死神 ~サリエル~
売り物でごった返している店の中。人がやっと一人通れるだけのスペースしかない通路を通って店の奥を目指す。先頭を歩くのはエリー、その後ろをバカ弟で最後尾を私が歩く。通りすがる人がエリーに見とれてバカ弟にドン引きして私はスルーする。なんか無視されるのは腹立つ。こんな奴らの仲間だと思われるよりかはマシだと自分に言い聞かせて弟の背中に装備されているダークソードが売っていた場所に向かう。
「妙なオーラを感じます。この先に何かありますね」
何もないわよ。
「さすが悪魔だな。だが、この先の迷宮を攻略しない限り魔剣のありかにはたどり着けないぞ」
目の前に見えてるショーケースがそうなんじゃないの?
「見つけました。あれがそうですね。こんな簡単に見つかるなんてまさか・・・・・罠!」
そんなわけないでしょ。
「ちっ!気付かれたか」
いや、あんた絶対に仕掛けてないでしょ。
ガラスケースの向こう側に仕舞われている剣。プラスチック製であるがその加工には手が込んであって値段も結構する。よくも少ない小遣いで買えたものだと弟を多少尊敬する。私なんか手に入ったお小遣いをすぐに使って必要な時にないことがしょっちゅうだ。
たまにこのバカ弟の失敗作の外装を改造したエアガンをオークションに出して臨時収入を得ているのは内緒だ。
「これが・・・・・ダークソード。いや、違う。確かに強いオーラを感じる。でも、これはダークソードじゃない。魔剣並みのオーラを放っている。でも・・・・・」
バカみたいに一生懸命考えているエリー。
「この剣はなかなかの魔力を帯びている。そして、俺には聞こえる。剣が俺を呼んでいる」
バカらしくていっしょにいたくない。
「魔剣が魔剣士の魔力と共鳴している!」
「うずうずして仕方ない。この感覚は間違いない。魔界から逃げ出す際に人間界に隠した魔剣をまさかこんなところで見つけることになるとはな。魔剣デビルズソード!」
何言ってんだこいつって今更か。
「デ、デビルズソードだって!でも、それは私たち悪魔が使う剣です。確かにそれは強力な剣ですがあなたたち死神が使うような剣ではありません!」
「とか言っておきながら貴様の持つ武器は俺たち死神が使う鎌ではないのか?」
「な、なぜそれを!」
「分かるのだよ。死神の武器は死神に、悪魔の武器は悪魔に。流れが出来ているのだよ。川の水が流れるように。当たり前のように引き合うのだ」
何言ってんだ?
「だから、私はここに来た。迷宮となっているはずのこの魔王城の中で真っ先にここに来ることが出来た」
なんか聞いてるだけでバカバカしくなってきた。
そういえば、家のトイレットペーパーが切れかかっていた気がする。
一応、このドンキホーテはあのバカの庭だ。私が行きそうな場所を見つけることくらい余裕だろう。俺は予言を見ることができる。だから、魔女の居場所も分かったとか言ってきそう。
逃げるように品物が乱雑に置かれた通路を通ってトイレットペーパーを入手する。ここは品数が多いし安いのだ特徴だ。
「後は何か日用品でなくなってる奴なかったっけな~」
そう思いながら店の中をふらふらと歩きまわっている。
すると少し開けた場所に出てこれた。カウンターのように設置されたガラスのショーケースの中の腕時計をまじまじと見ている。淵のないの眼鏡の先にある鋭い目線で腕時計を選ぶその男は堀の深い顔にオールバックにした黒髪。年は30代くらいだと思う。スーツ姿だけどネクタイを緩めて一番上のボタンをはずしている感じがダンディーな男の人って感じがする。私の弟もあのくらい男らしさがあってもいい気がする。ああ見えて気が小さくて小心者なのだ。普段はあんな風に黒いマントを身にまとってプラスチック製の剣を背中に背負ってエアガンを携帯しているのにめっぽう気が弱いのだ。だから、いじめとかも結構あった。最近はあまり聞かなくなった。
