スカーフがヒラヒラと空中へと舞っていくのを目を見開いて、見据えた。榛名は動かない血だらけの足を無理矢理引っ張るようにした。しかしバタリと倒れ、必死に手を伸ばすが、虚しくもその手は届くことはなかった。
「姉上……ッ!」
榛名は、遠ざかるスカーフに手を伸ばしながら、叫んだ。
――『榛名、これを貴様にやろう。 これを私だと思ってくれ』――
姉の笑顔が、揺れる瞳に浮かんだ。
「うあああっっっ!!」
「ッ!?」
榛名は、聞いたことのある者の声のほうを見た。
二ノ宮が、血に濡れた甲板の上を、転びそうになりながらも走り、ひらひらと舞うスカーフに向かって、飛んだのだ。
「―――ッ!」
二ノ宮は空中で、榛名のスカーフを握りしめた。そしてそのまま甲板へと滑りこむように倒れた。
榛名は慌てて血にまみれた足を引きずり、砲塔の上から甲板を見下ろしたが、そこにはしっかりとスカーフを手に離さない、二ノ宮の姿があった。
二ノ宮は、榛名に向かってスカーフを握りしめた手を大きく振った。
「あの馬鹿……」
榛名の口元が、微かに緩んだ。
しかし、榛名はハッと何かに気づいて上を仰いだ。そこには太陽をバックにして突っ込んでくる三機の敵機が見えた。
「少尉ッ!」
榛名は叫んだ。二ノ宮も敵機の轟音に気付き、敵機のほうを見上げていたが、逃げることはできなかった。
二ノ宮を見据えた敵機が、機銃掃射の雨を降らせた。二ノ宮は頭を伏せたが、そこに敵の機銃掃射が降り被り、煙幕が舞った。
「少尉―――――ッッ!!」
榛名は思いのたけを叫んだが、敵機の炸裂音がそれを掻き消した。
敵機は機首を上げ、黒い物体を投下してから飛び去った。黒い物体はそのまま海に落ちて水柱を上げたが、一発が、第三砲塔あたりに直撃した。
「ぐ、は―――ッ?!」
榛名の背中から亀裂が走ったかのように、血のシャワーが噴き出した。
榛名はそのままうつ伏せに、ベチャリと血の池に倒れた。
「………」
それきり、敵機のうるさい炸裂音や轟音は聞こえなくなった。ゆっくりと見上げると、黒煙の間に見える空から、引き返していく敵機が垣間見えた。
終わった……。
榛名はそのまま眠ってしまいたい衝動に駆られたが、そうはいかなかった。ぐっと両手に力をこめて、足を引きずりながら、匍匐前進のような姿勢で前へ、前へと進んだ。
そして砲塔の上から見下ろし、弾幕が無数に開いた、煙が張った場所を見詰めた。
彼は……どうなった?
榛名はジッと細めた瞳で見詰め続け、血がこぼれる口元を噛みしめ、ぎゅっと拳を握り締めて小さく震えた。
煙が晴れ、そして見えた光景に―――榛名は息を詰まらせた。
「―――ッ!」
そこには―――二ノ宮が手を上げて、握り締めたスカーフをゆっくりと掲げて振る姿が見えた。敵の攻撃のせいか、頭を怪我しており、血が流れていたが、その表情は、笑顔だった。
「……本当に、馬鹿な奴だ」
榛名はフッと微笑み、そして―――プツンと糸の切れた人形のように、意識が闇に落ちていった。
日向は血だらけになって、両足を投げていた。背を預け、自分の艦体から立ち上る黒煙が覆う空を仰いでいた。
ツインテールの髪は、バサリと落ちて長髪になっていた。彼女自身の血がべとつき、日向は自分の髪を触った。
「……後で洗わなくちゃ。…ったく、長い髪って、大変、なんだか、ら……」
日向は、さっきまで執拗に攻撃を仕掛けてきた敵機の大群が、引き返していくのを見た。
「やっと帰ってくれるのね……。 もう、二度と来るんじゃないわよ……馬鹿…」
