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《episode 2》地獄



ーーーードサァッ!!!


[カイン]

ん、...ここは?


起き上がり、あたりを見渡すと人で溢れていた。見慣れない乗り物や建物がたくさんある。


ーーー思念獣が存在しなかった時代だ。


起き上がり、あたりを見渡す。


人であふれていた。

見慣れない乗り物や建物が並んでいる。


……そうか。


ここは、思念獣が存在しなかった時代だ。


歴史ではこの時代、2000年に突如『始祖の思念獣イヴ』が現れ、

人が砂化するようになったと記されている。


[赤髪の女性]

あの....どいてくれませんか?


下から女性の声がする。


不思議に思い下を見てみる。


 

[カイン]

ッ!!!


赤髪の女性を下敷きにしていた。

俺は慌てて、立ち退く。


[カイン]

すまない...ケガはない、ですか?


たどたどしい敬語になってしまった。


歳は17...18...同い年くらいだろうか。


[赤髪の女性]

だ、大丈夫です。


赤髪の女性はカバンから散らばった書類をかき集める。

俺は散らばった書類を一緒に拾い、

下敷きにしてしまった赤髪の女性に渡す。


手を差し伸べると、赤髪の女性は俺の手を取り立ち上がる。


[赤髪の女性]

ありがとう。


彼女は軽く一礼した。


[赤髪の女性]

でもなんで、何もない空間から降ってきたんですか?


[カイン]

何もない空間?


[赤髪の女性]

そう。何もない空間がグワーって急に開いて...そしたらあなたが降ってきたの。


赤髪の女性は何もない空間を指差す。


なんて答えようか、少し頭を悩ませる。


ジョンタイターから時空の管理人として、

"ジョンタイター"を名乗るようにと言われことを思い出す。


[カイン]

俺は時空の管理人『ジョンタイター』だ。

未来から来た。


[赤髪の女性]

は?


目の前の女子から蔑まれた目で見られる。


よくよく考えたら、突拍子もないことを言っているのではないか?


時空の管理人...未来から来た......


俺はふと冷静になり、自分の発言を頭の中で反芻(はんすう)する。

急に恥ずかしさが込み上げ、拳を強く握り、俯いた。

おのれ、ジョンタイターめ...。


[赤髪の女性]

時空の管理人って...もしかして厨二病ですか?

その発言恥ずかしくないんですか?


心の急所に鋭く刺さった。

言いたくて言ったわけじゃないのに...。


[赤髪の女性]

てかなんですか格好、コスプレ?

首に変なアクセもつけてるし...

まぁ、未来人っていうのは信じなくはないです。


[赤髪の女性]

私、今そういう研究をしてるので。


そういう研究?


[赤髪の女性]

それじゃ、失礼します。


女性はそう言い残し、門札に『ゼボイム研究所』と書かれた目の前の大きな建物の門を通り抜けていく。


[小動物?]

ド派手な登場だったねぇ⭐︎


可愛らしい声を発する空中に浮かぶ小動物...いや、本物動物と違わないホログラムが、MMTチョーカーからピョコンと飛び出る。


この小動物みたいなのが、ジョンタイターが言ってたジョンタイターver.小動物もどき(笑)だろうか。


[カイン]

黙って見てたのか


[小動物?]

ドキドキなラブコメ展開、

邪魔するわけにはいかないよ⭐︎


......本物のジョンタイター同様、ずいぶん呑気なやつだ。

AIというから、もっとこう、機械的なイメージだった。


[タイターAI]

僕はタイターAIだよ!タイターって読んでね⭐︎

「ヘイ、タイター」って言ってくれればいつでも応えるよ⭐︎


[カイン]

ここはいったい?


