表側のお店の方で
「それを借りるぜ」
そういって騎士科の奴が私の杖を勝手に奪い取り、悪漢を撃破したのだが。
「助かったぜ」
「なんてことをするのよ」
魔法使いの杖は殴り付けるためにあるわけではないので、力の限りにぶん殴るために使われた私の杖はぐらついて。
「新しく変えた方がいいね、これ」
なんていうことになった。
(予想外の出費だ)
ギリギリの生活費で学校に通っているため、ここで杖を買うと、一ヶ月もしないうちに食費にも困るだろう。
あ~困った。
「よお、この間は助かったわ」
「…」
「睨むなよ、悪かったって」
「用はないんでしょ」
「飯でもどうだ?」
「いらないわよ、あんたと食べる気はない」
「お前、フラれたな」
「うっせーよ」
「あっ、じゃあ、何知らなかったのか?」
「すいません、軽率でした」
「魔法使いの杖は殴るためにあるもんじゃないから、お前さんが壊した杖は修理じゃなくて買い替えになるんだ」
「あいつ、そんなこと何も」
「そういうのは必要以上に言うタイプではないし、それでも今回はな」
「俺にも責任はあります」
「そういうと思った、ヒナは今は杖探しの物色中という形で休みになってる」
「授業も受けれないんですか?」
「魔法の授業は杖が必須で、忘れてくるとそれだけで欠席になるんだ」
「杖屋ってどこですか?」
「杖屋でオーダーはせんだろう、中古の良品を探していると思うので、市場ならちょっと離れた店を探して見なさい、そういうところには掘り出し物があるし、私が前にヒナにそう教えたよ」
走り回り探し回る男が一人、息を切らし彼女の姿を見つけると。
はふはふ
彼女は屋台で幸せそうにご飯を食べていた。
「心配して損したぜ」
「何よ、あんたには関係ないでしょ」
「杖の話は先生に聞いたぞ、あの時言えよ」
「言ったら買ってくれるの?すんごい高いの頼んでやる」
「くっ…」
「そこに座りなさいよ、おじさん、焼きそば追加、私の奢りで」
「金なら払うぞ」
「いいから、いいから」
「でもよ」
「杖の事は気を病む必要はないわよ、さっき新しいもの、中古だけど手に入ったので」
それは古木の杖。
「古木というか、霊木ね、これでいきなり殴打にしようされても耐えれるわ!」
「心配して損した」
「焼きそばお待ち」
ずるずる食べながら。
「いやよ、あの時すげぇ剣幕だったし、授業も杖ないと欠席扱いのはなしを聞いたら、責任とらなきゃならねえと思ってな、元々は俺のせいだし」
「でもじゃないと、あの人は切られていた」
真昼の凶行、悪漢がいきなり刃物を抜いて、その場にいた女性を刺そうとした。
「あの時もしかしたら、私も切られていたかもしれない、あんたがぶん殴ってくれなかったらね」
「あんたじゃない、俺はシンイチロウ、クレハ・シンイチロウだ」
「私はヒナよ、ビンロウジ・ヒナ」
「ビンロウジ?あれ、ビンロウジ先生の義理の妹よ」
「マジかよ」
騎士科の教諭で、シンイチロウは何回か打ち負かされてる。
「でさ、話は変わるがお金のことなんだが」
「それならもう解決したわ」
「どうやってだよ」
「解決したら、あんたへの怒りがさっぱり無くなったぐらいだし」
「そんなもんか、普通は女と言えばこういうのをしつこいぐらいに覚えてだな、事あるごとに持ち出して、あんたのせいであの時はって言われるもんじゃ」
「えっ?それはあんたの前の女?」
「いや、そういうタイプの女は好かん、まあ、これは同級生の受け売りだな」
「ああ、あの美形か」
「なんだ、お前も九里みたいな男が好きなのか?」
騎士科で一番持てる男がクリ・アイスミ、先程シンイチロウにフラれたななんていったのは彼である。
「美形のような、経年で劣化する物に興味などないわ!」
「変な女」
「魔法使いで変じゃない奴はいないわね、どっか飛び抜けてるもんよ」
「あ~わかるわ、ダチにいるわ、三日に一回ぐらい部屋から爆発音とかするから、この学校に入ったやつ」
「それってシラネリ?」
「やっぱり知ってるか?」
「知ってるも何も今朝もあいつの爆発で、八時だわって起きたぐらいだし」
「あいつ学校入ってからも全然変わらねえな、と焼きそばはごっつぉさんと、でもよ、杖の話ちゃんと聞いてないから、聞かせてくれねえか?
