03
月が煌々と照らす夜の街並み。
ゼノとアウラは目的もなく歩いていた。否、目的はあるにはある。だがこちらから探すことはできないだけだ。
夜の街の中を二人は歩み進む。今日も夜は冷え込み、吐き出す息は濃厚な白を生み出す。
出る前にゼノが巻いてくれたマフラーに顔を埋めながら大きな黒い背中を追いかける。
その背中が立ち止まる。
きっと今日も会うだろうと予感はしていた。
二人の前に現れた影。小さな小さな影。
何かを探して差し伸ばされた手は虚空を掴む。
「私の………、大切な………。どうして………の…?」
呟きは静まった夜の街に響く。
ゼノは先日とは違い、剣を抜くことはなかった。
「君の探しているものは君の子か?」
「私の………、大切な………」
「君が求めている者を私たちは持っていない。だが…」
君はバダという名前に聞き覚えがあるだろう?
ゼノがその名前を出した瞬間、影の気配が変容する。
悲哀に暮れる影に、怒りと恐れの色が混じる。
「ゆるせ……、私の………奪った……!」
「ゼノ…、あの人すごく怒ってるよ…」
「やはりそうか」
ゼノは影に近づいていく。
膝を折り、視線を下げることで影の目を覗き込む。
「君たちの探しているものは街長が持っているだろう。街長会館のどこかにあるはずだ。それを見つけるには至難の業だが、君たちの協力があれば問題ない。忘れるな、君たちの探しものは街長のバダが持っている」
「バダ…」
「明日の夜、君たちは街長会館に行くんだ。私たちはそのあいだに君たちの探し物を見つけてこよう」
「明日…、夜……バダ……」
うわ言のようにそれだけを繰り返し呟いて影は消えていった。
それを見届けたゼノは立ち上がりアウラの方へと戻ってくる。
ゼノの表情は変わらず無表情だった。
*
朝を迎える。
夜まで特にやることがないのでアウラは一人で街に出かけていった。
ゼノも誘ったのだが、武器の手入れをするからと断られてしまった。
目的もなく街をふらつく。
昼は活気のある街だ。だがどこかに翳りを感じるのは気のせいではない。
この活気は見せかけなのだ。
噂の魔女の矛先がいつ、自分の愛する者たちに向くのか気が気でないのだ。
それを忘れるために、普段よりも元気に振舞うことで忘れようとしている。
アウラは街のそんな雰囲気をそう感じ取っている。ほとんど間違っていないだろう。
そんなとき、アウラは見知った顔を見つけた。
「あっ!」
向こうも同じタイミングで見つけたらしく、こちらを見て声をあげた。
トニーは露天商を見ていた。アクセサリーを取り扱っているらしいが、自前の店を構えているところと比べると質は二つ以上落ちるだろう。だが、そのかわり、値は張らないので気軽に買えるのがこちらの強みだ。
アウラはやることもないのでトニーの近くに寄っていく。
「アクセサリーなんて見てるの?彼女にプレゼント?」
「ち、違う!」
顔を真っ赤にして必死に首を振るトニー。
アウラはその様子に首を傾げる。
この少女は自分の容姿が他人にどういった感情を与えるのかをあまり理解していない。妖精のような美しさと可愛らしさを兼ね備えた少女が、同世代の異性にどう思われるかを分からない。
トニーとしてはアウラが近くにいるだけで動悸が激しくなるのだ。普通の同世代の女の子だったらそもそも肩がぶつかるほどの距離に近づいてこない。
トニーも気づいてはいるのだ。彼女はこちらに気があるとかそういうのではないことに。彼女の距離感がこの距離なのだろう。これがいつも一緒にいる黒ずくめの青年と距離なのだ。
だが、それとこれとは別である。可愛い子が近くにいれば一喜一憂するのは男の性。
「?…変なの」
分かっていないのは少女一人だけだ。露天商も苦笑を浮かべている。
トニーは共感してくれる人がいて割と嬉しかった。
「…さっきの続きなんだけど、母さんにあげようと思ってるんだ」
「へえ、いいんじゃない。でも…」
「だからさ、ゼノさんに渡してもらおうかなって」
それを聞いてアウラは心臓が跳ね上がる思いだった。トニーは今日起こることを知っている?