[タイターAI]

2000年の日本、君の前世がいる時代だよ⭐︎


俺の前世がこの時代に()る。


本当に殺すのか?思念獣ではなく、"人"を。


世界を変えるために、輪廻エネルギーを集めるために自分の魂を殺すのは、やはり気が引ける。


しかし、世界というのは何かが犠牲になった上で成り立っている。


ならば、俺の魂すべてを世界のために、犠牲にしようじゃないか。


ひとまず、「コスプレ?」と突っ込まれたこの格好で行動するのは目立つだろう。

俺はホロウェアを起動し、私服へと着替えた。


[カイン]

それで、俺はどうしたらいい?


[タイターAI]

前世の君を見つけ出して、輪廻上の自死を遂行してくれ⭐︎


......こいつ、ポンコツAIか?


[タイターAI]

あぁ!ごめんごめん。今の君は赤ちゃん同然だったね...。


[タイターAI]

見つけ出すには相手の情報が必要だよねぇ⭐︎

情報や分析はこのタイターAIにおまかせあれっ⭐︎


......こいつ、ポンコツAIだ。


[タイターAI]

それじゃ、この丸ぽちをポチッとしてくれ!

そしたら君の魂を照会して、この世界にいる前世の情報とその位置を割り出せるよぅ⭐︎


本物のジョンタイター同様、よく喋るやつだ。


とにかく俺は、タイターAIの丸ぽちをポチッとした。


[タイターAI]

きゅるるん!タイターAI、解析始めるよ⭐︎


......きゅるるん?


タイターAIはホログラムを展開し、そこには数字が表示され、3%...10%と数字が増えていく。

おそらく進捗パラメーターのようなものだろう。

しばらくするとピコーンと奇怪な音がなった。

展開していたホログラムが閉じていく。


どうやら解析が終わったみたいだ。


[タイターAI]

詳細情報をお届けするよ!


タイターの両目がキランと光る


[タイターAI]

名前は『アベル』

歳は18歳、現在は旧Z機関の『ゼボイム研究機関』の研究員をしているみたいだね⭐︎


18歳...俺と同い年なのか。

目の前の建物の門札に書かれている『ゼボイム研究所』と名前が似ているが、ここがそうなのだろうか。


[タイターAI]

アベルはカナンという、紛争国出身で、紛争国というのは戦争だらけの国らしい⭐︎


紛争国...この時代の人々は、人間同士で争うのか。

肉塊でも思念獣でもない、魂を持つ人間だぞ?

戦争......人間同士で争い、殺す。


なんて愚かしい行為なんだろう。


[タイターAI]

アベルは紛争国の貧しい家庭で生まれたけど、飛び抜けた天才的頭脳の持ち主だったみたいだね⭐︎


[タイターAI]

若くして大学に飛び級、海外へ渡りのゼボイム研究機関の研究員として、願望樹の研究を行ってるみたいだよぉ⭐︎


俺の前世『アベル』は、飛び抜けた才能があるらしい。

旧Z機関の『ゼボイム研究機関』の研究員であるなら、適当な職員に「未来から来たZ機関」であること名乗り「アベルに用がある」と伝えれば通してくれるのではないか?


......いや、やめておこう。


俺はつい先ほどのやりとりを思い出す。

未来から来たなど、不審者発言でしかない。

なにより厨二病だと蔑んだ目で見られるのはごめんだ。


どうやって入ろうか右往左往していると『一般公開』という文字が飛び入る。


[カイン]

一般公開?


[タイターAI]

一般人でも入れるみたいだねぇ⭐︎


俺が悩んでいた時間はなんだったんだろうと、思いながら門に足を踏み入れる。

近くにマップがある。


[タイターAI]

およよ...一般公開エリアは食堂とかに限られていて、研究や重要機密施設とかは流石に入れないみたいだねぇ⭐︎


[カイン]

なぁ、透明なマントとか出せないのか?


タイムマシーンがあるなら透明になるマントなどもあったりするだろうと思い、タイターに訊ねる。


[タイターAI]

そ、そんなのないよぉ!僕ただのAIだよ!?

