前日譚 : はじまりのはじまり
《 episode 1.5 》
前日譚 : はじまりのはじまり
___ハンターになる前...
俺の家族は思念獣に襲われ、死んだ。
この世界では、人が暮らす居住区は巨大な壁に囲まれている。
その外側は、思念獣が徘徊する危険地帯だ。
壁の内側は「安全」と呼ばれてはいるが、それはあくまで相対的なものにすぎない。
平凡な日常は与えられていても、それが永遠に続く保証はどこにもなかった。
いつ、どこから思念獣が侵入するかわからない。
そんな不安を、誰もが胸の奥に押し込めて生きていた。
そしてある日。
俺たちの住む居住区に、思念獣が現れた。
ーーーーーキィィィイ!!
目の前で、
父が倒れ、
母が叫び、
妹が引き裂かれる。
それを、俺はただ見ていることしかできなかった。
何もできない自分が、何よりも許せなかった。
望んだのは、ただ平凡な日常だった。
家族で笑い合い、何事もなく一日を終えるそんな当たり前。
だがこの世界では、それすら贅沢だ。
感情を強く抱けば、人は砂となる。
外には、人を餌にする思念獣が徘徊している。
『ピーーーピーーー』
『-ー感情値67
感情値が急上昇しています。注意してください。』
うるさい。
感情値?どうでもいい。
砂になってでも、目の前の化け物を、ぐちゃぐちゃに壊してやりたい。
悲しみと怒りが、胸の奥で限界まで膨れ上がる。
ーーーその先の記憶は、曖昧だ。
気づけば、俺は立っていた。
足元には、原形を留めない思念獣の骸。
周囲には肉塊となってしまった家族。
能力に目覚めたのは、きっとこの時だろう。
けれど全てが遅すぎた。
残ったのは、俺ひとりだけ。
[Z機関のハンター]
おい、生存者がいるぞ!
[Z機関のハンター]
これは...っ!
[Z機関のハンター]
この少年が1人でやったのか?
...凄まじい。
銃を抱えた男性が駆け寄ってくる。
[Z機関のハンター]
君、大丈夫か?
安心してくれ、俺はZ機関のハンターだ。
思念獣と戦っている。
その背後から、ひとりの女性が歩み出る。
[Z機関の女性]
これ君1人でやったの?
俺は何も答えなかった。
声を出す気力すら、残っていなかった。
[Z機関の女性]
君、ハンターにならない?
その言葉に、俺はゆっくり顔を上げる。
[Z機関の女性]
きっと、すごく悔しかったよね。
こんなこともう繰り返されるべきじゃない。
私たちと一緒に戦いましょう。
彼女は、優しく微笑みながら手を差し伸べた。
そんな、悲劇を、悲しみを、繰り返させないために俺はハンターを目指した。
それから俺は、Z機関でハンター試験を受け、見事に合格した。
『ハンター適正合格通知書』に書かれた場所に向かう。
[カイン]
ここがZ機関本部...。
目の前にそびえ立つのは、威圧感すら覚える巨大な建造物だった。
無機質な外壁に刻まれたZ機関のエンブレムが、重々しく光を反射している。
自動扉を抜けて中へ入ると、広々としたエントランスが広がっていた。
近くに「ハンター試験合格者はへちらへ」と書かれた受付があった。
俺は父の形見であるネックレスを握り、ひとつ深呼吸をしてから、受付にいる案内職員に声をかけてみる。
[受付の職員]
ハンター合格者ですね。
ハンター適正合格通知書はありますか?
俺は受付の職員にハンター適正合格通知書を見せた。
[受付の職員]
ありがとうございます。
こちら番号札です。
番号が書かれた紙を渡される。
その紙には大きく「6」と書かれていた。
[受付の職員]
合格者待機室へお進みください。
エレベーターで3階、奥の部屋です。
案内された待機室へ向かうと、すでに何人かの合格者が集まっていた。
室内はざわめきに満ちている。
[真面目そうな男性]
合格した後ってなにやるんだ
[粗野な雰囲気の男性]
さぁ、戦闘訓練とか?
