懐かしの空き地で・・・
時計が午前二時半を指す。
そろそろ体が冷えてきたので家の中に入ると父さんが寝ぼけて寝室から出てきた。
俺の顔を見て一言、「もうこの不便なこの里が恋しくなったのか」と眠そうな目を擦りながら笑っていた。
「もうこんな不便なところからおさらばできるかと思う嬉しいわ」と意地悪く言ってやった。
「お前がいなくなるとこの家で俺の居場所がなくなっちまうよ」と少し残念そうにしていた。
父さんはこの時雨家に婿入りしてきてここに暮らしている。いつも母さんの尻に敷かれている。俗にいう「かかあ天下」というものだ。
母さんはとても気が強く正直言って苦手だ。母親に怒られたときはいつも父さんの所に逃げていた。
「まあ、何かあったらこの電話番号に連絡してくれ」と一枚の紙切れをくれた。
「うちには電話器が一個しかないんじゃなかったけ?」
「母さんにはナイショで買ったんだ。なんかあったら連絡してくれ。」と苦笑いして言った。
俺は一応携帯電話という便利なものを持っている。田舎の人間は目新しい機械に対して風当たりが強いのだ。
少し仮眠をとったが興奮していたのかあまり寝つけなかった。少し日が射してきたので昔、三人で遊んでいた空き地の近くまで行ってみることにした。この空き地に行くのは何年ぶりだろうか・・
桔梗と遊べなくなってからほとんどここを来ていない。家と空き地を結ぶ一本道は、今朝方降った雪でうっすらと白くなっていた。月に照らされる雪も綺麗であるが太陽に照らされる雪もまた風情がある。
昔のことを思い出しながら歩いていると様々なことや風景が懐かしく感じられる。ふと地面を見下ろすと自分以外の足跡があることに気付いた。こんな朝早くから歩いている人なんか普通はいない・・・。
気になったので足跡を追って歩いた。足跡は空き地の中まで続いており誰かがここを訪れたことを物語っていた。近くに大きな木があったのでその傍に身をひそめ廻りを見探した。
誰だかわからない不安と好奇心で鼓動が早く打つ。胸の高まりを抑えながら目をこらすと緋色の袴に純白の白衣を纏った可愛らしい黒髪の女性の後ろ姿が目にはいった。
・・・え?
「まさか・・いやこんなことはあるはずがない。桔梗にはもう会えないんだ、こんなところにいるはずがない」
突然の出来事に、頭が働かず、何も考えられなかった。
動悸が大きくなる。こんなに緊張するのは久しぶりだ。
「声をかけるか否か・・いや・・声をかけるとして、なんて言えばいいんだ・・そうだ、逃げればいい。俺はしきたりを守らなければいけないのだから。」と働かない頭の中で氾濫するアイデアを必死に制御していた
。呼吸することもままならない。体に力が入らず少しよろけてしまった。
パキッ・・ 小枝を踏んでしまったようだ。
俺は慌てて木の後ろに隠れた。
「・・だれ・・」
どこか聞き覚えのある優しい声が空き地のほうから聞こえてきた。
「気づかれてしまった」
・・・ごくりと一息飲む。
男ならもう引き下がることはできない正念場に来てしまったようだ。
「・・・・・・・・・・」
少し長い沈黙が続いた。
「もしかして、悠希君?」
と少し恥じらいながら話しかけてきた。