22世紀の青タヌキじゃないよ!?⭐︎


タイターAIは30世紀以降のテクノロジーじゃないか...と心の中でツッコミを入れる。


こうなったら、忍び込むしかない。

俺は意を決して建物に入ろうと、研究施設へ向かおうとする。


ギュルルルルルル

お腹からでかい音が鳴る。

飯食わなきゃ戦はなんちゃら。俺は踵を返し研究施設と反対方向の一般公開エリアに向かう。


《 食堂:食券機の前 》


紙幣が存在しない。

券売機の前で、俺は完全に立ち尽くしていた。


[???]

あのー、まだですか?


後ろを振り向く。


[カイン・赤髪の女性]

   『あ』


門前で俺が下敷きにした女子だった。


[赤髪の女性]

あなた!さっきの厨二病男!!!


[カイン]

あ、あれは仕方なく!


お腹から大きな音が鳴る。


[赤髪の女性]

...お金ないの?


[カイン]

.......。


言い訳を考えるが、思いつかない。


[赤髪の女性]

しょうがないわね。


アベルが券売機にお金を入れる。


[赤髪の女性]

せっかくの縁だし奢ってあげる。どれにする?


目の前の女子が急に女神に見えてきた。


[カイン]

...ありがとう。この借りはいつか返す。


カレー定食のボタンを押す。

コインが受け皿に落ちて、そのコインを再度券売機に入れる。

彼女はトンカツ定食のボタンを押した。



カレーがのったトレーを運び、彼女が座った机の目の前に置く。


[赤髪の女性]

...一緒に食べましょうとまでは言ってないけど...まぁいいわ。いただきます。


すごく美味しそうだ。


カレーのいい匂いが鼻腔を刺激する。


スプーンで一口すくい、口に運ぶ。



……!!



野菜とスパイスのハーモニーが舌の上で踊る。


俺がいた時代では合成肉や培養野菜、レーションが一般的だった。


本物の野菜や肉を食べるのは初めてだ。

こんなに美味しいとは...。


口に運ぶ手が止まらない。


[赤髪の女性]

ここの食堂、美味しいでしょ?


[赤髪の女性]

おばちゃんの作るご飯が美味しくてさ、

遠くからわざわざ食べに来る人も多いんだよね。


なるほど。

この味なら、それも納得だ。


[赤髪の女性]

あなた名前は?


名前を聞かれる。

しかしジョンタイターから言われたこともあり、自分の名前を名乗りたい衝動をグッと抑える。


[カイン]

ジョンタイター...だ。


スプーンを強く握り締め、俯く。


[赤髪の女性]

その設定は貫き通すのね...。まぁ、いいわ。

いくつなの?


[カイン]

18歳。


[赤髪の女性]

同い年だったんだ!!!


[カイン]

君は?


[赤髪の女性]

私?私はね、


彼女が口を開く


[赤髪の女性]

アベル。


[赤髪の女性]

あなたと同じ18歳。

ここで研究職員として働いてるわ。


名前を聞き、衝撃を受ける。


『アベル』

『18歳』

『ゼボイム研究機関の研究職員』


全てのピースが当てはまった感覚になる。


目の前にいるこの女子が俺の前世。

殺さなければならない相手だ。

こんな華奢な女の子を俺は、殺さなければならないのか?


[赤髪の女性]

まさか同じ年だったなんてね!!私あまり同い年の友達いないから、なんだか嬉しいわ。


[赤髪の女性]

......?

どうしたの?


[カイン]

......別に


俺は衝撃をかき消すように、カレーを勢いよか口にかきこむ。


[カイン]

ウブッゴホッ


[赤髪の女性]

もー、そんな勢いよく食べたら喉に詰まっちゃうよ!ほら、水!


差し出された水の入ったコップを飲む。


[カイン]

出身は?


確認しないと気が済まなかった。


何かの偶然かもしれない。

せめて違う国であることを期待して。


[赤髪の女性]

カナン国よ。しってる?