[活発そうな女性]
いきなり戦闘訓練は鬼すぎ!
流石に、最初はガイダンスとか座学とかじゃない?
ドアが開き、Z機関の職員が現れた。
[Z機関の職員]
えー、ハンター適正試験に合格した諸君。おめでとう。
これから『思念適正検査』を行う。
室内が静まり返る。
[Z機関の職員]
思念適正というのは思念エネルギーを扱う能力だ。いわば超能力のようなものだな。
意図して能力扱える者もいれば、扱えない者もいるだろう。
[Z機関の職員]
だが、生身で扱えば感情値が危険域に達する。
[Z機関の職員]
そこで我々Z機関は「思念武器」を開発した。
扱える思念武器は思念適正によって様々だが、思念武器を使うことで感情値を犠牲にせず、能力を発動させることができる。
刀・銃・指輪の映像がモニターに映し出される。
[Z機関の職員]
例えば刀装備なら、エネルギー波の斬撃や強力な切断。
銃装備なら、弾の装填を必要としないマシンガンや砲撃弾。
指輪なら、遠隔物体操作、治癒や他者への身体強化などだ。
モニターの映像が消える。
[Z機関の職員]
思念適正に合わない装備でも使用は可能だが、能力は十分に発揮されない。
検査は、思念獣と戦う上で極めて重要だ。
では、こちらへ。
職員に案内され、合格者たちは後についていく。
研究施設のような区画へ移動する。
[Z機関の職員]
ここで待つように。
番号を呼ばれた者は入れ。
合格者たちは職員に指示された通りに、廊下に用意された椅子に座る。
[Z機関の職員]
1番入れ。
[真面目そうな男性]
はい。
呼ばれた男が立ち上がり、扉の向こうへ消える。
しばらくして扉が開き、呼ばれた男が戻ってくる。
[Z機関の職員]
次、2番入れ。
[粗野な雰囲気の男性]
うす。
順に番号が呼ばれ、ひとりずつ入室していく。
[活発そうな女性]
ねね、どうだった?
[真面目そうな男性]
汎用タイプって言われたよ
[活発そうな女性]
なにそれ
やがて扉が開き、先ほど呼ばれた男が戻ってくる。
[Z機関の職員]
次、3番入れ。
[活発そうな女性]
はーい。
呼ばれた女は気だるげに席を立ち、入室する。
次々と呼ばれる番号が近づいていく。
ふと隣を見ると、男がひどく不安そうにしていた。彼のMMTチョーカーには「64...56...65」と感情値を示す数字が揺れている。
[カイン]
大丈夫か?
[不安そうな男性]
うわ!あ、ごめん。1人だから緊張しちゃって...。
急に声をかけられて驚いてしまったようだ。
俺は男に小さな銀色のコインを差し出す。
父がよく持ち歩いていた、簡単な精神安定用の呼吸リズムデバイスだ。
[カイン]
これ、握ってゆっくり呼吸すると落ち着く。
[不安そうな男性]
あ、ありがとう。
男はぎこちなく受け取り、深呼吸を始める。
チョーカーの数値が、わずかに下がり、数値が50前後と落ち着いた。
[不安そうな男性]
普段は平均よりは感情値が低いんだけどな...
緊張が止まらなくて...
[不安そうな男性]
君は、なんでハンターに...?
その問いに、胸の奥がわずかに軋む。
俺は無意識に、首元のネックレスへ触れる。
[カイン]
...もう、誰も悲しまないようにしたくて。
短い沈黙のあと、男は静かにうなずいた。
[不安そうな男性]
...そうなんだ。
僕は誰かの役に立ちたくて、ハンターに志望した。
どこか照れくさそうに笑う。
[不安そうな男性]
君、名前はなんていうの?
[カイン]
カインだ。
[ニコラス]
カイン、いい名前だ。
俺はニコラス。
そう言って、ニコラスは手を差し出した。
[カイン]
ニコラス、よろしく。
俺はその手を握り返す。
[ニコラス]
うん、よろしく!