日向の意識は、もう薄れていった。だんだんと視界がぼやけ、闇のカーテンが下りてきた。
「……あれ、おかしいな」
視界が、真っ暗となった。
「…なにも、見えないや……。 姉さん…? 榛名…? みんな、どこにいるのよ……」
まったくの闇。日向の肩が、小刻みに震え始めた。
「ちょっと……どこにいるのよ、あの馬鹿二ノ宮…。 さっさと……私の前に…現れなさいよ……馬鹿二ノ宮ぁ……」
日向の瞳から、キラリと光った涙の雫が、血に汚れた頬に一筋、伝った。
「……みんな、どこぉ…。 ぐすっ……二ノ宮、助けて…。なにも、見えないよぉ……」
日向のすすり泣き声が、いつまでも、聞こえていた。
日向の血に染まった―――永遠に閉じられた瞳からぼろぼろとこぼれる涙は、止まることはなかった。
「……終わった、のね」
伊勢はゆっくりと、尻を向けて引き返していく敵機を見詰めた。
その伊勢の姿は普段のときとはかけ離れた姿だった。綺麗に彩っていた着物は破け、伊勢の肌も流血に染まっていた。「ふぅ…」とつくと、その場にゆっくりと腰を下ろした。
「みんな……よく、頑張ったわね……。もう、終わったわ…。御苦労さま……」
艦魂の能力であるテレパシーで艦魂全員に向けて優しく声を届けさせてあげたが、返事は誰一人もなかった。
それでも伊勢は続けた。
「ゆっくり、休んでね……。 私も疲れちゃった…。 ちょっと……休めなきゃ…」
伊勢はそう言うと、バタリと前に向かって倒れてしまった。その時、『伊勢』の艦体がズズンと地震のように揺れ、その身が着底した。
昭和二十(一九四五)年七月二十四日にあった呉大空襲は、呉港に停泊していた日本残存艦艇に大打撃を与えた。四日後の七月二十八日にも米空母部隊の艦載機による空襲が続き、多くの艦艇が深く傷ついた。『榛名』『伊勢』『日向』は大破着底、『天城』転覆、『葛城』小破、『龍鳳』損傷を含めた航空母艦。『大淀』転覆、『利根』なども大破着底した。
多くの艦艇が沈没又は大破着底し、最後の日本の希望は儚く失われた。帝国海軍は本当にこれ以後戦える水上戦力を完全に失い、呉港の惨状は終戦まで続いた。
そして―――敗戦という名の終戦。
呉港には転覆又は大破着底した艦艇がそのままの状態にされていた。そして終戦後、日本軍は消滅し、明治以降の栄光を輝かせた大日本帝国海軍は永遠に潰えた。残された艦艇も解体処分が決定され、彼女たちはその身の艦生が終えるのを待つ日々となった。
榛名たちが危惧したとおり、最悪の事態が的中してしまった。八月六日に新型爆弾――原子爆弾が呉に近い広島市に投下され、続いて同月九日に長崎に同様の原子爆弾が投下され、数知れぬ無抵抗の民間人数万人が虐殺された。
日本列島に二つのキノコ雲が立ち上り、戦争は終わったのだ。
ドッグの中で、引き揚げられた『榛名』が解体作業を受けていた。着々と進む作業で、その身は随分と寂しいものとなっていた。
その艦の艦魂である榛名は、首に巻いたスカーフをぐっと口元まで上げた。
その身は、艦体が解体されているのを物語るように透明化しつつあった。身体が透け、今にも消えてしまいそうだった。
しかし榛名自身、動じている様子は一切見られなかった。
「ようやく私も姉上たちのもとに行けるというわけか……。 ふふ…」
榛名は首に巻いていたスカーフを解き、手に持ってそれを眺めた。あの時の自分の血のシミが付着していたが、気にしなかった。日の丸を描いた赤い丸を見詰め、譲り受けてくれた姉、そして彼のことを思い出していた。
「……少尉は、うまくいっているのかな」
