奈央と龍一①
龍一とは、最悪の出会いだった。
小学校三年のクラス替えで、同じクラスの隣の席になった龍一はやんちゃだけど頭も良く、クラス内で一目置かれる存在で。小学校に上がってから極道の娘だという理由で既に孤立していた私とは、全く無縁の存在だった。
しかし何故か龍一は、そんな私にやたらとちょっかいを出してきて。
今はもう喧嘩の理由も忘れたけれど、とある日とうとう我慢出来なくなった私と取っ組み合いの大喧嘩に発展し、あっさり負けた私は、悔しさからその日を境に教育係だった黒瀬に喧嘩の仕方を教わり、一ヶ月後、龍一に果たし状を叩き付けたのだった。
その結果、二人共ボロボロになりながら結果は引き分け。通学途中にある原っぱに仰向けに寝転がりながら悪態を吐き合っていた。
『ハァ、ハァ……おま…目潰しとか……卑怯だぞ』
『う、うるさい! そもそも…ハァ、ハァ…お、女のあたしに本気出すアンタの方が、よっぽど卑怯だろ!』
こんなにも何かに本気になったのも、遠慮なく口喧嘩をしたのも。大人ばかりに囲まれて育った私にはこれが初めてだった。
『あー……まぁ、そうかもな。それは、悪かったよ』
『え……?』
素直に謝られ拍子抜けしていると、彼は頭の下で腕を組みながら、『はー。引き分けかぁ!』と清々しい笑顔で空の彼方を見詰めていた。
『けどよ。なんかお前、くだらねぇこと気にしてウジウジしてたからさ』
『べ、別に、ウジウジなんて…』
『してただろ。俺、自分じゃなんもしないでウジウジしてる奴見ると、イライラすんだよ』
『…………』
言葉は乱暴なのに、彼の醸し出す雰囲気が思いの外優しげで。
子供ながらに、彼が私にやたらちょっかいを出してきていたのは、孤立していた私を放っておけなかったからなのだと理解した。
『実は、さ。俺んちもお前んとこと同じなんだよ』
『え?』
『ヤクザ、ってやつ?』
『――っ』
『お前のじぃちゃんがさ、ヤクザだろうが何だろうが、お前には関係ないことだろ? 悔しかったら友達いっぱい作って陰口叩いてる奴らのこと、見返してやりゃいいじゃん』
そうニカッと微笑んだ龍一が、当時孤立することに慣れてしまっていた私には眩しく映って。
その後、同じ境遇だからなのか、それともバイクが好きという同じ趣味があったからなのか。妙に気が合った私達は、その後知り合った沢山の仲間達と共にやんちゃをしたりバイクで遠出したり、一緒に喧嘩をしたりと、まるで兄妹のように育った。
そして高校生の時。龍一は運命の相手――小橋ゆきえと出逢い、色々あった末に二人は恋人として結ばれた。
それなのに。
確かに、危機的状況なのは分かる。
藤堂組と大宮組が、事実上親類になれば、今より更に絆が深まるのも、理解出来る。
「なんで、今更……」
そう。何故今更、龍一と一緒になれだなどと、言われなくてはならないのか。
唇を噛み締めながら、部屋に帰ってからもう何本目かも分からなくなった煙草に火を点けた。