[Z機関の職員]
次、6番入れ。
[カイン]
呼ばれたみたいだ。
俺は立ち上がる。
[ニコラス]
いってらっしゃい
椅子から立ち上がる。
俺は小さくうなずき、検査室の扉を押し開けた。
部屋に入ると、白衣を着た中年の男性が待っていた。
無機質な室内には、台座と、その上に据えられた小型の球体のような灰色の機械がある。
白衣)やぁ、君は...カインくんだね。
男は俺の顔と手元の端末を操作しながら交互に見比べる。
[白衣の職員]
これは思念適正を検査する装置だよ。その前に、君の感情値テストを行おう。
カーテンが開かれる。
奥には簡素なベッドと、ヘルメット型の機械が設置されていた。
[白衣の職員]
この機械で、君の感情値データの平均と感情的負荷を与えた時の反応を調べるよ。
横になってくれるかい。
指示通りにベッドへ横たわる。
[白衣の職員]
ヘルメットを装着するよ。
装置が被せられ、視界が暗転する。
[白衣の職員]
……始めるよ。
闇の中に、穏やかな日常の情景が浮かび上がる。柔らかな光、何気ない会話。
[白衣の職員]
次は負荷を与える。少し辛いかもしれない。
映像が切り替わる。
特に気分に変化はない。
[白衣の職員]
ふむ、少し強くするよ。
[カイン]
ッ!!!
胸の奥が軋む。
――キィィィイ!!!
突如として現れ、襲いかかる思念獣。
目の前で、父が倒れ、母が叫び、妹が引き裂かれる。
あの光景。
何もできず、立ち尽くしていた自分。
『ピーーーピーーー』
『-ー感情値が87、危険域です。
ただちに感情の抑制措置を行なってください。』
[白衣の職員]
!
映像が急速に穏やかなものへと切り替わる。
耳に心地よい周波数が流れ、呼吸が整っていく。
[白衣の職員]
すまないね。君の過去の記憶を呼び起こし、増幅させた。
今は鎮静用の映像と周波数を流している。
落ち着いたら外していいよ。
しばらくして、俺はヘルメットを外した。
[白衣の職員]
落ち着いたみたいだね。
...君は"特別"感情値が低い傾向にあるみたいだね。
端末を覗き込みながら、男は目を細める。
[カイン]
特別に...低い?
[白衣の職員]
そう"特別"に低い。平均値はおよそ50前後なんだけど、君は......10前後みたいだ。
わずかに驚きを含んだ声だった。
[白衣の職員]
それじゃ、次はこの機会に手を置いてくれ。
台座の上に添えられている球体の機械へ手を乗せる。
機会に表示されている各パラメータの数値が変動していく。
[白衣の職員]
これはすごい...なかなか見ない数値だ。
しかも全ての項目がこの高数値...。
白衣を着た男性は機会に表示されている数値をまじまじと見つめ、何かを入力し、最終判定が表示される。
[白衣の職員]
ふむ、君は「万能タイプ」みたいだね。
白衣を着た中年男性はそう言う。
[カイン]
万能タイプ?
白衣を着た職員は端末の操作をやめ、俺に視線を向ける。
[白衣の職員]
思念適正は大きく4つのタイプに分かれている。
『万能』『汎用』『集中』『補助』だ。
[白衣の職員]
タイプは操れる思念エネルギーの『範囲』と『量』によって変わる。
[白衣の職員]
範囲が広ければ『広域型』、狭ければ『局所型』。
量が多ければ高密度の『高力』、少なければ『低力』となる。
ここまではいいかね?
