02
*
これは夢だ。あの夜の夢。
その夜も雪が降っていた。
冷たくすべてを拒絶する白が世界を染め上げていった。
無垢なる色が大地を包み込んでいる。
森の中で、少女は泣いていた。
白よりも無垢な白。少女は何者よりも白かった。
白い少女の足元には赤があった。
白に広がる色鮮やかな赤。
赤は少女と同じ、白さを持った女性から流れ出ていた。
後ろから響く怒声。汚い罵倒。土を踏み鳴らす大勢の足音。
理不尽な感情を塗り固めた悪意が赤い道しるべを辿って追って来ていた。
それを黒い影が遮る。不吉さを纏った黒い黒い影。
白の中に浮かび上がる漆黒。
無垢な白の中にいてもなお、黒を保つその影に少女は包み込まれる。
*
太陽の光が窓の隙間を通り抜けて瞼越しに目を刺激する。
夢を見ていた気がするが、どんな夢だったかを思い出すことはできなかった。
だが、大体の想像はつく。ゼノと初めて出会った時の夢を見たのだろう。昨日の夜に出会った哀れな影を見たために、その姿を重ねたが故に、夢を見たのだろう。
アウラは視線を移す。見るものに不吉さを感じさせる黒を視界に捉える。
「ゼノ」
「起きている、問題ない」
声をかければすぐさま返答が来る。いつもどおりの朝。だが、ゼノは立ち上がるとアウラがいるベッドに近づいてきた。
「昨日は眠れただろうか?君にとっては初めて出会った化物だ」
「ええ、大丈夫。グッスリ眠れたわ」
「そうか、なら問題ない」
ゼノはそれだけ確認したらすぐにベッドから離れていく。その背中にアウラは疑問をぶつける。
「ねえ、どうして倒さなかったの?」
「彼女は化物ではないからだ」
「そう…」
昨夜出会った影。
我が子を求めてさまよう姿はとても化物とは思えない。
ゼノもそういう風に思ったのだろうか?
その無表情からは何も読み取れない。
「酒場へ行くが君も来るか?」
「ええ、支度をするから少し待って」
「私は外で待っているから準備ができたら出てきてくれ」
「わかったわ」
大きな背中が扉の向こうに消えるとアウラは直ぐに身支度を開始した。
*
前回酒場に二人が来たときは店の空気が止まった。ゼノとアウラの姿は人目を惹きすぎる。良くも悪くも注目を浴びる二人が一緒に行動すれば仕方ないことと言える。
だが、今回は違う意味で注目を浴びた。
「お!ミルクの兄ちゃんじゃねえか!」
この風貌で酒が飲めないゼノを覚えていた客と亭主が騒ぎ始めたからだ。
「兄ちゃん、相変わらずミルクか?」
「かぁっー!こんな見た目で酒が飲めねえのか!?詐欺すぎるだろ!!」
「嬢ちゃん、酒飲めない相手だとつまらんだろ?こっち来て飲もうぜ」
わらわらと近寄ってきてはゼノの肩をバンバン叩いたり、逆にアウラに酒を勧めたりと騒がしい。
ゼノが「全く飲めない」というと爆笑が響く。そのまま亭主に「ミルクを頼む」と言うから腹を抱えて転げまわるものまでいる。
歓迎のような面倒な絡みが収まってから、二人はカウンター席に腰掛ける。
「おう、大変だったな」
「問題ない」
「私は疲れたわ…」
アウラの方は容姿が言い分、おっさん達に余計に絡まれていた。それだけじゃなく、給仕の女性も仕事の合間合間にアウラに構うのだから始末に負えない。
「あのあと、心配したんだぜ?時間的に遅い時間だったしな。ま、こうして店に来てくれてるんだから問題なかったってことだわな」
「ああ。…彼女に何か食べるものを」
「おうよ、簡単なのでいいよな?」
亭主が裏へ下がったので、アウラとゼノは酒場の喧騒に耳を傾ける。
寒くてやってられない、妻に浮気がバレた、子供がやけに臭いと言ってくるなどなど。
その中には噂もあった。
また胎児が抜き取られた。街長に保護を頼んでも無駄。黒い犬が出た。さまよい歩く老婆がいる。
その中に気になる話題があった。
「この街の者は街長に保護を求めているみたいだな」
