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04

 ゼノはどこまでも暗い空間にいた。

 自分がどこにいるのかもあやふやで、自分という感覚が曖昧だった。

 辺りを見回しても何も見えない。

 歩いてみるがぶつかることはない。地面を踏みしめる感触も感じられない。

 自分はレギオフィータスの肉塊が変化した肉槍に貫かれた。その後、黒い犬の形に変異したレギオフィータスの胎内に取り込まれた。

 つまり、ここはレギオフィータスの体の中というわけだ。

 暫くの間、歩き続けていると、暗闇は徐々に明るくなっていく。

 暗闇が完全に取り払われたとき、ゼノは懐かしい夥しい数の屍の上に立っていた。

 その中には男、女、大人、子供、性別や年齢などは関係なかった。

 血の独特の香りと、死臭が嗅覚を刺激する。

 それを持ってすら、ゼノの表情に変化は起きなかった。


「お前はこの光景を見て何も思わないのか?」


 ゼノの背後から声が投げかけられる。

 後ろを振り向けばそこには白い影が立っていた。

 ゼノと同じくらいの大きさの、白い影の顔には顔がなかった。眼窩に暗い火を灯しているだけだ。


「これはお前が殺した人の骸だというのに」


 ゼノの右手に生まれた白い影が告げる。

 その影にも顔はない。


「俺たちは死んだというのにどうしてお前は生きている?」


 ゼノの左手に白い影が生まれ問いかける。

 その影にも顔はない。


「お前が代わりに死ねばよかったんだ!」


 ゼノの背後に生まれた白い影が罵りの声を上げる。

 その影にも顔はない。

 ゼノの周りに影が次々と生まれる。

 その影たちに顔はなく、眼窩に宿す炎だけが感情を露わにしている。


「「「「「呪われた子がッ!!!」」」」」」


 顔のない影が一斉に怒りの声を叩きつける。

 だが、ゼノはその様子を見ても顔色一つ変えない。

 ゼノはゆっくりと影を見回す。顔のない白い影たちの一つ一つをじっくりと見てゼノは首を振る。


「君たちは死んだ。私は生きている。その事実に変化はない。ここで君たちが怨嗟の声を、怒りの声を私にぶつけたとしても君たちが生き返るということはない。君たちがしていることは無駄なことだ。それとだが、私は君たちに聞かなくてはいけないことがある」


 君たちは誰だ?


 ゼノの無表情が告げる、冷酷で残酷な問いかけ。

 その問いかけが影を切り裂く。

 影たちは霧散し、足元にあった屍の山も消え去った。

 一人佇むゼノの前に黒い塊が現れる。


「ねえ、どうしてだいじょうぶなの?」

「どういうことだろうか?」

「あなたのこころのふかいところにあるものをうつしだしたのに、どうしてあなたはだいじょうぶなの?」

「ふむ…」

「ぼくたちのおなかにはいったひとたちはみんなへんなこえをあげてぼくたちにとりこまれたよ。でもあなたはちがう」

「そうか。ならその者たちと私の違いは明確だ」

「どうして」

「彼らは人間で正常だった。そして私は化物で既に狂っている。それだけの違いだろう」

「ずるい!ずるいよ!そんなのずるい!」


 ゼノが告げた言葉で、黒い塊は駄々をこねるように暴れまわる。


「「ぼくたちだってそんなふうにうまれたかった!」」

「「わたしたちだってだれかとはなしたかった!」」

「「ぼくたちにはそれすらできなかった!」」

「「ずるいずるいずるい!!」」


 黒い塊は蠢きゼノへと黒い触手を伸ばす。

 ゼノはそれを躱さずに体で受け止める。その状態でもゼノは表情を変えずに問いかけをする。


「そうだろうか?」

「「「「そうだよ!!」」」」

「いや、私から見れば、君たちの方がずっと羨ましい」

「「「「そんなことはない!!」」」」


 ギリギリと触手によって体が締め上げられる。


「君達は母親に愛されている。死してなお、君たちの母親は君たちを求めているのだから」


 そう言うや否や、真っ黒だった空間にひび割れができる。

 ゼノは右手を強く意識する。その手には長剣が。

 次に左手を強く意識する。その手には銀色のリボルバーが。

 ひび割れに剣を突きたて引き裂く。そして広がったひび割れに銃弾を叩き込む。

 空間は砕け散り、ゼノは光に向かって駆け出した。


 *


「ゼノッ!!」

「馬鹿な!!」


 レギオフィータスの腹を裂いて飛び出してきたゼノを見てアウラとバダの叫び声が聞こえる。

 彼女の背後にはトニーと、朧げな小さい影が佇んでいた。

 その影がゆっくりとレギオフィータスへと近づく。レギオフィータスはその影に怯えるように蹲る。まるで子供が親に叱られるのを恐るように。

 

