魔剣 ~ダークソード~
弟は今、お風呂に入っている。いつものように中二病の技を繰り出して風呂場をピカピカにしてから一番乗りで風呂場に飛び込んでいった。その時にも肌に離さずダークソードを背負っていた。
そんな私はひとりリビングで頬杖をしてボーっとテレビを見ていた。どこの番組も今は剣のような刃物を振り回していた男のことで大騒ぎだ。この近所だということもあってか久々に親からも連絡が来た。明日あたりには帰るからそれまで大人しく家の中でこもっていろと言われた。
親として当たり前の子供への心配だ。どっちにしろ今日はもう外に出る気はない。
日が沈んでも暑さはまだしっかり残っていて冷房をしていないと暑苦しくていられない。
「エリー・・・・・」
聞いたことのある名前だ。夕食を食べている時に弟が言っていた女の子の名前だ。エリーって本当にそういう名前なのだろうか?本当はエリって言う名前でそこからあだ名としてきた名前なのだろうか?でも、現在進行形で痛々しい中二病のあのバカ弟に周りに女の子の友達なんかいなかった気がする。前に高架下に様子を見に行ったときはノッポとチビがいた。どちらも重病な感じだった。
「・・・・・その時、私ひとりじゃなかった気がする」
誰か隣にいた気がする。
でも、隣にいたかもしれない誰かを思い出そうとしてもモザイクが入っているような霧がかかっているような感じがしてそこだけ抜けている。何もいなかった気もするし、いた気もする。
「どうしてこんな曖昧なんだろう」
頭を抱える。
何か忘れている気がする。
夕食を食べている時に弟に聞かれた問いに私がキョトンとした回答しか言えなかったことに弟はかなり動揺していてそれから何も言わずに淡々夕食を食べた。珍しく中二病の発言をしないで大人しく。
この前も誰かとやっていた気がする。・・・・・ここまで誰かがいたって気がするのに思い出せないことにイライラがたまる一方だ。
誰かがいた。でも、誰がいた?分からない?そいつの性別は?年下?年上?私とはどういう関係?なぜ、弟だけが覚えいるのか?
何もわからない。
募るイライラ。少しでも気を紛らわすためにチャンネルを変えると刃物を振り回していた男が昨日、駅前のドンキホーテの監視カメラで目撃されていたという情報を入手したらしく実際にドンキホーテに買い物に来ていた客たちがインタビューを受けていた。
確か、私も昨日駅前のドンキホーテには買い物に行っていた。何しに行ったんだろう。日用品が切れかかってるのに気付いてトイレットペーパーを手に取ったのは覚えている。でも、さっきトイレに行って紙が切れかかっているのを私は見ている。だから、ドンキホーテでは買っていない。元々、日用品を買うことが目的でドンキホーテには行った記憶がない。じゃあ、なんでドンキホーテに行ったんだっけ?
「・・・・・ダークソードだ」
そう、確か私は弟の剣を見に行ったんだ。でも、あいつはなんですでにあるものをまた買おうなんて思ったんだろう。最近見ていたアニメで主人公が二刀流で戦っているのを見たからだろうか?
いや、違う。
私は何となく立ち上がってリビングを出て風呂場の脱衣場に向かう。風呂場ではお湯が流れる音が聞こえる。普通のパンツの下に中二くさい黒いTシャツにダメージを入れたズボンが洗濯籠に乱雑にいれられていた。そんな洗濯籠の横にあるのは外装を加工したエアガンとドンキホーテで買ったプラスチック製の剣。名前はダークソードとか言った。
「これを見に行ったんだ」
誰と?
普段は弟の背中にくっついている剣で私が触れることなんかめったになかった。でも、この場にはこの剣に触れることを止める弟がいなかった。その時、初めて私はダークソードに触れた。
その瞬間だった。
ダークソードに触れた瞬間、後頭部あたりで何かが切れたような痛みに襲われて私はその場に倒れ込んでしまう。しっかりとダークソードを握って切れた痛みのせいでじんじんと痛み続ける後頭部を押さえていると私の頭の中に浮かんできたのはある一人の女の子だ。
「エ、エリー」
思い出した。エリー。弟と同じ中二病設定を持っていると思いきや実際には本物の悪魔だったエリーだ。最初は怪我を負っていて私が助けるために連れ帰って、弟と同じ設定だったらすぐに打ち解けあって、その後にエリーが設定じゃなくて本物の悪魔だって証明されて、それからそれから・・・・・・。
「なんで私は忘れてたのよ!」
そういえば、エリーとの記憶が途切れた時記憶を消すって言っていた。それは弟も同様のはずだ。でも、私は思い出した。逆に弟は私のように忘れているどころか覚えていた。それはどうしてか・・・・・・。
私は自分が持っている剣を見た。魔剣、ダークソード。闇の力を結集して鍛えられたその刃はどんなものでも破壊する。強靭な魔力の持ち主である死神のみが扱うことのできる魔剣だとエリーは言っていた。これがエリーの言うダークソードなのだろうか。
エリーが操作した記憶がダークソードによって破壊された。
「エリー・・・・・」
最後に映っていたエリーの表情は泣いていた。それは別れに対する悲しさなのだろうか?