さっきまで自分を見舞いに来ていた彼を、榛名はさっさと親友のもとへと行かせた。ちょっと強引だったかもしれないが、それで良かった。
「……ありがとう、少尉」
あの時、必死になってこの大事なものを掴み取ってくれた彼の笑顔を思い出し、心が温かくなるのを感じた。
この感覚は、実は以前から彼に対して感じていたものだと、今更ながらわかった。
「そうか……。ふん…」
榛名は、フッと自嘲気味に笑った。
「好きだったんだな……あいつが…」
最後の最後で気付くことができた自分の本当の気持ち。本当にこの最後で気付くことができて良かったと思う。以前までは、いつも日向のことを気にかけてしまい、自分の気持ちに気付けなかった。だから彼の心はきっと、日向に向けられているだろう。だが、それは気付くのが遅かった自分の自業自得だ。後悔はしていない。ただ、この気持ちを伝えられなかったのが残念だったかな。
「いつか……伝えてみせるさ…」
榛名の身体が、光の粒子となって消えていく。
「いつか、な……」
最後に榛名は、優しい微笑みを見せた。普段の榛名には、滅多に見せない、優しげな表情を。
それは、まさしく恋する女の子の微笑みだった。
「…姉上、これをお返しに参ります。待っていて、くださ……い……」
榛名は、ゆっくりと瞼を閉じた。
その瞬間、榛名の身体は光の粒子となって弾けて、完全に消えた。弾けた粒子が集まり、そのまま天空へと昇っていった。
「ねぇ……二ノ宮、いる…?」
「僕はここにいるよ、日向…」
同じく解体作業が進められている『日向』には、二ノ宮と日向が寄り添うようにしてそこにいた。両眼に包帯を巻いた日向は、そばにいてくれる二ノ宮の肩に頭を載せて寄り添っていた。
「どこにも、いかないでね……。ずっと、そばにいて…」
「もちろん…。日向のそばにいるよ」
「本当…?」
「うん」
「良かった…」
強気だった、元気が有り余るほどの彼女の姿はどこにもなかった。しかし、自分の気持ちに素直になった女の子となって、日向は二ノ宮のそばにいた。
空襲以来、目が見えなくなった日向を、二ノ宮はずっと支えてきた。その手を握りしめ、身体を触れさせてあげることで、自分の存在を闇の中にいる彼女に教えてあげていた。
そして、二ノ宮がそっと手を乗せた、日向の手は―――透けていた。
日向はどこにもいかないでと言った。だけど、本当は二ノ宮のほうが、不安だった。透けていく日向はどこかに消えていってしまうようで、とてつもなく不安だった。
しかし日向にそれを悟られないように努めてきた。
二ノ宮はずっと、日向のそばに寄り添って、残酷にも過ぎていく時間の中を二人で生きていた。
「二ノ宮……」
「ん?」
「包帯、解いてくれないかしら……」
「……うん。わかったよ」
二ノ宮はそっと、日向の両眼を塞いだ包帯を解いた。日向の閉じられた瞳があった。
その瞳は開くことはなかった。
「ありがと」
「…うん」
正面に向き合った日向の表情を見詰める二ノ宮。二人は黙して、語らなかった。
「ねぇ…二ノ宮」
沈黙を破るように、瞳を閉じた日向が口を開いた。
「なに、日向…」
「今まで、ありがとね…」
微笑んで紡がれた日向の言葉に、二ノ宮はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。
「な、なに言ってるんだよ。いきなり…。ひゅ、日向らしくないなぁ…」
「楽しかったわよ、あんたといられて」
「……ッ」
二ノ宮は下唇を噛みしめた。目の前にいる彼女の微笑みが、とても痛かった。