「そうみたいね。でも結果はあんまりよくないみたい」
「おう、難しい顔してどうした?腹が減りすぎたのか?」
「違うからッ!」
戻ってきた亭主がアウラを揶揄う。否定はしたものの、アウラの視線は亭主が持ってきた皿に固定されている。
「鹿肉をタレに漬けて蒸した奴とウサギのシチュー、あとはなんの代わり映えもしない硬いパンだな」
「ありがたい。それで、亭主。先ほど耳にしたのだが街長が妊婦を保護をしているというのは本当か?」
「ああ。成果は芳しくないみたいだがな。つい最近も保護していた妊婦の腹が裂かれたって話だ」
「そうか」
ゼノと亭主の横ではアウラが一心不乱に食事を摂っている。幸せそうな笑みを浮かべているのが微笑ましい。
「街長に会うにはどうしたらいいのだろうか?」
「普通に行けばいいんじゃねえかな?なんの用があるのかは知らんし興味もないが、街長に会うだけなら街の中心にあるでっかい建物を目指せばいい」
「そうか、いろいろとすまない」
「気にすんなって」
ゼノが礼を言うと亭主は満更でもない顔をする。それから顔を耳に近付けて耳打ちする。
「……お前さん等が何をしているのかわからんが気をつけろよ。この噂は実のところ今の街長になってから広まったやつなんだ」
「そうなのか」
「ああ、今の街長は結構な歳なんだがなかなかできるって評判だ。ここがまだ街じゃなくて村だったときからいるじいさんらしくてな。街をいまよりもよくするとかなんとかで街長になったって話らしい」
「それだけ聞けば別段なにも気にするところはないが」
「この話には続きがあってよ。…当時、その魔女を殺したらしいんだ」
「ほう…」
「いまホットな話題の魔女の話はもしかすると以前殺した魔女じゃないかって俺は睨んでいる」
ゼノとアウラは酒場をあとにすると亭主が言っていた街の中心にある大きな建物を目指す。酒場から出てすぐに見ることができたので、街を探し回って右往左往することはなかった。
「ゼノさっきの話…」
「魔女が殺されたという話か?」
「…うん」
「別段珍しいことではないのは君もその身をもって知っているだろう。もちろん、当事者としては怒りの感情を抱くのは仕方のないことだとは思うが」
ゼノは無表情に言った。アウラは自分がされた仕打ちを思い出して拳を握る。
いつの時代も人は異物を、異質を恐る。恐るから迫害する。それが当然だと言わんばかりに。
「街長がどういった人物なのかは分からないが、今回のが本物かどうかはまた判断がつかなくなったのは確かだ」
「…あの人はなんだったのしら…?」
「私が感じた限りでは少なくとも異形ではあったがそれだけだ。化物ではない。なのに、腹は裂かれ胎児は抜かれる。では一体誰がこれを行っているのだろうか?」
「それを確かめに行くんでしょう…」
「そうだ。だから君は憤る必要はない。その憤りは必要な時に私が代わりに晴らすのだから」
アウラはゼノを見上げる。この無表情の青年は慰めてくれたのだろうか?
わからない。わからないけれど、そうだったらいいと思う。黒ずくめの青年の大きな手を握る。温もりはしっかりと伝わってきた。
―――
昔話をしましょう。
あるところに魔女と呼ばれる女性がいました。
人々は女性を恐れて遠ざけました。
あるとき魔女の呪いが降りかかります。
人々は嘔吐し、下痢を撒き散らし、窶れて死にました。
そんな時、人々は女性の腹が膨れるのを見て恐怖しました。
たまたま通りがかった商人は言いました。
魔女は自らの腹の中に獣を宿しているに違いない、呪いの元凶はあの腹の獣だろう。
人々は魔女を襲いました。
そして、腹を裂き、獣を取り出しました。
それは人の形をした、小さな小さな肉の塊でした。
何と醜い化物だろうか!奪い取った獣を村人は壺にいれて保管しました。
だけれども呪いはなくなりませんでした。
めでたしめでたし?