「ん?どうした?」
あまりにその男の人を見ていたせいで目線に気付いた男の人から声をかけてきた。
「あ、いえ。なんでもないです」
そう言って視線を外す。それでも感じる視線。私は感じた視線の方を見ると男の人は私の方をじっと見ていた。その目線に少し期待してしまう。私もついに男に声を掛けられる。でも、相手は30代くらいのおっさんだし年の差的にきつそうだ。それにこのまま交際まで行くとただの援交じゃね?いや、そういうのも興奮するけどさ・・・・・。
「あ、あの私に何か用ですか?」
何を言われるかすごい期待してしまう。
「いや・・・・・いいオーラを持っているものだからつい見とれてしまった」
「・・・・・・はい?」
少しでも期待した私がバカだった。どうして?私の日ごろの行いが悪いの?どうして私の相手をする人はそれも大人まで中二病にかかってるのよ。頭が痛くなる。弟ならまだ分かるよ。あいつはまだ中学生だし。でも、目の前の男の人は絶対に大人どう考えても大人角度を変えても見方を変えても遠くからも近くからも見ても大人だ。
そんな大人にいいオーラ持ってるねって言われて喜ぶバカがどこにいるのよ・・・・・いる気がする。私の血縁に・・・・・。考えるだけで頭が痛くなる。
「まったくもっていいオーラだ。美しい。男心を刺激する。ほしい。君のそのオーラがほしい」
「はぁ?」
男はショーケースから目を離して私の方に向かって片手をポケットに突っ込んでゆっくりと歩み寄って来た。そして、開いた片手を私の方に伸ばしてきた。迫りくる手は私の視界を遮って引き込まれていく。逃げるべきだと頭の中では分かっていても全身を鎖で拘束されたみたいに体が硬直した。
これは普通じゃない。
「その人から離れろー!」
棚の間を風を切るように飛び込んできたのはエリーだった。店内中に響き渡る大声を上げて白いワンピースのスカートを大きくなびかせる。その手に持つ鉄の棒の先には粒子で出来た鎌が出来上がっていた。
男は私に向かって差し伸べていた手で持っていたトイレットペーパーを奪い取りそれをエリーに向かって投げた。エリーはそれが男から来た攻撃だと思い鎌を振り下ろした。鎌の斬撃の勢いにただの紙が耐えられるはずもなく粉砕してあたりに散らばった。私はトイレットペーパーを奪われた時に押し倒されて尻餅をついていた。だから、その光景を見上げるしかなかった。
エリーの形相はいつもと違った。人の心をどぎまぎさせるようなしぐさをするかわいげなエリーもどうでもいいことを考える真剣なエリーもそこにはいなかった。そこにいたのは悪魔のような形相で男を睨むエリーの姿だった。大きく足を開き鎌を構える姿はまさしく悪魔だ。
「おいおい、そんな動きずらそうなスカートか履いてさらにそんな足開いてたら誘っているようにしか思えないぞ」
「あなたがどう思っていようが関係ない!ただ、人間にまで手を出そうなんてことだけはあってはならない!」
「別にいいじゃないか。俺たちはずっと人間を痛めつけてきたんだからさ」
「それは罪人の魂の話だ!善良な人間のしかも生身の肉体に手を出そうなんてあなたは間違っている!」
「死神ってそう言うもんだろ?」
え?
死神ってエリーが追いかけている死神のこと?
