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01

 ―――


 昔話をしましょう。


 あるところに魔女がいました。

 噂曰く、魔女は呪いを振りまこうとしている。

 噂曰く、魔女は子供をさらって材料にしている。

 噂曰く、魔女は恐ろしい儀式を終えるところだ。

 だから人々は魔女を捕まえました。


 めでたしめでたし?


―――


 酒場の扉が開かれた。冷たい空気が店に流れ込んでくる。その瞬間に酒場の空気が凍りつく。

 もちろんのこと、実際に凍りついたわけではない。

 だが、喧騒は一瞬にして静まり、酒場の人々は視線を向ける。

 そこには黒髪、黒目の青年が立っていた。顔には大きな傷があった。黒い外套を羽織ったその姿はまるで死神を連想させる。生気のない無表情な顔がそれを余計に強くする。

 背中に布袋に包まれた長い棒状のものを背負っている。

 その横には正反対の存在があった。

 黒ずくめの男の鳩尾くらいに頭がある少女は全身が白かった。白い髪をもち、雪のような肌、唯一目の色だけが金色をしている。妖精のような美しさと、年相応の可愛らしさを兼ね備えた真っ白な少女だった。隣にいる不吉な存在がそれを相殺しているが。

 その二人がゆっくりとカウンターの方へと歩いてくる。

 誰もがそれを固唾を飲んで見送る。

 酒場の亭主は背中が冷や汗でびっしょりと濡れていた。

 無表情な顔の黒い双眸が亭主を捉える。

 そして、口がゆっくりと開かれ、言葉が発せられた。


「ミルクを二つ…」


 一瞬何を言われたのかわからなかった。それから少し経って黒ずくめなりの冗談なのかと疑った。だが、その表情はニコリともしていない。完全なる無表情。それが本気なのだと悟るまでに数十秒かかった。

 それは亭主だけではなく、酒場にいた全員に共通することだった。

 そうわかった途端、爆笑が酒場を包んだ。

 あの図体とあの風貌でミルクを頼むというギャップが男たちのツボに入ったのだ。


「ふむ?」

「もう、亭主さん、葡萄酒とミルクに注文を変えてもらえるかしら」

「ああ、構わないが」


 それを黒ずくめが嗜める。


「アウラ。君は酔いにくいとはいえ、アルコールを摂るのはおすすめしない。君も・ミルクを飲むといい」

「私のいたところだと葡萄酒はお酒じゃなかったの!大丈夫よ!」


 この会話を聞いて男たちは更に腹を抱えることになる。

 少女が注文を変えたとき、君もと言ったのだ。もしかしたらという線も完全になくなり男たちは笑い声を響かせる。

 その中でも、特段気を悪くした様子もない黒ずくめの青年はカウンターの席に腰掛ける。

 今ので酒場に満ちていた緊張感は消え失せ、止まっていた時は完全に動き出す。給仕が慌ただしく動き回り、先程までの喧騒が戻ってきていた。

 亭主はこの青年がわざとしたのではないかと少し思った。


「あんなに笑うなんてちょっとひどいと思うわ」

「ふむ、そもそもなぜ笑われたのかわからないのだが」



 だが、その考えは二人の会話で間違いだと気付く。

 亭主は温めたミルクにはちみつを黒ずくめの青年の前に、葡萄酒を白い少女の前に置いた。そして、二人の中間に蒸したじゃがいもにチーズを載せたものを出す。


「これは注文していないのだが?」

「いや、笑いまくったことに対する謝罪だと思ってくれや」

「そうか、ではありがたくもらおう」


 それを聞いて目を輝かせて涎をたらさんばかりにしていた少女が嬉しそうにする。

 黒ずくめの青年は皿を少女の方に押すと、少女は勢いよくじゃがいもと格闘を始めた。


「お前さんはいいのかい?」

「ああ。…ところで亭主聞きたいことがあるんだがいいか?」

「構わない、なんだ?」


 無表情な顔を正面から亭主の顔を見つめる。口がゆっくりと開かれ言葉を発した。


 魔女の噂を知っているか?