」
(…ここじゃまずい)
(わかってる)
二人をじっと見続けている視線に気がついたので。
「シンイチロウくん、次は何か甘いもの奢ってくれる?」
「…おう!」
(ぼ~としてないで、ほら、さっさといくわよ)
ぼ~とした理由、今見せた笑顔が可愛かったからである。
「ここでいいか?」
パンケーキが美味しいお店、中はほぼ男女の客で賑わう。
(ここまでしろとはいってないわ)
(色々あるんだよ)
「いらっしゃいませ!お客様二階へどうぞ」
そういって二階なのだが、一階から姿が見えなくなる位置にある部屋を、シンイチロウは勝手にあけて。
(こっちだ)
二人は中にはいると暗い通路。
「転ぶとまずいならな」
そういってシンイチロウはヒナの手を握って、慣れたようにその奥まで歩いていった。
「もういいぞ」
そこは貴賓室のような作りで。
「ここってもしかしてあんた達の会合で使ってるところじゃないの?」
「だが、ここはまだ誰かを連れてきていいところだ」
「女でも連れ込むの?」
「デートと言えよ」
「ふうん、でもこういうところは連れてきてくれたら、相手も悪い気しないだろうね」
「…そうだな」
まだ二人は手を繋いでいる。
「お邪魔して悪いんだが…」
店員さんです。
そこでビックリして手を離してしまった。
「シンイチロウ、先生の妹連れてきて何したんだ?」
「ちょっと見張られててな」
「あれはこの辺の奴じゃないし、外から金で雇われたってところ、大したことないよ」
「さすが」
「撒くために来たんじゃないの?」
「ビンロウジ家のお嬢さん、我々の仕事は美味しいパンケーキを売るだけではありませんよ」
「でもパンケーキは旨いぞ、表の方の店内では男だけでは頼みにくいけど」
「ご注文は?」
「じゃあ、パンケーキを、飲み物は何があるのかしら?」
そういってリストを見せてもらうと色んな種類があったので、ヒナは頭を悩ませる。
(よければ次は一階で食べてほしいな)
(ヒナがよければな)
(巻き込まれたからつれてきたってだけじゃないようだね、他のやつらが今日は来てもここには案内しない、でも来たことは教える、それでいいね)
(ああ、頼むわ)
「すいません、じゃあ飲み物はこれを」
「はい、かしこまりました、提供には時間がかかりますから、どうぞごゆっくり」
「本当に長いからな、ここ」
「そうなの?」
「ご飯食べてすぐに来て、ちょっとつまむかなぐらいの時間はかかるから、腹減ってる時はこれないしな」
「それほどこだわってるから?」
「それもあるんだがな、菓子職人すぎて妥協がなくて、メニューに載ってるのはまだこれでも早い方、ジャム系を頼むと、煮込むところから始めるから、本当に半日がかりでな」
「よくお店持つわね」
「それがあの客層だ、デートでわいわいしてれば、待つ時間も気にならねえってやつだな、逆に会合する場合は事前に持ち込みするとかしてるから、困らないし」
「じゃあ、杖の話をしましょう、結論から言うと、私は前より儲かったし、いい杖になったのよ」
「結論からいってもどういう事が起きてるのか全然わからないんだが」
「杖の中古って、卒業生なんかが売りに来るものがほとんどで、今の時期ってあんまり出回らないのよ」
「それは剣も同じだな、この町には学校があるから、あちこちから生徒が集まってるし、また卒業したら故郷に帰るとか、どっかに勤めるとかだし」
「何件か見回るつもりだったんだけど、二件目で、どこぞの貴族が拵えたんだけど、本当に使ってない宝飾品が売ってて、でも小銭で買えたんだよね、あのお店あんまり商売っ気がなくて」
そういってその買った宝飾品の写真を見せてくれた。
「現物はないのか?」
「売り払ったのよ、それで予算は手に入ったと」
「ちゃっかりしてるな」
「その後、霊木の杖を見つけてすんごい安かったから買ったわけ、これでお金は手に入った、杖も新しく良いものになった」
「何でそんなに安いの?お化けでもついてるのか?」