「それにこんな魔界でしか見たことないようなオーラを放っている人間が存在していいはずがない。俺がやろうとしていることは三界の安定のためにやろうとしていたことだ」
「だからと言って、あなたのようにやたら滅多らに人間を殺すことが許されるはずがない」
「なんだ。気付いていたのか」
「気付きますよ。人々の視界に入りづらい影で光の入らない闇で起きた事件はすべてあなたの仕業だ!私はそんなあなたを許さない!死神、サリエル!」
「貴様みたいな正義を名乗る悪魔を俺は悪魔とは認めない。悪魔、エリー」
サリエルという男はポケットに突っ込んでいた手をゆっくりと出す。そして、その普通のポケットから出てきたのは真っ黒な刀身をした剣。真っ黒の刀身は毒々しくて嫌な感じがした。
「魔剣、グラム」
サリエルが剣を鞘から抜くようにポケットから抜き取るとそれをエリーに向ける。
「そういえば、貴様はこれに斬られて怪我を負ったはずだがなんともないような感じだな。一体どこであの傷を治した?」
首をかしげるサリエルはすぐに私の方を見た。
「お前、魔法使いか?」
「・・・・・・はぁ?」
「あの傷は魔力か神か天の力でも借りないと治せない。こんな短期間に貴様のような下級悪魔に神や天が力を貸したとは思えない。魔法使いか・・・・・この先我らの仲間も危ういな。お前のような存在は先に・・・・・・消す」
殺気を・・・・・恐怖を感じた。
普通ではない。押しつぶされるような異常な緊張、重圧、恐怖。私が一番緊張したのは中学の時に全校表彰のために全校生の前で壇上に上がった時が私が経験した緊張の中で最大だ。それを遥かに超える重圧をサリエルという死神からは感じた。命の危機を感じた。
「おいおい。なんかあそこでもめてるぞ!」
「なんだ?ケンカか?」
「女と男のケンカっぽいぞ」
「女の子の方かわいくね?」
騒いだりしているせいで周りに人が集まって来た。それを見たサリエルは人目から逃れようとしているのか持っていた剣を収めようとしたのかエリーに向けていた剣をエリーからそむけた瞬間、それを狙っていたかのようにエリーが鎌を構えて飛び掛かり切りかかる。それはまさに電光石火で周りに集まっていた野次馬たちはそのエリーの動きにすぐには反応しなかった。そんな電光石火の攻撃がサリエルを襲う。
「ぬるいな」
サリエルはその攻撃を読んでいたかのようにうっすら笑顔を浮かべた。収めかけていた黒い剣を振りぬいた。その斬撃はエリーの握る鎌の粒子で出来た刃を斬り切った。その瞬間、粒子の刃は弾けるようにバラバラに飛び散ってエリーの持つ鉄の棒はただの棒と化した。
魔剣は魔力を削る剣だとエリーは言っていた。その魔力のよって再生していた剣がそんな魔力を削る剣の攻撃を耐えるとは思えない。エリーの怪我もそのせいで治らなかった。決して深い傷じゃなかった。それでも小さな傷口から止まらない出血は少なからずだが死を実感させるものだった。
再生させた刃先を破壊されて棒だけとなった鎌を強く握りなおして振り返りサリエルに向き直って強く歯を食いしばってサリエルをえぐるように睨む。
私は分かった。直感で分かった。
このままだとエリーが死ぬ。
とっさに近くの棚を敵意ある目つきを見て白い歯を見せて興奮したような表情のサリエルに向かって押し倒した。小さな小物が一斉に雪崩のようにサリエルの上からなだれ込む。突然の真横からのなだれ落ちてきた商品をその黒い剣で刻むことなくそのままサリエルは下敷きとなった。
「今がチャンス!」
そう思ったエリーは粒子から刃に戻っていない棒を構えてサリエルに向かって叩きかかろうとしていた。それよりも早く私がエリーの手を掴んでその場から駆け出す。野次馬を跳ね除けて人ごみから脱出してそのままドンキホーテから逃げるように出る。
「ちょっと!お姉ちゃん!すぐそこに危険な死神が!」
「危険なのはどっちよ!」
思わず怒鳴ってしまった。でも、これ以上は抑えられなかった。
「あのまま言っていたら死んでたのはどっちよ!」
私のその叫びにエリーは何も言い返せなかったようで黙り込んでしまった。
それからのことはよく覚えていない。先にエリーと帰ってしまったので弟がいじけて家に帰ってきたことくらいしかその日はほとんど記憶がない。