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「デスキャンサーはどこに行ったんですか?見当たらないんですけど?」
衝撃的な夜から一夜明けてセミの鳴き声がうだるような夏の昼間。
学校から出てる宿題を唯一エアコンが設置されている涼しいリビングで片付けている時に汗だくのエリーがやってきてそう聞いてきた。
今のエリーは私の部屋着にしているTシャツと短パンのラフな格好をしている。昨日着ていたほぼ下着の見せブラと見せパンは真夏の日差しの下で干されている。あれ以外に服を持ってきていないエリーはすべて私の服を着ている。下着ももちろんだ。見た目から私よりは年下な感じがするんだけど、渡したブラは小さいとか言ってつけていない。
・・・・・嫌味かよ。
ノーブラだってことはあのバカ弟には絶対に言わない。中二病設定をいいことにエリーの着るTシャツを湿らせてくるかもしれない。あいつはそういう年齢なのだ。変に異性の意識が高くていたずらをしても許されるような年だ。止めるべきはちゃんと止める。
そんな弟を探すエリー。
「あいつなら仲間と落ち合って来るとか言って出かけたわよ」
こんなくそ暑い真昼間に出かけるとか元気よね。
「仲間ということは死神ですか!」
慌てたようなに体を乗り出して私に問い詰める。
「そうじゃないの?」
あのバカ弟が死神設定になったんだから他の連中もきっとそういう設定になっているはず。
バカ弟の仲間というのは同じ病にかかった奴らだ。同じ中二病設定をして日夜活動をしている。
「魔女のお姉ちゃんも認知されていないデスキャンサーの仲間・・・・・」
また、考え事をしている。これだけ難しそうな顔をしているけど、何をしたいのかは何となく分かってしまう。こういう奴らの頭の中は単純にできていてそれを予測するのは容易なことなのだ。エリーが例え本物の悪魔であってもだ。
「どこで落ちあっているか分かりませんか?気になります。それに逃げ出した死神たちが集まるということは」
エリーは棒だけになった鎌を両手で握りしめる。
「一網打尽にする大きなチャンスです」
やっぱり行くのか・・・・・。
気が重い。
一応、バカ弟の仲間とは面識がある。それで言えることがあるとすればみんな同じ偽物だ。中二病という病によって与えられた設定によって演じている偽物だ。そんな偽物を一網打尽にするのはあんたじゃなくてもできる。
「案内してください!魔女のあなたならどこで死神たちが集まっているか知っているはずです」
おおよそだけどどこにいるかは大体想像できる。基本的に行動は単純だ。
でも、こんな暑い中で外に出かけるのは嫌だな~。こんな冷房の利いた涼しい部屋から出たくないな~。
「お願い!お姉ちゃん!人間界の平和のためにも」
そんな子猫みたいな目線で訴えかけないで!
直視できない!
我慢できなくなる。
「お願い!なんでもするから!」
その仕草はやめろ!断れないじゃない!
「わ」
キラキラと目を輝かせて上目使いに私をじっと見つめてくる。
思わずため息が出る。
「・・・・・分かったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」
勉強道具をまとめる。
「ありがとう!お姉ちゃん!」
本当に妹が出来たみたいだ。
「とりあえず、そのTシャツの上から何か羽織りなさい」
「え?なんで?」
「こんな日差しの下に言ったら汗でシャツが透けたら大変でしょ!」
そう言って適当に半袖の緑のチェック柄のジャケットエリーに渡して私も着替える。肩を露出させたキャミソールにホットパンツ。少しでも暑さをしのぐためには多少の露出は仕方ない。
「じゃあ、行きましょう!」
どうしてこんなに暑いのに元気なのよ。
これが若さってやつ?でも、私高校生なんだけど。
カギをかけてコンクリートで固められてまだ日差しの少ない階段を下りきって外に出て日差しをもろに浴びただけで肌が焼けるように暑くじんわりと汗が噴き出てくる。
「どこですか?デスキャンサーたちが集まっているところは?」
「こっちよ」
団地の間を抜けて国道沿いの歩道を歩いていくと国道がゆっくりと上り坂になっていく。川を越えるための橋があるからだ。国道からわき道にそれて堤防のトンネルをくぐるとそこに広がっているのは大きな川だ。真夏の日差しをもろに受け止めてギラギラと輝いている。それを物珍しそうにエリーが見つめる。
「どうしたの?」
「いえ・・・・・人間界にも天界にあった天の川のようなきれいな川があるなんて」
「まぁ、田舎の川だからそこらの川よりかはきれいかもしれない」
私の父がこの町で生まれて育った。子供頃は普通に泳いで遊んでいたと言っていた。私はそんな気は起きない。流れは穏やかだけど結構ゴミも流れていて汚いから泳ごうとは思わない。