 それはいま、この街に流れている噂のことだ。

 亭主は渋い顔をして頷いた。あまりいい話ではないからだ。ちらりととなりの少女を窺う。女子供にはあまり聞かせたくないという亭主の気遣いだった。


「ああ、知っている。今街中で一番噂されてるのはそれだろう」

「どう思う?」

「そうだな…。人のやることじゃねえとは思うぜ」


 なにせ、妊婦の腹から胎児を抜き取るんだ。これが人のやることだったら俺はそいつを許せねえな。


 亭主はそう吐き捨てるように言った。


「確かに。普通の人間であればそんなことはしないだろう」

「だから、魔女の仕業って言われてんだ。胎児が抜き取られる前から変な噂もあるしな」

「それはどんな?」

「なんていうか、夜な夜な不気味な女がフラフラ歩いてるってそれだけの話だ」

「特に襲われたということもないのだろうか?」

「ああ、フラフラしてるってだけだ。だがその不気味さが魔女の噂に発展したってのもあるな」

「そうか…。仕事中にすまなかった」

「いいってことよ」


 亭主は二人から離れていくと仕事をしながらもほかの客と談笑を始める。

 やることのなくなった青年はミルクをゆっくりと飲む。そこへアウラと呼ばれた白い少女がじゃがいもを食べ終えてこちらを見ていた。


「ねえ、ゼノ」

「どうした?」

「いつもこんなことをしてるの?」

「いつも、という訳ではない。目的があるからそうしている」


 アウラはゼノと出会ってから二ヶ月しか経っていない。

 今日のような彼の行動は初めてだった。


「本物の魔女を探してるの?」

「それは正解でもあり、間違いでもある。私は本物の化物を探し歩いている」


 二ヶ月一緒にいて初めて知ったことだった。

 アウラは黒ずくめの青年の顔を見つめる。その顔に感情の色は見られない。

 彼はどんな思いを持って化物を探しているのだろうか?


「私はこの街に化物がいるかもしれないという話を聞いてここまで来た。今は情報を集めている段階だ。もし噂が本当なら不意の遭遇というのもあるかもしれない。君は宿で待っていても構わない」

「…私は大丈夫。だから気にしないで」

「そうか」


 これは彼なりの気遣いなのだろう。だが、アウラはそれを拒絶する。

 自分だけ除け者にされるのはもう嫌なのだ。自分の知らないところで事態が進行するのはたくさんだ。

 あの夜のようになるのはもう嫌だ。


「食べ終わったのなら今日は宿に戻るが」

「いきましょ」


 二人は代金を支払って店をあとにする。白と黒の背中に亭主が声を投げかける。


「おい、もう外は暗い。お前らなら特に問題はないと思うが…気をつけてな」

「ああ」

「ありがと」


 亭主の親切な心遣いに黒い青年は不吉さに似合わない程丁寧に頭を下げた。白い少女は妖精のような可愛らしい顔に笑みを浮かべて手を振る。

 その背中を見送った亭主はこれ以上冷気が店に入らないように扉を閉めた。


  店を後にした二人に肌を刺すような冷気が襲いかかる。

 いくら黒いゼノといえど、吐く息までは黒くない。濃厚な白が口元から吐き出される。表情には寒さなど微塵も感じさせないが。

 アウラは寒さにブルリと身体を震わせた。それを見たゼノが膝を折って白いマフラーをアウラの細い首に巻いてやる。

 首元の温もりが体の震えを止めてくれる。

 酒場で火照った身体には周りの空気は冷たすぎるのだ。

 ふと、アウラはゼノの手を見つめる。その手にはたくさんの傷がある。以前にも見たことがあるが、彼の身体にはたくさんの傷がある。何かあるのだろうと聞かなかったのだが、今日なんとなくわかった気がする。


