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【前編】故国を長き護りし三人の戦乙女

随分とお久しぶりになってしまいました。ようやく投稿です。おそらく私の名前を忘れたかたがいるのではないでしょうか。はは…。

二週間ぶりの投稿です。

当初は短編として投稿するはずが、書き始めてみれば長くなってしまい……とうとう二話形式にせざるをえなくなってしまいました。

ついつい長く書きすぎてしまうのが私の悪い癖です…。反省…。

では、榛名・伊勢・日向。あの日本の古参三人組の艦魂たちがメインの物語です。お楽しみいただければ幸いです。

では、どうぞご覧くださいませ。

 呉大空襲。

 呉沖海戦とも呼ばれたこの戦い。

 昭和二十(一九四五)年七月二十四日、日本国内にある有数の軍港として栄えた広島県・呉港は米機動部隊の攻撃を受け、多数の艦艇が戦闘不能な状態に追い込まれた。

 帝国海軍最後の艦艇が停泊していた呉。そこには戦艦『榛名はるな』『伊勢いせ』『日向ひゅうが』、航空母艦『葛城かつらぎ』『天城あまぎ』『龍鳳りゅうほう』など、最後の連合艦隊旗艦である軽巡洋艦である『大淀おおよど』と『利根とね』『青葉あおば』などが大損害を受け、更に、二十八日の執拗な攻撃で大破着底してしまった。          

 同年四月七日の沖縄特攻で既に『大和やまと』、四月八日に護衛戦艦『神龍しんりゅう』が沈没。横須賀の『長門ながと』も十八日の空襲で損傷を受けていた。

 そして今度は呉に攻撃が及んだということであった。

 

 


                  

                     ●






             たとえすべて失ったとしても

           あなたに触れ感じたぬくもりは忘れない

               隣にはあなたがいない



              sovereignty of fear natumegumi.



    

 

                     ●


 広島県、呉―――

 ここは日本有数の軍港がある軍都として栄え、帝国海軍の本拠地とされている。

 夏の日差しが突き刺す、七月のある日。

 真夏の太陽が照りつける青い空の下、数々の艦艇が繋留した呉港は今日も平和だった。

 戦争という世の中。日本本土の各地は敵の空襲に晒され、世界中で大勢の人々が命を失くしていっているというのに、ここの港は潮風が涼しくて海の波が心地よく聞こえるほど穏やかだった。

 今までに二度の空襲を受けたが、他の敵の攻撃目標とされる都市や港に比べれば、比にもならないほど被害は少なかった。

 そばにある広島市も何故か空襲は無く、今は消えていく、人々の日常が生きていた。

 だからこそ残された艦艇は敵の牙に毒されることもなく、ここに停泊できた。

 しかし安心はできないのが本音だった。

 呉港に停泊している帝国海軍の残存艦艇の一隻、金剛型三番艦戦艦『榛名』――いや、今は戦艦ではなく、予備艦という艦種だった。同じく横須賀にいる『長門』も予備艦とされているが、それは戦艦として外洋に出陣することはなくなったと示した、浮き砲台に転落したことを物語っていた。対空火器や、副砲の大半及び対空指揮装置などを陸上防衛に転用のため撤去されてしまった。そんな『榛名』の甲板は、兵員たちの水浴びによって、涼しさを漂わせていた。

 ズボンの膝をまくり、裸足の兵員たちがバケツの水を甲板に浴びせる。

 それによって太陽の熱を妨げ、涼しい空気が甲板から上昇する。

 しかしバケツの水をぶちまける兵員たちの顔は汗だらけだった。

 それほど真夏日だった。

 まだ七月だというのに、八月並みの気温が観測された。

 そんな水浴びするほどの暑い中、しかしこの戦艦の艦魂である、榛名のその表情は一片の暑さもなく、汗ひとつなかった。

 潮風に吹かれて、首に巻いた日の丸のスカーフの端がパタパタと揺れた。

 そのスカーフに隠された首、そして腕には痛々しい包帯が巻かれている。

 先月の二十二日、『榛名』は飛来した日本の怨敵、B-29の投下した直撃弾を一発受けて被弾したのだ。艦魂である榛名はその身に現れた傷に包帯を巻いた。

 「………神龍」

 榛名はボソリと、【妹】の名を呟いた。

 大日本帝国海軍の希望の星とされた、戦艦とは似て非なる存在、護衛戦艦『神龍』。大艦巨砲主義を重んじ、しかし衰退した時代、日本は大艦巨砲主義の復活を願って生み出したのが、護衛戦艦『神龍』だった。