「それよりもデスキャンサーはどこですか?」
日差しのせいで輝いている川を見て物珍しそうに見ていたのにそれだけは忘れないのね。
「こっちよ」
川に沿うように砂利道を歩く。その先には国道の橋がある。その下がバカ弟たちが大抵集まるところだ。遠目から暑さのせいで揺れているけど人影が集まっているのが見える。ひとりは背中に何か長いものを背負っている。それがたぶんダークソードを背負った弟だ。
「お姉ちゃん!茂みに一旦身を潜めてください!」
「はぁ!ちょ!」
引っ張られてそのまま近くの茂みの中に倒される。夏だから好き勝手に生えている雑草のせいで体中がかゆい。蚊もたくさんとでいる。早く抜け出したいけどエリーが私の手を力強く握っている。
「何?どうしたの?」
半ばいらいらしながらどうしてこんなところに隠れているのか尋ねてみる。
「嫌な雰囲気があります」
「雰囲気?」
「ダークソードに似た魔力を感じます」
「はぁ?」
「ダークソードのものではないですけど、これもおそらくデス・エフェクトリー・ガンと同様の武器のレプリカが集まっているものだと考えられます。なるべく穏便に近づきましょう」
「いや、それはあんたが死神を追いかける悪魔だからじゃないの?」
「魔女であるお姉ちゃんだけがデスキャンサーたちに接触したらそれはそれで怪しまれます」
確かに。腐ってもバカ弟は私の弟だ。こんな一番熱い時間帯に私が出かけるはずがないのは分かり切っている。そんな私が突然やってきたら怪しまれる。
「こっちです」
自分の背丈以上ある雑草の茂みの中を進んでいくエリー。
「そこを進むの?」
「ここ以外にばれずに近づけるルートはありますか?」
ないわよね。
「でも、その何がいるか分からない茂みを通りたくないんだけど」
「何かってなんですか?」
「虫とか・・・・虫とかそうそう虫とか・・・・・後は虫とか」
「大丈夫ですね。行きましょう」
何が大丈夫なのよ!
「あ、あの私はここで待機しててもいいわよね?」
「ダメです!お姉ちゃんは少なくともデスキャンサーを止めることはできるんですから手伝ってくださいよ!」
めんどくさいな~。
「行きますよ!」
私の手を引いて茂みの中を突き進んでいく。
「わぁ!」
エリーがつまずいて茂みの中ですっこける。
「エリー、大丈夫?」
「悪魔がこの程度で音をあげたりは・・・・・」
エリーの目の前に真っ青で大きな芋虫が張っていた。
「イイイイイィィィィヤヤヤアァァァァァ!!!」
奇声に似た悲鳴を上げて私に飛び付いて来る。その勢いに負けてそのまま茂みの外の砂利道にまで突き飛ばされる。
「何よ?虫程度で悪魔は音をあげないんじゃないの?」
「あ、あれは魔界にもいます!あれは恐ろしいものです!生命力を吸い上げる悪魔の蛾の幼虫に違いありません!今すぐ抹殺しない!」
鎌が出来上がる。やばい、本気で殺しにかかる。
「落ち着きなさい!そんな虫程度のことで魔力を使うわけ!」
「あれはきっと魔界に逃げ出した死神です!抹殺しないと!」
あんたは死神を捕まえることが目的じゃないの!
「ま、魔女と悪魔エリー!」
あ、見つかった。
バカ弟の背後にいるノッポの少年と小さな少年。バカ弟と同じようにこんな暑い真夏の昼間にもかかわらず全身を追い隠すような真っ黒なマントを羽織っている。見ているこっちまで暑苦しい。
「デスキャンサー!悪魔エリーとは我ら死神を追う悪魔のことか!」
「そうだ!ダークエンジェル!」
ノッポの方はダークエンジェルというらしい。
「ダークエンジェル!その手に持っている!武器は何ですか!まさか!」
「そのまさかだ!悪魔エリー!俺の持つ武器はあの魔王が持っていたと言われる魔剣グリフォンだ!」
「魔剣グリフォンっだと!」
あれは百均で売ってるおもちゃの刀だ。弟の持っているよりもかなり安っぽい作りになっていて本物の剣だってことは普通に見れば分かるのに。
「ニャハハハー!さすがダークエンジェル!魔剣を抜かずとも追いかける悪魔をビビらせるなんてっさ!」
「口を慎め。ブラックソーサーラー」
「すみません。デスキャンサー」
チビの方はブラックソーサーラーというのか初めて知った。
「あなたもデスキャンサーと同じデス・エフェクトリー・ガンを持っていますね。しかも、連射型のを」
「キャハハハー!俺の持つデス・エフェクトリー・ガンはマシンガンだ!」
あれはただの引き金を引くと音だけが出るおもちゃのマシンガンよ。
「魔光弾は通常連射することはできない。一発一発に魔力を込めて発射するから連続で魔力を流すのは相当浪費するはず。それを操れるということは相当の魔力の持ち主ということ」
へぇー、そうなの。分かったからさっさと帰らない?