「どうした?」

「…なんでもないわ」


 アウラはそう言ってゼノの手を握った。ゼノは首を傾げていたが別に振り払おうともしなかった。

 お互いの温もりで手は暖まっていく。


「早く行きましょ」

「ああ」


 手をしっかりと繋いだまま、二人は夜の街へと繰り出し帰路へとついた。


 *


 その影は彷徨い歩いていた。

 大切なものを奪われた影は夜の闇に紛れて街を彷徨う。

 伸ばされた腕は何を求めるのか。

 伸ばした腕は何をつかもうとしているのか。


「私の………、大切な………。どうして………の…?」


 ぽつりと呟く言葉は風に掠れて聞き取ることはできない。

 一歩、また一歩と踏み出される足はふらついている。

 朧な輪郭が崩れて行く。

 そして月明かりのもと、影は夜の街に消えていった。

 未だ見つからぬ探し物を求めて。


 *


 朝。

 太陽の光が閉ざされた窓の隙間を縫って入り込んでくる。まぶた越しの眩しさに目が覚めた。

 ぼっーっとして端の方を見る。

 ゼノは壁に背を預けて座っていた。腕にはいつも背負っている布袋に入った棒状のものを抱えている。

 眠っているのか、起きているのか分からない。


「ゼノ、起きてる?」

「起きている」


 声をかければ必ず返事が来る。どうしてベッドで眠らないのかはわからない。訊ねたこともあるが必要ないと言うだけで、結局なぜ必要ないのかはわからなかった。


「今日はどうするの?」

「街を見て回る。酒場には大人しかいないが、昼の街には子供もたくさんいる」

「ホント!?」

「ああ」


 アウラは喜ぶ。住んでいた村から出たことがないアウラにとって、ゆっくり街を見回るのは初めてのことだ。いつもは宿に泊まって、旅支度を終えたらすぐに発つのを繰り返していた。

 嬉しさのあまり先程まで眠気眼だったというのに、一気に覚醒した。

 それと同時に体も覚醒したのかアウラの胃が大きな音を立てた。


「どうやら君は空腹のようだ。街に出る前に食事を済ませよう」

「そうさせて…」


 顔を真っ赤にしてアウラは呻くように呟いた。


 *


 街には活気があった。魔女がいるという噂が流れているというのにそれを感じさせないほどに賑わっている。

 アウラはゼノの黒い背中を見て歩いていた。あの瞳にはこの光景はどう映っているのだろうか?

 それが気になってアウラは黒衣の青年の横に並んで顔を見上げる。その顔にはやはり表情などなくて感情を読み取ることはできない。生きながらにして死んでいるようで。彼がここにいながらどこにもいないようで。

 だから彼の手を握る。温もりがゼノという存在がここにいることを教えてくれる。この温もりがゼノという存在をこの場に繋ぎ止めてくれるように。そんなことを願って。


「…どうした?」

「なんでもないわよ」


 昨日の夜と同じやり取り。ゼノはこの手を振り払わない。それだけでも今は十分だ。

 だが、その時間を壊す闖入者がいた。


「おい、このロリコン野郎!!その手を離せよッ!」


 叫び声とともに何かが飛んでくる。それをゼノは空いた手でたたき落とす。

 ゼノの手はヌルヌルとしたもので汚れていた。


「卵…?」

「誰よ!!」


 アウラが声のした方向を向くと自身とそう変わらない背格好の少年がゼノの方に肩を怒らせて歩み寄ってきていた。


「ロリコン野郎とは私のことだろうか?」

「そうだよ!この変質者!!白昼堂々とはいい度胸だな!」

「ふむ、何か勘違いをしていないだろうか?」

「勘違いもクソもあるか!現行犯だ、現行犯!!」


 ゼノは相変わらずの無表情だった。それが少年の怒りを誘う。

 だが、横からその少年に向けて怒りの声が叩きつけられる。


「いきなりあんたなによ!!急に出て来て邪魔して!」

「え、あれ…?」

「なに!?ゼノがロリコンって!?私はそんな子供じゃないわよ!ゼノが大きすぎるだけでしょッ!!私あんたとそんなに背格好が変わらないじゃない!」

「アウラ。君は何に怒っているんだ?落ち着くといい。人目を集めているだろう」

「人目を集めてるのはいつものことで…しょ…?」


 アウラはそこで初めていつもとは違う意味で視線を集めていることに気づいた。

 今まで集めていたのが奇異の視線。見慣れない怪しい格好をした奴と、妖精じみた容姿を持つ少女が並んで歩いればそれも当然である。

 今回集めているのが好奇の視線。前者は冷たい視線に分類されるがこちらは生暖かい視線だ。それにさらされていると気づけば背中がムズ痒くなってくるし、見世物のような感覚がして気分のいいものでもない。


