エリー ~死神を追う悪魔~
黒い少女は手当てをすると落ち着いたようにソファーで寝息を立てて寝たままだった。なんか起こすわけにいかずにそのままにして起きるまでそっとして置こうということでカレーを作るためにキッチンに入る。カレーを作りながらも自分の中二病設定を忘れないように思春期がその若くてエロい体を求めてリビングに入って来ようとするのを私の鋭い目線を送ってそれを阻止する。
別に弟が彼女を作っていちゃこらしようが私に敵にはご自由にどうぞなのだが、さすがに見ず知らずの女の人の体だけに興味を持って間違いに走ってしまったらそれは中二病よりもいけない方向に弟が進んでしまいそうだ。それだけは阻止しなければならないと姉として思うのだ。
すると死神の動きを封印する私の姿を見て弟は私のことをこう呼んだ。
「さすが魔女だ。俺の動きと自由をここまで封じるとは強すぎる。この魔剣ダークソードを持つこの俺がここまで苦戦するとは」
一体何に苦戦しているのか。腹が立つけどもう相手にしない。
さて、大方カレーが完成したところで火を止めてソファーで眠る黒い少女の様子を見に行く。すやすやと眠る少女。ここがよそ様の家のソファーだって知らないんだ。どうしてあんな傷を負っていたのか。どうして助けを求めずにあの場にとどまっていたのか。いろいろ聞きたいこともある気がするけど。それよりも聞きたいのがどうしてそんな人の目を引くような下着のような服装をしているのかって聞きたい。いやいや、それよりも弟の同族である可能性はまだ消えていない。
とにかくここでずっと寝てもらっているのも困る。弟が発情期に入ってしまいそうだし。
「いい加減に起きて~」
黒い少女の頬をつねって引っ張って起こそうと試みる。
すると少女がう~んとうなって眼を開ける。大きく見開いた瞳は宝石のようで吸い込まれてしまいそうな青い瞳をしていた。白い肌と日本人のような顔立ちをしているのにその青い瞳は異質だった。
青い瞳の少女は私と目が合う。寝ぼけた表情を浮かべて体を起こす。艶のある黒髪はアホ毛みたいな寝癖が出来てだらしない。かかっていたコートがずれ落ちて上半身の見せブラが出てしまう。弟に目線で出て行けと威圧を掛ける前にすでに姿はなかった。
すると少女はハッとしてソファーの上で立ち上がり素早く所持品のひとつだった鉄の棒を手に取って部屋の角に向かう。両手で棒を構えて何かを警戒するようなそぶりを見せる。それを見て疑う余地もない。この少女も弟と同じ病気にかかっているようだ。
でも、一応お客だし。私が連れてきたんだし。無視するわけにもいかないよね。
「どうしたんですか?」
すると少女は鉄の棒を私に向けて逆に私に問いかけてくる。
「ここはどこだ!どうして私はここにいるんだ!」
うむ、意外とふつうで無難な質問をぶつけられたことに驚きだ。こういう時弟だったら「悪魔から逃げていた俺がどうしてこんなところにいるんだ!まさか、貴様は神と天より力を授かった悪魔だな!」的な感じのことを言って来るに違いない。でも、さすがに寝起きだとそれはないか。
「あなた路上で倒れてたんですよ。怪我をしてるみたいだったんで私の家まで運んで治療させてもらいました。証拠はその腕に巻いた包帯ですよ」
すると自分の二の腕に巻かれている包帯を触れる。
「どういうことだ?傷が痛まない?」
知ったことか。
「確か私は・・・・・いや、攻撃は確かに本物だった・・・・・その怪我はこの人間界で治すことは・・・・・だが、力があれば可能なのか・・・・・でも、あれは人が出来るとは到底思えない・・・・・つまり・・・・・どういうことだ?」
どういうことだって私が聞きたいわよ。それだけ悩んでも私が分かったことはあなたが弟と同じということだけ。
攻撃とか人間界とか力とか日常ではめったに使わないような単語をこの私が聞き逃すはずがない。もう、これは確定だ。やっぱり、あの時普通に放置しておけばよかったと後悔している。でも、もう遅い。
「お前は誰だ!」
「私?私は」
「動くんじゃない!」
めんどくさい奴がリビングに乱入。
振り返ると銃を構えた弟がいた。焦ったような演技をしている。迫真だ。それを生かせる職業を将来選んでね。そうじゃないと今やっていることが全部無駄に終わるわよって弟の将来を心配して無駄なのは私だ。