だが続いた言葉に安心させられる。
「ほら、街長と知り合いみたいじゃん。だからこういうの渡してもらえるんじゃないかなって」
「なるほどねー。それで、どんなの選んだの?見てあげるわ」
「え、ほんと!?これとこれなんだけど…」
「うーん。こっちは……うん…男の人が好きそうなデザインね……。これは…あなたのお母さんがつけるには年齢を考えた方がいいんじゃ……若々しすぎるデザインよ……」
「ええッ!?」
片方は龍が天へと登っていく意匠のネックレスだ。生まれる子供に成功して欲しいという思いがこめられていると思えばいいのかもしれないが、あくまで子供にではなく母親に贈るものである。
もう一方は、ハートがたくさん、というか多過ぎるほどに目に付くデザインのネックレス。チェーンまでハートで作られているのがこだわりなのだろうか?ほかと比べても少し高い。
アウラはトニーのセンスに呆れつつ露天商が並べている商品に目を移す。
その中に、一際目を引くものがあった。二匹の犬がじゃれあっているような意匠のものだ。露天商がアウラの視線を見て顔を綻ばせる。
「お嬢さんは北域出身かね?」
「ええ」
「これは北域で作られたやつでな。魔除けのお守りなんじゃよ」
「へぇ…、じゃあこれは犬じゃなくて狼かしら?」
「ほう…、よくわかったな。お嬢さんの言うとおり、これは犬じゃなくて狼なんじゃ。北域では狼はその賢さから化物と思われていた時代があるんじゃよ。人の言葉を話す、巨大な狼の伝説もあるくらいじゃからな。まあ、その狼じゃがその群れというのは血の繋がりで形成されているようじゃ。息子だったり、兄弟だったり。そこから狼は身内は襲わない、つまりはこのアクセサリーは狼の身内です。だから襲わないでください、というアピールをしているのじゃな」
露天商の長い話をトニーは興味なさげに聞いていたが、アウラは真剣に耳を傾けていた。
それはゼノが持っていた懐中時計を思い出したからでもある。ゼノのことをもっと知りたいという思いが彼女を真剣にさせていた。
「じゃあ、これ二つください」
「二つ?俺の母さんにあげるなら一つでいいぞ」
「私が欲しいの」
「銀も多少使われているからほかと比べて少しばかり高いがおまけしよう」
「ありがと、おじさん」
露天商は一つを小さな木箱にいれトニーに渡す。もう一つはそのままでアウラに手渡した。
それから手入れの仕方を教えてもらう。銀は手入れを怠るとすぐにくすんでしまうらしい。銀の輝きは魔を退ける力が~と言い始めたあたりでトニーが面倒くさそうな顔をしたので露天商のおじさんは残念そうな顔をしていた。
代金を支払いトニーとアウラは露店をあとにした。
それからはトニーの案内で街を巡る。おすすめの食事処、おすすめの屋台、おすすめのパン屋、などなど。
全て食べ物関連なのはなんの嫌がらせだろうか?私はそんなに大食いに見えるのだろうか?アウラの頭の中でそんな疑問が渦巻く。
仮にも女の子と歩いているのだからもっと洒落た店でも案内すればいいのでは?だが、さっき見た限りではトニーのセンスは期待しないほうがいいだろう。
それに、トニーがおすすめするお店の食べ物は全ておいしい。
「はっ!?」
「きゅ、急にどうしたのさ?」
アウラが突然声をあげたのにトニーが驚く。アウラも内心ではとても驚いている。自分が疑問に思っているあいだに身体は勝手に商品を買って食べていたのだ。
自分だけが自分を大食らいだと思っていなかったのだ。その事実がいま、こうして突きつけられてしまった。現実は残酷だ。
気づきたくないことを気づかせてくれる。
「今日はもう帰るわ…」
「お、おう…。気をつけてな…?」
急に沈み込んで帰り道についたアウラをトニーは見送った。
トニーがアウラに母親に渡してもらうためのネックレスを手渡していなかったのを思い出したのは夜になってからだった。
―――
今の話をしましょう。
あるところに魔女の噂がありました。
愛するわが子を奪い去る悪い魔女の噂でした。
ですが、そんな悪い魔女はいませんでした。
では、子供を奪ったのは一体誰でしょう?