「ば、場所を変えましょ!!」


 顔を真っ赤にしたアウラが言ったことに男二人は反対することもなく、そのまま逃げるようにその場を後にした。


 因縁をつけてきた少年はトニーと名乗った。そのトニーの案内でアウラとゼノは食事処へと案内される。朝食を食べてからそう時間が経っていのだが大勢からの人目を避けるには店の中に入るのが適当であるので仕方ない。


「本当にすみません!」

「全くだわ!ゼノをロリコン扱いするってことは私のことを遠まわしに子供扱いしてるんだから…!」


 テーブルに擦りつけるようにして頭を下げるトニーにアウラの辛辣な言葉が刺さる。

 場所を変えたおかげと、変質者という単語が出ていないこともあってか周りの注目度は低い。見られていても精々兄妹の喧嘩程度として微笑ましく見られている。(ゼノは相変わらず奇異の視線に晒されていたが)


「ゼノさん、もうなんて言ったらいいのかわからないですけど許してください」

「ああ、問題ない」

「もう!ゼノは良くても私の気が収まらないの!」

「だが、アウラ。トニーはこうして謝罪をしている」

「…わかったわよ、許すわ」

「ありがとうございます!」


 トニーは顔を綻ばせる。アウラはため息を吐いて気持ちを切り替える。


「私とゼノが手をつないだだけで変質者扱いってのもひどい話よね」

「それは…理由があるんです」

「それはどんなものだ?」

「ええ、なんでもここ最近、街に変質者が現れているのではないか?という話です。荒い息をつく黒い格好をした大柄な影という話だけなんですが。実際に背後に急に気配を感じて気絶した女の人も多いって話なんですよ」

「確かに、ゼノは大柄で黒ずくめだけど…」

「私たちがこの街に来たのは昨晩だ。その噂は昨日からではないだろう?」

「はい…」


 トニーは申し訳なさそうに顔を俯ける。ここまで萎縮しているとアウラの方もむかっ腹を立てているのが可哀想になってくる。


「トニー。その噂にはけが人が出たりはしていないのだろう?」

「ええ、特にそんな話は聞いてないです」

「そうか」

「いえ、こちらこそすみません」


 気にしていないともう一度告げる。それからは給仕に注文を頼んでメニューが来るまでは世間話程度の話をする。

 そういうのは専らアウラの担当でゼノは聞いているだけだ。

 アウラとトニーはいつの間にか砕けた口調で話している。アウラが北域出身と聞いてトニーは色々と興味を持ったらしく話題が盛り上がる。それに水を差すように注文がテーブルに届く。

