記憶 ~あいまい~
「・・・・・あれ?」
日差しが傾生き始めていてオレンジ色の日差しがリビングのガラス戸から差し込む。その光に顔をしかめながら頭をあげる。ダイニングテーブルには夏休みの宿題が広がっていた。どうやら勉強をしながらふて寝していたようだ。そのせいでノートには唾液のたまって紙がふやけている。
「ティッシュ、ティッシュ」
ノートの唾液を拭き取るために立ち上がる。机の上でかなりの時間ふて寝していたせいで首が痛い。立ち上がると私の肩にかかっていたタオルが落ちる。冷房のかかっているこの部屋では何もかけずにそのまま寝ると風邪を引くのは私の経験上に知っている。
「このタオルって確か洗濯したばかりの奴よね」
ベランダに干されているタオルが一部にかけているのを見て思った。
でも、誰がそんなことをやったのか。あのバカ弟がそんな気が回るとは思えない。テレビ横に置いてあるティッシュを1,2枚取ってダイニングテーブルの方に戻ろうとするとソファーの上に私のTシャツと短パンがきれいに畳まれて置かれていた。
「・・・・・なんでこんなところに?」
洗濯物はまだ回収していないからこんなところにこれがおるのはおかしい。
「・・・・・まぁ、いっか」
ノートに着いた唾液を拭き取ってから洗濯物を回収する。
「ん?」
洗濯物を回収している時に見つかった隙間。さっきのタオルではない。何か大きな服を干してあったと思うところがハンガーだけを残して無くなっていた。
「盗まれた?・・・・・いやいや、ここは3階だし、盗むんだったら下着でしょ」
そうじゃなかったらその泥棒に一喝入れてやりたいものよ。どうせ盗むんだったら色気のある私の下着を盗めって言ってやりたいわよ。男に声をかけられたりナンパされたりという経験がまったくない。そんな私が逆にナンパされている女を見ると腹が立って仕方ない。
「・・・・・なんか最近身近な知り合いがナンパされてるところ見た気がするけど・・・・・気のせいか」
洗濯物を回収して畳んでそれぞれあった場所に服を戻す。
夕食を作るためにキッチンに入る。その際にテレビをつける。なんか今日1日の記憶があいまいだ。なんか気付いたら夕方になっていた気がする。そもそも、ここ数日私は一体何をしていたんだろう?
気付けば1日終わっていた気がする。・・・・・いや、ここ数日はあのバカ弟と行動を共にしていた気がする。高架下に行って買い物に行ってそれから・・・・・それから・・・・・誰かがいない気がする。
私が手を止めるとキッチンに響くのは外から聞こえてくるセミの鳴き声とリビングから聞こえるテレビのアナウンサーの声だけだ。アナウンサーはここ数日連続で起きている殺傷事件について取り上げていた。
そういえば、今ニュースでやってる殺傷事件にバカ弟が変な妄想をしていたっけ。なんか魔界の者の仕業でとか言っていた気がする。死神設定のあいつにとっては殺人鬼も仲間なのかよって姉としてあまりよろしくない方面への妄想はなるべく矯正をしなければならないな。
「死神設定・・・・・確か、何かいたような・・・・・」
リビングの方をボーっと眺める。
何か足りない気がする。何か忘れている気がする。でも、それが何だったのか思い出せない。少しでも気を抜けばすぐに記憶の地平線の彼方に飛ばされて二度と思い出すことが出来なくなる気がする。
「マゼランよ!俺は帰って来たー!」
「うるさい。黙れ」
「え?帰ってきていきなり・・・・・だと」
最初のえ?だけは素の弟が出てきたけど途中からはいつもの中二病設定の弟だ。確かにいきなり冷たくし過ぎたかもしれない。いつか謝っておくとしよう。
「ごはんにするから手を洗って来い」
「了解した。追手である悪魔が俺の手に向かって何か仕込んでいるのかもしれない。俺が触る何気ないものから位置の特定や力の封印をしているかもしれない。そのためにも手についているものをすべて洗浄する必要がある。魔力を帯びているものに関しては魔方陣の書かれたキレイキレイで綺麗にする必要がる!」
「いいからさっさと手を洗って来い」
「言われなくともいく」
「じゃあ、さっさと行けよ!」
私の怒鳴り声にビビった弟は逃げるようにリビングから出て行った。
なんか今日の私は怒りの沸点が低い気がする。いつもなら適当に流してる弟との絡みだけでイライラしてしまう。何か引っかかっている。のど元まで出てきていて出てこない。何か。何か重要なことを忘れているような気がする。でも、思い出せない。
考えれば考えるだけ結論が出てこないことにイライラする。どうやっても解けない数学の問題とかにぶつかった時と感覚的には同じだ。でも、それを解いたときの解放感は嫌いじゃない。だから、諦めればいいものを思い出そうと努力をしてしまう。
「・・・・・悪魔」
今、さっき弟が言っていたことだ。なんか悪魔と関係していた気がする。あのバカ弟の設定では死神は魔界から追われてそれを追いかけているのが悪魔。弟はその死神、デスキャンサーという設定で悪魔から逃げつつも逃げ長らえた死神設定の奴らといつも一緒に何かしている。
何をしているかは知らないけど。
考え事をしながらも夕食を作り終える。それを見計らったように弟がリビングに戻ってきた。ふたりで手を合わせて食事をとる。テレビで流れるニュースは近所のショッピングセンターで剣のような刃物を振り回していた男がいたというニュースが流れていた。
「結構近いじゃない」
「だが、俺の死神の」
「黙れ」
「・・・・・まだ、最後まで言ってない」
今日はいつものように最後まで聞く気分じゃないの。
「そういえばさ、お姉ちゃん」
「何よ?」
中二病設定を切って私に話しかけることはここ数年ではかなりレアだ。動画にして保存でもしてDVDとかにダビングしておこうかと思うくらいのレベルだ。
「あの子はどこに行ったの?」
「・・・・・あの子?」
あの子って誰よ?
その後に弟から告げた人の名前。
「エリーって女の子だけど・・・・・どうしたの?」
エリー・・・・・エリー・・・・・エリー・・・・・。
「そんな子いたっけ?」