妄想の魔剣 ~だあくそおど~
赤いパトライとサイレンを鳴らして街中を滑降するパトカーを尻目に私は街灯だけがともる暗い夜道をひとりで歩く。向かう先にはエリーがいる気がする。すべてが何となくであいまいだ。それでもその先にエリーがいる。傷を負ってその傷口を押さえて息を切らして壁際に倒れ込んでいるエリーの姿が頭の中で浮かんだ。
そんな想像をしても何も焦らない。自分でも気味が悪いくらい冷静だ。
町のはずれの川にやって来た。バカ弟たちがいつも集まって何かしている高架下に私は向かう。川岸には足元を照らす明かりはない。でも、遮るものがないから月の明かりでかろうじて足元が見える。
それでも私が見ているのは一点。
高架下に入ると月明かりが遮られて闇が支配する。そんな闇の中に悪魔はいた。
肩を上下に激しく動かして痛み耐えるような荒い呼吸。橋の柱にもたれるように体を小さく縮こまらせている黒い塊。私が砂利を蹴る音に反応して黒い塊は大きく後方に飛び退く。その手にはただの鉄の棒を構えている。
その整った顔にはべっとり血がついていて棒を持たない左腕は力なくだらんと垂れさがっている。その手の先から血が滴り垂れる。警戒を強める目と表情はどこか恐怖心を感じた。でも、それもすぐに解かれた。
「お、お姉ちゃん?」
黒い塊はエリーだ。
私の姿を見ると急に緊張感が緩んだように全身の力が脱力したように手に持っていた棒がこぼれ落ちて腰が抜けたようにぺったりと座り込んでそのまま倒れそうになる。それを私が支える。
「エリー、大丈夫?」
「・・・・・正直言って大丈夫じゃ・・・・ないです」
今にも消えてしまいそうな弱々しい声だった。傷は肩から肘にかけて深々と負っていた。前に受けていたものはと比べ物にならない大きな傷だ。
「これどうしたの?」
「・・・・・ちょっと、転んだだけです」
転んだだけでこんな傷を負うわけないでしょ。針山でも登山していない限り転んでこんな怪我は追わないわよ、普通。
「もっと、マシな嘘をつきなさいよ。どうせ、サリエルにやられたんでしょ。全く歯が立たなかったみたいね」
私はポケットから消毒液を取り出す。こんな物で傷が治るかどうかなんて私には分からない。でも、応急処置くらいはしておこう。
消毒液を乱暴に傷に吹きかける。その瞬間、痛みのせいで顔をしかめて暴れようとする体を私が強く押さえる。
「我慢しなさい」
そう言って容器に入っていた消毒液を全部出し切ってから包帯の一部で血をふき取ってから包帯で傷を保護するように巻いていく。驚くことに包帯には血が滲んでいない。本当に消毒液に書かれている魔方陣とかいう奴の効果は絶大のようだ。
「お姉ちゃん、ありがとうございます」
エリーは私にお礼を言うと立ち上がろうとする。
「ちょっとあんた!まだ、怪我が!」
「ダメなんですよ。私がやらないとこれ以上あいつをサリエルを死神たちを野放しにしたら人間界によくない災いをもたらします。あいつはすでに肉体を持つ人間の魂すらも殺しています。せっかく安定に向かっていた三界のバランスが崩壊するかもしれない。もう、あんな戦争はごめんです」
エリーの眼から伝わるその思いは設定とは思うことができない。本物の悪魔の力を見ても私はどこかでエリーの言っていることが嘘でうちのバカ弟と同じ病気にかかっているもんだってどこかでずっと思っていた。
でも、確信した。エリーが言いていることはすべて本当だ。真実だ。
「それよりもどうしてお姉ちゃん記憶がなんで?」
その時、私の背後に感じたのは刺すような感覚と押しつぶすような感覚。前者が殺気で後者が重圧だ。振り返るとその手には真っ黒な剣を手にした不気味な男。
「サリエル」
「お、お姉ちゃん!下がってください!」
エリーは私を引き倒してサリエルの前に出る。怪我はまだ治ったわけじゃない。力の入らない左手は使わないで右手だけで鉄の棒を構える。その先には粒子が集まってきて刃が出来る様子もない。
「威勢だけは一人前だな。俺にそれだけ傷をつけられてまだたっていられるとかマゾかよ。好きだぜ。それはマゾな女」
「うるさい!」
エリーは刃がない状態の鉄の棒でサリエルに殴りかかる。サリエルはそれを軽々しくかわす。空振りに終わったエリーは腕の痛みをかばってなのかふらふらとした足取りで振り返り再びサリエルに殴りかかる。でも、それは素人に私ですらも見える攻撃に簡単にかわされて、そのまま蹴り飛ばされる。地面に数メートルバウンドして止まる。元々負っていた傷も深く立ち上がろうにも体が言うことを利かないようで首だけをサリエルに向けて鋭い眼差しを向ける。
「その眼はいい。嫌いじゃない。圧倒的な力を目の前にしてもその眼差しを続けるだけの精神力には称賛に値する。だが!」
サリエルはそんなエリーの顔面を蹴り飛ばす。抵抗することのできないエリーはそのまま再び数メートル飛ばされる。整った顔立ちに傷がつく。女の大切な顔に。
「そんな眼をする奴を踏みつけるのは気分がいい」
立ち上がろうとするエリーを踏みつけて笑う。サリエル。エリーはそれでも弱音を吐かない。ふっしに押しつぶされる力を跳ね返そうとしている。