「お化けついてる方が高いわよ、むしろついててほしい」
ここら辺が魔法使い特有の発想。
「この霊木の杖は転ばぬ先の杖というやつよ、巡礼してる人たちが使っていたもので、何かあったら杖を振り回して撃退してたってやつだから、殴っても強いの」
今回の選んだ基準は安さと殴っても壊れない強靭さ。
「悪かったよ」
「大丈夫よ、むしろ助けてくれてありがとね」
そういわれると、シンイチロウはドキドキしてしまう。
「おう!任せろ、いつでも助けてやるぜ」
「頼りにしてるわ、それであんたの方は?」
「シンイチロウだ」
「シンイチロウの方は?」
「この件は取り調べの関係であまり吹聴するなって言われた、それでそこでもらった金で、あんたに、ヒナに飯でもと思ってな」
「ああ、そうだったの」
「杖を買い直す金まではいかないから、話聞いてから、弁償にバイトするかって思ってたぐらい」
「バカね、時間は有意義なのよ、バイトなんでしないで剣の腕でも磨きなさいよ」
「ビンロウジ先生に勝てるように頑張るわ」
「私も義兄さんに習わなきゃならないわね」
「何を?」
「それこそ、杖術」
「教えるも何も最初は体力つけろって言われるぞ」
「歩くことから始めるわ、たぶん走れなくなってる」
引きこもりがちな魔法使い生活を堪能しております。
「それ終わったら俺でよければ基礎は教えるぞ、槍術持ってるから、共通してる部分多いし」
「じゃあお願いするわ、義兄さんは忙しいみたいだし」
「この間ゴーレムに八つ当たりしてたからな」
休みをくれや!!!!!
「生身でゴーレムぶっとばせる人はなかなかいないわよね、でもそうじゃないとビンロウジの養子にはなれないか」
ビンロウジは養子縁組などで成り立ってる家柄。
「ハイハイ、お待たせパンケーキだよ」
パンケーキが運ばれてきた。
「早い気がする」
「申し訳ないがオーダーミスが出ちゃってね、代わりに食べてくれないかな」
一組が店内で喧嘩し、出来上がる前に帰ってしまわれました。
「縁起悪いな」
「はっはっ、でもその二人は外の見張りのために小芝居うってくれたから、感謝してもいいんじゃない?虎の尾踏んじゃったから、この件は君らの出番ないよ」
昨日の加害者はどこぞの身分の高い人の息子であって、保身のためにシンイチロウを見張っていたが。
「喧嘩してくれた二人にも後でなんか出さないといけないけどもね、しばらくは来ないかも」
「それは大丈夫なんですか?」
(察せよ、そういうので二人になると盛り上がるわけだし)
「じゃあ、遠慮なくいただきます」
「いただいちゃってよ」
(じゃあ、上手くやるんだよ)
(俺はそんな…)
(動揺するところ直さないと、騎士として出世は無理だよ、まっ、無理ならうちの店員になる?土日は忙しいけど、ここらの辺りじゃ休みも給料もいよーん、さっ、女連れなんだから、彼女の相手をしてやんなさい)
そういって背中を押された。
「ごゆっくりどうぞ」
「まっ、とりあえず食うか」
パンケーキタイム
「あっ、本当だ、人気の理由がわかる~美味しい」
「これでな、男が一人でも入りやすかったらな、くるんだけどもな」
「女一人でもこのお店は入りにくいわよ」
「そういうもんなのか?」
「本を見て過ごすような店でもないし」
「あのさ」
「何?」
「今度また、ここくるか?」
「いいわよ」
即答したときシンイチロウは、心の中でヨシ!と思ったという。
「でもこの部屋?それとも表側?」
イタズラっぽく言われたら、返事ができなくなってしまった。
(あ~しまった、からかいすぎたか)
「…だ」
「?でもよかったわね、もう帰るときに見張りはついてないみたいだし」
「そうだな、とりあえず変なことはないとは思うが帰りは送るぞ」
「今日は実家なのよ、大丈夫よ」
「それでもだな、これでまたなんかあったら、しごかれるのは俺なんだ」
危険を知っていながらお前は何をしてるんだ!