[カイン]

紛争の...。


[赤髪の女性]

そう、紛争国。戦争だらけ。


[赤髪の女性]

私ね、貧しい家庭で生まれたの。

妹と弟がいて、あと優しい両親がいて。


アベルは静かに語る。


[赤髪の女性]

貧しかったけど家族といる時は幸せで平和だった。

でも、いつ死ぬかわからないそんな毎日。


[赤髪の女性]

銃を持った人たちが家に入ってきて、

両親はその場で撃たれた。


[赤髪の女性]

私、戦争大っ嫌い。


[赤髪の女性]

難民でこの国に来て、チャンスだと思った。いっぱい勉強できるから。


[赤髪の女性]

頭が良くなれば、戦わないずに争いを解決できると思ってたから。


[赤髪の女性]

だからいっぱい勉強して、この世界を平和にしたいと思ったの。


[赤髪の女性]

えへへ、すごく単純だよね。

でも世界はそんなに単純じゃない。


[赤髪の女性]

私が開発したこと、全部戦いに使われてる。あはは、ほんと皮肉だよね。


[赤髪の女性]

私が開発した赤ちゃんロボット、今じゃ弾頭ミサイルだよ〜


アベルは、少し困ったように微笑む。


[赤髪の女性]

少し話しすぎちゃったみたい。

トンカツ冷めちゃった!


アベルは残りのトンカツを口いっぱいに頬張る。


[赤髪の女性]

ムグ...私この後も研究あるから、先行くね。また会えたら嬉しいわ!


[赤髪の女性]

もし何か用があったら、職員にこれ見せて。いつでも訪ねてきて。


名刺を差し出される。


[赤髪の女性]

一応こんなでも、私ってすごいのよ?


彼女はトレーを持ち、自信気な表情を向けてから立ち去る。

俺は机に置かれた名刺を腰のポーチにまった。


《夕方の食堂》


どうやら俺は、前世の自分を思念獣かなんかと同じような感覚で扱っていたようだ。

俺は、俺が犠牲になるくらいなら、俺の命は軽い。いくらでも犠牲にしたっていい。


それは魂であっても同じだと思っていた。


同じ魂を持っていても器が違う。

結局は別人なんだ。

運命は繰り返す。

ここで殺すのを躊躇ったところで、悲劇は止まらない。

それにイヴが出現すれば、この世界は砂化世界となる。

その時にアベルは砂化するかもしれない。


当時のパニックで生き残れたのは、感情を落ち着かせる抗精神薬的を摂取していた人間や著しく感情に疎い人間だけだった。

それがきっかけで感情抑制剤が開発されたわけだが......。

アベルは食前後に、薬を摂取するような様子はなかった。

抗精神薬を服用している可能性は低そうだ。

どのみち、アベルは生き残れない。

俺がここで殺さなくても、未来で死ぬ。


それなら、俺が殺す。


少し暗くなってきた。

研究所の窓の外は、夕暮れに染まり始めている。


完全に暗くなる前に行動しよう。


俺は研究棟の受付へ向かった。

カウンターの向こうには、中年の職員が一人座っている。

書類から顔を上げた職員は、俺を見るなり眉をひそめた。


[ゼボイムの職員]

……何かご用ですか?


夕方遅くに、見知らぬ人間が訪ねてきたのだ。

怪しまれて当然だろう。


[カイン]

アベルに会いたい


そう言うと、職員の目が細くなる。


[ゼボイムの職員]

アベル研究員ですか?


[カイン]

はい


[ゼボイムの職員]

アポイントは?


[カイン]

取ってない


職員は露骨に疑うような視線を向けてきた。


[ゼボイムの職員]

申し訳ありませんが、関係者以外の面会は...


