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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
最強の聖女たち
8/28

尖塔に住む

 シフォン家の館の西側に少し離れて建つ、三角帽子のような黒い屋根の尖塔がある白い石造りの小屋に向かって、母屋の方から赤毛の女の子が歩いて来た。

 ブカブカのメイドの服を着た、まだ十歳にも満たないはずのジャンヌだ。

 手には乳離れしたばかりの赤ん坊を重そうに抱いている。

 主のデノーテから「尖塔でこの赤ん坊の世話をしろ」と言われたジャンヌは、自分はこの赤子の子守として雇われたのだと思っていた。


 扉の前まで来ると、抱いていた子を花壇のそばの芝草の上に座らせ、優しく語りかけた。


「マルセルさま、今日から私達はここに住むんですよ」


 そう言って、塔を見上げる。

 白く塗られた塔は神々しく見えてジャンヌを驚かす。


「ここはまるでお城みたいに見えましゅねぇ」

「ここで大人しく待っててくださいね」


 マルセルと呼ばれた女の赤ん坊は、銀色の髪がくりっとカールした、紫色の瞳の子だった。


 ジャンヌが小屋の扉を開けようとしたが、閂が一本通してあり、それを抜くのは女の子には少々重すぎた。

 困って辺りを見回すと、少し先の畑に二人の人影が見える。


「もう少し大人しく待っててくださいね」


 草の上に座らせた赤ん坊にそう言い聞かせると、ジャンヌは畑の人影に向けて走り出した。


「すみましぇん。手伝っていただけませにゅか」


 白く長い髭の歳を取った男が、手を休めて女の子を見た。


「おや、見かけない顔だな」

「今日からシフォン家のメイド見習いになりました。ジャンヌでしゅ」


 にこっと笑って、ぴょこんと頭を下げる。


「ほう、新人さんかい。それでどうした?」

「奥さまから、あの塔に住むように言われたのですが、扉が開かなくて」

「おう、そりゃ大変だ」

「ここらの建物は儂が管理しておるからの。開かないとなると、儂の落ち度じゃ。すまんの」

「どれ、みてやろう」

「お願いしましゅ」


 そう言うと、すぐに駆けだして扉のそばまで戻って来たが、芝生の上に座らせたはずの赤ん坊の姿が見えない。

 慌てて辺りを見回すと、花壇の中の花が揺れている。


「あっ、マルセルさま、そこにおられたんですか」


 ホッとして近寄り、抱き上げようと手を伸ばしかけた時、マルセルの周りに蛍のように光が舞っているのに気づき、手を止めた。


「おい、開いたぞ」


 背後からの声で我に返ったジャンヌは、急いでマルセルを抱き上げ、扉の前に戻って行った。


「お前さんには、この閂は少し重すぎるようじゃな。明日にでも軽い掛け金に替えておくよ」

「ありがとうございました。えっと、おじいさんのお名前は?」

「おう、改めて紹介といこうか」

「儂はここの庭師をやっているマッケンだ。皆にはマッケン爺さんと呼ばれておる。お前たちもそう呼んでくれて構わん」

「私はジャンヌです」


 そう言うと、抱いていた赤ん坊をマッケンに見せた。


「この方は当家のお嬢さまで、マルセルさまです。今日から、このお城に二人で住むことになりました」


 さもそれが当たり前のように言う。

 マッケン爺さんは驚いた。

 いつもなら執事のタンカがすぐに里子に出すのをマッケンは知っていた。


「それはーー」


 言いかけたが、主にも何か考えがあってのことだろうと思い直し、言葉を飲み込んだ。


ーー手助け位はやってやらんといかんだろうな。


「そう言うことなら、まずは住めるようにせんといかんのう。ちょうど手が空いたところだ」


 マッケン爺さんは畑の方に向かって叫んだ。


「カスト、ちょっとこっちに来い」


 すると畑から、ジャンヌより少し年上の少年が走って来た。


「何だい?マッケン爺さん」

「ジャンヌ、こいつは儂の弟子でカストだ。おい、挨拶をしろ」

「カ、カストだ。よろしくな」

「マルセルさまと、私はジャンヌよ。よろしくね」

「カスト、今からこの塔の掃除をする。手伝ってくれ」

「へえ、奥さまが、古い家具は気に入らないけど捨てるのも惜しいってんで、ここに押し込めたんだろ?やっぱり捨てちゃうのか」

「いらんことを言うんじゃない」


 カストの頭にマッケンの拳骨が飛んできた。


「痛って!」


 頭を抱えるカストを引きずって、マッケンは扉の前に立った。

 扉を開けると、確かに古い家具が無造作に積んであって、足の踏み場も無い。


「おお、こりゃあ大変そうだぞ。さて、お前さんはどうしたいのかの?」


 マッケンに問われたジャンヌは家の中を見回した。

 そこは中央に螺旋階段のある大きな広間になっていた。

 扉の左手には炊事場があり、その奥に古いバスタブが据えられていた。

 中央にある螺旋階段は尖塔に上がれるようになっているらしい。

 階段に沿って造られている書棚には書物が隙間なく並べられていた。

 階段の下は大きな一枚岩の石畳になっていて、その奥には暖炉が、右には窓と大きなソファが見えた。

 ジャンヌはとりあえずソファで寝起きすることに決めた。


「あのソファをベッドにしたいのでーー」

「窓の下までソファを動かしていただけますか」

「あの整理タンスをその横にーー」

「あの小さいテーブルは反対側にーー」

「ベッドと炊事場の間に、あの戸棚を置いてーー」

「炊事場と風呂が使えるようにしてーー」

「バスタブが見えないように、あのタペストリを掛けていただけますか」

「それと、暖炉の前の石畳の上に、あのカーペットを敷いていただける?」

「その上に、このテーブルと椅子を置いていただいてーー」


 以外にもテキパキとジャンヌが指示をする。

 それを聞いたマッケンとカストが作業を始めた。


「邪魔な荷物が多すぎるな。後で物置小屋でも造って移すか」

「この前使わなくなった小屋をこっちに建て直せばいいんじゃないか?爺さん」

「そうだな。それまではこっちの壁際に片しとこうか」

「わかった」


 マッケン爺さんはちょっと考えていたが、何を思ったか、カストに向かって言った。


「カスト、小屋造りは任せるから、お前が一人でやってみろ」

「一人でか?手伝ってくれないのか」

「たまには一人でやってみるもんだ」

「えーっ」

「職人になる練習と思えばええ」

「俺には子分がいないんだぜ」

「本当に困ったら言ってこい。手伝ってやる」

「本当だな?」


 二人が話している横で、ジャンヌはそこにあった大きな籠にクッションを敷いてシーツで包むと、外の木の枝に縄で吊るして揺りかごを作った。

 そしてそこにマルセルを座らせた。


「今度は大人しく待っててくださいよ」


 そして、シーツや、まくらカバーになりそうな布を取り出して外に出ると、井戸のそばで洗濯を始めた。

 その手際の良さに、横目で見ていたマッケン爺さんは目を丸くした。

 ふと横を見ると、指示待ちをしてボーッとしているカストが目に入り、ため息を一つついた。


「カスト、わしらも仕事をするぞ」


 マッケン爺さんはカストに声を掛け、尖塔の中に入って行った。カストも慌てて後を追う。




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