 しかしそんな『神龍』も、遂に大艦巨砲の願いを叶えられないままに、日本列島から遠く離れた海の底へと沈んだ。

 神龍は、榛名にとっては本当の妹に等しかった。

 実の姉妹ではないけれど、神龍が自分の前に現れたときから、榛名はずっと神龍の姉だった。

 良き姉であろうと懸命に努力し、神龍を支え、時に衝突することもあったが、何よりも神龍が大切だった。

 三人の実の姉妹を失った榛名にとって、神龍という新しい妹は、本当にかけがえのない存在となった。

 しかし、妹はまた自分の前から永遠にいなくなってしまった。

 尊敬の念を抱いていた司令長官の大和も、従えた多くの彼女たちとともに使命を全うしたことは、生き残り帰還した雪風たちによって初めて聞かされて知った。

 その時、雪風たちは自分たちだけが生き永らえて、大和や神龍たちを護ることができずに帰ってきたことに、泣き崩れて謝罪していたが、彼女たちに悪いところなどあるはずがなかった。

 榛名は、大和たちや神龍も、祖国を護るため、帝国海軍軍人として、己の信条のために潔く散ったことは、わかっているつもりだった。

 だから、榛名は大和たち、そして神龍が舞い散る桜となったと知っても、一粒の涙も流さなかった。

 伊勢は目を伏せ、日向は微かに肩を震わせていた。そして自分は一粒の涙も流さず、天にいる軍神となった彼女たちに向かって、体で、心で、敬礼した。

 戦艦『大和』、駆逐艦隊、そして護衛戦艦『神龍』を失い、正に日本にはもう戦える艦隊は存在しなくなった。

 「……………」

 ジッと湾口の果てを、水平線を見詰めるのが榛名の日課となっていた。

 いつ敵が来るのか、待っているからだ。

 敵の上陸部隊、そして機動部隊が襲来することになったら特攻覚悟で戦い、そして散る。

 この国と日本民族とともに。

 「榛名」

 聞きなれた声に振り返ると、そこには着物姿が似合う大和撫子の字がふさわしい、親友であり戦友でもある、伊勢がいた。

 「伊勢か」

 伊勢は、その美貌を活かした優しい微笑を浮かべる。

 「また、海を見ていたの?」

 「……ああ」

 榛名はふいっと海のほうに向きなおった。ザザンと音をたてる波。鼻にくる磯臭い匂い。肌をくすぐる潮風。

 榛名の隣に、伊勢が歩み寄った。

 「傷の具合はどう?」

 「…まぁまぁだ。 もうすぐで治ると思う」

 「そう、良かった」

 二人は、肩を並べて海を見詰める。青く広がる空から太陽の直射日光が輝いていた。

 「今日は暑いわねぇ」

 「そうだな」

 「…そう言う割には全然平気そうね、榛名」

 「当たり前だ。 帝海軍人あろう者がこの程度でヘタレては武士の風上にも立てない。 何事も平静にならなくてはならん。 心頭滅却すれば、火もまた涼しと言うだろう」

 「キッチリと暑苦しい軍服着ちゃって……見てるこっちが暑いわねぇ」

 伊勢は悪気もない、素直に微笑んで言う。

 これが他の艦魂なら榛名は激怒するだろうが、古くからの付き合いである彼女に対しては呆れて返す。

 「…貴様こそ、暑そうにも見えないぞ?むしろ涼しく見える」

 「着物は良いわよ? 涼しくて。 どう? この着物、綺麗じゃないかしら」

 伊勢の普段着は着物である。『和』の真骨頂、今日はいつもと違う、夏ならではの着物を着ている。一面の薄墨色の萩の葉の中、青紫色の桔梗と萩の花が、清楚に可憐に浮かび上がり、まさに夏の着物にふさわしい。さらに伊勢の美貌が合わさって、これ以上の【大和撫子】がいるだろうかと問いたくなる。

