藤堂組の危機
東京のやくざ屋さん事情等が出てきますが、作者はもちろんそんな事情には精通していませんし、極道の世界のことは全く分かりません(任侠映画のファンですらないです)
ですので、その辺りは生温い目で適当にスルーして頂けると助かります(^-^;
呆然とする私に黒瀬が告げた話は、思っていたよりも深刻な話だった。
現在、この東京には三つの大きな組組織が存在する。
一つは、私の実家である、藤堂組。
任侠を重んじ、クスリや武器の密売、闇金経営などはせず昔から所有していた不動産や運送会社、クラブ等の経営でしのぎを稼いでいる、昔気質のやくざだ。
そして藤堂組と同じく任侠を重んじる、大宮組。
建設会社経営を主に、クラブや不動産業等も手掛けている。
その二つの組とは対局にあり、クスリや武器の密輸から人身売買まで、悪どいことはやっていないことの方が少ないと云われている、関東一の広域指定暴力団・鮫島組。
この鮫島組を、藤堂組と大宮組で牽制しているからこそ、東京の裏社会の均衡は何とか保たれているといえるのだ。
ところが、である。
ここ最近、鮫島組は関西でも一二を争う広域指定暴力団、日武会と結束し、藤堂組と大宮組のシマを狙っている、というのだ。
関西の暴力団に進出してこられたら、この東京がどうなるか分かったものではない。
それでも今は何とか、大宮組と共に水際で食い止めることが出来ているそうなのだが、そこに藤堂組組長・藤堂吉之介が余命幾ばくもないことを嗅ぎ付けた鮫島組がここぞとばかりに攻勢を仕掛けてこようと画策しているということだった。
「つまり、ウチと大宮組との結束をより強固にするためにも、私と龍一が一緒になれ……って?」
ジッと黒瀬の話を聞いていた私は、ソファから立ち上がると窓の外を見詰めた。
地上三十階建ての、最上階から見る夜景は綺麗な筈なのに、今の私には得体の知れない何かが邪魔して、ギラギラとした下品な夜景にしか映らない。
「はい」
返ってきた答えは想像通りのもので、私はジーンズのポケットから煙草を取り出し咥えると、ライターで火を点けた。
「龍一には、ゆきえがいるって知ってて言ってんの?」
大宮龍一は大宮組組長の長男で、私のガキの頃からの喧嘩仲間で同級生。
そしてゆきえ──小橋ゆきえは、同じく同級生で龍一の婚約者であり、私の数少ない女友達でもあった。
「はい」
「…………」
淡々とした返事が逆に、今の状況を物語っている。
私に友人を裏切り龍一と一緒になれ、と理解した上で言っているのだ、この男は。
つまりは、それ程切羽詰まった状況であるということで……。
ギリ、と握った拳を更に強く握り締めた私は、クルリと踵を返すとドアへと向かった。
「お嬢──」
「このこと、じーさんや龍一には?」
「……明日にでも、大宮組長が龍一ぼっちゃんと共に本家にご挨拶に来るそうですが、龍一ぼっちゃんには、まだお話されていないそうです」
「ってことは、この話を知ってるのは、大宮のおじさんとあんたと私ってことか……。ね、それいつまで待てる?」
「お嬢? 何を──」
「いつまで?」
私の独り言のような呟きによからぬ何かを感じ取ったのか、眉を顰める黒瀬の言葉尻を奪って質問を重ねる。
「…………三日。いえ、一週間で」
こういう交渉事は、黒瀬の十八番だ。
「分かった。じーさんと龍一にはそれまで絶対に話しを通さないよう、大宮のおじさんに話つけてくれる?」
「承知」
頼りになる一言に、クスリと笑ってからドアを開け、
「黒瀬」
「はい」
「ありがとね」
「いえ……」
何処か気遣わしげな黒瀬の声に、わざと軽い調子でヒラヒラと手を振り、
「じゃ、取り敢えず明日の朝一にでも、あの薄情じーさんの様子見に本家に行くから、よろしく」
とそれだけ言い残し、私はビルを後にしたのだった。