「知っているぞ!貴様は俺たちを追い人間界にまでやってきたあ」
「あんたは部屋に戻ってなさい。私は知ってるのよ。あんたはあの人の下着姿の服装が見たいだけなんでしょ。ブラジャーとパンツが見たいだけなんでしょ。おっぱいが見たいだけなんでしょ」
ドスの利いた低い声で弟に言うと怯えたように銃を下す。
「さすが魔女だ。予言もお手の物か」
「分かったら部屋で瞑想か修行でもしてろ!」
「了解!」
そう言うと逃げるようにリビングから出て行った。
同じ病人をいっしょにさせておくメリットなんかどこにもない。ただ、ややこしくなるだけ。化学の実験とかで二つの薬品を混ぜて突然爆発するような感じで中二病同士を混ぜ込んでいいことなんか何ひとつないのだ。ただ、周り引っ掻き回す爆弾のような感じなのだ。
「あなたは魔女なのか?」
ほら、すでにめんどくさいことになってる。
「それよりも服を着なさい。破廉恥で弟の成育によろしくない」
「これが私たち悪魔の正装だ」
そうなの、悪魔の棲んでいる世界は常に真夏の海みたいなのね。すごい、すごい。
「私の服を貸すからとにかく今はそれを着なさい」
そう言ってさっき回収したばかりの洗濯物の中から私のTシャツとズボンを投げ渡す。
「確かに身を隠すには服装を変えるのも重要か・・・・・」
顎に手を当てて考えた末に服をもぞもぞと着る。
なんか私よりも年下なのに胸が大きい気がする。私が着るときにTシャツのロゴがあんなにも広がらない気がする。中二病で面倒なうえに生育がいいとか腹立つわね。
「・・・・・・」
再び手に顎を当てて何かを考え出した。それがどうも癖のようだ。
「魔女さん」
「なんでやねん」
思わず大阪の定番のツッコミをしてしまった。まぁ、あなたは誰ですかって聞かれた時に弟が私のことを魔女とか呼んでいたら仕方ないにせよ常識的に考えたら私の名前が魔女なわけないでしょ。
それでも少女は私のツッコミを無視して続ける。
「今のダーク・エフェクトリー・ガンを持っていや、あれはレプリカか・・・・・ともかく銃を構えてこの部屋に突入してきた少年は言った何者だ?」
ダーク・エフェクトリー・ガンってなんだよって最初にツッコミたくなるのを必死に抑える。弟の装備品に名前があるのは背中に背負った魔剣ダークソードくらいだ。あの銃は普通の中に魔力を込めて弾丸を撃ち出すだけで普通の銃だって言っていた気がする。
まぁ、そんな銃の名称なんてものは頭の隅っこに置いといて。
「あれは何もでもないわよ。私のただの弟」
「そうなのか」
真面目に答えるとそれを真面目に受け止める。素直な場面のあるのか。弟も私がキレた時以外でもこうやって素直だったらいいのになと思う。
「というのが建前であろう。あれはどう考えても魔界の者だ」
前言撤回。全然素直じゃないわ。
「あのさ、そういう設定はもういいからさ。もう今日は遅いんだし家に帰ってくれない?え~と」
「エリーって言います」
エリー。それは偽名なんじゃないかと思うけど、その青い瞳を見るとウソかホントかは判断できない。
「エリーの家はどこなの?遠いんだったら送ってくわよ」
「遠いも何も私の家は・・・・・いや、人間には言っていけないか」
めんどくさい。
「いいから言いなさい」
「無理だ。人間は何も知らない方がいい。知ってしまえばあなたがこれからどんなひどい目に合うか分からない。それに」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと答えなさい」
「それは無理だ。神にも天にも・・・・・ダメだ!絶対に言っちゃダメだ!」
「めんどくさいわね。私はあの死神の弟を手なずける魔女なのよ!人間じゃないの!だから、さっさとどこから来たのか!真面目に答えないと警察に突き出すわよ!」
「け、警察?この世界の正義を名乗る集団のことか!さすがにそれは困る!」
これだけ脅しても中二病設定を崩さない姿勢は褒めてあげるわ。
「それであなたの家はどこ?」
「私の家は・・・・・魔界だ」
「真面目に答えろって言ったでしょ!」
「ま、真面目に答えたもん!私は魔界から来た悪魔なんだって!」