―――
二人は亭主が教えてくれた街長のいるという建物の前に着いた。
豪華な設えの扉を開くと赤い絨毯が敷かれており、その先にはカウンターが設置されていた。
そこい立つ女性がこちらを見て頭を下げる。異様な二人組を前にしても一瞬戸惑いを見せたものの直ぐにそれを隠すとはプロとしての教示だろうか?
「ようこそ、街長会館へ。どのような御用でしょうか?」
「街長と話がしたいのだがどうしたらいいだろうか?」
「申し訳ありませんがお客様は街長とどのようなご関係でしょうか?」
「全く知らない」
「そうですか、それですとお会いするのは難しいかと…。なにか身分を証明できるものはございますか?」
「これでいいだろうか?」
ゼノが取り出したのは銀の懐中時計。時計自体が何かギミックがあるわけではない。なんの変哲もないタダの懐中時計だ。だが、蓋に描かれた模倣を許さぬ複雑な紋章は彼の身分を証明するには十分な物だった。
「こ、これは十字背狼追月紋章…!?」
十字は人の神を表し、月を追う狼は異形を意味する。十字を背負う月を追う狼。人ならざる者でありながら人の世を生きるという意味を持っている。その紋章を掲げるのは一つしかない。異形を持って異形を狩る集団『クリプタ』だ。
格好では驚きを顕にしなかったが、流石にこちらでは驚愕を隠すというのは難しいかもしれない。それほどまでにクリプタの存在は珍しい。人生で遭遇しない者のほうが圧倒的に多いために実在を怪しまれているくらいだ。
「しょ、少々お待ちください!」
懐中時計をゼノに返却し、急ぎ足で裏へと消える。それから5分ほどして戻ってきた。
肩で息をしているにも構わず、女性は途切れ途切れの言葉で告げた。
「ま、街長が、お会いに、なるそう、です。ご案内、しますね」
「そうか、すまない」
「いえ…。で、ですが、少しお待ち、頂けます、か?息を、整えます、ので」
「ああ」
ゼノはそれを聞き入れる。息を整えているのを待っているあいだに、裾をちょいちょいと引っ張られる。そんなことをするのはこの場に一人しかいない。
「どうした?」
「十字背狼追月紋章って何なの?初めて聞いたんだけど…」
「そういえば君には言っていなかったな。クリプタという私のような存在がたくさんいる集団の掲げる紋章だと思ってくれればいい。そして私はそこに所属している。この懐中時計はそれを証明するものだ」
そう言った瞬間、アウラは嫌そうな顔をする。
ゼノが訝しげな視線を向けるとアウラは理由を答えた。
「ゼノみたいな人がたくさんって、ものすごく、嫌だわ…。主に会話的な意味で…」
「なるほど、そういうことか。性格の心配をしているのなら問題は何もない。私のような、という表現は肉体的な能力や異質さを指している」
「それはそれで嫌だわ…」
アウラとゼノが話している間に、受付の女性は急いでいた息を整え終えていた。
「お待たせしました、それではご案内させていただきますね」
歩き出した女性の背中を追う。赤絨毯が敷かれた廊下を進む。飾られた調度品の絢爛豪華さは値段がどれほどなのか想像もつかない。
アウラが落ち着かない様子でゼノの背後を歩いているのがわかる。
女性が立ち止まる。ゼノとアウラも足を止める。彼らの前には無駄に豪華な設えの扉があった。
使われている木材から、ノブに使われているネジの一つをとってしてもひたすら華やかさを追求したようなデザインだ。正直、悪趣味と思える。
「こちらが街長室でございます。…街長、先ほどのお客様をご案内しました」
女性がノックをし、声をかけると部屋の内側から声が返ってきた。
「入りなさい」
「はい。…どうぞお入りください」
女性が扉を開けてくれる。開かれた扉の内側は扉に負けず劣らず悪趣味な内装をしていた。
窓際に位置する執務机の前にある椅子に腰掛けた人物が街長だろう。
贅肉をたっぷりと蓄えた体。その身を包む特注品らしきスーツ。指にはきらびやかな指輪が輝いており、体と同じく肉を蓄えた太い指には高級そうな葉巻を挟んでいる。