俺は小さくうなずく。
[白衣の職員]
次に4つのタイプだね。
①『万能タイプ』は広域型・高力。
広範囲を高密度で制御し、身体強化・攻撃・支援を同時に高水準で行える。
②『汎用タイプ』は広域型・低力。
幅広く扱えるが、出力は控えめだ。
③『集中タイプ』は局所型・高力。
特定分野に特化し、爆発的な性能を発揮する。
④『補助タイプ』は局所型・低力。
敵の脆弱性の分析や治癒、強化支援に適している。
以上が思念適正のタイプ分類だ。
男は再び視線を端末に向ける。
[白衣の職員]
これで思念適正の検査は終わりだ。
次の人を呼んでくれたまえ。
俺は静かにうなずき、部屋を後にした。
《 合格者待機室 》
[Z機関の職員]
諸君、思念適正の検査が終わったようだな。
適正を元に諸君らの階級と部隊配属を通知する。
[Z機関の職員]
それから、諸君らのMMTにZ機関に関する通知や情報などにアクセスできるターミナル機能を追加する。
このチップを配るから各自、インストールしてもらいたい。
職員からチップが配られる。
指示通りにインストールをおこなう。
[Z機関の職員]
さて、インストールは済んだようだな。
職員は端末を操作すと、MMTチョーカーの通知がなった。
[Z機関の職員]
端末に、諸君らの思念適正タイプと所属部隊が通知を送った。確認したまえ。
待機室でざわめきが起こる。
カインはホログラムを展開し、通知の内容を確認する。
――
階級 : S
思念適正:万能タイプ
所属:シェパード部隊
――
ニコラスがこちらを見ている。
[ニコラス]
どうだった?
[カイン]
S級、万能タイプ。シェパード部隊だ
[ニコラス]
S級すごいね!?!
[カイン]
君は?
[ニコラス]
俺は...C級、補助タイプ。
イーグル部隊だったよ
苦笑するニコラス。
[カイン]
イーグルか
前線に立てない。
その事実が、ほんの少しだけ悔しいのだろう。
だが、サポートなくして戦いは成り立たない。
[カイン]
物理的な攻撃だけが戦いじゃない。
後ろで支えるのも、立派な"戦い"だ。
ニコラスは一瞬だけ驚いた顔をして、それから照れたように笑った。
[ニコラス]
……カインがそう言ってくれるなら、悪くないね。
[ニコラス]
なら、前線は任せたよ。サポートは俺がやる!
少し照れながらも、どこか誇らしげに言う。
[カイン]
あぁ。頼りにしてる
ニコラスは、少しだけ嬉しそうに笑った。
[Z機関の職員]
これから諸君らは『Z機関の職員』仲間だ。
ハンターとして、この砂化の世界に抗い、共に戦おう。
[Z機関の職員]
明日からは訓練に励みたまえ。以上だ。
帰ってよいぞ。
思念適正と所属部隊の通知が終わり、
合格者たちはそれぞれ帰路につく。
[ニコラス]
それじゃ、また明日!
[カイン]
あぁ、また明日。
ニコラスはカインに小さく手を振り、部屋を出ていく。
[Z機関の職員]
あぁ、君。
職員に声をかけられる。
[Z機関の職員]
君はS級だったな。
CEOがお会いしたいそうだ。こちらへ。
職員に案内されエレベーターに乗り込むと、最上階のボタンが押された。
上昇する感覚。
無機質な金属の箱の中で、自分の呼吸音だけがやけに大きい。
CEOが俺に何の用だろう。
S級だからか。
それとも、別の理由か。
頭の中でいくつもの可能性が浮かんでは消える。
やがて小さな振動とともに停止し、扉が開くと最上階のフロアは、下層とは空気が違った。
静かで、広い。
重厚な扉の前で職員が立ち止まる。
[Z機関の職員]
ここだ。入りたまえ。
話ってなんだろうか。そんなことを考えながらノックして、執務室の扉を開く。
広い執務室。
大きな窓の前に、一人の女性が立っていた。
女性がこちらを振り返る。
その顔を見た瞬間、俺の呼吸が止まる。
[カイン]
……あなたは……
あの時。
家族が思念獣に襲われ、全てが終わったあの日。
現場に駆けつけ、俺に手を差し伸べた女性。
女性は柔らかく微笑む。
[ソフィア]
やぁ、久しぶりだね。
ハンター就任、おめでとう。
[カイン]
あなたが……CEO?
