お嬢様と私の秘密のお話
ふわりと、春の風に乗って花の香りが窓から入り込む。開いた窓の両端でカーテンがゆっくりと揺らめいていた。
私は食卓のテーブルの上に頬をついて外の風を感じていた。外はすっかり春に染まっている。
座っている木の椅子がかすかにきしむ音を立てる。テーブルに手をついて立ち上がり、すぐそばにある台所へと向かった。
お気に入りのカップを手に取って、先ほどからかけていた鍋を手に取りポットの中にお湯を注ぐ。ふわり、と紅茶の香りが広がった。そんなに高いものではない紅茶ではあるが香りが好きでよく飲んでいた。お砂糖を一杯、カップの中に入れてからそのカップとポットを持ちテーブルへと戻った。
椅子に座りなおし、紅茶が出来上がるのを待つ。
ふあ、と小さく欠伸がこぼれた。今日は久々の休日だ。休日だというのにいつもの時間から少しだけ遅く目を覚ましたがそれでもまだ日は昇り切ってはいない。朝ごはんを食べる気にはならず、紅茶だけで済ませようとした。
紅茶を飲んで家の掃除をすればすぐにお昼ご飯の時間だろう。「んー。」と、大きく伸びをした。
ここ数週間は大変だった。勤めている子爵家で夜会が開かれることとなりその準備でずっと休みなく働いていた。子爵家の方々は優しくきちんと休みなさいと都度声をかけていただいていたけれど、そう声をかけられれば余計に頑張ろうとしてしまった。それでも、ちゃんと食事の時間や睡眠時間は頂けていたので、他家より全然ましな準備となった。
時折、他家に仕えているメイドと話す機会があるのだがそこでは寝る時間を削って準備させられた、など愚痴を零す人もいた。
私が働く子爵家の方々は優しく、貴族らしい冷徹さが欠けている。それでも領地は栄えてはいないがのんびりとした気風で過ごしやすい。心配りが感じられるいい領地なのだ。まぁ、田舎ではあるけれど。
王都まで馬車で5日はかかる。狭くはないのだが広くもない。そんな素朴な土地なのだ。若い子たちは、王都を夢見て出ていくが数年たてば戻ってくる子も少なくない。私はもとより、子爵家に仕えるつもりだったため王都へ足を運んだのは数回だけだ。
私の母親は女主人のメアリー様の侍女をしている。そして次期当主であるリヒト様の乳母でもある。私はリヒト様と共に育てられ、乳兄弟となる。小さなころは一緒に遊んでいたがリヒト様が次期当主としての教育が始まるころにはこちらも弁え、接触はなくなった。
私の父は庭師をしている。もちろん、この子爵家でだ。家族ごとこの子爵家にお仕えしているのだ。
家族ごと仕えてくれるのだから、と子爵家の庭の端っこに小さな家を頂いた。本邸に比べれば小さいのかもしれないが、平民からすれば立派な家だ。他のメイド達や侍女に嫉妬されるのかと思えばそんなこともなく。それぞれにきちんとした部屋を用意していただけているので不満は出なかったようだ。
侍女の母はほとんどを本邸で過ごしていたが家族の時間も大事にしてくれた。隙間時間で遊んでくれたり、優しく頭をなでてくれたり。庭師の父もまた母がいない分を埋めるように大きな手でお菓子を作ってくれたりしていた。
その二人は今、本邸で仕事をしている。お休みは私だけだ。
何をしようかなーとぼんやりと考える。昨日の夜までは、お買い物に行こう!そしてそこで最近できたカフェでおいしいケーキとか食べちゃおう!とかいろいろ考えていたけれど当日になってみれば出かけることが面倒になってきた。
ポットの中身をカップへと注ぎ、ふぅ、と息を吹きかけてから一口口に含んだ。まだ、熱さが冷めておらず少しばかり舌を火傷した。
こんこんこん。
三回、玄関の扉がノックされた。こんな時間に誰かしら?一緒の休みのメイドであるリサでも来たのかな?と「はーい」と返事をして立ち上がる。リサだったら紅茶でも一杯飲ませてる間に着替えてしまおうと、玄関へと向かい扉を開く。
「どちら様ですかー?」
扉を開けた先には小さな小麦色の髪の少女が立っていた。
「朝からごめんなさい、デイジー」
そこに立っていたのは子爵家令嬢であるアリシア様だった。緑色の瞳を見つめあうこと数秒、私は頭を下げる。
「このようなお姿で申し訳ございません。御用でしたでしょうか?」
頭を下げて見えるのは自分の寝巻にしているワンピースにカーディガンを羽織っている体だ。お嬢様がこんな時間に来られるとは思っていなかったので油断していた。あとで母に怒られそうだ。いつまでも寝巻でいるからそういうことになるのよ、なんて。