俺はポケットからアベルから渡された名刺を取り出す。


[カイン]

これをもらっている


職員は名刺を受け取り、目を通すと、

少しだけ表情が変わった。  


[ゼボイムの職員]

……わかりました


納得したように頷くと、受話器を手に取った。


[ゼボイムの職員]

はい、受付です。


[ゼボイムの職員]

ええ……はい。


[ゼボイムの職員]

今、面会希望の方が……


職員はちらりと俺を見る。  


[ゼボイムの職員]

はい。名刺をお持ちで……


短いやり取りの後、受話器を置いた。


[ゼボイムの職員]

……はい。失礼します。


受話器を置き、俺の方を見る。


[ゼボイムの職員]

アベルさんは現在、研究棟の「A-1」室にいらっしゃいますので、そちらへどうぞ。


俺は頷き、その場を離れる。

研究棟へ向かう通路は、思ったより静かだった。


静かな廊下を歩く。


蛍光灯の白い光だけが、床を照らしている。

靴音がやけに大きく響く。


背中の腰に差した、ナイフを握る。

冷たい金属の感触。


……もう後戻りはできない。


廊下の奥に、プレートが見えた。


"A-1"


アベル、俺の前世。

そして、俺が殺す相手。


研究室の扉の前で足を止める。


中から、紙をめくる音が聞こえる。


扉の向こうには、さっき一緒に飯を食った女がいる。


......なにか、別の方法はないのだろうか。


輪廻エネルギーを集めるだけなら、研究員であるアベルに聞けば何か、わかるのではないか。


……そうだ、それを聞けばいい。


ゆっくりと扉をノックする。


コンコン。


[アベル]

どうぞー


間の抜けた声が返ってくる。


扉を開ける。


[アベル]

ジョンタイター、早速来るとは思わなかったよ


アベルは椅子をくるっと回してこちらを向いた。


[アベル]

それで、何の用かな?


アベルは嬉しそうに笑う。


[カイン]

少し、聞きたいことがある


[カイン]

輪廻エネルギーって知ってるか?


その瞬間、アベルの表情が鋭くなった。


[アベル]

……え?

なんでその言葉を知ってるの?


俺は机の前まで歩く。


[カイン]

俺は輪廻エネルギーを集めるために未来から来た。


[カイン]

俺がいた時代は人が砂化する。

そして人を襲い死後に残す思念エネルギーを餌とする思念獣が存在する。


[カイン]

輪廻エネルギーが必要なんだ。


アベルの表情が変わる。


[アベル]

それ。研究機関でも極秘中の極秘のはずだけど、あなた本当に未来から来たのね。


[アベル]

必要ってのも、もしかして願望樹に使うためよね?


[カイン]

あぁ。


[アベル]

「まず、輪廻エネルギーを集めるのはそんなに難しいことじゃないわ。」


[アベル]

輪廻エネルギーは自然に、充分なくらい溢れてるの。ある装置を使えば簡単に集められるわ。


[アベル]

ついてきて


アベルに案内されるまま、廊下を進む。

いくつかのセキュリティ扉を抜けると、目の前に大きな扉が現れた。

アベルが端末にカードをかざす。


重い音を立てて扉が開く。


[アベル]

「ついた。」


中は大きな部屋だった。


ガラス越しの向こうに、

空間へ繋がっているようなーーいや、空間そのものを生み出しているような巨大な装置がそびえている。


その隣には巨大なアンテナとカプセルのような装置がある。


[アベル]

あの空間ぽいのが願望樹『ソドム=ゴモラ』よ。最初に発見した研究者がそう呼んだから、そのまま名前になってるの。


[アベル]

元々は巨大な樹でね。その空洞が異空間になってるの。今は研究のために、こんな装置に組み込まれてるけど。


[アベル]

その異空間は“情報場”っていう、粒子になる前の状態、いわば情報の場で満たされてるの。


[カイン]

情報場?


[アベル]

知らないのね。本来、部外者には話しちゃいけないんだけど……


アベルは少し躊躇ってから続ける。


[アベル]

場っていうのはね、何かしらのエネルギー刺激を受けて"励起れいき"っていう状態になると、粒子として現れるの。


[アベル]

それが集まると情報粒子になる。

さらにそれがまとまると、情報エネルギーになるの。


アベルは続ける。


[アベル]

情報エネルギーっていうのはね、人の思考とか感情とか、そういうものがエネルギー化したものよ。


[アベル]

そして、その粒子の元になる情報場が、あの異空間の中に満ちてるの。


[アベル]

次に輪廻エネルギー。

もう知ってるかもしれないけど、輪廻エネルギーにはあらゆる物質や構造を変化させる性質があるの。



輪廻エネルギーにはそんな性質があったのか、と俺は少し驚いた。



[アベル]

物質を変化させる輪廻転生エネルギーと人の思いが情報になった情報エネルギー。


[アベル]

この2つがあの異空間の中でぶつかったらどうなると思う?


