ファーナとサックスの結婚
「マルセル義姉さまは、私と一つしか違わないのに!」
「私にはまだ結婚は早いと言っておいて、ずるい!」
「それに、義姉さまは学園に行ってないのに、なぜ私は学園で学ばないといけないわけ?」
マルセルがジョセの伴侶になると聞いたファーナが、そばにいたミッシェルにすごい剣幕で問いかける。
「マルセルさまはジャンヌさまと尖塔で勉強なされていて、学園の理事長から卒業相当と認められておいでなのですよ」
「私だって、一人で勉強したけど、そう言われたわ!」
「ええ、そうですね。ですが、女王には女王として相応しい学歴が必要だと声が上がってましたからね」
「うう、またあの爺どもの嫌がらせなのね」
「諦めなさい」
ファーナはサックスの所に行き、不満をぶちまける。
「せめて、学生でも結婚していいと言ってくれれば良いのに」
そう言って、ファーナはサックスの最初の出会いに想いを馳せる。
「サックス、皆がね、あなたがマルセル義姉さまに似ているから好きになったんだろうって言っているけどね、それは違うわ」
「私の好きになった人が、マルセル義姉さまに似ていただけのことよ。だって、弟だもの」
「あなたは誤解しないでね」
「僕も、君にミネルバ母さんの面影を見ることで、すごく母親が懐かしくなることはあるけれど、ファーナ、君が本当に好きなんだ」
「だから、前にも言ったけど、ぜひとも君と結婚したい」
「ありがとう、私はいつでも了解よ」
二人は互いの気持ちを確かめるとすぐに先王夫妻の元に行き、結婚の許しを願ったのだが、学園を卒業するまでは我慢しろと言われてしまっていた。
当然ながら、卒業と同時に式を挙げ、夫婦になった。
式の前日、皆を前にしてサックスが言った。
「結婚後はファーナに代わって王を名乗れと宰相のギョルカ殿から言われておりましたが、私は王の称号は辞退したいと考えています」
突然の、思いもかけないサックスの言葉に皆は驚いた。
これはただの称号に過ぎないのだからと説得しても、サックスは王となることを固辞し、あくまでもファーナ女王の伴侶に徹すると言って引かない。
サックスはシバー家の人間ではあるが、ファーナとサックスはいずれ結婚するだろうからと、シバー家は妹のチュールに継がせている。
このままではサックスはただの平民という扱いになってしまう。
流石に、平民のままで女王と結婚すると言うわけにはいかない。
そこで、これまでに例は無かったが、モードネス家の初代が残した計画書に書いてあった公爵位をサックスに授けることになった。
そして四家を王位継承権を持つ家と呼んでいたが、これを機に四家の王位継承権も廃止することにした。
サックスが王位を固辞したのをきっかけにファーナは、優れた人であれば国を動かせるように出来る下地を作ろうとしたのだ。
街には爵位について説明した張り紙がなされた。
結婚式の当日、バルコニーに出た二人を見つけた見物人が叫んだ。
「ファーナ女王、万歳」
「サックス公爵、万歳」
久しぶりに集まった皆の顔を見渡して、ファーナが言った。
「サックスに与えた公爵については、その意図を皆さんにも知っておいて欲しいの」
「誤解しないで欲しいのは、決して彼に特別な地位や財産を与えるということではありません」
「四家の皆さんから王位継承権を取り上げたにも関わらず、サックスに公爵という地位を与えたのは、あくまでも王制は私の代で終わるから、それまでのものと思っていてください」
「頑固な私の夫と、煩い爺共に対する私の妥協の産物ですわ」
そう言うと、ファーナは頭を下げた。
「ですから、皆さんには爵位を差し上げませんでした」
「私の亡き後は、合議制による国の運営をするよう準備します」
「そのための提案はいつでもお受けします」
政務と慣れない新婚生活で多忙な日々を送るファーナだったが、ある日身体に不調を覚え、医師に見せた。