魔女の呪いとはウソだったのです。
昔も今も、不可解なことは魔女のせいにするのです。
怖いのは呪いでも、魔女でもなく。
本当は人間ですよね。
めでたしめでたし?
―――
ゼノとアウラは街長会館の近くに潜んでいた。
街長会館の周りには夜だというのに兵が立っている。しばらく見ていると兵が交代する様子を見ることができた。誰かしらが必ず起きて見張りをしている。
見張りの兵が交代し終わり、先程まで立っていた兵が立ち去る。
「では、行ってくる」
「…気をつけてね」
アウラに一言告げて、ゼノは黒の外套を翻す。
石畳で舗装されてた道を蹴り交代したばかりの兵へと肉迫する。黒の外套によって闇へと紛れたゼノを兵が発見したときには遅すぎた。
「すまない」
兵が声を出す間もなく、くの字に折れる。腹部を殴られて気を失った兵をゼノは倒れないように抱きとめて壁に寄りかからせる。
ゼノは手をあげてアウラに見張りの兵を無力化したことを伝える。アウラが合流すると門を抜けて別館を目指す。
門の前の見張りとは比にならないほどの見張りが配置されていた。これではいくらゼノでも突入は無理だ。ゼノはアウラを見る。
「できるか?」
「任せて」
「…」
「いいのよ、ゼノ。こんな力なんてなければって思ったは何度もあるわ。でも、これはお母さんからもらったものだもの。これを含めて私なの。それに、ゼノと会えたのはこの力のおかげ。だから今は感謝すらしてるの」
「君がそういうなら問題ない」
そのやり取りはゼノの優しさだ。アウラという少女を、ただの少女として扱おうとしてくれている証。でもアウラはそれをもう望んでいない。普通の少女で居たかった自分はもういない。自分は普通ではないのだから。自分を否定していても辛いだけ。自分と向き合って、自分を受け入れる。簡単なようで難しいことだ。アウラはゼノのおかげで気づけたと思っている。
アウラは目を閉じ息を大きく吸い込む。
閉ざされた目が次に開いたとき、彼女の金色の目は怪しく輝いた。
口が開かれ、息が吐かれる。旋律がアウラの口から紡がれる。
「――――――ッ!!」
それは歌だ。
人ならざるものが紡ぐ歌。
歌声には異形の力が宿っている。アウラという少女の半分を構成する異形の力が。
夜の静寂に響く歌声に対し、反応した兵たちが辺りを見回す。暫くしてから異変が現れる。
鎧を着込んだ兵がつぎつぎと倒れていく。
「もう大丈夫だ」
「…ふう…」
別館を警備していた兵で立っているものは皆無だった。
倒れている兵を蹴ったり、踏んだりをしないように気をつけながら歩く。彼らは一様に気持ちよさそうに寝ている。
別館の扉の前にたどり着くと少しだけ扉を開けて中を窺う。
人の気配を感じなかったので素早く中に侵入する。
本館と比べて簡素な作りをしたエントランスから伸びる廊下を進む。
「扉が少ない」
「言われてみたら…」
ゼノが言った通り、本館には及ばないが大きな建物だというのに扉が少なすぎる。
まるで壁の向こうには大きな部屋しかないようだ。
扉のない廊下を進んでいく。人気のない廊下に響く足あとは二つのみ。
突き当たりにたどり着くと顔だけを出して様子を窺う。位置にして別館の入口から丁度真裏の位置に扉があった。その前には二人の兵が立っている。
身を隠す場所がないため、見つからずに行くのは難しいだろう。
「アウラ」
「わかったわ」
先ほどと同じようにアウラが旋律を生み出す。
転倒した二人を確認してから廊下へ出る。
扉の前へと移動し、二人を邪魔にならないように退ける。
扉は重厚なものだった。施錠できるように作られており、内側からぶつかっても壊れるような簡素なつくりではない。今は施錠が外されているため、中に誰かが入ったのだろう。
