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想うこと、愛すること

作者: 空き缶文学

 紺色の空から降り続ける雪が小さな町を包み込む。

 降り積もる雪に何度も作られている様々な足跡。

 街灯が示す道を歩き続けている細身の少年は顔を赤く染めて俯く。

 精一杯の厚着をして、両腕を抱えながら教会に進んだ。

 暖炉に囲まれた家々の窓から同じ子供達が覗き込んで、アルト・メイソンと呼んで笑っていた。

 少年の名前は確かにアルト・メイソン。その名を聞けば子供達は笑う。

 門を押して教会の中へと入ったアルトはそっと辺りを見回す。

 信者が数人お祈りをしている様子。

「なんだアルトか」

 教本を手に持った男はアルトを見て溜息を漏らした。

 首に十字架のネックレスを巻いて聖職者の格好をしている。

「お父さん」

「ここでは神父様と呼びなさい」

 神父の冷たい言葉にアルトは俯く。

 長椅子に座り、他の信者と同じ様に両手を前で握り合わせて目を閉じた。

 アルトは時折目を半開きにして様子をうかがっている。

 教壇の前には信者によって集められた寄付金。

 硬貨や紙幣が金色の皿に乗っているのをアルトは確認した。

 神父が教本の内容を読みながら歩いている隙を見てアルトは動き出す。

 腰を低く、体を屈めて正面の皿に手を伸ばした。

 数枚の硬貨を掴むとすぐに元の位置へ戻る。

 アルトは教会の寄付金を毎晩ここに来て盗む、そんな行為を繰り返していた。

「アルトくん」

 隣から声をかけられ体を驚かせたアルトは横目で相手を見る。

 赤いニット帽を被った太い老年の男。

 アルトの茶色い目にはそう映った。

「私はバーズ・ニコラス。見ての通り老いぼれのジジイで太っている。長年この町に住んでいるが一度も君と会ったことがない……そこでだ」

 バーズはポケットから紙幣を三枚取り出す。

「えっ」

 アルトは思わず顔を上げた。

 握られた手に紙幣が乗る。

「さぁ、仕事をしよう」

 にっこりと顔中の皺を寄せて笑ったバーズ。

「おいで」

 手招きをされて素直についていくアルトは教会から出ていく。

 一体何をするのか、不安を募らせながらついて行くと小屋に辿り着いた。

 丸太で造られた小屋の中には大量の布袋。

「おじさん、これは何?」

 弱々しい声で尋ねるとバーズは笑顔で答える。

「子供達に配るプレゼントさ」

「プレゼント?」

「そう、これから町にいる子供達にプレゼントを配るからそれを手伝ってほしい」

「町の子供に……僕は?」

 自らを指すが、バーズは微笑むだけ。

 アルトは首を傾げてしまう。

 老体であっても若者に負けない動きでバーズは布袋を小屋の外にある荷車に乗せていく。

「一緒に配ろう、最初は右側の通りにしようか」

「みんなに配るの?」

「そう、皆に。裕福でも貧乏でも良い子でも悪い子でも皆に配るんだ」

 アルトは俯いて眉を下げてしまう。

 布袋を手渡されたアルトは大きな足跡の上を踏んで歩いた。

 赤い帽子のおじいさん、そう子供達は呼んで喜ぶ。

 四角い箱、丸い箱、大きな靴下に入ったプレゼント、形は様々でバーズは特に決めていないのか手に取った箱を配っている。

「次はアルトくんがプレゼントを配ろう」

「ボクが? 嫌だよ、みんなボクを見て娼婦の子だって笑うし、いつの間にか名前だけで笑われるようになったんだから……無理」

「町の人は嫌いかい?」

 バーズは微笑みながら尋ねると、アルトは頷いた。

 アルトの頭にバーズの大きな手が乗って左右に動く。

「私は今までいろんな国に住んできた。青い目をした差別主義の国、融通の利かない面白みのない島国、身内だけを大切にする暑い国、そして、他者を見下す寒い国。若い頃はどこに行っても嫌いだったね」

