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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
未来の始まり
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出産

 ファーナが妊娠したのを知ったマルセルには、喜びと同時に悩みが一つ増えた。

 ファーナと生まれてくる子供の間で、互いにどんな影響を与え合うのか見当がつかないからだ。

 今までがそうであったように、ファーナを助けることだけは間違いなく出来る自信がある。

 だが、ファーナだけでなく、子供まで助けることが出来るだろうか。どうやって?

 生まれてくる子供が精霊の力を持っていようがいまいが、ファーナに全て吸い尽くされてしまって死産になってしまうことが最も恐れられた。


「大丈夫よ。エレノアさまだって何も知らずにファーナをお産みになったけど、大きな問題は無かったでしょう?」


 ジャンヌがそう言って、マルセルの気を紛らわせようとするが、マルセルには納得できない。


「ファーナの場合は、エレノアさまとは立場が逆になるのよ」

「今までにそんな例が無いから怖いのだわ。私に出来ることと言えばーー」

「峠で結界を張った時のように、いつでもファーナに力を与え続けることが出来るように備えておくしかないわね」


 そして、何があっても対応出来るよう、マルセルは昼夜を問わずファーナのそばにいることにした。

 義母のデノーテも、手が空く限りマルセルといっしょにファーナのそばにいた。

 ファーナの出産が近くなるにつれて、周囲の人々の緊張は徐々に増していったが、ファーナだけは、皆の心配をよそに、平然と過ごしていた。


「今更騒いでも、どうにもならないのじゃない?」

「私の子供は私のお腹の中で元気に動いているわ。少なくとも生まれ出てくるまでは問題無いのじゃないかしら」

「それに万が一、生まれ出る時に何かあったとしても、私にはエレノア母さま、デノーテ義母さま、マルセル義姉さまという、”聖女の証”を持った女性が三人も近くにいるんですもの。何かが起こるなんて考えられないわ」


 自信たっぷりに笑みを浮かべている。

 言われてみればそうかもしれないが、それにしてもファーナの自信はどこから来るのだろうとマルセルたちは訝っていた。

 そんなある日、とうとうファーナに陣痛が始まり、出産の準備が手早く行われた。


「ここまでは問題なかったけれど、これからが正念場ね。何かちょっとでも変な気配がしたらお義母さまもお手伝いお願いします」


 マルセルがデノーテの協力を促すのだが、当のデノーテは孫が生まれてくることに有頂天になっている。


「私に新しい孫が出来るのね」


 マルセルはため息をつき、自分一人でファーナ親子を守る覚悟を決めた。

 ファーナの出産が始まると、皆の緊張は極限に達した。

 そして今か今かと待っている皆の耳に、元気な産声が響き渡る。


「可愛らしい女のお子さまがお生まれになりました」

「しかも光がたくさん舞いました。”聖女の証”を得られるのは間違いなさそうですね」


 出産に立ち会ったメイドの一人が産屋の扉を少し開けて顔を出し、告げてきた。

 自分が生んだわけでもないのに、何とも得意げだ。


「それで、ファーナの具合はどうなの?」

「母子共にお元気です。特に変わったことはございませんよ」


 それを聞いたマルセルたちは安堵した。


「良かった。まずは一安心ね」


 生まれた子供がファーナのように他人の精霊の力を糧にしないと生きていけないのではないかという危惧は、ひとまず杞憂に終わった。

 マルセルは、いつでも精霊の力を送れるようにして付き添っていたのだが、その必要も無さそうだ。

 それどころか、マルセルやデノーテがファーナに送っていた精霊の力を、生まれたばかりの子が加わって肩代わりし始めたのを感じていた。

 授乳の度に母子がほんのりと光りに包まれるので、その場にいる皆にもそれを感じることが出来た。

 そしてそれはマルセルの心に、一筋の明るい光となって差し込んで来るのだった。


 今のままだと、エレノアやデノーテが亡くなってしまうと、ファーナに精霊の力を送れるのはマルセルだけになってしまう。

 チュールもマルセルに劣らないだけの精霊の力を持っているが、シバー家の治療院での仕事に加えてファーナにも力を送るには、チュールの負担が大き過ぎて頼めなかった。

 後からわかったことだが、一時に流せるチュールの精霊の力は、ごく少ないものだった。

 ミネルバが、チュールの力を他人に見せないように隠したことが原因なのかも知れなかった。

 それを知ったマルセルは、精霊の力が自分一人への重い足枷になっていることに気づいた。

 それはマルセルの心を暗くしていた。


 北の国との問題を解決するためには、自分が北の国に赴くしかないとマルセルは思っている。

 その間はファーナと遠く離れてしまうことになる。

 まだデノーテがいる間はいいとしても、国に戻れるのが何年後になるか、わからない。

 その間に万が一でもデノーテに何かあれば、遠く離れているマルセルからファーナに精霊の力を送ることが出来るかどうかが心配の種だった。

 出来たとしても、北の国でマルセルに何かあった場合は、ファーナにもそれが及ぶことになる。

 かと言って、政務で忙しいファーナを連れて北の国に行くわけにもいかない。

 マルセルの心は堂々巡りをしていた。


ーーこれじゃあ、まるでバッセさまみたいじゃない。血は争えないのかしら?

ーーミネルバ母さんは精霊の力から逃げてしまったけど、私は決して諦めないわ。


 そんな中、生まれてきたファーナの子が”聖女の証”を得るに値する精霊の力を宿していることがわかると、マルセルはかねてからの計画が実行段階に移せると安堵した。


ーーこれで自分が北の国に行けるチャンスが広がったわ。


 ホッと安堵したマルセルの耳に、メイドの声が響いた。


「二人目も女の子ですよ。光も舞いました」

「えっ、双子だったの?」


 一人だけでも嬉しいのに、二人目が生まれたとなると、マルセルの計画の実行はより確実になる。

 喜びに震えるマルセルの耳に、またメイドの声が響いた。

 

「三人目の女の子がお生まれになりました。光も舞いましたよ」

「ファーナさまもお元気です」


 ”聖女の証”を得られる女の子が三人も生まれて来たのだ。

 しかもすでにマルセルとデノーテの負担を和らげるだけの力を三人がファーナに送り始めている。

 マルセルは自分の進む道が目の前に明るく開けたような気がした。


ーーバッセさまやミネルバ母さんのように無念を残さないようにしよう。


 北の国に行くなら、この子たちが確実に”聖女の証”を得た時だとマルセルは心を決め、北行きの準備を始めることにした。



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