 白地の涼やかさを十分に活かした、見る人にも清涼感を与えるような着物だった。

 「ふん…。 否定はしない」

 「あら、榛名なりに褒めてくれてるのかしら」

 「……さぁな」

 長い付き合いなのだから、伊勢ならすぐにわかっているのだが、あえて言ってみた伊勢だった。

 「榛名も着てみたら良いのに」

 「ば…ッ! な、なに言ってる! 私は軍人だっ! そんなもの、着る必要はないっ!」

 「榛名だって女の子なんだし」

 「私は女である前に一人の軍人だッ」

 「榛名、今のうちにこういうものは着ておいたほうがいいわよ?」

 「……付き合ってられん」

 「榛名にも似合うと思うのに、残念ねぇ」

 本当に残念そうにズ〜ンと影を落としている伊勢を横目で見つつ、榛名は「…くっ」と歯をかみしめた。

 「……機会があれば、な」

 ボソリと呟いた親友の言葉に、伊勢は束の間、ぽかんと耳まで赤くなっている親友を見詰めたが、すぐにクスリと微笑んだ。

 「榛名は可愛いわねぇ」

 「な…ッ! ば…ッ」

 言いかけて、顔を真っ赤にした榛名は完全にそっぽを向いてしまった。それでも伊勢はまだクスクスと、口元を着物の袖で隠すようにして、微笑んでいた。

 「…二ノ宮さんはいないの?」

 この『榛名』の乗員、砲術士である艦魂が見える人間、二ノ宮朱雀少尉の姿が見えないことに伊勢が問いかける。

 「少尉なら、日向に拉致されていたが?」

 「日向も、よほど二ノ宮さんのことが好きなのねぇ」

 「…まぁ、少尉も日向に散々にされているようだが、あいつはいつも女々しい。まぁ艦魂と人間では力の差も比ではないと思うが、毎回やられてばかりで見ていると気が悪くなる」

 「あら、やきもち?」

 「何故そうなる。馬鹿馬鹿しい」

 「でも二ノ宮さんも楽しそうに見えるけどね」

 「…日向も困ったものだ」

 「でも、二ノ宮さんのおかげで、日向は元気なのよね」

 「………」

 「あの日……日向は二ノ宮さんのおかげで立ち直れた。 きっと日向も二ノ宮さんのこと、感謝してると思うわよ?」

 あの日、神龍と大和たちが散ったことを聞かされたとき、落ち込んだ日向を救ったのは確かに二ノ宮の存在だった。

 「……仇は我々が取ってみせるさ」

 甲板にまいた水から涼しい空気が漂い、そこに潮風が吹いて、榛名の肌をヒンヤリと撫で上げた。その一瞬の冷たさ。それはなにかの暗示か。榛名の首に巻いたスカーフがパタパタと呉の街のほうに揺れていた。


 

 『日向』の第二砲塔には、日向に拉致されてきた二ノ宮。そして日向の二人がいた。

 「う、……うぅ…ッ」

 「………」

 瞳を瞑り、プルプルと震える日向。その頬から汗が一粒、伝った。

 「…ッ はぁ…はぁ……」

 「…なぁ、苦しいなら無理しないほうが……」

 「あ、あんたは黙ってなさい…ッ! こんなの……平気、なんだから…ッ」

 「………」

 日向は目元に微かに光を滲ませ、下唇を噛みしめてふるふると震えている。握っている手に、ぎゅっと彼女の力が伝わった。

 こんなに苦しいものだとは、見ていてこちらも気の毒に思えてくる。だけど、これは彼女が望んだこと。自分は責任を持って最後まで付き合わなければならない。そばにいてやらなければならない。

 「………嫌……くっ」

 一瞬の弱い呟きが漏れて、日向は弱みを漏らしたことに気づいて噛みしめた。

 襲いかかる恐怖。

 自分の身体を恐怖という闇が蝕もうとする。

 砲塔の中、二人は手をつないでいた。

 これは、日向のトラウマを克服するための訓練であった。

 日向はとある事故をきっかけに、自分の砲塔の中に入ることはできなかった。『日向』は去年、砲塔爆発の事故を起こした。それは五十四名もの乗員を一瞬にして亡くしたほどの大事故になった。

 日向はそれ以降、砲塔に対するトラウマが生じるようになった。戦いとしては使えるが、自分で中に入ることは避けたい。自分の身体の一部、大艦巨砲を重んじる戦艦としては命取りなトラウマだが、日向の砲塔に対する恐怖は確かにあった。