「馬鹿なあんたと馬鹿やって、あんたを馬鹿だって罵倒して、あんたと一緒に榛名や姉さんたちとしたこと、神龍たちと過ごしたこと、本当に今までが全部楽しかったわ」
「…そっか」
「あんたはどうなのよ、二ノ宮」
「…当たり前だろ。僕も、楽しかったさ」
声が震えてきたのを、必死におさえる。
「あんたに馬鹿二ノ宮って叫ぶのも、中々良かったわよ」
「ひどいなぁ…」
目の前の彼女を見ていて、声が震える。
光の粒子が彼女の存在を削るように見えて、いやまさに彼女の存在が粒子となって消えていくのを見て、二ノ宮は耐えられそうになかった。
「日向ッ!」
二ノ宮は目の前にいた日向を抱き締めた。
「日向…ッ! どこにもいかないでくれ…! 僕のそばにいてくれ…ッ!」
「二ノ宮…」
「僕を馬鹿だって言ってもいいっ! また蹴ってくれてもいいっ! 怒鳴ってくれてもいいっ! いや、してくれっ! だから日向、お願いだから……ッ!」
「クスッ。 あんた……いつの間にそんな変態になっちゃったの? 馬鹿ねぇ…」
「日向…ッ!」
涙がぼろぼろとこぼれた二ノ宮の顔を手で触れた日向が、正面に顔を向け合わせた。
「ねぇ、二ノ宮。キスしてよ」
「日向…」
「こういうのって恋人がするもんでしょ? 私、あんたのことがずっと前から好きだったのよ。 それはもうあんたが感謝するくらい私はあんたのことが大好きなのよ。 今まで散々やってあげちゃったけど、あれは私の愛情表現だと思ってくれて構わないわ。 ほら、よく言うじゃない。子供は好きな相手に対して逆に苛めてしまうってさ…。ってことは私は子供か。 あはは…」
「日向……」
「あんたはどうなのよ」
「僕も……日向が好きだよ。愛してるよっ!」
「じ、実際にそこまで言われると恥ずかしいわねぇ…。 あんた、本当に馬鹿ね」
「馬鹿でもいいっ! だいたい、好きなら当たり前だろっ!」
「……馬鹿二ノ宮。こういうのは普通、男のほうからするもんだからねっ」
そう言って、二ノ宮がなにかを言い返そうとしたのを防ぐように、日向の唇が二ノ宮の唇に重なった。日向はしっかりと二ノ宮の両頬をおさえ、そしてゆっくりと桃色の唇を離した。
「……初めてってぎこちないわね」
瞳を閉じた日向の頬は、紅潮していた。二ノ宮もそうだった。
「そうだね…。でも……」
「ッ?!」
今度は二ノ宮が、日向の唇に自分の唇を押しこんだ。再び二人の唇が重なり、長い時間の間、重なり合った。
「二度目は、うまくいったんじゃない?」
「こ、この馬鹿二ノ宮ぁぁ……」
二ノ宮は以前のように、いつもの調子に戻った日向の声を聞いて、殴られるか蹴られると思ったが、日向は次の瞬間、クスリと微笑ませた。
「本当、最後まで馬鹿なんだから……」
日向の下半身がほとんど消えていた。そして、日向はそっと二ノ宮の胸の中に入った。
「さよなら、馬鹿二ノ宮……。 元気でやっていかないと、承知しないんだからね…」
「ひゅう、が……」
二ノ宮はなにか言いかけたが、その前に日向は微笑んだ笑顔のまま、完全に光の粒子となって、二ノ宮の胸の中から消えていった。
「日向……」
光の粒子となって日向が消えていった天空を、二ノ宮はずっと仰いでいた。
「榛名……日向……。 もう、先にいってしまわれたのね……」
解体作業が進む『伊勢』に、艦魂である伊勢はいた。落ち着いた物腰で腰を落とした伊勢は、冷静に二人が消えていったのを感じ取っていた。
「私も……そろそろね…」
伊勢は自分の手の平を見詰めた。その肌は透けて、きらきらと光の粒子が昇っていた。
