あっそ
「あっそ」
私はおせんべいを片手にテレビを見ながらそう適当に返した。
外はセミが元気よく鳴き叫ぶ季節。高校も夏休みとなり部活も得所属していない私はのんびりとテレビを見ている時だった。
「驚かないのか?」
黒い服装に身を包んだ至って普通の青年が尋ねる。革製のベルトがギラギラと装飾されたいかにもかっこいいとワンパクな男の子たちが興奮しそうな服装をして背中にドンキホーテで買ったプラスチック製の大きな剣を背負った青年が私のいるソファーの正面で膝をつきながら顔だけをこちらに向ける。
腕にはなぜか包帯が巻かれていて頬には五芒星の落書きがされている。剣の他にも腰にはエアガンを装備している。そのエアガンは自分で黒く塗装して上から五芒星のシールを張って加工してあるものだ。ちなみに弾は入っていない。人に当たったら危ないから私が取り上げたのだ。だったらとこれは常人には見ることのできない魔光弾が放たれるっと訳の分からない設定を加えて弾が出ないところをカバーした。
そんな痛々しいこの青年は何を隠そう私の弟なのだ。
テレビで流れる漫才に私が笑う。
「聞いているのか?この俺が悪魔の追跡から逃れる死神だということに?」
「この間はすべての偽りを掻き消す光を破壊するために魔界より召喚された魔公騎士だって言ってなかったけ?」
「それは前世の話だ」
「あんたにとっての前世で1週間前のことなんだ。大変だね、何度も転生して」
せんべいをかじる。
こんな茶番に付き合わされるのは別に今日が初めてじゃない。私の弟は見ての通り重度の中二病なのだ。冒頭にあった神界も天界も魔界も存在するはずもなく。また、人間には見ることのできない逃げる死神も追う悪魔も存在しない。するはずがない。してたまるもんですか。すべてはこのバカ弟の妄想に過ぎないのだ。
いい加減にそんな恰好をしないでまじめに勉強とかしろって言っても言うことは聞かない若干の反抗期に入っている。それとこの中二病の時期とかぶってすごくめんどくさいことになってしまっている。自分を本当に魔界から逃げてきた死神だと思っているのだ。
「そこにいるのは誰だ!」
弾の入っていない銃を構える。
「俺には見えているのだぞ!隠れていない出て来い!」
いや、何もいないからね。
「ふん。俺の力の差を歴然として逃げ出したか。賢い奴め」
もし、本当にそこに人がいたとしたら力の差に歴然としたのではなくて、「なんかめんどくさい奴がいる。これ以上絡まれないためにも逃げるか」って思ったと思う。私だって弟じゃなかったら絶対に関わってない。でも、どう頑張ってもこいつは弟で家族なのだ。どうして関わりを絶つことはできない。
「ん?仲間からの連絡が入った!テレビの音を消してくれ!悪魔どもに盗聴され隠れ場所を特定されてはまずい!」
何をバカなことを言っているか、バカバカしい。そんな仮想死神さんの訴えを無視してチャンネルを変える。聞き入れてくれないのでそのまま折り畳みのガラケーを開いて電話に出る。でも、そのガラケーは私の機種変した前の携帯電話で電話もメールもネットも使えないただのおもちゃだ。
「何!デスソウルが奴らに捕まっただと!」
どうやら同じように悪魔から逃げる死神が捕まったようだ。
「つか、悪魔と死神って名前の印象的には死神の方が強そうじゃない」
そう私がぼやくと待っていたかのように弟が答える。
「残念ながら悪魔たちは神と天から力の施しがある影響で強大な力を持ってしまっているために我らの死神の魔の力を中和して威力を断続的に低くしてしまう。その影響でほとんどの死神たちは悪魔を前にしてなす術もなく捕まってしまうのだ」
そのほとんどの死神って言うのがキーワードのようでツッコんでくださいと表情で訴える私のバカな弟。さっきのようなちょっとした事のボヤキを使って話す相手のいない中二病設定を私に話すのだ。無視すればいいんだけど・・・・・。
まるで子犬のような目線でこちらを見る弟。お願いツッコんで。って言ってる。眼を合わせないようにテレビに集中しようとするとそのテレビを遮るように目の前に現れる。
ああ、もう!分かったわよ!
「そのほとんどの死神ってどういうことなの?」
「よくぞ聞いてくれた!」
ああ、ウザい。
「俺のような上級死神はそんな神と天の力の中和されることはない。俺の持つこのダークソードのように魔剣を持つ死神は神と天の競合した力にも対抗することのできる魔の力を秘めている。だが、このような魔剣を持つこのできるのは死神の中でも魔剣士と呼ばれる魔界の守護をつかさどる死神だけなのだ。魔剣士は魔界でも一握りしか存在しないのだ」
「へぇ~、そうなんだ」
「今回捕まった死神はその魔剣士ではない死神だ。強力な力を手に入れた悪魔。もはや、かつての魔界にあった死神と悪魔の力の差はないと言っても等しい。魔剣ダークソードを持つ魔剣士の俺、デスキャンサーですらも悪魔を目の前にして対抗できるかどうか分からない。だが!仲間を見捨てるほど俺の心は悪には染まっていない!同じ人間界にまで逃げ延びた死神同士として俺は戦いに行かなければならない!」
「そう、大変だね」
要約するとこんな感じのことを弟は言いたいのだ。
外の遊びに行きたいので行ってもいいですか?っと言いたいのだ。
「なら、頑張ってその死神のお仲間を助けに行ってらっしゃい」
「承知した」
そう言って身を低くして足音を立てないように素早くリビングから出て行こうと扉を開ける。そこで突然動きを止める。さっさと遊びに行けよと思いつつも声をかけてくださいと背中で訴えかけられる。無視し続けるのもなんかかわいそうなのでいつも声をかけてしまう。甘いのかな?私?
「どうしたの?行かないの?」
「これがきっと俺の最後かもしれない。俺がこの世界に逃げ込んできてその大きな心の器でこの家に居候してもらえていることに至極感謝をしている」
ああ、そういう設定なのね。
「礼を言おう。ありがとう」
どういたしまして。
「最後だ。我ら三界の記憶は人間界の者に留めておくことはできない。それは魂だけとなった人間にも多少の記憶が残されているからだ。その影響が三界に危機的影響を及ぶ可能性がある。だから、すべてを忘れてもらおう」
私に向かって手のひらを掲げて眼を閉じる。
「メモリーダウン!」
と唱えると広げていた手が何かを掴んで引っ張り出した。
「これで俺と過ごした記憶がなくなった。あなたが忘れてしまっても俺はあなたの恩を忘れない。必ず生き残って自らの世界に戻り悪行を働いて見せる。その時までさらばだ!」
ようやく、遊びに出かけて行った。
「暗くなる前までには戻ってきなさいよ~」
私はそれだけを告げてテレビのチャンネルを変える。
「そういえば、買い物行かないと食材がない気がする」