 神龍たちの戦死が報告された、あの日以来、日向は立ち直ってから変わった。先に散っていった彼女たちに恥じない生き方をすると心に誓い、自分の弱さを克服する道を選んだ。

 二ノ宮はそんな日向を支えるためにここにいた。

 「……大丈夫だよ、日向」

 「……!」

 日向の耳元に、二ノ宮は優しく囁きかけた。

 手をつないだまま、身体を寄せて、そっと優しく声を囁く。

 「僕はここにいる。 だから、なにも怖がらなくていいんだよ……」

 「私は……」

 「日向は、強い子だ。 だから、大丈夫…」

 そっとつないで手の上に重なるもうひとつの手。その温もりが、確かに瞳を瞑った闇の中にいる日向に二ノ宮の存在を浮かべた。



 夏の日差しの下、繋留された『日向』の防空指揮所に二人はいた。

 長いツインテールを生やした日向は暑さのせいか、違う理由か、頬を火照らせていた。

 さっきのことを思い出すと、顔が赤くなる。

 トラウマと戦う自分の手にそっと重なった、あの優しい温もりが忘れられない。思いだすたびに心が何故かわからないけれど、ほわぁっと温かくしてくれる。

 胸の高揚に疑問を抱いていると、隣で夏の太陽が輝く青空を仰いでいた二ノ宮が「今日は暑いねぇ」と口を開いて、日向をビクリと震わせた。

 「僕、暑いのは苦手なんだからな。まだ七月の中頃だっていうのに、まるで真夏並みの暑さだ」

 そう言いながら、だらしなく開いた上着からシャツの生地を摘まんで仰ぐ。

 「こ、これくらいの暑さで根をあげてるようじゃ、情けないわよ…ッ」

 「榛名みたいなこと言うなぁ」

 「普通よ…」

 「とか言ってるお前も、なんだか顔が赤いぞ? やっぱり暑いんじゃないのか?」

 「――ッ! あ、赤くなってなんかないわよっ! 馬鹿二ノ宮ッ!」

 いきなり怒鳴られて目を丸くする二ノ宮を無視するように、日向は「ふんっ」と鼻を鳴らして顔を逸らした。

 二ノ宮はなんで怒られたのか理解できず、しかしそんなことなんていつものことだとすぐに思い直して、気にすることはなかった。

 


 七月二十三日―――


 この日、呉に停泊する残存艦艇、実質は無意味となり果てた形だけの艦隊――もはや外見でも艦隊とは言い難い――の艦魂たちは、時折、参謀である戦艦の艦魂たちを中心に、以前から行われていた会議は継続されていた。

 今や数はめっきりと減ったが、それでも戦況に関する情報分析から成る会議はあった。

 

 艦魂たちも人間たちから得た情報で、自分たちなりの解釈を行い、分析した情報で今後の戦況についての論議を開催する。それはずっと昔から行われてきた伝統的に近いものだった。

 もともと、艦魂たちの間にもそれぞれの部や課が分けられたほどの軍令部並みの組織系統はあった。しかし戦況の悪化に伴い、急激に艦魂たちの戦死に比する減少によって、組織的にはほとんど崩壊していた。第一課、第二課、第三課という組織系統は過去のものとなり、今や一括となってしまっている。

 部屋の大半を占める長机を取り囲み、配布された報告書を前にする戦艦――参謀――の艦魂が榛名、伊勢、日向の三人。葛城、天城、龍鳳などの航空母艦。補佐を執り行う者が軽巡洋艦『利根』艦魂の利根。他にも大淀、青葉。駆逐艦や潜水艦などの立場的下士官以下の艦魂たちはいない。この会議は上層部の会議というわけだ。

 報告書にはこれまでの戦況の分析及び以後の戦況の行方、しかし手に入れた情報の大半が国民に嘘を吐く軍令部からの情報であるため、真偽は艦魂たち独自で分析、その結果が記されていた。

 しかし中には小さくも、しかし質が高い、そんな情報もある。

 中でも、彼女たちが気になった情報が二つあった。陸軍情報部(大本営陸軍部)から得た情報だが、これは不審な動きを見せるV600機といわれた米軍の戦略長距離爆撃機B-29の存在である。