[ソフィア]
そう。実はこの機関のトップ、CEOなんだ。
わたしはソフィア。
また君に会えて嬉しいよ、カイン。
あの日の面影はあるが、纏う空気はまるで違う。
[カイン]
トップも、ハンターとして戦うんですね。
ソフィアは少しだけ目を細める。
[ソフィア]
いや、トップは基本的に戦場には赴かないよ。
あの時は、少し特殊な事情があってね。
一瞬、遠い目をする。
だがすぐに表情を戻す。
[ソフィア]
さて、本題に入ろう。
空気が変わる。
[ソフィア]
まず、Z機関は世界の砂化と思念獣に対抗するために設立された機関、各国に支部をおいている。そしてここ極東支部がZ機関本部。
[ソフィア]
しかし現在、過去の戦いで殉職および一線を退いており、現代において、その枠は“空白”だ。
静かな声だった。
[ソフィア]
かくいう私も元S級ハンターだよ。
その言葉に、思わず目を見開く。
[ソフィア]
だが今は重鎮の立場だ。
死のリスクを伴う最前線には立てない……引退だよ。
自嘲気味に笑う。
[ソフィア]
つまり、これからの時代を支えるのは君たちだ。
机の上の端末を操作する。
そこに表示されたのは、俺の思念適正データ。
[ソフィア]
特異的な数値を叩き出した万能タイプ。
しかも感情値が"特別"低い。
[ソフィア]
正直に言おう。
君には、通常任務とは別に特別な任務を与えることがある。
危険だ。表には出ない。
失敗すれば、歴史にすら残らない。
[ソフィア]
それでも、君は戦うかね?
問いは静かだった、だが重い。
覚悟は、もう決まっている。
俺は、首元のネックレスに触れ、顔を上げる。
[カイン]
俺は、戦うためにここに来ました。
もう、あんな思いを誰にもさせたくない。
ソフィアは静かに頷く。
[ソフィア]
その目だ。
君ならきっと、この世界を変えられる。
一歩、一歩と近づく。
ソフィアは俺の耳元に口を寄せる。
[ソフィア]
今後ともよろしく頼むよ、カインくん。
こうして俺は、逸材として期待され、現代唯一のS級ハンターとなった。
____
それからの日々は慌ただしかった。
座学、戦術理論、思念制御訓練、適応テスト。
任務があればそのまま実戦へ向かう。
《 訓練終わりの夕方 》
食堂はZ機関の職員で賑わっていた。
[ニコラス]
お腹空いたぁ〜!
ごはん!ごはん!
トレイを持って並んでいると、
壁の期間限定メニューが目に入る。
《期間限定!ロシアンシュウマイ》
……なんだこれ
[ニコラス]
ロシアン……シュウマイ?
説明文を読む。
《巨大なシュウマイに激辛デスソース入り!一口食べれば悶絶必至!》
[ニコラス]
何この悪意あるメニュー....誰が頼むんだこんなの
その時、近くのテーブルで悶絶しているハンターが目に入る。
[悶絶してるハンター]
ぐああああああああ!!!!
[ニコラス]
……いるんだ
一瞬の沈黙。
ニコラスがニヤリと笑う。
[ニコラス]
ねえカイン。
次の任務、僕たち任務一緒だったよね
嫌な予感。
[ニコラス]
より多く思念獣倒した方が勝ち!
……にしたいところだけど、僕は支援部隊のイーグルだから思念獣とは戦えない。
ニコラスは少し考えんでから何かを思いついたように、ぱっと顔を上げる。
[ニコラス]
よし、こうしよう。
任務中の“感情値の揺れ幅”が小さい方が勝ち!
[カイン]
揺れ幅?
[ニコラス]
最高値と最低値の差だよ。
[ニコラス]
カインの平均感情値はとても低い。僕は少し高い。
それなら揺れ幅で勝負するのがフェアでしょ?
[ニコラス]
感情値を最も安定させた方が勝ち!
負けた方がーー
ニコラスはメニューを指さす。
[ニコラス]
ロシアンシュウマイ、ね?