年齢は60を過ぎた頃くらいだろうか?年齢に比例した禿頭が宝石に負けず劣らず光を反射しているのが目に付いた。
「ようこそいらっしゃいました。私がこの街の街長であるバダ・デミトリィと申します。気軽にバダとでお呼びください」
「クリプタに所属するゼノという者だ。性はない。こちらは私の連れのアウラだ」
「…アウラ・グラシエです」
「ほほう、グラシエというと北域の方の名ではないでしょうか?」
「そうですが」
「随分と遠くからいらっしゃったようで。こちらは北域と比べると暖かいでしょう。さあ、おかけになってください」
バダに勧められたのでソファに腰を下ろす。バダも執務机からこちらに移動して来てソファに腰を落ち着ける。
それと時を同じくしてメイドが部屋を訪れ三人の前にティーカップを置いていく。
バダは湯気の立ち上るカップに口をつけて一口飲んだ。
「最上級の茶葉を使って入れさせたモノです。どうぞお飲みください」
「遠慮なく」
ゼノはカップに手を伸ばさない。アウラが顔を伺うと、ゼノは頷く。
アウラはゼノが飲まなければ自身も飲まないつもりだったのだがゼノとのアイコンタクトで気にするなとのことだったのでカップの中身に口を付ける。
口の中全体に茶の香りが広がり、鼻から抜けて行く。僅かな渋みを感じたがそのあとすぐに芳醇な味わいが来た。バダが最高級と誇らしくするのも頷ける。
「それで、ご用件はなんでしょうかな?」
バダが頃合を見計らって本題を切り出す。
ゼノは表情を変えずにそれに対して返答する。
「バダ街長、貴方は今この街に流れる噂について知っていますか?」
「ええ、知っています。魔女が妊婦の腹を裂いて退治を取り出すというものでしょう?馬鹿らしい。魔女なんて者がそんなたいそれたことをできる訳ないでしょうに」
「なるほど。バダ街長は魔女に出会ったことがあると」
バダは大楊に頷く。
「ええ、この街がまだ村であったとき、魔女と呼ばれた者がいましてね。ですが魔女といえどコミュニティに属する者です。魔女という大層な肩書きを持っていても所詮は個人の力ですよ。恐るるに足りませんね」
「だが、貴方はその恐るるに足りない存在の驚異を認識しているようだ。そうでなければ妊婦を保護しようという行動をとる理由にならない」
「そういった要望がありましてね。実際、魔女の関係なしに妊婦が死に、胎児が奪われるという悲劇は起きています。それを防ぐのに全力を尽くさねばなりません」
「そうは言うが、保護をしていた妊婦が襲われ死んだと聞いたが?」
「我々とて完璧ではありません。ましてや相手が魔女という不可解な存在の可能性もあるのですよ?」
舌戦が繰り広げられる。
ゼノは無表情に、バダは大仰な仕草で感情を誤魔化す。
「よろしい、ではクリプタに所属しているゼノさんに我らの警備を見てもらおうではないですか」
「そうさせてもらえるのならよろこんで」
二人は立ち上がる。遅れてアウラが立ち上がり二人のあとを追う。
案内された場所は本館の裏手にある別館。そこに保護された妊婦たちは匿われていた。
入口には鎧を装備した兵が立っている。それ以外にも重装備をした兵があたりを巡回している。
装備も練度も申し分ないと言えるだろう。タダの人間であれば外から侵入することはできないだろう。万が一、内側からの逃亡もありえないに違いない。
「いかがですかな?」
「ふむ、確かに出来うる限りのことをやっているように見える」
「でしょう?我々とて何度か襲撃してきた化物を撃退しているのです。これでダメだしをされてしまえば兵たちも腹を立てることでしょう」
「そうだな、疑うようなことを言って申し訳ない」
ゼノの素直な謝罪にバダは機嫌を良くする。
ゼノたちはこれ以上ここにいても特に得られる情報はないと判断し踵を返そうとする。
そこへ闖入者が訪れた。
「お願いします!母さんに会わせてください!」
「あーっ!あいつは!」
アウラが驚きの声を上げる。
そこに来たのはゼノを変質者と勘違いした少年、トニーだった。
驚いたのはトニーも同じだったようで目を丸くしてアウラを見ている。
