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マッチ売りwith転生者inドリームランド

作者: 米木寸 戸口

長く降り続けた雪によって、石畳はすっかり白く染まり、街路樹も重たい雪を乗せては時折地面に落としていきました。

 普段から日中は人を見かけないことがないこの大通りも、年の瀬が迫る今は、いつにも増して人が忙しなく通っていきます。その様子は十人十色で、仕事で走り去る人もいれば、家族との団欒を過ごす人、舞踏会のためにおめかしをして馬車に乗る人……中には、通りすぎずに留まっている人もいました。少女も、そんな群衆の中の一人でした。


「安いよ安いよー!向こうの市だとマッチ一束○○かかるけど、ここで買うとなんと一束☓☓!それにまとめて△△束買ってくれた人には、なんとおまけでもう一つ付いてくる!あらまぁなんてお得なの!こんなサービスここだけ!ぜひ買っていって下さーい!」


 下着と、ボロ雑巾を無理やり一つに縫い合わせたような上着とズボンを一枚だけ。他にはマフラーどころか手袋もしていないという、とても真冬にするものとは思えない格好をしている少女。彼女は真っ赤になった手を口元にあて、必死に声を上げていました。

 ところが道行く人々は忙しいのか、誰一人として少女に目を向けようともしません。自分が幽霊になってしまったような反応に、少女は嘆きの言葉をあげました。


「ああ!私はこのマッチを売り切らなければ、DVアル中親父に殴られ、家を追い出されてしまうのに。というか私がいなくなったら金稼ぐ人手がいなくなるのを分かっているのかなアイツ???死ぬこと前提レベルの職場なんて、ブラックを通りこしてただの屠殺場だわ!」


 この時代には存在しないはずの言葉を使って、自分の立場を罵る少女。服装を含め、周囲の人々と違いが多い彼女。中でも最も特異なことに、彼女はなんと西暦二千年代の前世の記憶を持つ転生者なのです。今は西暦千八百年代なので、二百年は先の未来から転生してきたことになります。

 そしてこれはとてもおかしな話ですが、少女は自分が転生したのが童話『マッチ売りの少女』の世界で、自分は主人公の【マッチ売りの少女】になっていることに気づいていました。

 決してどこかに確証があったわけではございませんが、少女はちっとも気にしていません。最期まで読んで頂ければ、その理由はきっと分かることでしょう。つまりこれは【マッチ売りの少女】のお話であることに。


「童話に転生するにしても、アンデルセン童話はないでしょう。グリム童話は場合によっては詰んでるからともかく、イソップならキリギリスに転生したって生き残れる自身があるのに…」


 せめてアンデルセンでも、『人魚姫』ならば死ぬまで海の中にいますし、『赤い靴』ならば赤い靴をはかなければ幸せに過ごせるのに。どうしてよりによって救いようも救われようもない『マッチ売りの少女』なのか。少女は心の中でそう付け足すと、寒すぎるせいか全く感覚のない自身の手を見下ろしました。


「雪が降り初めてからいつ最期の日が訪れるのかと不安だったけど、とうとう今日こそその日なのかしら。……いえ、まだです。せめて今日のパンの欠片を食べるまでは生き残ってみせましょう!」


 小さな手を握りしめると、自らの運命を振り払うように少女は顔を上げました。


「声掛けだけだからダメだったのよ。ここは強引に。最悪警察を呼ばれるほど図々しく攻めるべきだわ」


 一念発起。そんな考えは随分と前に浮かびそうなものなのですが、少女はそこに全く気づかないまま、ただ目先のマッチを売りつけることだけに集中しています。道路を行き交う人を注意深く見つめ続け、やがて少し時間に余裕がありそうな、何となく歩みがゆったりしている人を見つけました。


「あの人だわ!ここを逃せば一生チャンスは巡ってこない。それぐらいの気持ちで挑みましょう」


 意気込みを新たに、目標の人物に向かって道を横切り始める少女でしたが、道行く人々はよっぽど忙しいのか、前を通る少女を避けないどころか、目も向けずに進んでいきます。もしもぶつかってしまい、売り物のマッチを地面に落としてしまったら一大事です。少女は自分を無視して歩いてくる人に当たらないように、目的の人物に向かって行きました。