「急に尋ねた私が悪いのだから気にしないで。その、ね。今日、内緒でお出かけしたいのよ。」
内緒よ、と口元に人差し指を置いてお嬢様が囁いた。
「どちらへ…?」
領内はのんびりとした空気の流れる治安のいい場所ではあるが、お嬢様一人で外に行かれるのは流石に許しは出ない。貴族令嬢として、お供が最低二人はついて行くべきだ。お屋敷から馬車を四半刻出せば商店の並ぶ小さな街がある。
「もうすぐお兄様の誕生日でしょう?誕生日プレゼントを買いに行きたいのよ。」
お嬢様が紅茶を一口口にする。少し冷めたお茶は冷ます必要もなく喉を潤わせる温度だ。
「行商人を呼ぶのではダメなのですか?」
首をかしげて問いかけると、お嬢様は首を横に振った。
「そうしたらばれてしまうでしょう?何かいいものを自分で探したいのよ。」
お嬢様は片手を上げて、ぐっと拳を握りしめて見せた。貴族令嬢らしからぬ仕草に、くすっと笑ってしまった。
「かしこまりました。お供させていただきます。あと一人護衛が欲しいところですが…」
誰かいたかな?と頭の中を巡らせる。騎士などという立派な方はこの領地には二人しかいない。その二人のどちらかを連れていくのは難しいので適当なフットマンを思い浮かべた。
「そうね、ピートが仕事を終わらせて暇にしていたわ。」
ちゃんと人材を見つけていたらしいお嬢様が得意げに笑って見せた。
ピートならば腕がたつ!と言えなくはない…?くらいの護衛術を持っていた。何より足が早い。馬も操れるため、平和な街に連れていくなら丁度いいくらいだ。
「かしこまりました。申し訳ありませんが身支度を整えさせていただいてもよろしいですか?」
さすがに寝巻きのこの格好では出かけることはできない。お嬢様にお伺いを立てれば「もちろんよ!」と、笑った。
「そんな姿で出かけたらピートが真っ赤になって仕事じゃなくなるわ。私が見立ててあげるわ!いつもわたくしの服を見立てていただいてるんですもの!」
楽しそうにお嬢様が立ち上がる。いつも着せ替え人形のごとくこれにしようか、あれにしようかと悩んでいるのだがその仕返しだろうか?
それはそれで楽しそうなので「お願いします。」と私も笑って、カップを急いで空にしてから台所の水場に2つともカップを持っていき置いておく。
お嬢様を待たせる訳にはいかないからね、と言い訳を心の中で唱えてから、部屋へとお嬢様と一緒に向かった。
とは言ってもそんな衣装持ちではない。いつものお仕着せ以外なら数着のワンピースがお出かけ用の服としてかかっているくらいだ。
それでもお嬢様は楽しげにその数枚のワンピースを私にあてがい悩んでいた。
「うーん、ピンクは何か違うのよね。外は暖かいけど少し空気が冷たいし…そうね、この黄色のワンピースにこの白いカーディガンはどうかしら?」
私のお気に入りのワンピースに決まったらしく、ふわりふわりとスカートを揺らして見せた。
「お嬢様はお目が高い!私の一番のお気に入りですわ。」
ふわりと広がるスカートに同布でできたくるみボタンで前を閉めるワンピースだ。柄はないけれど、レースの襟が着いている。袖の縁も白い布で彩られて、それを着るとたんぽぽになった気分になれた。
羽織るカーディガンも長袖ながら、生地は薄くふわりとした印象で綿毛のようだ。
お嬢様がドレッサーに並ぶ緑のガラス石の着いたブローチを手に取り「極めつけはこれね!」と、胸元にあてがって見せた。
お嬢様セレクトの春コーデの完成だ。
着替えて!とせがむ声に私もお嬢様の目の前ではあるが着替えて見せた。背中の腰元にあるリボンをきゅっと閉めて出来上がりだ。
軽く化粧を手早く済ませればお嬢様の手には白いレースのリボンが握られていた。どこから出したのやらと思えば「貴方への誕生日プレゼントよ!」と、嬉しそうに笑った。
どこに隠していたのやらと思えばポケットの中に隠していたらしい。楽しそうに私を座らせて髪を横に結んでからリボンを付けていただいた。
私の誕生日は忙しかった3日前に終わったばかりだ。
誕生日の夜は両親が揃い、一緒に少し贅沢な夕飯を頂いた。その材料は夫人から頂けたので、後からお礼の手紙をしたため母親に預けて届けてもらった。
私が勤めている子爵家は本当にもう!大好きすぎる!