 これは陸軍に通じる艦魂が、陸軍に属する数少ない艦魂から得た情報だった。

 ちなみに、人間側の海軍情報部は、伝統となりつつある陸軍との不仲関係によるものか、日本の悪い癖、陸軍とは関係を持たないために情報の疎通は行われず、帝国海軍は陸軍が得たV600機についての情報を知らなかった。

 しかし艦魂たちは人間のような愚かさは真似しない。自分たちなりに陸軍と連携を取り、結果、こうして海軍の人間が知らない情報を得ることができた。

 V600番のコールサインを持つB-29は、五月中ごろ、サイパンを飛び立って本土空襲する他のB-29編隊とは異なった行動をするのが目立った。それは度々、一機や二機という程度で本土の各地を飛び回り、偵察する動きを見せ、日本上空から直接ワシントンへと電報を発信している。発進基地であるテニアン島に向けるならわかるが、何故直接わざわざワシントンへと電信するのか、それが深い謎だった。

 なにもせず、ただ偵察するだけで引き返すV600機。

 陸軍情報部の解析結果には、単機でワシントンに電信を打つからには高級指揮官上機の前線視察機か?という見方。軍部内では「米軍はすでに日本を占領したつもりで、米国の政治家が日本を偵察に来ているのではないか」という噂が流れたほどだった。

 それとも新しい司令部のための偽装?わかるのは、他のサイパン所在機とは明らかにおかしな機動形態(飛行)をしている。

 結論は、正体不明。

 

 さらに――海軍軍令部情報部では、米軍の新型爆弾についての情報が入っていた。

 米国内に潜伏している日本軍のイタリア系情報部が、「ニューメキシコ州で新型兵器の実験が行われた」という情報を、中立国を通じて、日本本国に伝達。

 米国の新型爆弾開発は、海軍軍令部に衝撃を与えた。新型爆弾とは、たった一個の小さな爆弾で艦隊を一瞬で、さらに街ひとつを丸ごと壊滅することができるほどの威力を持つ爆弾だということはわかっていた。

 日本も同じく同様の新型爆弾を開発途中だったからだ。

 しかしそれを米軍が日本には想像できない巨額の費用と人力で開発に成功させ、所持したという事実は、警戒大なりという分析結果を与えてくれた。

 お互いに情報の連携を取っていない人間たちには結局気付かずに終わることになる重要な情報だったが、対して艦魂たちはこの情報を極めて重要であると気付いていた。

 「陸軍が得た、V600機とされるB-29の行動。そして帝国海軍が得た、米国の新型爆弾について。この二つが、密接に関係していると思うが、皆の意見はどうか?」

 場の中心となりつつある、榛名がぐるりと全員の顔を窺った。

 「簡単よ」

 日向の唐突な声に、一同の視線が日向に集った。

 「ワシントンに直接電報を飛ばす単機で行動するB-29。 新型爆弾の開発。 このプラスイコールの結果が示すのは、ひとつしかないわ」

 日向のみならず、ここにいる全員が勘付いていたことだった。

 「なかなか降参しない日本に、迅速かつ確実に降伏に追い込む……いいえ。日本を世界地図から末梢するための、新型爆弾による空襲の事前の偵察よ」

 全員の表情に、重みが増す。

 言い換えた、日本を世界地図から末梢する――前者より後者のほうがふさわしい言い方だった。

 「…そうなれば、文字どおり【一億玉砕】だな」

 降伏という単語に対する憤慨もなく、榛名は普通に受け止めて応えた。

 「ウラン鉱石を利用した新型爆弾の開発、それは我が帝国海軍も三年前から開発していた事実もある。内外の専門家を集め、物理懇談会が組織され、鉱石からウラニウムを抽出する変換装置も開発して、計画に踏み切ったと聞く。しかし我が国にウラン原鉱石の埋蔵地は無く、抽出技術も未熟、よって開発にはまだまだ相当の時間がかかるとされる。…まぁ、私も最近知った話だが。 ドイツも先んじて開発に着手していたらしいが、叶わずに終わった。 だが新型爆弾の存在は、理論上は可能でも、現実的には形にするのは難しい。 想像もできないのが新型爆弾の存在だ。 都市ひとつを一瞬で消し飛ばせるなんて非現実的で、考えられない。 そういう意味では、新型爆弾という存在は我々にとっては未知なる存在だな」