「いや、違う」
あの子は死神、サリエルを捕まえに行ったんだ。私がそれを止めようとした。エリーの鎌ではあの黒い剣に歯が立たたない。それはドンキホーテで起きた一戦を見て感じた。リビングから聞こえるテレビの声。
「ああ、そういうこと」
察した。剣のような刃物を振り回していた男。記憶を消して逃げ出したエリー。
あのバカ。本当にバカ。マジでバカ。どうしようもないバカ。
お姉ちゃんとか言って私を慕う姿。いや、お姉ちゃんと呼ばせてるのは私だけど。あんな妹みたいな子が私に迷惑をかけまいと記憶を消すとかいう荒療治をして出て行った。
「信じてあげるわよ、エリー。あんたは本物の悪魔よ」
実感したエリーの力。そのエリーの周りを取り巻く力。それは私の妄想でもない現実にあるものだ。
「おぎゃー!」
風呂場から弟が出てきて私の姿を見るや否や規制に近い悲鳴を上げて再び風呂場に逃げ込む。裸を見られたくない思春期の真っただ中だから仕方ないか。
「お姉ちゃん!早く出て!」
そんな風に中二病設定をオフにして慌てる姿の方が私は好きだ。それはエリーも同じだ。
「私、エリーを迎えにちょっと出かけてくるから。留守番頼める?」
「え?」
それだけを弟に告げて脱衣所から出て玄関に向かう。手にはダークソードがある。
「待って!お姉ちゃん!」
振り返ると腰にバスタオルを巻いた弟の姿があった。
「今はあ、危ないよ!だって刃物持った人がうろついてるんだよ!お母さんたちに出歩くなって言われたじゃん!」
本気で心配してくる弟の姿に少し涙腺が緩む。こいつはたまにこんな風に優しい場面もある。全く、本当にどうしようもなくかわいい弟だよ。
「大丈夫」
私は弟に薄く笑顔を向けて頭を撫でる。
「私は大丈夫だから」
刃物を持っている男はあのサリエルだ。昨日ドンキホーテにいたということはあの男で、間違いない。そして、エリーがサリエルに仕掛けてサリエルが剣を抜いたとしたらそれだけで騒ぎになってもおかしくない。エリーがけがを負っていてもおかしくない。
「そうだ。ちょっと救急箱を頼める?」
弟は首をかしげながらもリビングに入って行って救急箱を持ってきた。私はその中の消毒液と包帯を手に取ってポケットに入れる。
「じゃあ、行ってくるわね」
「待ってよ!」
「大丈夫よ。あんたの言う最強の魔剣が私の手にはあるのよ」
ダークソードを弟に見せつける。
「だから、大丈夫よ」
そう言うと弟のスイッチが入る。
「その魔剣、ダークソードがあればどんな悪魔だろうが死神だろうが殺人鬼だろうが粉砕することのできるように闇の力が収束されている。魔女の持つ闇の力ならば使いことは容易いことだろう。だから、無事に戻ってきてね」
最後はスイッチが切れたようだ。本気で心配しているようだ。
「分かった。戻ってくる時はエリーもいっしょだから。コンビニでアイスでも買ってくるから待っててね」
「アイス!」
私の身の暗示よりもアイスが一瞬かったような気がした。本当に単純な単細胞のようなやつね。
「行って来るわね」
「アイス待ってるよ」
はいはい。
玄関の扉を閉めると一気に当たりの音が消えてしまったように静まり返っている。
エリーは私の言うことを聞かずに危険な目に合っている。何も考えずにただ目的のことをこなす大バカ者。何が死神よ。何が悪魔よ。
「そんなのはこの際どうでもいい」
いることは分かった。だからどうした!エリーが死ぬような思いしていい理由にはならない!あんな他の男の眼を引くような容姿をしておいて何を鎌を振り回して戦ってるのよ!おかしいじゃない!私が持っていないもの・・・・胸とか見た目のかわいさとか仕草とか、持っていて何もしないとかマジで腹立つ!私を出し抜いて騙して勝手に死ににいっていることも腹が立つ!
「私は無性に腹が立ってるのよ」
一発エリーに気合を入れてやらないと気が済まない。
私はダークソードを手に握り階段を下りる。
外に出ると気持ち悪いくらい外には人がいない。その時感じた。気配。
「あっちだ」
あっちにエリーがいる。私は歩み始める。