私の頬をリボンが掠める度にくすぐったくて笑ってしまう。私の準備が出来たところでリボンを頂いた時にも伝えたのだがもう一度お礼を伝え、一緒に家を出た。
本邸へと向かう途中、お日様みたいな黄色味の強い金色の髪のピートを見かけ声をかける。これから街にお嬢様と出かけると言えば、ニカッと笑い「了解しました!」と、無駄に元気な声を出し厩へと走って行った。馬車の準備はお願いしておいて大丈夫そうだ。
「ふふ、元気ね。」
お嬢様が笑いながら零した。
「無駄に、ですけどね。返事がピカイチなんです。」
仕事ぶりも中々よいので、気持ちのいい青年ではある。メイドが何人か集まって井戸端会議を覗けばピートの名前が出てくることは少なくない。
まぁ、誰も本気にはなってないようで、元気でいいよねー。くらいの話が上がる程度だけど。
それよりは執事のマーカスさんの息子さんの方が人気があるようだ。黒髪で切れ長な目をしていてできる男!みたいな風貌をしている。カッコイイとは思うけど自分が隣に立つのは想像できない。
中身といえば仕事はきっちりするけど、プライベートは家で過ごすと聞こえはいいが、出かけるのが面倒だからという面倒臭がりだ。趣味は寝ることなのだそう。
お嬢様の支度を本邸で整えてから出かけてきますと執事に伝え一緒に玄関へと向かう。
玄関前にはぴっかぴかの笑顔でピートが馬車を連れていた。子爵家で3番目の大きさの馬車だ。ちなみに3台しかないので1番小さい馬車とも言える。
「ありがとう、ピート。」
私がお礼を言うと「へへっ」とピートは照れくさそうに笑っていた。お嬢様をエスコートして馬車へと載せる姿は一端のフットマンだ。そういう時はかっこいいなと素直に思えた。
私にも、手を出してくれたのでそっと手を重ねて馬車へと乗り込む。
お嬢様の隣へと腰を落として、扉が閉まってから御者席にピートが乗り込んだ。ゆっくりと馬車が出発する。
「何か目星は付いているのですか?」
お嬢様へと問いかける。お嬢様は悩むように首を傾げた。
「万年筆は去年お父様があげていたのよね。だからと言ってカフスみたいな、普段身につけるものはそれこそ婚約者とかに貰うべきだと思うのよ。」
うーん、と最後に唸り声をあげられる。
リヒト様の婚約者は隣の領地の男爵家の次女のユリア様だ。同じ歳だと言うのに、とても可愛らしい。そして、この領地にピッタリののんびりとした優しい方だ。
こちらへお茶会に来る時など、使用人の分までクッキーを持ってきてくれる。子爵家の将来は安泰だ。
ユリア様とリヒト様は大きく盛り上がりはしないけれど、お互いを気にかけ気持ちを通じ合わせる良い関係を築けていそうだ。昨年はユリア様に頂いた花を大事に栞にして読書の度に密かににやけてらっしゃった。
あらあら、と思うのは同じ歳なのに数日だけ、私が年上だからだろうか。お姉さん気分である。気分なだけなので表には極力出さないようにはしているが。
何がいいかしらねー、と二人でうんうんと唸りながら悩んでいたら街へと着いた。
街は全体的に小ぶりな建物が多く丸っこい印象を受ける。屋根は赤い瓦が多く、たまに青や黄色が混じりカラフルだ。
私はこの街も可愛らしくて大好きだ。
時折この街並みを見に来る観光客が来るくらいだから、可愛らしいのは間違いない。もったいないのは王都から少し遠いので、道の整備が間に合っていないことか。道はあるが、途中馬車だとおしりが痛くなる程度に跳ねる場所があるのだ。
いつもなら、お菓子屋さんや平民用の雑貨屋さんに寄るのだが今日はお嬢様のお買い物だ。いつもより値の張るお店に顔を出す。
「いらっしゃいませ、お嬢様。」
店主はたまに顔を出すお嬢様の事を覚えていたようで恭しく頭を下げていた。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