[カイン]

......願いが叶えられる。


[アベル]

そういうことよ。


[アベル]

でも影響が未知数だから、その実験にはまだ踏み込めてない...色々な仮説はあるけどね。


[アベル]

思念エネルギーを注ぐと、ワープホールみたいな現象も起きるのよ。


[アベル]

現段階では不安定だけど、あなたのタイムマシンはおそらく、そう言った仕組みかもしれないわね。


[アベル]

未来で完成されているって思うと、ワクワクが止まらないわ!


アベルは目を輝かせている。


[アベル]

そこで本題、輪廻エネルギー集める方法に戻すわね。


[アベル]

あの異空間の隣にある、巨大なアンテナとカプセルみたいな装置。あれが輪廻エネルギーを集める装置よ。


[アベル]

あのカプセルの中にはもう、願いを叶えるには十分なエネルギーが溜まってるわ。


2000年の時点で、すでにここまで技術が発展しているのかと、俺は素直に感心した。


ピピピピッ――


突然、アベルの白衣のポケットから電子音が鳴る。


アベルは「あれ?」と呟き、端末を取り出した。


[アベル]

親戚からだわ


通信を開く。


しかし、アベルの表情が少しずつ曇っていく。


[アベル]

え、ニュース……?


俺は眉をひそめる。


[カイン]

どうした?


アベルは端末を耳に当てたまま、固まっていた。


[カイン]

「アベル?」


アベルは呆然とした顔で、俺を見る。


[アベル]

「……嘘よ」


小さく呟く。


[アベル]

「そんなの……嘘」


部屋の壁面モニターを映し出す。


緊急ニュースが表示される。


『速報です』

『本日、○○国で発生した武装ゲリラによる爆発事件でーー』


『複数の死傷者が確認されています』


アベルの顔が青ざめていく。


そして画面に、被害者の名前が表示される。


[アベル]

「……」


[アベル]

嘘よ


[アベル]

なんで


[アベル]

なんで……


[カイン]

何があった?


[アベル]

私の妹が....ゲリラに巻き込まれて....


ゆっくりと、アベルの視線が願望樹の方に向く。


[アベル]

そうだ...争いなんてなくなっちゃえばいいんだ...


アベルはおもむろに立ち上がり、装置の端末を操作する。


[カイン]

なにをするつもりだ


[アベル]

私がこの世界から、争いを失くす


[カイン]

争いを失くす?


[アベル]

ええ、この願望樹に輪廻エネルギーと私の情報エネルギーを注ぐ。


アベルの表情には、絶望と怒り、そして強い決意が浮かんでいた。


装置からアナウンスが流れる。


『輪廻転生エネルギー流入を確認。

構造変化モードへ移行します。』

『願望樹ソドム=ゴモラ、システム起動。

情報場安定化完了。』

『情報エネルギーを入力してください。』


アベルは手を台座の上にある球体に乗せる。


[アベル]

戦争のない、争いのない世界にする


『情報場と輪廻転生エネルギーの共振を確認。

構造変化を開始します。』

『情報場と輪廻転生エネルギーの共振を確認。

構造変化を開始します。』


低い振動音が部屋に響く。


ーーーーブゥゥン……


願望樹の中心にある異空間が、ゆっくりと歪み始めた。


ガラス越しの空間が、黒い水面のように波打つ。


装置のモニターに文字が流れる。


『情報内容を解析します。

『争いの原因を検索...』

『原因候補を特定』


俺は息を飲んだ。



『原因:人類の感情』



[カイン]

……待て。


嫌な予感が背筋を走る。


『解決手段を算出

『情報エネルギー分離処理を開始』

『人類構造の再定義を開始』


モニターが次の表示を出す。


『争い発生率0%』

『処理を実行します』


その瞬間、眩い光が全身を包み、一瞬で収まった。


『処理が完了しました。シャットダウンします。』


部屋に静寂が戻る。


アベルは呆然とモニターを見つめている。


本当にこれで争いは消えたのか?