ーーーー
《 思念獣討伐任務 》
ーーーーーザシュッ!!!
カインが前線を切り開き、
ニコラスが後方から強化と回復で支える。
ドサッ!!!
最後の思念獣が崩れ落ちる。
[ニコラス]
ふう、これで最後だね。
さぁて、結果はどうかな〜
ニコラスが端末を確認する。
[ニコラス]
出た
数値が表示される。
カイン
最高:15
最低:9
揺れ幅:6
ニコラス
最高:53
最低:49
揺れ幅:4
...僅差だった。
[ニコラス]
俺の勝ちだね
軽く息を弾ませながら笑う。
[ニコラス]
カインにはロシアンシュウマイ、食べてもらわないとね
[カイン]
前線のほうが不利だ
[ニコラス]
勝ちは勝ち、負けは負けだよ
ニコラスは勝ち誇るでもなく、ただ面白がるように笑った。
[ニコラス]
楽しみだなぁ〜
通信が入る。
[ソフィア]
任務お疲れ様。疲れているところ申し訳ないが、機関に戻ったら作戦室へ来て欲しい。
回線が切れる。
ニコラスが首を傾げる。
[ニコラス]
作戦室?CEO直々のお呼び出しなんて珍しいね。
空がゆっくりと色を変え、やがてぽつりと雨が落ちた。
[ニコラス]
あ...雨。早く行こっか。
ーーーー
機関へ戻ると、空気が違った。
いつもなら任務帰還後はどこか緩むはずなのに、廊下を行き交う職員たちの足取りは速い。
作戦室に自動扉が開く。
中にはすでに数名のハンターが集まっていた。
見慣れた顔、初めて見る顔。
ざっと数えて……12人くらいだろうか。
[ソフィア]
集まったね。
[ソフィア]
みんな、任務直後で申し訳ない。
極めて緊急性の高いことが起きたの。
[ソフィア]
"最悪の思念獣"ーーアダムが出現した
ざわめきが起こる。
[ソフィア]
現在、このアダムが複数の思念獣を率いて徘徊しているのを確認したわ。
[ソフィア]
思念獣は知能を持たない。しかし、アダムは自律行動のみならず、群れを統制している可能性が高い。
画面に都市壊滅のシミュレーション、想定被害予測が表示される。
[ソフィア]
ここで止められなければ、被害は拡大する。
これ以上の拡大は阻止しなければならないわ。
画面が12人の名前と割り振られたコードネームに切り替わる。
俺はシェパード1、ニコラスはイーグル1だった。
[ソフィア]
通常任務は2〜3名編成だが、今回は違う。
[ソフィア]
本任務は大規模討伐作戦『"最悪の思念獣"討伐作戦』とし、君たち12名を任命します。
ニコラスが小さく呟く。
[ニコラス]
本気だね……
[ソフィア]
率直に言うと、撃破は困難と予想されるわ。
室内が静まる。
[ソフィア]
最優先は"足止め"。
でも可能な限り、捕獲、もしくは討伐してほしい。
室内がさらに静まりかえる。
[ソフィア]
編成を発表する。
モニターがさらに切り替わる。
[ソフィア]
グループA『前線制圧班』
グループB『機動支援班』
グループC『後方索敵』
名前が表示される。
【グループA】
シェパード1、シェパード3、ハウンド2、イーグル4
シェパード1...俺の名前がそこにあった。
[ソフィア]
火力重視編成。アダム及び群れの正面を抑えてほしい。
画面が切り替わる
【グループB】
シェパード2、シェパード4、ハウンド1、ハウンド3、ハウンド4、イーグル1
イーグル1....ニコラスの名前がそこにあった。
[ソフィア]
機動支援班。状況に応じてAの補強、敵群れの分断を担う。バランス型だよ。
画面が最後に切り替わる。
[ソフィア]