「誰がそんなの信じるか!私はそういう奴を腐るほど見てきたのよ!いいからさっさと言わないとマジで警察に突き出すわよ!」
「だから、本当に魔界から来た悪魔なんだって!」
「強情ね」
「あなたに言われたくないよ!私は本当に魔界から来た悪魔なんだって!あなたたち人間と同じにしないでください」
立場が危うくなったのが分かったのか偉そうな口調から敬語になった。まぁ、少し反省したということで少し許してやろう。でも、完全に許したわけじゃない。
「だったら、あなたが本物の悪魔だってことを証明して見せなさい」
「できないです」
「きっぱり言うわね」
「でも、私は悪魔です。ある者たちを追うためにこの人間界にやってきました」
どういう設定なのか身を縮めて正座して説明してきた。まぁ、私に対する姿勢が弟と比べて圧倒的にいいので少し許すとしよう。でも、完全に許したわけじゃないのでそこはちゃんと分かってもらいたい。
「それであんたが追うある者たちって誰?」
エリーはすぐに答えた。
「死神です」
「・・・・・どこかで聞いた設定と似てるというか同じね」
「設定じゃないですよ」
「うるさい。口答えするな」
「すみません!」
完全にこのエリーは私の手駒になったようだ。
「私たち悪魔と死神は元々同じ魔界に住んでいましたが、死神の悪行が私たちの範疇を越えて人間界にも大きな影響を与えかねない状況になってしまったのを阻止するために私たち悪魔と神界と天界と手を組んで死神の捕縛しようとしました」
「それで戦争が起きたりした?」
「はい。みなさん三界戦争と言います」
弟と同じ設定ね。となるとこの子は弟の中二病仲間?でも、前に遊びに来た弟の中二病仲間にこんなかわいい子がいた記憶がない。どいつもこいつも小僧ばかりだった気がする。
「さすが魔女さんですね。予言で三界戦争のことをご存じだったとは」
「黙れ」
「了解です!」
私もあんたと同じにされては困る。
「それで一部の死神がここ人間界に逃げ込んできました。私たち悪魔はその死神を捕らえるべく神と天の力を借りて死神を捕縛するためにこの世界にやってきました。人間界に来た私はさっそく死神を見つけましたが、武器もこの通り破壊されて怪我を負いはっきり言って惨敗でした」
なるほど、そのせいで怪我を負っていたのか。その鉄の棒も本当は武器の一部だったんだけど壊されてただの棒きれになってしまったと。
「で?」
「いや、でと言われても困ります。本当のことを言ったまでなんですけど」
困るのはこっちよ。
「そんな口で言っただけではいそうですかって納得すると思う?」
特にあんたみたいな中二病は余計に信じない。
「・・・・・」
エリーは手を顎に当ててそして自分の持っている鉄の棒に目線を落とす。
「怪我の回復が出来ているということはもしかして魔力も・・・・・。分かりました、魔女さん」
なんか今更だけど魔女を訂正するのを普通に忘れてた。もう面倒だから私は魔女でいいや。
「私に少し時間を下さい。もう少し回復が必要です」
「回復って何の?」
「魔力です。私の負った傷は普通の傷ではありません。私たち悪魔は魔力による傷の治癒力は三界の中でも高い方です。そんな魔力を削ぐ武器よる攻撃のせいで私の傷は癒えずに倒れてしまい魔女さんに助けられました。その傷は魔女さんの魔法による治療のおかげもあって回復し、また私が悪魔であることを証明するための魔力も怪我の復帰と同時に回復しつつあります」
その傷に関しては納得いってしまう。傷自体は大きなものではなかったのに出血がひどかった。私が消毒液を使って治療したらすぐに血が止まって怪我が治った。まぁ、おかしな話だけど。それに私は魔女じゃないし、魔法なんか使わないし。
「もし、魔力が存在してあんたが悪魔だって証明できるんだったら待ってあげてもいいわ」
「ありがとうございます」
土下座で感謝を表す。
するとキュ~ッというかわいげのある音がエリーのお腹から発せられた。顔を真っ赤にしてお腹を押させる。あくまでもそういうところを恥ずかしがるのは女の子なのね、悪魔だけに。
思わずため息が出てしまう。
「ついでだからご飯も食べて行ってもいいわよ」
「ありがとうございます」
再び土下座で感謝を表す。別に悪い気にはならない。