語らい
シフォン家の横にある尖塔の屋根裏部屋でお茶を飲みながら、これまで調べてきた精霊の力のことを、マルセルがジョセに聞かせていた。
「バッセさんが私を実子として認めなかったことは、後から考えるとそれで良かったのではないかと思うの」
「もし私がシフォン家の娘として育っていたら、ジャンヌとの関係が今とは随分違っていたと思う」
「当然、ミッシェルさんに勉強を教わることも無かったでしょう」
「そうなるとアスクさんとミッシェルさんの出会いも無かった。」
「ジャンヌが育てた野菜がきっかけでファーナと知り合うことも無かった」
「そんな中で、私はどう生きて来たかーーミネルバ母さんの母の愛が途切れた時点で、デノーテ義母さまとの関係がどうなってたか、考えたくもないわ」
「デノーテ義母さまもモードネス家の呪いを知らないまま、もっと早くに命を失っていたかも知れない」
「どちらにしても、その呪いは永遠にアスクさんの子孫に及ぶのだけどね」
「そうなると、シフォン家は無くなっていたかも知れないわね」
ジョセは驚きで声も無い。
「あなたのご両親にも同じことが言えるわ」
「エレノアさまとグーテさまは死ぬときは一緒と誓われてたわよね」
「そのエレノアさまがデノーテ義母さまと縁を繫げてなかったら、ファーナもエレノアさまたちと一緒に旅立つしか無かったはずよ」
「”聖女の証”をまだ受けていない私には、どうしようも無かったでしょうし」
「”聖女の証”を持つ女性がいなくなったシャンツ家は王の地位を失い、あなたはシャンツ家に残るただ一人の男でしか無くなってーー」
「私のような”聖女の証”を持った娘と結婚しない限り、私のいたシフォン家に王位が移ったかも知れない」
「チュールもいるけど、彼女もあなたとの縁が無かったら、誰にも知られず平穏に暮らしていたでしょうし」
「だけど城を出たあなたがシャンツ家から最も遠く離れているシフォン家に向かったことが、私とチュールが出会うきっかけにもなったわ」
マルセルが姿勢を正してジョセを見つめる。
「何より一番大事なことは、エレノアさまが亡くなられていたら、峠の”結界”まで消えてしまうことよ」
「”結界”が消えた途端に、この国は北の国に攻められて、峠に一番近いシャンツ家は真っ先に悲惨な状況になっていたかも知れない」
「それに私ーー」
マルセルが少し顔を赤らめる。
「私だって、あなたと出会うことは無かったかも知れない」
「だから今の私たちから見ればすごく奇妙だったバッセさんの採った行動は、この国とそれを支える四家や私に光を与えてくれたことになるのよ」
「あなたの採った奇妙な行動もね」
「四家の男子は精霊の力が無くても、何かしらの切っ掛けを創る力があるのかもね」
聞き終えたジョセがため息をつく。
「君は何事も良い方に解釈しているんだね。そんな風に見てくれて嬉しいよ。バッセさんも喜んでいるかも知れんな」
それを聞いたマルセルがまんざらでもない顔をする。
「それにしてもーー」
「シャンツ家には峠の”結界”を維持する責任が代々課せられていて、モードネス家にはモードネス家の墓所の管理を課せられているわけか」
「確かにそれはどちらも”呪い”と言っても過言ではないな」
「それだけじゃないわ。シフォン家まで関わっているの」
「アスクか?モードネス家の呪いとやらは、放棄することは出来ないのだろうか?」
「放棄出来るかどうかわからないけど、出来たとしても、峠の”結界”は維持できなくなるわね。北から侵入者が入って来るのは間違いないわ」
「北の国の兵隊は昔は獰猛だったと聞いている。この国の民は奴隷並みの生活を強いられるかも知れんということか」
「ええ、どちらにしても、楽には終わりそうにないということよ」
「だから、このまま”結界”を維持した上で、”結界”を完全に解く方法を探しながら、北の国との平和交渉も進めていかないといけないわね」
「北の国とはどんな国なんだろう」
「ファーナと一緒に強力な”結界”に張り直してしまったから、全く情報が入らなくなってしまったけどーー」