「周りの人が避けようとしてくれない道がこんなに大変だなんて。これではまるで外面だけ子供向けを装った妙に難しいフリーゲームだわ。何だっかなアレ。超絶ボールを投げてくる野球ゲームっぽいなにか」


 おぼろげな記憶を思い出しながらも、少女は目的の人物の背中をハッキリと捉えました。あと一息。最期の一歩を踏み込むと、目的の人物に手を伸ばし……その手が空を切りました。

 “おかしい。確かに掴める距離だったはずなのに。”少女は一瞬疑問に思いましたが、自分の勘違いだろうと考えて、再び歩み寄って手を伸ばしました。今度は確実に掴めるように、前回よりも近くに寄ってから。

 そして再び少女の伸ばした手は空を切りました。しかし前回と違い、少女はハッキリと自身の手を見ていました。―――目的の女性に肩口から入り込み、体に潜り込んだまま真っ直ぐ振り下ろされた自身の手を。


「えっ……?」


 今見た現象が信じられず。それ以上に現象の異常さに驚いて、空を切った手を抱くように胸元にかき寄せると、少女はその場で立ち尽くしてしまいました。

 その行動は反射的で、そして次の現象が起こるまでには長すぎる時間でした。

 後ろから歩いてきた別に人が、少女に真っ直ぐ突っ込み、何事も無いかのように少女の前にすり抜けて行きました。


「なに?何で?私っ……。幽霊?でもマッチのくだりをやってないから、まだ死んでないはず……」


 思わず不安を声に出してしまった少女は、必死になって過去の記憶を思い出そうとしました。昨日は、一昨日は、さらにその前はちゃんと人と触れ合えていたのか。記憶を辿っていった少女は、確かに前は人と触れ合った記憶があることを思い出しました。例えその記憶が父親に殴られたものでも、今の少女にとってはかけがえのない大切な記憶でした。

 しかし少女は過去を思い出す過程で気づいてしまいました。昨日も一昨日もその前も、今日と同じようにマッチを売っていて、そしてほとんど売れていませんでした。だとすれば、普通もっと早くに無理やりに引き止める方法をとっているのではないでしょうか。

 それだけではありません。つい少し前にやったセールストークの真似事。あの言葉は一体いつから言い始めたのかも分かりませんでした。昨日は?一昨日は?その前は?自身がなんと言ってマッチを売っていたのか、少女はどれだけ思い出そうとしても思い出せませんでした。その代わりに、必死に記憶を辿る少女の耳に、今にも消え入りそうなほどか細い声が聞こえてきました。


「マッチ……マッチはいりませんか?マッチ売っています……マッチを買って下さい……」


―――今にも消え入りそうなほどか細く、しかしとても聞き覚えのある声―――

 少女は頭の中から発せられる見たくないという言葉に逆らって、声が聞こえてきた方向に振り向き、そして……。

 少女の視界に映る風景がドロリと崩れ落ちました。

 建物も人も木も道も。風景という風景が全て溶け崩れて、混ざり合って下へ下へと落ちていきます。風景の中には雪が多かったせいか、混ざりあった風景はほとんど白色になりました。同時に少女も立っていられなくなり、風景と共に落ちていきます。不思議なことに、世界全体が溶け崩れた中、少女の体だけはハッキリとした形を保っていました。


「ああ、なんてことなの。さっきまでは自分に存在感が無かったのに、世界の方が崩れ落ちてしまうなんて。それにここは地面も壁も天井もない。私は落ちているの?それとも何かに沈んでいるの?その先には一体何があるの?」


 少女は不安で不安で仕方ない心を抱えながらも、どうすることもできずにただ溶け落ちる風景を眺めながら、どれほど経ったか分からなくなるほどの時間を過ごしていきました。

 やがて一緒に落ちていった白がまばらになり、濃く先を見通せない黒色が多くなってきました。ふと少女が上を見上げると、随分遠くに沢山の白色が見えました。


「あれを見ると、どうやら私は周りよりずいぶん早く落ちてるみたいね。…それにしても、落ちる時間差があるせいか、白以外の色があるせいかは分からないけど、一時も同じ模様じゃないわ。少なくとも、一緒に落ちていく白を見るよりは退屈が凌げそうね」