 「それをアメリカが所持……ますます不気味ね」

 日向が不機嫌そうに、言う。

 今まで口を開かなかった葛城が、ボソボソと呟くように言う。

 「…近年に実戦配備された電探レーダーにしろ、ロケット兵器にしろ、今回の新型爆弾にしろ、戦争の時代は進化しつつある」

 「まるで文明開化ね」

 「……………」

 戦争的な文明開化。

 この大戦の中で、戦争は突発的に進化したと思う。戦艦を中心にした艦隊による巨砲の戦法から航空母艦と航空機を駆使した航空戦法への変貌、航空機の性能向上、跳ね返った電波を受信して敵の位置を見極めるレーダー、ロケット兵器の開発、そして新型爆弾――

 いや、原子爆弾―――

 この戦争は、どこまで進化の道を辿るのだろうか。

 そして置いて行かれる日本は、滅びの道しか残らなくなる。

 「……榛名、ちょっといいかしら」

 今まで、そして普段も会議にはあまり言葉を発しない伊勢が挙手した。

 「伊勢か。 よし、発言を許可する」

 「ええ。 ……みんな」

 伊勢の通った声が、慎重でかつ重いものだと感じるのは、ここにいる全員がそうだった。

 「――極秘裏に進められた終戦工作は知ってるわよね」

 「………」

 伊勢の慎重に発せられた発言に、一同の雰囲気が一瞬だけざわめき、榛名の眉根がピクリと動いた。

 現在の鈴木貫太郎内閣は、天皇陛下から終戦を託されて生まれた内閣だ。以前から進められた極秘裏の終戦工作の拍車を早め、中立国のソ連を通じて終戦工作に努めているが、成果は一向に見えなかった。三日後に発せられるポツダム宣言を【黙殺】という保留の形で答えるが、連合国側はこれを【否定】と翻訳して、原子爆弾による攻撃を速めてしまう結果となってしまうのは、このときの榛名たちも知る由がなかった。

 「それはドイツの無条件降伏を機に、灰燼に帰したはずだ。 だいたい、降伏という文字は我が皇国に存在しない」

 榛名の強気な発言を、伊勢は逆に哀しく思えた。本当に大事だった神龍という妹を失い、しかしなお以前の姿勢を変えない榛名は、強くも見え弱くも見えた。

 「…でも、みんなこの戦争に疲れているのよ」

 榛名の発言はこの場にいる帝国海軍軍人としての片面の本音であり、そして伊勢の発言もまた彼女たちの片面の本音だった。

 この場にいる艦魂たちの片方ずつの本音をそれぞれ放った二人は、お互いの瞳を見詰めあった。

 「新型爆弾――原子爆弾が日本に落ちてくる前に、この戦争は早めに終わらせたほうがいいわ。国民のためにも……」

 「敵は原子爆弾による攻撃、そして本土へ上陸を仕掛けてくる。日本国民はそのとき、一億玉砕を以て戦うのだ。女子供も敵に向けて突撃させる。それ以外に、日本が救われる道はない」

 「榛名、それは本当にあなたの本音なの?」

 「……私の尊重は、徹底抗戦だ。昔から変わらない」

 榛名の強く宿った瞳が、光った瞬間だった。

 「政府はソ連を通じて終戦を試みているようだが、無駄だ。 ソ連は信用できん国だ。 当てにできるわけがない。 これらの情報が入った今、そしてこの戦況、日本はまさに未曾有の危機に直面している。 元寇以来、いや、神々がこの大八洲おおやしまを創りたもうて以来、亡国にも関わる、民族消滅の危機だ」

 榛名はそう言って、この場の雰囲気をより強固にして引き締めた。

 「終戦など、してたまるか。 まさか降伏して終わることになったら、今までの膨大な犠牲はなんだったのだ。 死んでいった英霊たちに顔向けできるか。 靖国の者たちのためにもこの戦いは最後の最後まで戦いきらなければならない」