兵はまた来たのか、と言わんばかりに顔を顰めトニーを追い払う。
「何度来てもダメなもんはダメだ」
「そこを何とか!!もう二週間も母さんに会ってないんだ!」
それを見たゼノがバダの方を向く。感情の色のない目が街長を捉えて離さない。
バダの方はバツの悪そうな顔をしていた。
「保護した女性との面会はできないのですか?」
「…護衛している以上万全を期すのは当然のことです。万が一にもこちらの防備の情報が漏洩してしまえば魔女でなくてもこの防備の穴をついてくるでしょう」
「それならば妊婦の方を連れてくればいいのでは?」
「連れてきた時に狙われたらどうするのです?油断をしていては守り切ることもできないですし、護衛対象は身重なんです。乱暴に扱うこともできないのですよ」
バダの言う事は間違っていない。護衛上ただしいことなのだろう。
だが、違和感を感じるのだ。
保護している者たちをまるで逃さないようにしているように感じられてしまう。
警備も、外だけでなく、内側からの逃亡も想定しているような感覚があるのだ。
だが、それを指摘したところでこの男はどうとでもするだろう。
時間の無駄である。ゼノは頭でそう判断する。
「トニー」
ゼノは兵に詰め寄る少年に声をかける。
兵は面倒を押し付けるようにトニーの背を乱暴に押した。
よろけて転びそうな身体を抱きかかえてやる。
「大丈夫か」
「ど、どうも」
「君の母親もここに保護を求めたのか?」
「そうなんです!2週間前にここに妊娠が分かって、それで今は物騒だからってここに来たんだけど…」
「そうか。だが、ここの規則で会うことはできない…ということだな」
「はい…」
ゼノは一度後ろを振り返る。バダは面倒そうな顔を隠さずにいる。
「トニー、ここは諦めなさい。多分だけど、どんなに頑張ってもお母さんに会えないと思うわ」
「でも…!」
「保護されているのなら命の心配はないはずだ。この騒動が収まるのがいつかは分からないがそのうちに会える。そうだろう?」
「ええ、この騒動が収まればすぐにでも家に帰ることができますよ!」
「だ、そうだ」
それでも引き下がるつもりのないトニーの手を引く。
バダとすれ違う時に「失礼した」とだけ軽く会釈をする。
バダの方も軽い会釈で済ませた。
二人はトニーを引き連れて、街長会館を後にした。
*
会館からの帰り道。ゼノとアウラはトニーの話を聞いていた。
「君の母親が保護されていたとは知らなかったな」
「父親は勝手に保護を求めたんです。魔女が怖いってビビりまくってて…。魔女なんていないとは思ってたんだけど、実際に襲われている人がいるからって俺も仕方なく…」
「そうしたら保護されてから2週間、一度も母親と顔を合わせる事ができない状況になったのか」
「それってやっぱりおかしいわよね」
「俺もそう思って何度も何度も言ったんだ。でも取り合ってくれなくて。昨日、ゼノさんを変質者だと勘違いしたのも実はそれが関係しているんです」
「自分で犯人を見つければ母親とすぐに会えるのではないか、ということか」
「そうです」
別れるとき、トニーは変質者の件について謝った。本人としてはかなり気にしているらしかった。
二人だけとなった帰路でアウラはゼノに訊ねた。
「ねえ、ゼノ。あの街長…」
「黒に近い灰色だ」
「やっぱり…」
ゼノはほぼ確信を持って頷く。
「今起きてることはあの街長がやっていることだろう」
―――
昔話をしましょう。
あるところに魔女がいました。
魔女は村のために頭からつま先に至るまで絞り尽くすかのように使われました。
全ては彼女の大切なもののため。
ですが、呪いを解けと言われても彼女には方法がわかりません。
裂かれた腹がじくじくと痛みました。
喪失感は今も続いていました。
焦りが募りました。
けれでも事態は好転しません。
会いたい。
その一念だけが彼女を支えていました。
だから魔女は馬車馬の如く村に尽くしました。
それでも村人が言う呪いは無くならず、人はたくさん死にました。
めでたしめでたし?
―――