商人らしい笑顔でお嬢様に問いかける。商人らしいと言っても悪どいとかそんな笑顔ではなく、優しい質問しやすい雰囲気をまとった笑顔だ。これを商売だからと作っているのだからすごい。噂では普段はもっと豪快に笑うのだそうだ。
直接見た訳ではないから噂でしか知らないけれど、たまにあそこのご主人いつもはもっと豪快なのに畏まっちゃってるわ。と、ご婦人方が笑っているので多分本当のことなのだろう。
「お兄様の誕生日プレゼントを探しに来たんだけど何かあるかしら?」
いろいろ考えてみたのだけれど、と眉を下げて困ったような表情を浮かべてお嬢様が問いかける。「ふむ。」などと思案気に店主が考え始める。
「身に着けるものはやめておこうと思うのだけれど……。」
一緒にお嬢様も考え込むようにこぶしを頬にあてがい頭を傾けた。
「あぁ、ではこちらなどいかがですか?」
店主がすぐそばの棚に移動した。そこには万年筆が並んでいる棚だ。去年子爵様が送ったと言っていたしなぁ、と眺めていると店主はその棚の下に手を伸ばす。
「こちらです。」
手の中にはインク瓶が乗っていた。とても小ぶりではあるが一見すればただの黒いインクのインク瓶のようだ。
ラベルには『星空』と書かれていた。
「こちらのインクには砂よりも細かく砕いた宝石が入っているのです。」
説明をしながら、店主がインクの瓶の蓋をあけた。覗き込んでみてもやはり真っ黒ではあるが時折キラキラと光を反射していた。
紙と万年筆を一本手に取り、お嬢様にどうぞ、と万年筆を向ける。万年筆を受け取ったお嬢様がインクにペン先を浸し、用意された紙へと一本線を引く。
最初はやはり真っ黒なインクだった。徐々に乾くにつれ、その色が深い黒に近い紺色へと変色していく。そして光をキラキラと反射させていた。
「まぁ!」
お嬢様の目もキラキラと輝きだす。きれい!と嬉し気に手をたたいて喜んでいた。
なんてロマンチックなものを取り出してきたんだろうかと、私も驚いた。
「こちらのインクは数量限定でございまして。」
買い物をするときに思わず買ってしまう魔法の言葉まで出てきた。ニコニコと笑う店主もやはり商売人なのだと改めて思った。
「とても気に入ったわ!こちら包んでくださる?」
予想に反してすんなりとお買い物が決まってしまった。もう少し悩んでもいいのだろうが、このインクには心惹かれるものがあるのでこれ以上が出てくる気がしないのだ。
お嬢様の代わりにお会計を済ませる。お値段も目が飛び出るほど!では全然なくて、お嬢様のお小遣いで足りる金額だったのも好印象であった。
頑張れば私でも買えそうだ。いつか買おう…と思った後に、限定品だった、とちょっとだけがっかりした。でもこんな素敵なインクがあることを知れただけでもいい日である。
きれいに包まれたプレゼントを店主から受け取り、またご贔屓にと言葉を添えつつ店の出入り口まで送って頂く。
馬車に乗り込むまで、店主はこちらを笑顔で見ていた。最後まできっちりしているいい店である。気分よくお買い物を終えれば時間が余ってしまった。もう少し悩む予定だったのだ。
「家に帰ってもいいのだけれど、最近できたカフェも気になるわね。」
お嬢様は馬車の中ではしゃいでいた。思ったよりもいいものを買えたので上機嫌である。
「ショートケーキが絶品だとか。」
うんうん、と同意の意味で頷いてみせれば「じゃぁ決まりね!」と嬉しそうに笑顔を向けられた。
御者をしているピートへと馬車の中から小窓を開けてカフェへと伝える。「了解!」と返事を聞いてから小窓を閉める。
そして、カフェへと向かう馬車。窓に着いたカーテンを開き外の様子を眺めていた。ことことと整備された道を馬車が走る音の心地よさに耳を傾けていた。
お土産のクッキーを手に家へと帰る。まずやることはお嬢様と私が飲んだカップを洗うことだ。
お嬢様は本邸へとすでに送り済み。クローゼットの中に、内緒よ、と一緒にインクの入った紙袋を隠した。これを買った時はピートも居たけれどここに隠したのは二人だけの秘密なのだ。