 一緒に落ちていく白に見飽きていた少女は、次々と模様を変えていく上の白達を熱心に見始めました。そうやってすっかり慣れた浮遊感に身を任せながら観察している間に、少女は上の白達に違和感を覚えました。


「違う、違うわ。私と一緒に落ちている白は溶けたロウソクみたいな白よ。なのに上の白はあんなに煌めいている。あの白は一体なんなの?」


 少女はまるで床があるかのように、一息で身を起こしました。今まで体なんて目線ぐらいしか動かせなかったはずなですが、その動作は長年培ってきたような鮮やかさがありました。ところが本人はそのことに全く気づかずに、煌めく白ばかりに目を奪われています。


「あれはただの風景の溶け残りじゃない!あの煌めきは…そう。あれは光だわ!!」


 そう少女が言った瞬間でした。まるで少女の言葉が呼び水になったかのように、世界が一変しました。見た目こそあまり変わらないものの、そこは世界から切り落とされた黒があるだけの空間ではなくなったのです。

 何よりもそのことを直感的に感じた少女は、上へ。自分が見つけた光へと、いつの間にか変化していた尾ヒレを使って昇っていきました。


「あの輝きは光!姿を変えて煌めくのは水面があるから、どこまでも沈んでいったのは海だから。そして海でも大丈夫なのは、私が【人魚姫】だから!」


 【人魚姫】となった少女は、海の上に憧れた【人魚姫】そのままに、猛烈な勢いで水面に向かっていきました。ところが、あとひと泳ぎで水の上に出るというところで、少女が考えるよりも早くに、少女の体ピタリと止まってしまいました。少女はとても悲しそうな目で水面を見つめた後、自身の尾ヒレを見ました。そこにあるのは、牡蠣の一つもない、鮮やかな色を惜しげもなく晒している魚の尾でした。


「私。まだ水の上にはいけない。十五を過ぎていないから、どれだけ行きたくても行ってはいけないのだわ」


 その言葉を喋ったのは、果たして少女だったのか、それとも別の誰かだったのか。少女は全身の力を抜くと、足があれば大の字になったであろう体勢で再び海の底へと落ちていきました。


「人魚の体は海水に沈むのね」


 ポツリと呟いた少女の横を、白い泡が上に向かって通り過ぎていきました。それはついさきほどまで少女と共に落ちていった、風景の溶け残りの白でした。

 少女は無言で白い泡を見送り続けると、くるりと体を海の底に向けました。


「私はとっくに地上の生活を知っている。だから地上へのあこがれなんて無いわ。地上に憧れなければ、人魚は何百年も生きていられる。永遠の魂はないからその先は分からないけど、元人間だからそこもどうにかなるかもしれない。そう考えれば、【人魚姫】としての生活も悪くないわ」


 自分に言い聞かせるように呟くと、少女は海の底に向かって泳いでいきました。先程上に向かった勢いに比べればとてもゆっくりとした速度でしたが。

 そうやって潜っていくと、少女の感覚からすればすぐに海の底のお城が見えてきました。


「地上のそれとは随分と違うけど、あれはあれで中々良いお城じゃない。それに私は可愛がられている姫だし、『マッチ売りの少女』」に比べれば『人魚姫』の世界の方が随分と過ごしやすそうじゃない。…『マッチ売りの少女』?私、マッチなんて売ってたことあったかしら?」


 何か忘れているような気がしましたが、少女は深く考えず、お城に向かって尾ヒレを精一杯動かしました。……ところが一体どういうことでしょう。進んでいるはずなのにお城に少しも近寄れません。どころか、心なしかお城が遠ざかっていっているような気さへしました。


「なんで!?今まで普通に泳げたのだし、まさか後ろに進んでるなんてことは無いでしょう!?」


 自体が理解できず、一層尾ヒレに力を入れた少女でしたが、その背中に生暖かい海水が触れてきました。

 突然のことに少女が振り返ると、その視線の先にあったのはぶつぶつ煮えて、あわだっているどろ沼でした。どろ沼の先には森が広がっています。


「この沼は……そうだわ。魔女の家に続いているすくも田」


 再び少女が振り返ると、お城ははるか遠くまで移動していて、到底追いつけそうにありませんでした。


「そう。そうなのね。地上に興味の無い【人魚姫】に先は無い。先が無ければ終わらなければならない。そして【人魚姫】の人魚としての死は、魔女の森に行って薬を貰った時。もしくは舌を切られた時かしら」