「ゼノ…、怪我は大丈夫なの…?」

「問題ない」

「でも、俺を助けるときに刺さってたじゃないか…」

「私は化物だ。例えこの体が引き裂かれようと、叩き潰されようと、火に焼かれようと、水に沈められようと、私が死ぬことはない」

「ッ…!?」

「私の怪我はどうでもいい」


 そうしてゼノは二つの影を見つめる。


「見つけた…、私たちの大切なもの。…愛しい、私たちの子…」

「ア゛…」


 朧な影が輪郭を持つ。慈愛に満ちた女性の姿を持つ。

 柔和な微笑みを浮かべた母親の姿へと。

 そしてレギオフィータスへと腕を伸ばす。愛しい我が子を抱きしめるために。


「ふざけるなっ!!」


 そこへ割ってはいるものがいた。憤怒の形相を浮かべる男。バダだった。

 手には古いナイフが握られている。


「魔女ごときが私の邪魔をするな!」


 半狂乱になってナイフを振り回す姿は滑稽だった。

 ゼノは舞台に上がり込んだ道化を拘束する。


「離せ!私は魔女を殺す!魔女は居てはいけない!この街のためにも!私のためにも!!」

「お前が何をそんなに取り乱しているかは知らないが、あそこにいるのは魔女ではない」

「何をいうか!どこからどうみても魔女だ!人に害なす化物ではないか!」

「化物の私から見て、彼女は同族には見えない。ただの、子供を慈しむ母親にしか見えない」


 ゼノたちが見つめる先で、親と子は再会を果たす。

 女性に抱きしめられた黒い影の輪郭が崩れていく。

 光り輝く泡が弾け、当たりに赤子の産声が響き渡る。

 生まれる前に殺された、赤子の最初で最後の産声が。

 それに呼応するように女性の輪郭も崩れ始める。

 赤子の泡の一つ一つに覆いかぶさるように泡がぶつかり合う。

 混ざり合い、ひとつの泡となって天へと昇る。

 そうして残ったのは黄ばんだ小さな頭骨と、それを抱きしめるように横たわる、所々が欠けた人骨だった。


「あ…ああ……」


 その光景を見てバダが崩れる落ちる。

 アウラとトニーは室内の小さな部屋に押し込められた人たちへと駆け寄る。

 汚物にまみれ、衰弱した女性たちはレギオフィータスの気に当てられて気を失っていた。


「母さん…!」


 トニーがその中の一人に駆け寄る。その人物が彼の母親なのだろう。どことなくトニーと似ていると感じる。


「ゼノ、この人たちは一応は無事よ。でも、お腹の子どものためにもすぐにでも治療を受けないと…」


 アウラは言葉の途中で黙り込む。バダの背後に集まる黒い影を見つけたからだ。

 それは悪意に満ちた影だった。

 バダはそれを見て怯える。


「れ、レギオフィータス!来い!」


 しかし、その呼び声に応える影はない。


「あれって…」

「あれは化物だ。あの男が生み出した、正真正銘の魔女だ」


 影は女性の形を取る。腹が裂けた醜い女性の姿に。


「く、来るな!私は悪くない!お前らが!そう、お前らがいけないんだ!」

「街長、お前が何を思い、何を恐れ、どうしてその思考に至ったかは知らないが…」


 その悪意によって殺されるのは間違いない。


 ゼノがそう告げる。

 それと同時に影がバダの腹を裂く。自身がされたように。

 絶叫を背にして、ゼノたちは衰弱した女性たちを連れて部屋を後にした。

 その夜のうちに、バダの死亡と女性の監禁殺害の報せが街中に知れ渡った。



 あくる朝、黒い青年と白の少女は街を隔てる門の前に居た。


「行こう」

「ええ」

「待って!」


 馬車に乗り込もうとする二人に声が掛かる。

 アウラが振り返るとそこのはトニーが息を切らして立っていた。


「どうした?」


 ゼノが訊ねる。

 トニーはゼノに頭を下げて感謝の意を伝える。


「母さんを助けてくれてありがとうございます!」

「君の親を助けたわけではない」

「それでも、結果的には母さんは助かりました、それが全てだと思います」

「…」


 ゼノは無言で馬車に乗り込んでいった。

 アウラはトニーに向けて手を振る。

 トニーは馬車が見えなくなるまで二人に頭を下げ続けていた。

 馬車の中、ゼノは呟いた。


「化物の私が、感謝されるとは…」

「ゼノ、お礼を言うのにそんなことは大事なの?」

「人は化物を見たら恐るはずだろう。怪我をしても死なないのは異質だというのに。それを見てもトニーは礼を言うとは…」

「なら、ゼノは化物に見えなかったんじゃない?」


 その言葉にゼノは絶句する。

 初めてゼノの無表情が崩れた。だが、それもすぐに元通りになる。

 アウラはその表情が見れただけでもいいと思う。

 ゼノのそれは化物であろうとするための無表情だから。

 そんなことをするのは人間だけだから。

 アウラはそんなことを思う。


 二人を乗せた馬車は地平線の向こうに消えていった。

 短編書きたかったんですが、長くなったんで分割しました。

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