一緒に食べたケーキは今日のお礼よ、とピートと二人分ご馳走になった。手元にあるクッキーは4袋。2袋は両親へと贈る予定だ。
一袋は明日リサに渡そうと思う。ケーキを食べたことを言えば絶対ふくれてしまうもの。
もう一袋は今日一日、一緒に移動してくれたピートへと渡す分だ。ありがとうの意味を込めたつもりだ。
いつ渡そうかな、とのんびりと袋を眺めながら考えていると、玄関からノックの音が聞こえた。今日は客人が多い。
朝に出たので、まだ日が落ちるには早い時間だ。誰かしら?と首を傾げつつ玄関へと向かった。
扉を開けるとピートが立っていた。
「どうしたの?」
問いかけると、ピートは「へへっ」と笑って私に紙袋を差し出した。先ほどのケーキ屋さんの紙袋だ。もしかして、と覗き込めばクッキーだ。
「今日一日楽しかったからさ、お土産。」
はい、と差し出されて思わず手に取ってから笑ってしまった。「ちょっと待っててね」とピートをその場に残し一度部屋へ度戻ってから私の分のクッキーを持ってくる。
「同じこと、考えてたわね。」
私が買った分のクッキーを差し出した。ピートは驚いたように目を開いてから、とびっきりの笑顔になった。
まるでひまわりみたいなおひさまみたいな笑顔だ。
私の好きな花で、色なんだ。
「今日はもうすぐ仕事が終わるんだ。一緒に食べない?」
クッキーの入った袋を大事なものを扱うように優しく握りしめてピートが言う。
「さっきケーキを食べたばっかりなのに?でも、いいわよ。」
私も嬉しくなって、うなずいた。
とびっきり美味しいお茶を入れないといけない。
お嬢様のお部屋で、お嬢様と二人だけの秘密のお話をした。
「本当はね、あなたを侍女にしたかったの。」
それはうれしい。と喜んだけれど、「したかった」ならば誰かに反対でもされてしまったのだろうかと不安になった。
「いずれわたくしは嫁ぐじゃない?それ自体はいいのよ。お父様は見る目だけはあるもの。変な人と婚約させたりなんかしないわ。」
それはそうだ。リヒト様の婚約者もぴったりな相手を連れてきてくださったもの。お嬢様はいつかこの家からいなくなるのかと、少し寂しい気分になる。
お嬢様はまだまだ12歳だから時間はあるけれどそろそろ婚約者を探す頃合いではある。
「それでね、わたくしの侍女にしてしまったらあなたを手放したくなんてなくなるわ。絶対嫁ぎ先に連れていくもの。」
お嬢様がそっと私の手を握りしめた。私も暖かいその手にきゅ、と力を籠める。
「でも、あなたはお兄様のお嫁さんの侍女にならなきゃだめよ。」
ふふ、とお嬢様が笑った。
「なぜですか?私も連れて行ってください。」
お嬢様の行くところならばどこまででもついていきたい。お嬢様は首を横に振った。
「そうしたら、あなたはあなたの太陽と離れ離れになってしまうもの。そんなの、悲しいわ。」
ね?と子供に言い聞かすようにお嬢様が私の手を撫でた。その言葉が一瞬理解できず、そして理解すれば顔に熱がこもるのを感じた。きっと赤くなっている。
「きっと、太陽も悲しんでしまうわ。今日もあんなにはしゃいでたもの。」
彼の姿を思い出したのか、くすくすとお嬢様が笑った。その言葉にさらに熱が頬に集まるのを感じる。 いつばれたんだろうかと、少しだけ目が泳いでしまった。
「見ていれば、わかるわよ。だからわたくしの侍女にはできないの。この家で一緒に過ごしてほしいわ。」
お嬢様に見透かされていた恥ずかしさと、彼もまた私を意識してくれているのかという淡い期待に胸がトクトクと音を立てる。
「それが、お嬢様の望みならば…。」
お嬢様は数度うなずいて、優しい笑顔を浮かべていた。その笑顔は、今までの笑顔よりもずっと綺麗だった。
将来お嬢様を大切にしてくれる方が現れることを願う。
そして私もお嬢様の願い通りに、幸せになりたくなった。