 少女は遠ざかっていくお城に背を向けると、どろ沼に向かっていきました。

 ぐつぐつと暑い沼を抜けて、少女は森の中に入って行きました。森の中をゆっくり進んでいきながら、少女は森に違和感を覚えていました。


「おかしいわ。『人魚姫』の森は確か半分植物半分生物だったはずなのに、私の周りにあるのは普通の森だわ。……いえ、特に問題ないわね。だって私の知ってる森はこんなものなのだし」


 少女はガサガサと足音を鳴らしながら、さらに森の奥へ奥へと進んでいきます。


「それにしてもお腹が空いたわ。前に物を食べたのはいつだったかしら?確か父親に半分以上取られたパンの欠片を…?おかしいわ。私の父親はむしろ私達にパンを分けてくれたはず。人魚って何を食べるのかしら。人魚?お腹が空きすぎておかしくなったのかしら?」


 お腹が空いたお腹が空いたと、一切乱れることの無い歩調で歩きながら少女はさらに進んでいきました。

 やがてどこからか甘い匂いが少女の元に流れてきました。少女はその匂いを辿って歩いていくと、そこにあるのはなんとパンでできていて、屋根はお菓子でふいてあって、窓はぴかぴかするお砂糖でできた小屋でした。お腹が空いていると思っていた少女はさっそくかじりつこうとしました、が。


「こんな森の中に放置されてる小屋ってカビとか大丈夫なのかしら?こんな砂糖の塊みたいな家、絶対虫にたかられてるでしょう」


 と、冷静に考えてすぐに食べるのを躊躇しました。


「そうだわ。内側なら多少なんとかなるかもしれない。というかこんな家作っている人なら、食べ物ぐらい余ってるでしょう」


 そう考えて他の多くと同じくパンで出来ている扉を開けました。

 扉の先にあったのは、雪の吹き溜まりがそのまま壁になっている広い広間でした。


「あら、また変なところに出てきたものね。とてもっていうかやばいぐらいに寒いわ。戻れないのかしら?」


 たった今自分が入ってきた扉から戻ろうと振り返ると、そこには扉など一つもなく、ただ身を切るような風だけが吹いてきました。諦めて周囲を見ると、足元はなん千万というかけらに割れて凍った湖でした。


「何だか奇跡的にかけらが美術品みたいになってるわね。でも、まぁいいわ。だって私美術はいつも最低だったもの」


 自身の芸術センスのなさに若干へこみながら、少女は湖の上を歩いていきました。


「痛い!痛いわ!そりゃこんなかけらの上を素足で歩いてた痛いに決まってるわ!…って、私素足なの?」


 いつから素足だったのかしら?と首を傾げると、少女の足元に赤いくつが現れました。


「あら、気が利いているのね」


 少女は特に疑問にも思わずに赤いくつを履きました。

 するとどうでしょう。少女は何も意識していないのに、少女の足が勝手に動いてステップを踏み始めました。


「あら?あらあら?何やら地雷を踏んだかしら?」


 先程とは反対方向に首を傾げる少女でしたが、やはり足の動きは止まりません。いっそのこと開き直って腕の動きも合わせて適当に楽しく踊っていると、楽しげな様子につられたのか、二羽のカラスが地面を歩いて近寄ってきて、同じように踊り始めました。ついでに割れたかけらも幾つか自立して、少女とカラスと同じように踊り始めました。


「何だか楽しげな雰囲気になってきたけど、いい加減疲れてきたわ。たぶんだけど、この赤いくつが悪いのよね」


 少女は周りを見て、何か解決策がないかを探りました。


「赤いくつがダメ…なら色を変えてはどうかしら?」


 少女の視線が地べたを跳んでステップを踏んでいるどんくさそうなカラスに向かいました。


「…ダメね、血が赤いわ」


 他になにかあったかしら、と見回して、カラスと同じく角張った体を無理やり動かしている青い湖のかけらに目が止まりました。


「…行けそうね」


 勝手に踊って動きにくい体を無理やり動かして、少女はかけら達が踊っている場所に駆け寄ると、見た目よりも硬い赤いくつでかけら達を次々と踏み砕いていきました。

 砕けたかけら達は一部水と化して、ところがそれがすぐに氷に戻るものですから、赤いくつに少しずつくっついていきました。やがて赤いくつが一回り大きい青いくつになると、やっと少女の足が止まりました。