機動支援班。状況に応じてAの補強、敵群れの分断を担う。機動バランス型だよ。
画面が最後に切り替わる。
【グループC】
イーグル2、イーグル3
[ソフィア]
後方索敵。群れの動向を解析し、随時報告。
全班のサポートを担当してもらう。
モニターが暗転する。
[ソフィア]
現場リーダーは、S級ハンターの君にお願いしたい。
室内の視線が集まる。
[ソフィア]
リーダーとは言ったけどら単独で背負う必要はないわ。大まかな指揮は本部が執る。
君には前線制圧を任せる。
[ソフィア]
以上が任務内容、よろしく頼んだよ。
ソフィアが作戦室から出ていく。
部屋には重たい空気だけが残る。
隣でニコラスが小さく呟いた。
[ニコラス]
「……ロシアンシュウマイ、保留かな」
冗談めかして笑う。
だが、笑いはすぐに消えた。
モニターが暗転したままの壁を、ニコラスはじっと見つめている。
[ニコラス]
「ふむ、機動支援か。まあ、らしい配置だね。」
[ニコラス]
「離れてはいるけど、ちゃんとフォローするよ。」
俺は頷く。
同じ作戦、だが立ち位置は違う。
12人で挑む。
最悪の思念獣ーーアダムへ。
------------------------
"最悪の思念獣"討伐作戦 : ニコラス 》
僕はニコラス。
今作戦でのコードネームは、イーグル1。
最悪の思念獣討伐作戦――機動支援班。
突如現れた思念獣アダムとその群れの討伐および捕獲で、
僕たちハンターは緊急任務として思念獣の群れと戦っていた。
ーーーグアアアアア!!!!
だが群れは想定以上に広範囲へ拡散していた。
機動支援班はさらに、機動主力と機動補助班の二手に分かれることになった。
僕は『集中タイプ』A級ハンターのシェパード2と相性が良く機動補助班として共に行動していたが、大型思念獣とその群れに遭遇してしまう。
前線で戦えない俺は、後方支援に徹していた。
シェパード2に、強靭性を高める身体強化、速度増加の神速、
継続的に体力を回復するリジェネで戦闘をサポートしていた。
ーーーーードサッ!!
飛行型思念獣に背後を突かれたシェパード2は、大型思念獣の一撃をまともに受け、地面に叩きつけられた。
[ニコラス]
シェパード2!!!
俺は、その身体を抱える。
俺は駆け寄り倒れてしまったシェパード2を抱えて、近くの崩れかけた建物へと一時退避した。
外では思念獣が活性化し、暴れている。
怪我がひどい...ホログラムでシェパード2の生体確認する。
生体反応が20%...意識不明の重傷だ。
治癒を施し、傷は癒えたが生体反応が一向に回復しない。
このままではシェパード2が死んでしまう。
死なせたくない...どうしたらいい...。
耳にノイズが響く。通信だ。
[ハルタ]
『こちらハウンド4、軽傷のシェパード1と合流した。目標ターゲット、地点Cにて発見。至急応援を求む。』
よかった。カイン……生きてる。
それだけで、胸の奥がわずかに軽くなる。
[ハルタ]
『それと...シェパード4とハウンド1、3がやられた。ハウンド3は砂化だ。』
3人の死亡の知らせで、胸が締めつけられる。
これ以上、仲間を失いたくない。
[ニコラス]
こちらイーグル1だ。地点Aで共に行動していたシェパード2が意識不明の重傷だ!
今すぐ迎えそうにない!
[ニコラス]
シェパード2に治癒を施してるが、効いてないんだ....。どうしたらいいんだ...。
思念獣の群れが増え、こちらへ迫ってきている。
[ニコラス]
クソッ...こんな時に敵の増援か....!