 榛名の口端から、ギリッと歯ぎしりを立てた。 

 伊勢は榛名の微かに揺れる瞳に気付いていた。親しかった仲間たちの死、姉妹たちの死、そして神龍の死、今までに幾度なく重ねてきたものが、榛名を突き動かしていた。

 「でもね榛名、お偉い方々は国体の維持、皇室の御安泰が保証されない限り終戦は認めないっていう方もいるけど、…私はね、国民がいなくちゃ国として成り立たないと思うの」

 「………」

 「国民がみんな死んでしまったら、この国は本当に消滅してしまう。 その国民を助けるためには、戦争を終わらせるしかない。 この国を護るためにも……ね」

 数百万の将兵、一億の国民、大日本帝国の礎となる無辜の民が死ぬことになれば、国は滅ぶ。 

 「国民も、本土決戦となれば一人の兵士となる。それはこの戦争が始まったときから……」

 「国民が、天皇さまが、それを望んでいると思って?」

 雰囲気がピリッと変わりつつあった。利根たちは黙って、あるいは怯えながら、榛名と伊勢の対峙を見守っていた。天城は「あらら…」と傍観者側に回り、龍鳳もオロオロするだけで、葛城は「………」と無言。日向もただ、腕を組んで黙って成り行きを見詰めていた。

 「天皇さまは終戦をお望みになられて、鈴木内閣を組閣したのです。 榛名、あなたが最も忠誠を尽くす天皇様のご意思を背くというの?」

 「…ッ 違う。 私は……、だからこそ……」

 「なにより…」

 伊勢の次の言葉に、榛名は……怯えた。

 「神龍が、それを喜ぶと思ってるの?」

 「―――ッ!!」

 榛名の身体が、一瞬だけ微かに、ユラリと揺れた気がした。

 ぎゅっと拳を握りしめ、歯を噛みしめて、対峙する伊勢の瞳と視線を絡めた。

 「………」

 「………」

 伊勢の無表情な瞳が、歯を噛みしめて揺れる榛名の瞳を射抜いていた。

 その瞳から、表情が見て取れない。

 古き戦友であり、親友である二人の対峙に、他者に入る余地などなかった。

 最も入ることができる、日向でさえ、あえて二人の間に入ることはしなかった。

 会議は、やがて無言のままに終わった。

 



 「あれ、榛名」

 砲塔の点検を終えた二ノ宮は、居住区へと戻る途中、この艦の艦魂である榛名と出くわした。

 「…少尉か」

 二ノ宮は、ふと、榛名の僅かな違和感に気づいた。

 「…どうしたの?」

 「…何のことだ」

 「いや…。 榛名、なんだか元気がないように見えるから……。なにかあった?」

 「貴様の気のせいだろう…」

 「そう? う〜ん…」

 納得のいかないと言った風の二ノ宮を横目に流して、榛名は歩き去る。後ろから二ノ宮が思い出したように声をかけた。

 「あっ。 ちょっと榛名」

 「…なんだ」

 「このあと、予定あるかな?」

 「…?」

 立ち止まった榛名は、チラリと後ろにいる二ノ宮を見た。

 「ないんなら……ちょっと付き合ってほしいことがあるんだ。 ……いい、かな?」

 「………」

 榛名は二ノ宮から視線を逸らし、再び前を見詰めたままになった。その背を、二ノ宮は不安げに見詰めていた。



 「来たわね」

 二ノ宮に連れられた榛名が目にしたのは、腕を組んで仁王立ちする、日向の姿だった。

 ぴょこんと生やしたツインテールに、むすっとした唇、太ももが見えるほどの丈の短すぎる着物を着たいつもと大分違う日向の姿がそこにあって、榛名は面を喰らった。

 「日向、なんだその姿は…」

 「私のことはどうでもいいわ」

 日向はぐいっと榛名の腕を引き、事態が飲み込めない榛名はそのまま日向の手のうちに捕まることになった。

 「大人しくしてなさい」

 「な、なにを――?!」

 と、突然に日向は榛名の軍服の上着のボタンをはずしにかかり、驚くくらいの速さでそれを剥ぎ取った。榛名はなにがどうなっているのかわからず、ただ抵抗するが、日向も本気だった。