「ああ、それならしょうがないわね、エスコートよろしく頼むわシンイチロウ」
ビンロウジ家に向かうまでの間、本当にくだらない話をしながら歩いていた。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい、そちらのかたは?」
「クレハ・シンイチロウ!」
屋敷の奥から男が一人出てきて、名前を読んだ。
「護衛ご苦労だったな」
その男がシンイチロウの教師でもあるビンロウジ。
「あら、あなた、妹に何かあったのですか?」
この女性はその妻であり、ヒナの姉のようだ。
「最近物騒だからな、すまんが話をするんで」
「わかりました」
そういってシンイチロウを一室に招く。
「話は聞いた、ありがとう、妹を守ってくれて」
「守ったなんて、ただあれはぶん殴っただけですし」
「それでもだ、あんな場所で刃物を振り回したら死人が何人出てもおかしくはない」
「それで話はどこまで?」
「昨日の加害者は呪われた刃物で精神的な失調という話になったが、先程自殺したという報告が来て、話がうやむやになった」
「それはあまりいい終わりではないのですね」
「ところでパンケーキは旨かったかね?」
情報はそこまで捕まれてました。
「お前の事だから変なことはないとは思うが、なんかあったら私が義父に狙われるからそれだけは勘弁してくれよ」
「先生の義父って剣鬼のビンロウジですよね?」
「一太刀で終わったらむしろ温情だぞ」
「まだそこまでは…ただこう一緒にいたら、楽しいなぐらいで」
「体は今のうちから鍛えておけ、この事は私の胸のうちにまだ秘めておくし、若いから心代わりもあるだろう」
「でもまあ、そろそろとかは実家の方からは言われてましたから」
「そうなのか?」
「うちのオフクロが実家に戻るたびに、この子どう?って兄貴達に聞いてましたからね」
「とりあえず誠実にだな、節度を持った交際をだな」
「まだそこまでは行ってないっす」
「でも見てる限りはどちらも満更ではないとは思うんだが、どうなのよ、シンイチロウ、うちの義妹どうなのよ?」
意外と先生は世俗的であった。
「可愛いとは思いますよ、笑ったところとか、まだそんなに知らないですけどね」
「口裏は先生に任せておけ、何、よく私もやってもらったさ」
「なんか俺の中で先生のイメージがどんどん変わるんですが」
「剣しかやってこなかった私もな、一目で人生変わったというのは経験してしまったしな、ただし、遊びならば切らねばならぬってところか」
「遊びではないです」
「ならいいが、まぁ、しばらくは昨日の件で危ないからといって町に出るときは一緒に歩くといいだろう」
「それは使っていいんですか?」
「許す!」
ビンロウジ先生への好感度が上がった。
「しかし、町を歩けばやっかいごとに巻き込まれるっていうのは本当にどうかと思うぜ」
「でも起こるものはしょうがないわ」
「俺としてはデートを楽しみたい」
「後できちんと付き合ってあげるわ」
ただいま置き引きが現れたために、シンイチロウは走って追いかけている。
ヒナは霊木の杖で大気をかき混ぜると、この辺りの精霊を呼び出し置き引きへとけしかけた。
「ヒーヒー」
突然置き引きは呼吸に苦しんだ、いま彼は大気から拒絶されているので、そのまま昏倒し、引き渡された。
「お疲れさま」
悪路を走ったために、泥まみれになったシンイチロウの顔をタオルを渡した。
それで拭き取るのだが。
「まだついているわよ」
顔の泥はヒナのハンカチで拭いとったためち、その行為に顔が真っ赤になってしまった。
「これぐらいどうってことねえよ」
「シンイチロウは強がりな」
そういってヒナの方から腕を組んできた。
「デートの続きをしましょう」
「そうだな」
この後はパンケーキ屋に行くつもりだ、今日はもちろん表側のお店の方で。