#026「野良と飼い」
@天王寺家
アイ「(あぁ、駄目だ。思い出したら、辛くなってきた。)忘れよう」
コンペイ、入室。
コンペイ「へい、おまち。あれ、寝ちゃったの? 藍ちゃん。おぉい。せっかく良い感じに温まったのに、冷めちゃうじゃないか。起きろって」
コンペイ、布団ごとアイを揺する。
アイ「えぇい、触るな。起きれば良いんだろう」
コンペイ「それで良い。はい、お箸。ハハッ」
アイ「どうも。何が可笑しい? ――いただきます」
コンペイ「藍ちゃんって、猫みたいだと思ってさ。可愛いからって近付くと、毛を逆立てて怒るんだ。フーって。――美味しい? 中まで温まってる?」
アイ「コンが飼い主なら、真っ先にシャツやスラックスを吹き流し状にしてやるところだ。――相変わらず、シツコイ味付けだな。ちゃんと熱は通ってる」
コンペイ「ビリビリにされちゃうのは困るけど、藍ちゃんなら許しちゃうかも。――良かった。俺も、ご相伴に与ろうっと。いただきます」
アイ「自分の箸は持ってこなかったのか。ハハッ」
コンペイ「俺は、多少熱くても掴めるから。そんなに可笑しいか?」
アイ「わたしが猫なら、コンは犬だと思えてきてさ。食事をしてる横に走ってきて、ひと口やるまで、ずっと待ってるんだ。舌を出して、涎を垂らして、ヘッヘッへってな」
コンペイ「そんな俺を尻目に、一人で全部平らげるんだろう?」
アイ「まぁな」
コンペイ「酷いな、藍ちゃん。生類は憐れまないと駄目なんだぞ?」
アイ「いつから綱吉になったんだ。お零れに与ろうとしてるほうが図々しいに決まってる。――ごちそうさま」
コンペイ「おそまつさま。片付けてくるから、もう一眠りしなよ」
アイ「言われなくとも、そうさせてもらう。先程は、気持ち良くまどろんでいるところを、誰かさんに叩き起こされたからな」
コンペイ「誰だろうな、ソイツは。おやすみ」
*
アイ(普通の生活などという時の『ふつう』の基準は、千差万別だ。統計学上の多数派や平均値はあれど、所詮は各人が各人の育った環境に基づき独断と偏見で評価を下しているに過ぎない。従って、違う家庭違う場所で生まれ育った男女が異なる普通を認識していても、何の不思議もない。つまり、何が普通かなんて人それぞれだということだ)
コンペイ『給食当番のエプロンを忘れてるよ、あ、天王寺さん』
アイ(親族と姻族。赤の他人である男女から、両方の血を受け継ぐ子が生まれる、この不思議な現象。幼馴染だったのに、中学に上がってコンが異性だと意識するようになったら、関係がギクシャクしてしまった。高校に上がって、コンは呼び方を戻したけれど、わたしは未だ戻せないでいる。これは、三年間、無理に呼ばせていた罪悪感なのか。はたまた、別の原因による物なのか。指にササクレが出来たような、項がチリチリとするような、何とも収まりの悪い複雑なこの気持ちに対する答えは、いつまで経っても出てこない。どうにも歯痒く、もどかしくて堪らない)