「あなたのしていることを私は許さない」
「聞こえないな!もっと、声を張ってもらわないと聞こえないな!」
サリエルはエリーの腹を蹴りあげる。エリーは宙に浮いてそのまま受け身も取れずに地面に落下する。腹を蹴られたせいで胃袋の中身が逆流してきてその場で嘔吐する。呼吸も苦しそうでせき込む。
「俺は死をもたらす神。死神。死神は人間が呼吸をしているみたいない死に関わっていないと死んでしまうんだよ、苦しいんだよ。そのために人間を殺して何が悪いんだよ。この世界には70億の人間がいるんだぞ。その中のひとりやふたり殺しても三界の影響何て小さいものだろ」
「あ、あなたみたいな人が、、、いるから世界は壊れる。ひとりの行為がふたりになり三人になる。負の連鎖はそんなひとりの無責任から始まる。私がそんなたったひとりが作った負の連鎖を断ち切る!」
息苦しそうにしながらも反論エリーは懐から銃を取り出した。それは以前バカ弟の部屋からぱくった見た目の改造に失敗したエアガンのダーク・エフェクトリー・ガンだ。エリーは引き金を引く前にサリエルがその剣でエアガンを弾き飛ばす。
「虫の抵抗は所詮虫だ!」
サリエルはエリーを踏みつける。
「そんな虫でも私はあなたを止める。あなたのような人からこの世界のバランスを守るんだ」
必死に訴えるエリーが止めようとしているのはサリエルだけじゃない。サリエルのような一人一人と戦っているようだ。そんなありないようなことのために全身ぼろぼろになってもなお立ち上がろうとしている。
「はぁ~」
私が大きなため息をつく。
それに振り返るサリエル。
「なんだ?昨日の妙なオーラを放っていた女か」
余裕な表情で私を見る。
「今日はオーラ出ていないんだな。俺たちが何なのか分かっているのか?」
「死神と悪魔でしょ」
「待ってください!お姉ちゃんは何も知りません!」
「お前は黙ってろ!」
サリエルはエリーを蹴り飛ばして黙らせる。
「いいか、三界のことはこの世界の人間が知ってはいけないことなんだよ。あいつの言うバランスって言うものを崩す原因になるからな。何が負の連鎖を断ち切るだよ。テメー自身が作ってるじゃねーか、負の連鎖」
倒れて動けないエリーを見下す。立ち上がろうとするエリーを見てため息をついて近寄ろうとする。きっと、踏みつけたり蹴り飛ばしたりするのだろう。剣では攻撃せずにただ痛めつけるだけの行為。まさに悪魔だ。死神だけあって悪者としては完璧じゃない。
だからこそ許せない。
「ちょっと待ちなさいよ」
ドスの利いた声に不機嫌そうに振り返る。
「なんだ?」
「私は別に三界がどうとか悪魔とか死神とか魔剣とか正直私はでどうでもいいのよ。そんなありもしない、存在するかどうかもあやふやな存在を信じろと言われて信じられるわけがない」
私はゆっくりサリエルに近寄る。
「確かにエリーの鎌を見て悪魔の力が本当にあるかもしれない。100歩譲ってエリーが悪魔だってことは信じてあげるわよ。でも、私にとってサリエルが死神だなんて分からないし知ったことじゃない。ただ、ひとつ私が腹が立っていることがあるわ」
私は手に持っていたダークソードをサリエルに見せつけるように鞘に仕舞われた刃を抜き取ろうとするとそれを見たサリエルの表情が変わる。
「な、なんだ?その剣は?」
「私の日常を大いに騒がせる中二病のバカどもが作った妄想の魔剣!名はだあくそおど!」
剣を抜き取った瞬間、私の内からゆるぎない自信と力が湧き上がって来た。そして何よりも押さえていた怒りが一気に噴き出してきた。
「な、なんだ!そのオーラは!」
「あんたは私のかわいいかわいいエリーに傷を負わせた!弱々しい女の子に向かってのセクハラ発言!蹴り倒したり踏みつけたり!そんな行為が許されるわけないでしょ!」
鞘を投げ捨てる。剣を構える私を見たサリエルが後退りする。
「き、貴様!何者だ!」
「ただの姉だ!」
剣を構えてサリエルに向かって斬りかかる。そのモーションは斬りかかるというのは表現は間違っているようで実際にはバットで殴りに行くような斬撃をサリエルは持っていた真っ黒な剣でそれを防ごうとする。剣と剣同士が触れた瞬間、サリエルの持つ魔剣、グラムが一瞬のうちに粉々に砕けた。剣に伝わる感触としては砂の山を崩す程度の抵抗しかなかった。勢いを殺さずにそのまま、だあくそおどはサリエルの腹を直撃してそのまま後ろに飛ばされる。
「何よ。斬れないないじゃない。所詮ただのプラスチックよ」
サリエルは腹を大げさに抑えながらもがく。
「な、なぜこの世界のしかも人間の手に!ダークソードがある!」
「そんなの知らないわよ」
これはエリーやあんたが言うようなダークソードじゃない。
でも、今はそんなことはどうでもいいことだ。
「まさか、その一撃だけで終わりだと思った?」
私は笑顔を向けるとサリエルの表情がこわばり真っ青になる。
「ま、待て」
「待たない」
そのままだあくそおどでサリエルの顔面と腹部を何度も叩いた。
無駄に痛がる姿を見るとバカバカしくなった。




