10
肩を上げるぐらい大声を出して、クレバーのそばによる。
クレバーは不思議そうに私を見つめていた。
「…なぜ?結婚印をしてるのだ。それに国民もみなユイが妃になることを心待ちにしている。」
「だから、ちょ、ちょっと待ってよ!」
クレバーの前に手を出す。
そう、考えてほしい。私はこの国に来てまだ少ししかたっていない。
いくら母親がこの国の人だからと言って私はこの国のことを知らない。
「何も知らない人を妃にして、本当にいいの?結婚って、愛だけじゃだめなんじゃないの?特にあなたは国王なんでしょう?たくさんの国民から税をもらって生きているんでしょう?守らなきゃいけないんでしょう?私にも、その覚悟が、必要なんじゃないの?」
お互いじっと目を見つめる。ここで負けてはだめだ。
今まで完全にクレバーに流されてここまで来ているのだ。少し落ち着いた今じっくり考えたいのだ。いくら結婚印が付いているといっても、国王の妻になるなどおかしいはずだ。
それに、私自身を認めてない人だっているんだ。だいたい見てもいないのに認めるっておかしいのではないのか?
そうじゃないの?と問いかけるようにクレバーを見る。
折れたのはクレバーのほうだった。
クレバーはため息をつくとぼそりとつぶやく。
「だから、なりたくなかったんだ。」
その悲しそうな顔に私の心はチクンと痛くなった。
私が悪いわけではないはずなのに、痛く苦しい。
クレバーは冠を付けたまま立ち上がる。そして空中に手で何かを書いたかと思うとそこから発した光が私とクレバーの冠を包んだ。
「冠ありがとう。これは結婚式にお互いつけよう。それまで大切に保管しておいてほしい。」
「クレバー…」
「そろそろご飯だ。部屋へ戻ろうか。」
「うん…」
それから食事の特に何も話すことなく時間は過ぎて行った。
クレバーの表情は何を考えているのかわからないぐらい無表情で、私も話しかけずらかったのだ。
気づけばクレバーは私の頭をなで部屋から出て行ってしまった。
がちゃんとドアの閉まる音がするとため息が出てきた。
「私、悪くないはずだよね。だって、」
何も知らない。今日出てきたごはんの材料の名前も知らない。マナーも知らない。それにこの国には魔法が宿っている。
魔法って何?先ほどクレバーが空中に描いたものが魔法なの?何をどうしたら魔法は起こるの?
ユイはソファに転がると手をかざす。そして先ほどクレバーが空中に描いたように自分も描いてみる。
しかし何も起こらなかった。
「なんでよ。なんで、どうして」
ユイの心の中に不安が宿る。何でここに来たんだろう。役目もないのに、ただ連れられて、何もしない生活をしなければならないのだろうか。
とたん結婚印がうずいてきた。そっと結婚印を抑える。
クレバーを信じたい。クレバーが私に捧げてくれたように、私もささげたのだ。それにこたえたい。
そのために
「強く、なりたい。」
夜ご飯を食べるころにクレバーは帰ってきた。
そのころには表情が戻っていたので少しほっとした。
「えっと、おかえりなさい。今日のメインディッシュはランドンの蒸し焼きだって。」
「そうか。ランドンというのはそうだな…あちらでいう鰤によく似た魚だ。脂がのってとてもおいしいんだ。」
「それはおいしそうだね。いただきまーす!」
「うんいただきます。」
こちらではただいま、おかえりの挨拶もなければいただきます、ごちそうさまも言わない。
最初は戸惑ったが、クレバーが自分から言ってくれたおかげで私はすんなり言っている。
そのランドンとやらを堪能しているとクレバーが笑顔でこちらを向いていた。
「ユイ、学校へ行かないか?」
「へ?」
「俺の行っていた王立魔法学校だ。知らないのならば知ればいい。あの学校でたくさんのことが学べるからな。どうだ?」
「行きたい!」
考える間もなく答えが出た。知らないことをそのままにしておけるわけがない。
強くなりたい。私は強く願ったのだから。
その答えにクレバーも安心したのか穏やかな笑みを見せてくれた。
それからはこの国の食べ物について教えてもらった。やはりどこかしら似ている食べ物が多いらしい。
もちろん魔法が関係している食べ物もあって禁忌の実とかもあるらしい。
私の知らない世界、どんな世界なのだろう。
信じたい心、強くなりたい心、それだけが今の私を動かしていた。