重い扉を音を立てないようにゆっくりと開く。
その瞬間に内側からくぐもった悲鳴が溢れ出てきた。
アウラがその悲鳴に身を強ばらせる。ゼノができた隙間から中を覗き込む。
予想外に狭い空間が広がっていた。部屋の左右には小さく仕切られた部屋が作られておりその中には人影が見える。おそらく保護という名目でここに監禁されている女たちだろう。
そして空間の中心にはまるで全員に見えるように作られた台がある。
その台の近くには最近見た人物の後ろ姿が確認できた。
さらに台には両手両足を拘束された裸体女性。口には舌を噛まないようにギャグを噛まされている。
良くは見えないが漂う香りからわかる。鉄と生臭い生物的な香りを混ぜ合わせた臭い。
「この尋常ならざる悲鳴と街長。やはり胎児を抜き出しているのはバダか」
ゼノが呟く。それから背中の布袋を手に取る。袋を外し出てきたのは鞘に収められた長剣。それを抜き放つ。銀色の煌きがかすかな月明かりによって生まれる。
アウラは背筋が凍りつくような感覚を覚える。自分の半分がそれを本能的に恐怖しているのがわかる。
ゼノが扉を開け放つ。バダ街長はこちらをゆっくりと振り返る。
「ようこそおいでくださいました。といっても招待をした覚えがないのですが何用ですかな?」
「貴様がやっていることを止めに来た」
ゼノがそう言い放つ。しかし、バダはそれに動揺した素振りは見せない。
「ふむ、クリプタにそのような権限はおありでしたかな?貴方は異形専門の狩人でしょう?私が行っているのは魔女の疑いがある者の腹を捌いているだけにすぎないのですよ」
「権限ならある」
「つまらない嘘を言っても無駄ですよ…」
「黒い犬」
ゼノの言葉にバダが反応する。
「貴様が使役している異形だろう?そして胎児は黒い犬を強化するためのものだろう」
「はて…」
「噂とは実際に起きたことに尾鰭背鰭がついて人々の耳に残る。黒い犬の噂。黒い格好をした不審者の噂。行方不明者の噂。魔女の噂はこれらのカモフラージュに過ぎない」
バダはそれを黙って聞いている。表情には貼り付けたような笑みが浮かんでいる。
それはある意味で無表情と同義だ。アウラは見ているだけで不気味さがこみ上げてくる。
「貴方たちを帰すわけには行かなくなってしまいましたね…」
「私たちはお前を見逃すわけにはいかない」
「おっと、貴方のお相手は私ではありませんよ」
そう言うやいなやバダは懐から何かを取り出した。
それは小さな黄ばんだ物体。
胎児の頭骨だった。
「来なさい!レギオフィータス!!」
バダが叫ぶと同時に頭骨を投げる。
その頭骨を核にして黒い闇が集まり出す。
「ア゛あ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
この世のものとは思えない産声をあげてその異形は現れた。
大きさにして2mはあるだろう。黒い犬、と言ったがこれは胎児が四つん這いになっている姿とも言えなくもない。足は短く、身体はそこまで大きくはない。だが頭がそれらに比べて大きいことがそう見える原因でもあろう。
黒い体表は時折蠢いているのがわかる。注視してみればそれら一つ一つが顔だとわかる。口に当たる部分が言葉にならない奇音を生み出している。
黒い犬がゼノを見る。荒い息がゼノまで届く。生臭く、血の匂いがする。それは裂かれた母の腹と同じ匂いがした。
ドンッ!と音を立てて巨体がゼノへと迫る。ゼノはアウラを咄嗟に抱えて横に飛びその一撃を避けた。
壁にぶつかったレギオフィータスが四散したかと思うとすぐに再生する。
「大丈夫か?」
「なんとか…。あの声を聞いたらとても気分が悪くなったけど…」
「精神汚染の効果があるようだ。それにあの身体は群体のようだな」