[アベル]

これで……

争いは、なくなるのよね……


『緊急速報です』


ニュースキャスターの声が流れる。


『現在、世界各地で原因不明の現象が発生しています!人が突然砂化する現象がーー』


[アベル]

人が、砂化……?


[アベル]

砂化って、あなたの未来で......


アベルはゆっくりと願望樹のモニターを見た。^_^

彼女の目が高速でモニターのログを追う。


[アベル]

原因……


[アベル]

争いの原因……


アベルの顔から血の気が引く。


[アベル]

……人類の感情


俺の背筋が凍るった。


そして、俺はジョンタイターの言葉を思い出す。


[ジョンタイター]

『この世界は綺麗なまでに、調和で成り立っている。』


[ジョンタイター]

『君は世界を救い、変えることを望むが、別の形の破滅が訪れるかもしれない。』


[アベル]

願望樹は願いを……論理的に解釈する……


彼女の声が震える。


[アベル]

争いを無くすには、感情を……


[アベル]

だから……情報エネルギーと思念エネルギーを分離して……


アベルの瞳が揺れる。


[アベル]

……私がやったの?


アベルはか細く呟く。

そしてこちらに振り向く。


[アベル]

ごめんなさい、世界をめちゃくちゃにしたの私だったみたい。


涙目で振り返る。


[カイン]

ッ....


俺の頭の中で、何かが音を立てて崩れた。


胸の奥が冷たくなる。


世界を壊したのは誰だ。

思念獣を生んだのは誰だ。

人を砂に変えたのは誰だ。


……全部。

始まりは俺だった。


[アベル]

……あ


アベルは自分の手を見る。

指先が、ゆっくりと砂になっていく。


[アベル]

いや、いや……


[アベル]

嫌ぁぁぁぁ!!


アベルは後ずさる。


[カイン]

アベル!!!!落ち着け!!!

何も考えるな!!!


だがアベルはパニックになっていた。


俺の頭に、未来の光景がよぎった。

砂の世界、思念獣。


……そうだ。

俺は.....。


ジョンタイターとの約束を思い出し、

背中に差してたナイフを取り出す。


[カイン]

ッ……!


こうするしかないんだ……!



アベルの胸に突き立てた。


[アベル]

ぅぐ....ッ!!ぁ....ふ、...


アベルの体から力が抜け、そのまま床に倒れ込んだ。 

[アベル]

世界を、こんなふう、にした、私が憎いよね.....。


アベルが手を伸ばす。


[アベル]

っ......ぐ、ふ........


アベルは苦しそうに喘ぐ。


[カイン]

ッ......


……こうするしかなかった。


俺はアベルを憎んでなんかいない。


本当は殺したくなった。

殺さずに済む方法があるなら、そうした。


でも、それはできなかった。


どのみち、アベルは死ぬ運命だった。

救う方法なんて、最初からない。


ーーー砂となって死ぬくらいなら、俺が殺す。


誰も悲しまない世界のために、この魂を捧げる。


[アベル]

ぅッ!ごほっ....!


アベルの唇が震える。


[アベル]

...め......なさ....


[アベル]

……ご、め....なさ...


何かを言おうとして、声にならない。


アベルの指先から、さらさらと砂がこぼれ落ちる。


頬に触れるアベルの手を掴む。


[アベル]

世界をこんなふ、うに、しちゃって...。


[アベル]

……ごめん、なさ、い...。


震えるアベルの手が頬に触れる。


[カイン]

ッ......。


俺が手加減したばかりに、アベルは苦しそうだ。


こんなに苦しむ必要なんてない......。


[カイン]

ッ......!