「ふぅ。今のうちに脱ぎましょう…って、氷が足首周りまで張り付いて靴が抜げないわ。どうしましょう」


 疲れた足を休めながら困っていると、少女と同じく踊るのを止めたカラスが近寄って話しかけてきました。


「その青い靴は願ったところにいけるよ!」

「願ったところに?」

「はい。貴方が望んだあらゆるところに行くことが出来ます」


 カラスが言ったことを完全に信用したわけではありませんが、少女は少し考え込みました。


「私の行きたいところなんて一つしかないわ」


 少女は生前。自分が行きていた現代の風景を思い浮かべると、一歩だけ前に踏み出しました―――。


「ご飯よー。早く手を洗って用意しなさーい」


 少女の耳に、とても聞き覚えのある声が聞こえてきました。


「…え?今なんて…」

「何寝ぼけてるのよ。さっきまであんなにスマホ弄ってたじゃない。早く準備してよね」


 それはいつも聞いていて、そしていつまでも聞けると思っていた少女の母親の声でした。

 少女はどこか夢を見ているような気分のまま、母の言うとおりに配膳の手伝いを行い、そしてご飯を食べました。いつも食べていたのと特に変わらない、しかし少女にはとても美味しく感じられる食事でした。

 食事は夕食で、終わった後はお風呂に入ってから明日の学校のための課題を終わらせました。基本的に答えの丸写しです。それが終われば歯磨きなどはあるものの、大体は寝るだけです。おやすみなさい。

 次の日になりました。おはようございます。少女は朝食を食べると学校に行きました。親しく、そしてどこか懐かしく感じる友人たちと会話をして、授業が始まりました。終わりました。

 帰る前に再び友人たちと会話したりして、改めて帰宅。そして再び母の昼食を食べ、お風呂に入って次の日の課題などをやって寝ました。

 朝食を食べて学校に向かって友達と喋って授業を終えて家に帰って次の日の準備をして寝ました。

 学校に行って帰って次の日の準備をして寝ました。

 行って帰って寝ました。

 いつものように少女は起きて朝食を食べに行きました。

 いつものように顔を洗っている間に母親が食事を用意してくれていました。

 いつものように代わり映えのない朝食が並んでいました。

少女は自然と涙が溢れてきました。そのことに他の誰も気づいていませんでした。

 いつもと変わらない、しかし明確に内容を覚えている朝食を、少女が噛みしめるようにいつもより心なしゆっくりと食べていきました。


「行ってきます」


 普段意識することのない当たり前の言葉を、その日少女は意識して家族に言いました。

 そして少女は学校に到達することはありませんでした。

 道路に仰向けに倒れた少女の視界が、ゆらゆらと揺らめきます。頭を打ったせいかと少女は考えましたが、どうやらそれだけではないようです。

 視界は余りに頼りなく、一瞬たりとも形を留めずに揺らめいていました。海の底から見た光とも違う。そのゆらめきは、炎のゆらめきに似ていました。


「あれ、でもおかしいな。こんな光景見覚えないのにな」


 ゆらゆら、ゆらゆら。揺らめく炎を見続けた少女はやっと気づくことができました。


「そうか。そういうことね。空が揺れているなら、私がいるのは炎の中。そして炎の中の私を見れる人なんて、一人しか心当たりが無いわ…」


 少女は最期にそう呟くと、ゆっくりと瞼を閉じました。

 そして【少女】は目を覚ましました。

 いつの間にそうなっていたのか、体はうつ伏せに深い雪に突っ込んでいて、空から降り注いできた雪が体の上側にも積もっています。意外と雪って温かいな、というのが【少女】の感想でした。

 【少女】は酷く重たい体をなんとか動かして、自分が手に持っていたものを見ました。それはすっかり燃えるところの無くなった一本のマッチ棒でした。

 【少女】は一言も喋ることも出来ずに、ただぼんやりと考えていました。自分とは全く別の、しかし自分なんかよりも何倍も幸せで濃厚な人生を生きた少女が教えてくれた、自身の結末を。

 やがて【少女】は地面に落ちたマッチ棒から、なんとか火が付きそうなものを探し出しました。そして―――。


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