この長い間、本当にいろいろなことがあった艦生だった。心に、悔いはなかった。
「……もうすぐで私も皆さんのもとに行けるのね」
先にいった榛名たちや、神龍、大和、そして大勢の仲間たち。伊勢もまたそのうちの一人に加わろうとしていた。
「……諏訪さん」
伊勢は、ポツリと彼の名前を呟いた。
この約三十年の間で、伊勢は数々の艦魂と人との出逢いを交えたのは当然だった。そして、伊勢が最もその艦生の中で巡り合えた、一人の軍人である彼を想った。
先に、追い込まれた日本が編み出した非道の戦術、特攻によって命を散らせた彼も、また自分を待ってくれている。
伊勢は、ゆっくりと両手を広げていた。
「もうすぐ参ります……。 皆さん、すぐにそちらに……」
伊勢の頬に、一筋の白い線が伝った。
そして、伊勢は淡い光に包まれて、そのまま光の粒子となって完全にその姿を消した。きらきらと舞い上がった光の粒子は、天に向かって昇っていった。
約三十年、大正の時代から昭和の終戦まで日本を護り続けてきた古参の戦姫たちは、その生涯をそれぞれの想いのうちに、終わりを告げた。彼女たちの護った母国は、国民は、消滅することなく勇ましく生き続け、復興と繁栄を遂げていった。
彼女たちはそんな日本を、天から優しく見守ってくれているのかもしれない―――
伊勢「伊勢と〜」
日向「日向のぉ」
伊勢・日向「艦魂姉妹ラジオ外伝版番外編〜〜〜っっ」
――本番組は、北は樺太、南は台湾まで、全国ネットでお送りいたします―――
――大本営・海軍省・大日本帝国海軍支援協会・艦魂同盟の提供で、お送りいたします―――
日向「やっっっと私たちの出番よぉぉぉっっ!」
榛名「落ち着け、日向…」
伊勢「はい、皆さんお疲れ様でした。ここまで読んでくれて本当にありがとうございます。私たち三人のお話、いかがでしたか? 今回は物語のメインの一人である榛名にも来てもらいました」
日向「最も出番が少なく影が薄いと言われた私がようやく……。長かったわ……。日向ファンのみなさーんっ!待たせたわねっ!どうだったかしらっ!」
作者「実際、今までにマジで「日向の話を読みたい」とか、日向を望む声が届いてたからなぁ。日向って意外と人気ある人にはあったんだね」
日向「それはどういう意味かしら、作者〜?」
作者「すみません…」
伊勢「まぁまぁ日向。日向も活躍できたから良かったじゃない」
榛名「そうだな。よく戦ってくれた。それこそ大和の撫子だ」
日向「えへへ〜。そ、そうかしら?」
伊勢「ええ。 特に、最後の二ノ宮さんとのシーンなんて日向、大活躍だったじゃない〜」
日向「ッッ!!!」
作者「2828(ニヤニヤ)」
榛名「………」
日向「あ、あれは…その……ッ! あ、あの場のノリっていうか、流れというか……」
伊勢「随分と大胆で、可愛かったわよ」
日向「ね、姉さんッ! あまりからかわないでよぉぉっ!」
伊勢「あら、からかってなんかないわよ。妹が最後に素直になって、ひとつの願いが叶ったんだから。姉としては嬉しい限りよ」
日向「ううう〜〜〜」
作者「確かに恥ずかしかったねぇ。なんだかこの作品は恥ずかしい内容が多いような気がする。長門といい神龍といい…」
日向「うがぁぁぁぁっっ!!(思い出しただけで悶絶)」
榛名「…落ち着け」
ドスッ!(鞘で日向の脳天を突く)
日向「はうっ!」
チ〜ン……
作者「合掌…」
伊勢「大丈夫? 日向…。榛名、やりすぎよ」
榛名「…ふんっ」
日向「…せ、せっかく出番が来たと思ったのに……この扱いは…ひどく、ない…? それもこれも……」
ガバッ!
