パネルを落としてください
佐和子は給料日になると、真っ先にホストへ向かう。
ちやほやされる場所がない独り身なので、孤独を打破するために大金を払う。
ホストは売上を伸ばすため、期待を抱かせる言葉を惜しまなかった。
大金が飛び交う中、結果として風俗一筋で働くようになっていた。
元々夜職自体は経験があったので、さほど抵抗する気持ちもなく性風俗の仕事に溺れてしまう。
担当のホストからは連絡がしきりに入り、風俗で稼いだお金を全て費やしていった。
担当は「付き合おう」とは言わない。それでも、シャンパンを卸す時だけ「好き」と囁いた。
朝も夜も分からない閉鎖的な環境で、したくもないことを続けることに次第に疲弊していく。
しかし担当が喜ぶ顔が見たくて、もしくは喜んでくれる事で佐和子自身が幸せを感じたくて、風俗の仕事を続けていく。
そんな中「実家に帰っておいで。貯金もしたいだろう。一人暮らしより楽になるはず。」と母から1本の電話が入る。
嬉し涙が止まらなかった。
実家に戻ってホストとは縁を切ったが、風俗で生計を立てることには変わりなかった。
ホスト通いで埋めていた寂しさが胸の中で膨らみ癒しを求めて居酒屋の暖簾をくぐる。
飲み屋では佐和子が店長に「1杯どうぞ。」と勧めると、愛想良く対応された。
次の日も、また次の日も暖簾を潜り続けた。
稼いだお金は、今度は居酒屋へと消えていった。
このままではいけない。頭ではわかっている。
何とか地に足をつけて行かねばならない。
このままでは、また同じ毎日を繰り返すだけだ。
出勤した後の鏡越しの疲弊した顔の自分を見て、佐和子はこころの中で想いを固める。
風俗を辞める決意だ。
ある日風俗の店長から連絡が入った。
「次の出勤いつにしましょうか?」
ドキッとした気持ちを深呼吸で抑え、返信をする。
「すみません、今お電話よろしいですか?」
ものの数分で電話は掛かってきた。
「どうされましたか?」
店長が変わり新しく入った店長だ。
どういった性格なのかわからない。
冷静に話をしないと辞めさせてもらえないかもしれない。
深呼吸をまたひとつ重ねて、そっとこう告げた。
「退店したいです。パネルを落としてください。」
勇気を振り絞って言ってみると、
「わかりました。」
と、呆気なく退店することが出来た。
そして、パネルも無事に落とされた。
胸を締め付けていた緊張が、すっとほどけていく。
店長のLINEをブロックし、HPのお気に入り登録や写メ日記用のアルバムアプリも削除した。
これで良かったんだ。こころがすっと穏やかさを取り戻す。
地に足をつけてまともになろうと決意し、布団に潜り込んだ。
今まで何のために働くかも分からなかった。
でも今は違う。
自分のために、働くのだ。
幸せな家庭を築くために働くのだ。
さぁ今日は人生の節目。
一歩歩けた事を自信に変えて昼職へと歩き出す。
過去は変えられないが未来は変えることが出来る。
ありきたりの言葉だが、事実だ。
自分のこころの掃除をして、今日も頑張るのだ。
佐和子は佐和子のこころを取り戻した。
センセーショナルやアンニュイな気持ちなど一切ない。
同じく風俗で働く人や、ホスト通いの人への軽蔑も特段感じていない。
ただ、佐和子のいる場所はここではない。
それは自分のこころが正直に打ち明けた事であった。
一歩ずつ、前を向こう。
蛾が蝶になれた日だ。
……そう思った。
けれど本当は違った。
今は蛾でも蝶でもない。
ただ、未来へ進む者だ。