 豆と野菜を煮込んだスープに鴨肉をタレにつけた丸焼きにしたもの。それにパンとサラダだ。

 アウラはそれを見て会話を中断し瞳を輝かせる。トニーはそれを見て少し誇らしげだ。トニーがオススメする店なのでその反応は嬉しいらしい。


「ここは迷惑かけた僕が奢りますよ!」

「構わないのか?」

「ええ」

「本当に構わないのか?」

「?ええ…」


 ゼノが念押しして聞くとトニーは不可解な顔をする。

 その顔が青い顔へと変わるのにそう時間はかからなかった。

 アウラの食べっぷりはトニーの予想以上だったのだ。

 それから数十分の記憶はトニーにとって地獄だったと言えるかもしれない。


「大丈夫か?」

「ええ…、心配ないです…」

「悪いとは思ってるわ…」

「気にしてないからいいよ…」


 フラフラとした足取りで街の人ごみに消えていく背中を見送る。悲哀に満ちたその背が完全に見えなくなってから、二人は宿へと戻った。


 *


 宿に戻って時間を潰した二人は部屋を出て外へと向かう。

 その際に宿の主人に出かける事を告げる。

 案の定、噂の話をされて今外に出ることはお勧めできないと告げられる。


「ああ、問題ない。それに万が一私たちになにかあってもいいように今日と明日の宿泊費は先に支払っておく」

「まあ、お二人なら大丈夫だとは思うんですが…」

「無用な心配をかけさせてすまないな」

「いえ、こちらも引き止めて申し訳ないです」


 宿の主人は頭を下げる。白い外套を羽織り、首には白いマフラーを巻き終えたアウラが扉の近くで待っている。ゼノはカウンターに銀貨を一枚置いて背を向ける。


 外へ出ると曇っていた。だが、それほど雲の層が厚くないようで透過してきた月明かりがうっすらと街を照らし出している。

 ぼんやりとした月明かりの中、黒と白の影が並んで歩む。

 人気のない街は、喧騒に包まれていた昼と打って変わって静寂が辺りを満たしている。

 それを壊すのは二人の足音のみ。

 近くにいないと見失ってしまいそうな明るさの中、アウラはゼノの手を握る。そうしていないと、黒ずくめの青年は闇に溶け込んでしまうような気がしたからだ。

 繋いだ手の暖かさを確かめていると、チラチラと雪が降り始める。雲の量からしてそんなには積もらないだろう。だが、うっすらと積もった雪が月明かりを反射して淡く輝く。先ほどよりも闇が薄くなる。

 しばらく二人は空を見上げていたが、再び歩き出す。

 薄く積もった雪に二人分の足跡が刻まれていく。

 繋がれた手には熱が宿っている。

 闇に紛れて消えてしまいな青年は、今もずっとここに存在している。

 その二つが、青年の存在を証明してくれていた。


「ゼノ…」

「どうした?」

「急にどこかに行ったりしないでね…」

「問題ない。なぜなら私は君を置いてどこかに行くということはありえない話だからだ」

「うん…。それでも約束して欲しいの」

「ふむ。それで君の気が済むのなら構わない」

「ほんと?」

「ああ。私は君を置いてどこかに行ったりはしない。約束しよう」

「うん…」


 そのやりとりを最後に、二人は無言で歩き続ける。なんの収穫もなくそろそろ宿に戻ろうとする。その時ゼノが背中の布袋に手を伸ばした。

 アウラはそれを見て身構える。アウラには何も感じられない。だが、ゼノが警戒をしているということはなにかいるのだ。

 ゼノが闇夜を無表情に見つめる。やがて、そちらの方向からザク、ザク、と雪を踏みしめる音が聞こえてきた。

 徐々に近づく足音。近づくにつれてアウラの目にも音の発生源を視認することができた。

 それは影だった。朧な影。猫背に曲がった背中の小さな影。前に差し出された手は何かを求めて虚空を掴む。だがその手には何も掴めない。そうして手を見つめてはまた手を差しのばす。まるで何かを探しているかのように。そしてうわ言のように何かを呟く。


「私の………、大切な………。どうして………の…?」


 その影は二人の前に近づくと立ち止まる。影が顔を上げる。闇の中に輝く双眸が浮かぶ。その瞳は悲哀に満ちている。


「この人が噂の魔女…?」

「どうだろうか、まだ判断することはできない」


 双眸がゼノを見る。そして視線はゆっくりとアウラに移される。その間、アウラはじっとしたまま動かない。体が緊張して強ばっている。

 視線がゆっくりと外される。そしてフラフラと頼りない足取りで再び雪を踏みしめる。その影が二人とすれ違う際、うわ言の内容が聞き取れた。


「私の子供はどこ…、大切な可愛い子なの。どうして見つからないの…?」


 二人はその影が闇へと消えていくのを見送った。

 完全に足音もしなくなってからアウラはいつの間にか止めていた息を吐く。

 ゼノは消えていった影をずっと無表情に見つめていた。


―――


 昔話をしましょう。


 あるところに魔女がいました。

 魔女は人々に除け者にされていました。

 それは魔女が呪いを振りまいたせいです。

 人々は捕まえた魔女に詰め寄りました。

 呪いを消せと。

 魔女は首を振ります。

 人々は魔女を殴りました。

 蹲る魔女に満足した人々はつばを吐きかけて行きました。

 魔女の呪いはそれでも消えません。


 めでたしめでたし。


―――

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