プロローグ
「主文、被告人を懲役三十五年に処す」
ーー果たしてこの判決は正しいのだろうか。
裁判官の声は、平板なまま法廷に落ちていった。
その音を、私は“読む”ように追っていた。手元の録音機は沈黙したまま、赤いランプだけが一定の間隔で瞬いている。
蕪城凌佑被告はAB市で発生した一家四名殺害事件により、懲役三十五年の刑に処された。責任能力は認められ、情状酌量の余地は限定的、記録はそう結ばれている。
蕪城の表情は、こちらからは見えない。
彼はこの判決をどう思ったのだろうか。
彼の心情を知りたかった。彼の言葉を聞いてみたかった。
弁護士側はすぐに控訴するだろう。無罪を主張していたのだから。
やがて裁判は終わり、傍聴席の人々は一人、また一人と席を立っていく。記者たちが紙束を抱え、何かを確定させるように出口へ向かう。号外、速報――そんな言葉だけが、遠くで点滅しているようだった。
蕪城は刑務官に促され、法廷の外へと歩き出す。その背中が消えかけたとき、私は息を止めたまま、わずかに声を漏らしていた。
「あ……」
蕪城が振り返る。
その目は、空洞のようだった。
光を失っているのではない。ただ、最初からそこに意味が存在していないような目だった。
私は慌ててノートを開き、文字を走らせる。
そして差し出した。
『あなたは、この判決が正しいと思いますか』
蕪城はしばらく、その文字を見ていた。
やがて、かすかに笑った。
自嘲とも、諦めともつかない形で唇が歪む。
「これが正しい判決なのか」
そして続けた。
「あんたはどう思うんだ」
そのまま、蕪城は去っていった。
法廷には、私だけが残された。
言葉の意味だけが、静かに遅れてやってくる。
それを咀嚼することしか、私にはできなかった。
――これは、私がフリーの記者として初めて書いた記事に至るまでの記録である。