「お目出度ですな。これからは少しお仕事を減らされるが良かろうと存じます」
そうは言われても、女王としての仕事は多岐に渡るため、政務を減らすという訳にはいかない。
「これは良い機会かも知れないわね」
ファーナはサックスの部屋に向かった。
部屋の前まで来ると、扉の向こうから側近たちとふざけて笑い合っている声が聞こえて来た。
ため息をついたファーナは少し乱暴に扉を開けると、側近たちを遠ざけた。
「あなたたち、サックスと大事なお話があるの。出て行ってちょうだい」
普段は、絶対にそんな物言いはしないファーナだったので、何事だろうかとサックスは緊張する。
皆が出て行ったのを確かめると、サックスの前に立ったファーナが真面目な顔で口を開いた。
「サックス 良いことと、悪いことを話してあげるわ」
「良いことはねーー」
「私、妊娠したみたい。でもまだ誰にも秘密よ」
「本当かい?そりゃ、嬉しいな」
ーーなるほど、他人を遠ざけるわけだ。
安心した様子のサックスにファーナがもう一つの言葉を投げつける。
「悪いことはねーー」
「だからこれからは、私の仕事をあなたに譲りたいのーー」
「どうしても王になりたくないと言うなら、名代としてでいいわ」
突然の話にサックスは動揺する。
「子供のことなら、子守を雇えば済むじゃないか」
「私、自分の手で子供を育てたいの」
「心配しないで。二年間だけでいいわ」
「そうは言われても」
口籠るサックスの背後から声が掛かった。
「サックス殿、そろそろ腹を括りなされ」
サックスが驚いて後ろを振り返ると、いつの間に入って来たのか、宰相のギョルカが立っていた。
「いずれ、このような時が来るのはわかっておったはずですぞ」
「あなたもその覚悟がお有りになって、ファーナさまと婚姻を結ばれたわけでしょう?」
「当然、政務についても、お勉強は欠かしておられないと思いますので、儂ら爺どもは安心しておりますでの」
「ギョルカ、苛めてあげないで」
笑いを堪えていたファーナがギョルカをたしなめる。
「おっと、これは失礼を致しました。では私は皆に明日からサックス殿が政務に当たると伝えてまいりましょうかの」
ギョルカはそう言うと、部屋を出て行った。
その後姿を見送ったサックスが呟いた。
「まだ、引き受けたと言っていないんだが」
「ギョルカの仕事の速さは有名なのは知ってるでしょう?断るなら、今すぐ追いかけないと」
その時、廊下の向こうから大きな声が聞こえてきた。
「明日からサックス殿がファーナさまの名代として政務にあたられるぞ。ファーナさまではないからと気を抜くでないぞ」
「あら、遅かったようね。残念だったわね。諦めなさい」
「じゃ、よろしくお願いしますね。あなた」
がっくりと肩を落とすサックスを横目でちらっと見たファーナが、真剣な目つきになってサックスの前に立つと優しく言った。
「二年間って私は言ったけど、それよりずっと長くなるかもしれないから覚悟しておいてね」
「それはどういう?」
「出産で私は命を失うかも知れないもの。最悪だと、母子共に亡くなるかもよ」
サックスはファーナの精霊の力のことを思い出した。
誰かが精霊の力をファーナに注ぎ続ける必要がある。
ファーナが生まれる子供からその力を吸い取ってしまうかも知れない。
もしそんなことが起きてしまったら、自分はどうすればいいのだろう。
「覚悟して、ちゃんと準備しておいてね」
「準備って?」
「最悪の場合には、私がやろうとしている王制の廃止が早まるだけだわ」
「それをあなたが代わってやらないといけないということよ」
「それはマルセル姉さんたちにーー」
「義姉さまが、この国のことだけを考えていると思う?」
「あなたもマルセル義姉さまの弟なら、せめてこの国のことだけでも考えていて欲しい」
「簡単でしょう?」
愕然としているサックスを見ながら、ファーナが楽しそうに部屋を出ていった。