 「な、なにをする日向――!」

 「黙ってなさいっ! あんたも見るんじゃないわよっ!」

 「ぶっ!!」

 二ノ宮の顔に榛名の上着を投げつける。

 「それ持って、あっち向いてなさいっ! 命令よっ!」

 「お、おい日向…ッ! あ…ッ!」

 「あら、あの天下無双の榛名がいい声出しちゃって」

 ニヤリと笑う日向と、向こうで耳まで赤くなっている背を向けた二ノ宮の雰囲気、榛名はカァッと滅多に見せない羞恥の表情を見せた。

 「き、貴様が変なところを触るから…ッ!」

 「だってそうでもしてあなたの本気を出させないようにしなきゃ、あなたに逃げられちゃうもの」

 「だから何故そんなこと…… や、やめ…ッ!」

 榛名はそのまま為す術もなく、日向にされるがままになっていた。



 「似合うじゃないの」

 「…ッ」

 「おお…」

 日向はうんうんと満足そうに頷き、肩を並べている二ノ宮も感嘆の声を漏らしていた。

 「く…。 不覚だ……」

 榛名は頬を紅潮させて、呻いた。

 榛名の姿は、赤と黒の絶妙に合った、モダンな紗という着物姿だった。

 帯がしっかりと締められ、日向の丈が短い変わった着物とは違って、案外ごく普通の、綺麗な着物だった。

 「総員、後甲板に集合よっ!」

 日向の突然の号令に、さすがの榛名も戸惑うばかりであった。もちろん表面には表してないが。いつの間にか二ノ宮も着替えており、三人は『榛名』の後甲板へと向かった。

 そこに待っていたのは、同じく着物姿を着た伊勢だった。

 普段着の着物姿とはまた違う、夏らしい、最近着ているあの着物だった。

 伊勢は、榛名を含めた三人をいつもの優しげな笑顔で迎えた。

 「姉さん、連れてきたわよ」

 「それじゃあ、始めましょうか」

 「お、おい…。 いったいなんだっていうんだ…」

 「榛名、はい」

 「ッ?」

 榛名は、微笑む伊勢になにかを差し出された。

 「それは…」

 

 

 「わっ! 点いた点いた!」

 丸くなった火薬から、小さな火花が散らした。それを見て、はしゃぐ日向と、二ノ宮もそれを摘まんで同じく、小さい火花を散らしていた。

 夜の闇に明るく輝くそれは、線香花火の火花だった。

 「………」

 シュバババ………

 音を立てながら、丸い先端の火花から勢いよく飛び散る火花。榛名は膝を片手で抱えて、それをジッと細い目で見詰めていた。

 と、また火花がひとつ加わった。

 視線を向けると、すぐそばに親友もまた線香花火を散らせていた。

 「綺麗よね……」

 「ああ…」

 二人は、並んで線香花火の火花を散らしていた。

 「…何故、こんなことを?」

 「ん〜?」

 見詰めていた横顔が、その瞳が自分の方向に向けられて、親友の表情がはっきりと見て取れた。線香花火の小さな火花の明かりに照らされた、彼女の微笑みがあった。

 「…最近、ちょっとピリピリしてばかりじゃない?」

 伊勢は再び、線香花火の小さな丸い火薬に、目線を向けた。

 「たまには、肩の力を抜きましょうよ。 ね、榛名」

 「………」

 伊勢の笑顔が、古くからの戦友であり、信頼できる親友の、微笑む笑顔が確かにそこにあった。

 しばしジッと伊勢の微笑みを見詰めていた榛名は、伊勢の照らす光が消えたところを見た。

 「あ〜……」

 ポトリと落ちた丸い火薬。その場に闇が降りた。

 「なんだか、この瞬間って寂しいわね」

 伊勢は苦笑しながら、次の線香花火を取り上げ、また丸い火薬から火花を散らした。再び火花の明かりに照らされた親友の微笑みが浮かび、榛名もフッと微笑んだ。

 「……そうだな」

 榛名は小さく、そう返した。

 榛名の摘まんでいた線香花火の丸い火薬が、やがて火花の勢いを衰えて、ポトリと落ちた。

はい、ここまで御苦労さまです。

これくらいの長さがまだあと一話あるので、覚悟してください…。ていうかごめんなさい(汗

投稿段階のどうでもいい話ー。

タイトルに悩みました。

いつも私は小説を書き上げたとき、タイトルを考えるのにいつも悩んでしまいます。おかげでいつもセンスのないタイトルが浮かんでしまいます…。

『大八洲』とは神話的の日本の名称です。

そして彼女たちは最も日本を長く護り続けてきた由緒正しい日本の戦艦です…。

では、後編は明日投稿する予定です。後編はいよいよ呉大空襲のお話なのですが、実は一部残酷な描写が含まれます。

それでは、よろしくお願いします〜。

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