作者「あ、起きた」
日向「お前のせいだ、馬鹿作者ぁぁぁぁっっ!!」
作者「やっぱこうなるのかぁぁぁぁっっ!!」
伊勢「あらあら、また二人で追いかけっこ始めちゃった。日向には二ノ宮さんがいるっていうのに…」
榛名「……。 ところで、伊勢」
伊勢「なに?榛名」
榛名「いや…。 最後のシーンで、お前が呟いていた……その…。 やはりまだあいつのことを想っているのか?」
伊勢「………」
日向「なになに、どうしたのよ?(作者を殴って帰投)」
作者「痛いです……」
伊勢「…ふふ。どうかしらね」
日向「? なんなのよ?」
榛名「日向、貴様も知っているだろう。 諏訪中尉のことだ」
日向「ああ……。あの人…」
作者「読者にはさっぱりのことをサラリとおっしゃらないでくださいよ」
榛名「だったら貴様が説明しろ」
作者「はい…。 えーと…作中の最後のシーン、伊勢が呟いていた人物の名前は……」
伊勢「もう昔の話よ。 一人で逝ってしまった、私の大切な人よ」
作者「…と、いうことで実は伊勢さんの胸の中にしまわれた過去であるのです……」
榛名「都合よく閉めようとするな」
日向「それだけじゃわからないでしょ」
伊勢「私には……この長い艦生の中で、大勢の艦魂と人と出会ってきましたが、その中で最も運命的だと感じた、私が大切に想っていた人が一人いたんです。でも、彼は先に私のもとから去ってしまった…。ただそれだけよ」
日向「今明かされる姉さんの過去よ」
作者「そういえば今回は榛名の過去もあったよね」
榛名「うむ。 私がこの世で最も敬愛する、金剛姉上との記憶だ……。 このスカーフも、姉上から譲り受けたものだ」
作者「今回は三人のメインということで、その途中でお二人の過去も触れられたというわけですね」
日向「もしかしていつか書いたりするの?その榛名や姉さんたちの過去話」
作者「もちろんそのつもりで、伏線的な感じでそれを書かせていただきましたから。今度また、彼女たちの過去も書きたいなぁと考えています。特に伊勢とその彼の話。しかし実際、次回作品は未定なんですけどね。一応立候補の物語が三つほどあるのですが、どれにしようか現在迷っています」
日向「まだそんなに書くの……?あんたの執筆速度を考えたら途方もないわね…」
作者「言いすぎだろおい。 まぁ…否定はしない」
榛名「しないのか…」
作者「だって元々の神龍本編は戦争の末期からスタートで、多くの艦艇はとっくに失った後だったんですよ? 他にももっと書きたい戦艦や空母があるんですよ〜! それで榛名や伊勢の過去を使って、当時まだ健在だった戦艦や空母たちのキャラも書きたいと思っていて……」
日向「そういえばそうねぇ。戦艦だって私たちや、空母なんて葛城たちくらいだったし。他にも扶桑義姉さんや赤城、色々いるもんねぇ」
作者「あと潜水艦の話も書きたいので、潜水艦の話も絶対書きます」
伊勢「頑張ってくださいね」
作者「と、いうことでー。次回は、ごめんなさい未定ですが、次の作品もよろしくお願いできたら幸いです。では、また次回〜」
日向「ちょっと作者」
作者「……なんだよ日向。せっかく上手く閉めようと思ったのに…」
日向「別に上手くもなにもないわ。それより……」
作者「ん?」
日向「よくも私にあんな恥ずかしいことさせてくれたわねぇぇぇ……。たっぷりとお礼をしてあげるわ……」
作者「え、ちょ、待っ…。 な、なんでこんなオチッ?!」
日向「それにあんた、前回は欠席してたわよねぇ…。まぁノコノコと今回は出てくれたわね……。前回の分もたっぷりと……」
作者「うわなにするやめ…ッ! なんでぇぇぇっっっ!!」
日向「喰らえッ! ツインテール・ブレイドォォォ!!」
作者「なっ!? ツインテールがまるで光の刃物のように……ぐはぁぁぁぁぁっっ!!」
ドゴオオオオオオオンッッ!!!
日向「ツインテールは、最強なり…」
作者「ぐふ…。 わ、私はポニテ派なのですが…」
日向「死なすっ!」
作者「はぐぁっ!!」
こんなオチでごめんなさい。無理矢理なのが見え見え。
二週間もお待たせしてしまった末、このような作品が出来上がりました。いかがだったでしょうか。
一応書きたい物語が幾つかあって、次回作にも候補があがっているものがあるのですが、まだ未定です。すみません…。
最近寒いです。こちらも最高気温がマイナスなのが日常的です。今日も道はツルツルで……あぁ寒い。
先週なんてスキー授業があって、寒いわ疲れるわ…。
こちらの冬は本当に大変ですよ…。
では、皆さんも体調には十分にお気をつけください。主にインフルエンザやノロウイルスとか。私の学校なんて何度かノロウイルスの疑いがある生徒が出て、消毒とか大変だったんですから…。結局その生徒たちはただの高熱だったんですが。
インフルエンザといえば、映画の「感染列島」観にいきたいなー…。高校入ってから一度も映画館行ってない…。
長くなってしまいましたね。それでは、またの機会に〜。