「でも、私だって神と天から貰った力がある」
エリーは鋭く弟たちバカ集団を睨みながら棒だけとなった鎌を構える。
「デスキャンサー。ここは俺にやらせてくれ」
「よし、分かった。行け!ダークエンジェル!」
魔剣グリフォンを振りぬいて構える。
「それはレプリカですね」
「よくぞ気づいた。本物は俺の隠れ家に保管されている。貴様らのような悪魔にはこの程度で充分だ!」
「なめてもらっては困る!私の力をなめていると痛い目に合う!」
「それはどっちだ!」
ノッポくんが飛びかかろうと踏み込む。だが、砂利道に足をとられてそのまま派手に転倒する。そのまま涙目になって膝を押さえて立ち上がられなくなる。砂利に膝を擦ったようだ。痛いんだよね。あれ。
「おのれ!エリーめ!よくもダークエンジェルをやったな!」
いや、ノッポが勝手にこけただけじゃん。
「このブラックソーサーラーが敵をうってやる!」
マシンガンを構える。
「食らえー!」
バババババと弟が弾の出ないエアガンを撃つときに口で言う発砲音よりはまだ本物に近い音を発するマシンガン。エリーは手に持つ棒を振り回す。
「何!すべてはじかれただと!」
へぇ~、そうなの。
「やはり、連射する分一発一発の威力が削がれるみたいだ。この棒だけではじける」
「デ、デスキャンサー!もうお前しかいない!」
「フッフッフ。仕方ない」
バカ弟は背中に従えるダークソードに手を掛ける。
「ついにそれを抜くか」
「そうだ。エリー。貴様は思った以上にやるようだな」
私からすればあんたら何をやってるのかさっぱりなんだけど。
つか、いっしょにいたくないんだけど。
「この剣を抜くということはお前以外の悪魔にも俺の場所を悟られる危険がある」
「その力があまりにも強大過ぎるから」
「分かっているではないか!そのくらいの価値があるということなのだ!喜べ!」
「喜んでいられるか!」
エリーは棒を構えて弟に向かっていく。棒の先には昨日見せてもらった光が集まっているようにも見えた。でも、何か止めるのもめんどくさいので遠くから他人のふりをして見届ける。
「行くぞー!」
弟がダークソードを抜こうとした。その時であった。
エリーが砂利に足をとられた。
「ふひゃ!」
勢いは抑えきれずにそのまま弟に激突する。見ていられなくて思わず目を閉じてしまう。次に目を開けると知らない人がはたから見たらまるでエリーが弟を押し倒してキスをしているようなそういう態勢になっていた。というか完全にチューしていた。唇と唇が完全に交差していた。それに気づいたエリーは光の速さで弟から離れて私の背後に隠れる。顔は真っ赤にしている。
弟も顔を真っ赤にして思考停止状態だった。
「よ、よくも!よくもやりやがった!エリーめ!」
と顔面赤面のノッポのダークエンジェルが言う。
「そ、そうだぞ!強力な攻撃をしやがって!」
とこちらも顔面赤面のチビのブラックソーサーラーが言う。
「今日のところは引き上げるぞ!ブラックソーサーラー!」
「そ、そうだな!覚えておけ!エリー!」
ふたりはそう言いながら思考停止状態の弟を引きづってどこかに行ってしまった。
赤面したままのエリーは私の背中にくっついたままだ。日差しの下でただでさえ暑いのに私の背中にくっついているだけで暑い。その見た目は中二病設定を抱えた痛い女の子ではなく普通の女の子に見える。
「初めてのキスの感想はどうだった?」
「あ!あれは事故です!初めてにはカウントしません!断じてしません!」
でも、あれがきっとファーストキスとして一生乙女の心に残ることでしょう。
その日も家に泊まったエリーは弟と口を聞くどころか目も合わせずに平和に1日が終わった。