俺はアベルの息の根を止めるために、

次こそ、苦しまないように、

アベルの胸に突き刺さっているナイフを、



静かにさらに深く押し込んだ。





さらりと崩れ続けていた砂が、止まった。

頬に添えていた手から力が抜ける。


その手が、ゆっくりと落ちた。


_______


......


...


.


これを、あと6回....。


正直、気が重い。


習慣で自分の感情値を確認する。




『ーーピピッ

ーー感情値26、良好です。』


身近な人の死をたくさん経験して、麻痺ってしまったのだろうか。


我ながら、非情だと思う。


俺はきっと、目的のためなら自分の感情さえ無視できる。

そういう人間だ。


だから思念獣ではない生身の人間を殺しても、こんなに感情値が低いんだろう。


[カイン]

はは....


まるで世界には、自分しかいないような気分だ。


砂化する世界の原因は、

思念獣イヴの出現ではなかった。


原因は、前世の"俺"が平和を祈ったゆえに起きたことだった。


この世界は綺麗なまでに調和されている?


ふざけるな、皮肉も甚だしい。


きっとこの世界を作った神は、

人間が絶望する様子を眺めて楽しんでいるのだろう。


俺は、こんな世界をつくった神が嫌いだ。

神がつくったこの残酷な世界を、俺が破壊する。


死体となったアベルを一瞥する。


ひとまず、輪廻上の自死で発生した輪廻エネルギーを回収しよう。


カプセルの輪廻エネルギーも、回収できるなら回収しよう。

先ほど消費されたが、まだ残っているだろうか。


輪廻エネルギー回収機能を起動する。


『カルマが蓄積されました』

『現在:三界』


カルマ?


[カイン]

タイター、輪廻エネルギーが回収されない。

カルマってなんだ?


[タイターAI]

輪廻エネルギーの回収はできないよ?

カルマは十界に到達するために必要なエネルギーだよ⭐︎


輪廻転生エネルギーを回収できない?


[カイン]

じゃあこのネックレスは何だ?


[タイターAI]

これは、カルマを溜める装置だね!


どういうことだ。理解ができない。


輪廻エネルギーを回収できない?


回収できないのに、俺は無駄に人を、

アベルを殺してしまったのか?


そもそも......


[カイン]

十界ってなんだ?


[タイターAI]

十界はね、生命のランクみたいなものだよ⭐︎


[タイターAI]

六道(ろくどう)四聖(ししょう)の二つがあって、

一から六界が『六道』、七界から十界が『四聖』になるよ!


[タイターAI]

六道は生き物としてカルマを持つ生命体、

四聖は宇宙生物としてカルマをもつ生命体だよ⭐︎


聞けば聞くほど、意味がわからない。


俺は輪廻エネルギーを集めるために、

輪廻上の自死を再現していたんじゃないのか。


[カイン]

じゃぁ俺は、何のために...


[タイターAI]

輪廻エネルギーを集めてもカインは世界は変えられないよ...⭐︎


[タイターAI]

世界を変えるには『十界に到達』して『願望樹』を破壊しないと...⭐︎


どうやら、世界を変えるには『十界』に到達し、

願望樹を破壊する必要があるようだ。


だが、ひとつ疑問が残る。


なぜジョンタイターは、最初に会ったとき十界の話をしなかった?


なぜ「輪廻エネルギーを集めれば願いを叶えられる」なんて嘘をついたのか。


しかし、やることは変わらない。


[カイン]

わかった。次はどこに行けばいい。


[タイターAI]

つぎはねぇ、2036年に出発だぁ⭐︎


やり残したことはない?⭐︎


[カイン]

あぁ。


俺はMMTチョーカーからタイムマシーンを起動し、空間に手をかざす。


空間が裂ける。

時代へ続く穴が開いた。


強い風が吹きつける。


[タイターAI]

いざ、2036年に出発だ!⭐︎


俺はその裂け目の中へ足を踏み入れた。


《 episode 3 》

餓鬼

 

to be continue...







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