 大きな掌に撫でられてアルトの髪はくしゃくしゃになってしまう。

 それでも優しさに満ちた手にアルトはぎこちなく笑みを浮かべる。

「だけどそれは私があまりにも無知だったからだろう。今はこの寒い国を、この町を愛している」

 アルトの頭から手が離れ、バーズは空になった布袋を持って荷車に戻った。

 数秒立ち尽くしたアルトは急いでバーズの後ろを走っていく。

「さぁ次は左の家だ」

 プレゼントがぎっしりと入っている布袋を両手いっぱいに抱えてバーズとアルトは進む。

「この家から行こう」

 目の前には豪勢な邸宅。

 広い庭と馬服を着た馬が三頭もいる。

 裕福そうな家であるのが一目でわかり、アルトはバーズの背中に隠れてしまう。

「どうかしたかい?」

「この家は行きたくないよ、ここは」

「アルト・メイソンがいる!」

「あははは! アルトだ、アルト!!」

「しょうふの子ども!」

 アルトの名前を言えば笑う三人の子供。

 ふかふかの分厚いコートやジャケットを着た男の子達が庭にいた。

「こんばんは」

 バーズは笑顔で挨拶をする。

「こんばんは! 赤い帽子のおじいさん」

「ねぇはやくプレゼントちょうだい、大きくて一番いいやつ!」

「僕はなんでもいいよ、交換するし」

 三人が一気にバーズのもとへ。

「アルトくん、プレゼントを渡そう」

 布袋を持っているアルトに手を伸ばすバーズ。

 納得のいかないアルトは布袋の口を強く塞いだ。

「何やってんの? 早く渡せよ」

「独り占めするなよ、アルト・メイソン。そんなやつはその辺のゴミでも食べてればいいんだ」

「早く渡してよ、さもないとパパに言いつけるぞ」

 三人に囲まれてしまったアルトは次第に手を震わしてしまう。

 寒さからではない、胸の内から湧き出る熱い何か。

 目をきつく閉じ、アルトは大きな声で叫んだ。

「うるさい! お前らなんかにあげるプレゼントなんかない!!」

 布袋を積もった雪の上に投げつけてアルトは馬小屋にある水が汲まれたバケツを両手に掴む。

 アルトはバケツの水を三人に向けてひっくり返した。

 冷たい水を頭から被った三人はあまりの寒さに泣いてしまう。

 ぶかぶかの厚着は水分を多く含み、肌を冷やす。

「アルトくん!」

 呼ぶ声を無視してアルトは走り出した。

 どこへ行けばいいのかわからないのに、アルトはとにかく走る。

 何度も雪に足を取られ、靴に水が浸み込んでいく。

 凍るような冷たさにかじかむ両手足。

「……」

 アルトは目を赤くさせた。

 生温かさを感じさせる涙がアルトの頬をつたう。

 走ることをやめて歩くこともあきらめる。

 レンガの建物の傍で座り込んだアルトは膝を抱えた。

「アルトくん!」

 息を切らしたバーズの声。

 顔中を真っ赤にさせて肩で息をしながらバーズは微笑む。

「おじさん……」

「心配したじゃないか、こっちへおいで」

 大きな手を差し伸べられ、アルトは戸惑う。

「さぁお店に入って温まろう」

 バーズの手を掴んだアルトは立ち上がった。

 レンガの建物は料理店で、中は木製の椅子や机が並んでいる。

「いらっしゃい」

 優しそうな店主はこの国の人に比べると幼い顔立ちで髪も黒い。

 室内は暖炉のおかげで寒さとは無縁の状態。

 まさに天国である空間にアルトとバーズは揃って安堵する。

 暖かい室内とともに良い匂いも漂う。

 火をかけた鍋に入っているのは茶色いスープ。

「味噌汁一杯を二椀に分けてほしい」

 聞き慣れない単語にアルトは首を傾げる。

「はいよ」

 バーズはポケットから取り出した一枚の硬貨を店主に渡す。

 受け取った店主は二個の小さなお椀に味噌汁一杯分を半分にして注いだ。

 湯気が立ち、お椀に触れるだけでも熱さが伝わる。

「これは?」

 机を挟んで座ると、アルトは素朴な疑問を浮かべた。

「味噌汁だよ、これは倭国の伝統的なスープで味噌やダシを使って作る料理。とってもいい香りで飲めば体も温まるから、どうぞ。本当なら色んな具材も入っているのがいいけど、もうプレゼントで使った分お金がなくてね」

 アルトはポケットに入っている紙幣を思い出すが、

「そのお金はまだ使っちゃいけないよ、それはいつか役に立つものだから」

 バーズはすぐに首を横に振って止める。

 勧められるままアルトは熱い味噌汁の湯気を感じながらひと口を啜った。

 口内全体が熱に包まれ、喉を通れば温かみが残る。

 胃に入る頃にはアルトの口元は笑みを浮かべて味を噛み締めていた。

「熱いけど、あったかい、美味しい」

 そんな姿を老いた瞳に映してバーズはずっと微笑む。

 同じ様に啜って、息を吐いて熱さと味を噛み締めた。

「アルトくん」

 優しく語りかけるように名前を呼ばれたアルトは目を丸くさせる。

「他人の気持ちを理解すること、なにかを無償で与えることは、そう簡単にできないことだ。君にはそれがよくわかったと思う」

 アルトは中身が残っているお椀を机に置いて、バーズの顔を見上げた。

「だけど、どんな生活をしていてもできることがあるんだ」

「できる、こと?」

「感情や想いを共有できること……今の私とアルトくんのようにね。寒い中、暖かい店で熱い味噌汁を飲んで美味しいという感情や想いを共有している」

 アルトはお椀を眺めて頷く。

「プレゼントを配ることは私にとって子供達と喜びを共有する手段でしかない。それを君に無理強いさせてしまったね、すまない。だからプレゼントを渡せなくたっていい、重要なのは想いを共有すること、それでいいと私は考えている」

 口元を緩ませたアルトはお椀を両手で掴む。お椀はまだ温かい。

「うん……」

「さぁアルトくん、行こうか」

 二人は寒い雪の降る町へとプレゼントが三つ入った布袋を持って歩いて行った。

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