作戦テントに戻ればヘリがある。
本部へ搬送できれば、助かるかもしれない。
[ニコラス]
すまないが、僕たちは緊急で戦線離脱する。
敵の増援で今はゆっくり話せない。
シェパードを本部まで搬送したら、カイン達と合流しよう。
状況は一刻を争う。
思念獣アダムとの戦いは1人でも多くいたほうがいい。
[ニコラス]
ひとまず、僕はZ機関まで重傷のシェパード2を運ぶ。
その後はなるべく急いで合流地点に向かう。
[ニコラス]
そしたらまた、後で通信を送る。
ーーーカイン、みんな。
どうか、無事で...。
[ニコラス]
検討を祈る...。
俺は通信を切った。
[シェパード2]
ん......、俺は...。
シェパード2の意識が回復したようだ。
[ニコラス]
君の生体反応が著しく低下している。
俺の治癒じゃ回復しきれない...今から君を本部まで運ぶ。動けそう...?
[シェパード2]
大丈夫だ、と言いたいところだが
[シェパード2]
かなりしんどい。
...ニコラス、肩を貸して欲しい。
[ニコラス]
いや、背負うよ。
シェパード2を担ぐ。
[シェパード2]
助かる...
[ニコラス]
それと、まだ作戦中だよ
僕のことはイーグル1と呼んでくれ
少し冗談混じりに言う。
[シェパード2]
そうだったな...イーグル1。
シェパード2を背負い、立ち上がる。
[シェパード2]
....ッ........
立ち上がった衝撃だけで、彼は苦しそうに息を詰まらせる。
[ニコラス]
頼む...持ちこたえてくれ...。
・
・
・
僕は、悪天候でぬかるむ地面を慎重に進む。
シェパード2の身体を支えながら、
なるべく思念獣と遭遇しないルートを選んでいた。
雨は強まり、視界も悪い。
[ニコラス]
...もうすぐ、作戦テントだ。
[シェパード2]
......
シェパード2の返事はない。
[ニコラス]
シェパード2、変なイタズラはやめてくれ。
冗談めかして言ってみるが、返ってくるはずの軽口はない。
嫌な沈黙だけが続く。
木の根に足を取られ、バランスを崩す。
[ニコラス]
ッ!!!!
ーードサッ!!!
バランスを崩し、俺は地面に倒れ込んだ。
背負っていたシェパード2の身体が腕から滑り落ち、ぬかるみに崩れ落ちる。
[ニコラス]
シェパード2!!!!
すぐさま体勢を立て直し、駆け寄った。
[ニコラス]
ッ......!
シェパード2は息をしていなかった。
[ニコラス]
シェパード2....!!!
起きてくれ!!もうすぐ、作戦テントだ!!
[ニコラス]
変なイタズラはよしてくれ...。
俺はシェパード2の生体反応を確認する。
......
ーー装着者 : xxx シェパード2 : 生体反応0% 死亡
......
[ニコラス]
あ......あ......。
冷たい雨が、静かに降り続いている。
救えたはずだった。あと少しだった。
僕は何もできなかった。
救えたはずの命を救えなかった。
僕が弱いからだ。僕が弱いから救えなかった。
戦うこともできない、助けることもできない。
[ニコラス]
この......役立たず。
僕は無力に俯き、地面を拳で叩きつける。
雨粒なのか、それとも自分の涙なのかもわからない雫が、頬を静かに伝い落ちていく。
『ピーーピーー』
『ーー感情値87。危険域です。
直ちに感情抑制措置を行なってください。』
MMTチョーカーの警告音が、やけに遠く聞こえる。
僕がもっと強ければ。
みんなと肩を並べて戦えた。
シェパード2も、死なずに済んだ。
僕がカインのように強ければ...
.......カイン
カインは、無事なのだろうか。
作戦が終わったら、またくだらないことで笑い合って。
この間の罰ゲームの続きで保留にしてた、ロシアンしゅうまいを食べてもらわないとな。
『ピーーピーー』
『感情値103。危険域です。
直ちに感情抑制措置を行なってください。』
視界の端で、崩れた砂の塊が落ちる。
あぁ、俺の手が、砂になっていく。
俺はもともと臆病だった。
でもカインと出会って、少しずつ変われた。
特訓して、難易度の高いリジェネも習得できた。
俺は戦えない。でも、支えることならできると思ってた。
これからも、隣で。
みんなと、共に。
雨の中、身体の輪郭がほどけていく。
カイン...君と出会えて
......