ゼノはアウラを置いてレギオフィータスへと肉迫する。レギオフィータスの表面が蠢き黒い槍が飛び出てくる。それを切り落とし、返す刃でレギオフィータスを斬りつける。
一瞬だけ表面は裂けたが、すぐに塞がってしまう。
「やはり斬りつけるだけではダメなようだ」
「それはそうでしょう。私のレギオフィータスは何十人もの子供の群体ですから。切りつけた程度ではお互いが傷を修復します」
バダが得意げに語る。その顔に向かってゼノは懐に手をいれて取り出したものを投げる。
それはバダに到達する前に黒い塊に叩き落とされた。
「無駄ですよ」
「術者を守るのは当たり前か」
ゼノは空いている左手を腰にまわす。ホルスターに収められた鋼鉄の暴威を引き抜く。
それは「ドンッ」と腹に響く轟音を立てる。音の正体は銀色のリボルバー拳銃だった。
黒い犬の一部を抉りとるほどの威力。すぐさま修復しようと表面が蠢き出すがそれを許さずに残りの五発を全て叩き込む。
剣で切りつけたときよりも修復が遅い。それは剣は裂いた傷であるためだとゼノは推測した。裂いた傷であれば切断面を接着すればすぐに傷は戻る。
だが、抉られたとなればその部分は消失している。修復には体の一部を蠕動させて移動させる必要があるだろう。その部位が多いとなれば修復が遅いのにも頷ける。
ゼノはリボルバーのから薬莢を捨てると、スピードローダーでリロードする。
動きの遅くなったレギオフィータスの頭部に向けて連射する。頭部を破砕、貫通して床の破片が飛び散る。
動かなくなったレギオフィータスを確認すると、ゼノはバダの方へゆっくりと向く。
「くそッ!」
バダは更に懐から小さな頭骨を三つ取り出して投げる。
先ほどよりは小さいレギオフィータスが三体生まれる。そ大きさは1m程だろう。の程度の大きさならばとゼノは剣で攻撃をする。間近にいた一体の頭部を跳ね飛ばし、踏み砕く。背後に迫った一体の足をなぎ払い転倒させ、その隙をついて襲いかかる最後の一体には体を回転させて一撃を叩き込む。頭部から尻尾にかけて両断されたのを横目に転倒した二体目の頭部をリボルバーで撃ち抜く。
「これで終わりだろうか?」
「クソ!この化物が!!」
「そうだ、私は化物だ。だが、お前と何が違う?」
「はっ!何を言っている!貴様は化物で私は人間!それが全てだろう!!」
「そうだろうか?私にはお前の方がよっぽど化物に見える。同じ人間を躊躇なく殺す人間は立派な化物ではないのだろうか?」
「こいつらは魔女の疑いあるのだ!私はそれを判断したに過ぎない!!」
「疑いがあるというだけで殺すのか?」
「ああ、そうだ!そして化物であるお前もここで殺す!!」
「お前一人でどうする?」
「く…!」
バダは顔を歪ませる。ひとつしかない出口はゼノの背後にある。バダは回り込もうとするがそれをゼノが体で塞ぐ。
その時だった。
「母さん!!」
「どうしてあんたが…!?」
予想外の闖入者が現れる。それはトニーだった。手には昼間買ったネックレスの木箱があった。アウラが驚きの声を上げ、バダの顔が愉悦に歪む。
「レギオフィータスッ!!」
ゼノに生じた僅かな隙を見逃さなかったバダが叫ぶ。
地面に散らばった黒い犬の死体が蠢く。
異変を察知したゼノが床を踏み抜く勢いで蹴る。何が起きたかわからない様子のトニーを体で突き飛ばす。そのすぐあとにゼノの体に黒色の槍が突き刺さる。
「ぐ…」
「ゼノッ…!!」
アウラが叫ぶ。その声に乗せられた異形の力がゼノに更に追撃しようと迫る槍を弾き飛ばす。
ゼノに刺さった槍は溶け出し、ゼノを飲み込むように黒い犬の姿を取り始める。
抗っていたゼノを飲み込むと、黒い犬はアウラたちの前に顕現した。
その後ろでは、バダがいやらしい笑みを浮かべているのだった。