「それまでに聞いていた話だと、やはり力で解決しようとする機運が強いようよ。それに加えて、なぜか作物が不作の年が多いみたい。そんな時に略奪に来ていたんだと思うわ」
「向こうにもそれなりの事情があるんだろうと思うけど、認めるわけにはいけないわよね」
北の国に行ってみるしかないと二人は確信したが、それを言い出さないまま沈黙の時が流れる。
「あら?お茶を入れ直しましょう」
「ああ、お願いするよ」
ジョセのティーカップが空になっているのに気づいたマルセルがポットに新しい茶葉を入れ直し、ジョセのティーカップに注ぐ。
茶葉の甘い香りがジョセの鼻をつく。
しばらくその余韻に目をつむっていたジョセが口を開いた。
「階段の書棚にある書物によると、元々は我々と同じ村に住んでいたらしいじゃないか」
「ええ、北から南に移住してきたとあるわね」
「同じ仲間同士で争うのもな」
「だからこそ、話し合いで解決出来るのじゃないかな。ジョセーー私が北に行くしかないと思うの」
「”私が”じゃなくて、”私たちが”だろう、その時は私もいっしょに行くよ」
マルセルの顔がパァッと明るくなった。
「そうしてもらえるの?」
「僕はファーナ女王の兄なんだぞ。それに今は君がファーナの養母なんだから、形の上では僕はファーナの義父でもあるんだ。だから国のことには大きな責任があると思っている」
「それに何と言っても、僕は聖女さまの夫なんだ」
「そうね、ありがとう。あなた」
「その時はお願いするわ」
二人はしばらく肩を寄せていたが、ジョセが口を開いた。
「もう一つの”呪い”の方の、モードネス家の墓所は?」
「墓所の鍵を作った時点で、管理者に課せられた義務として、死ぬまで精霊の力を吸われ続けるみたい」
「管理者が死んだ後は?」
「墓所の管理者が死んでしまうと、モードネス家の血筋の女の子の誰かが、否応なく墓所の管理者にされてしまうのが厄介ね」
「選ばれた娘が精霊の力を多く持っていればまだいいのだけど、その力が枯れると死ぬ運命なの」
「もっと面倒なのは、もしモードネス家の血筋に女の子がいなかったら、それがモードネス家の血に負債として積み重なっていって、将来女の子が産まれたときに、それまでの負債を一気に支払わされてしまうーーそのせいで、生まれてすぐ死ぬ娘もいたとか」
「私の場合は、モードネス家の血筋というわけではないのに、どういう訳か、引継ぎが可能だった」
「デノーテ義母さまから鍵の管理を引き継いでから、体からどんどん力を失っているのを感じているのよ」
「そうなると、モードネス家の呪いなどと他人事に言っていられないな」
「私と血のつながっている、シャンツ家とシフォン家、シバー家にも呪いが移っていくかも知れない」
「知らなかったとは言え、私が考え無しにデノーテ母さまから鍵の管理を引き受けてしまったから」
ジョセは返す言葉が無かった。
「墓所を閉じることは出来ないのかい?」
「今のところ、どうすればいいか手の打ちようがないのよ。こちらの方が峠の”結界”より厄介なのかも知れないわ」
「それよりーー」
少し躊躇っていたが、マルセルが口を開いた。
「怖いのはね ジョセ。もっと厄介な問題が残っているのよ」
「ファーナのことか?」
「ええ、あの子は産まれて以来、ずっと誰かが精霊の力を授けて来てたの」
「母上やデノーテさまだね」
「ええ、ファーナが女王になった時、私は母役を引き受けたのだけど、お二人が亡くなった後、もし私が死ぬようなことがあったら、ファーナもいっしょに死んでしまうわ」
「今のところ、ファーナと私は運命共同体なのよ」
「もし強い精霊の力を持つ女性がいたとして、その女性がファーナの母役を引き受けてくれたとしても、常にそばにいないといけないという大きな負担を課してしまう」
「それだけじゃないわ。その女性の精霊の力が無くなった時点で母娘共に死んでしまうの」
「今のこの国には、そんな強い力を持っている娘は私以外ではチュールしかいないわ」
「でもチュールの力は、細く長く続く糸のように繊細で切れやすいの。だからチュールにそれを託すわけにはいかないでしょう」
「それが今一番頭の痛いところか。北の国との件は僕にも手助けできるとして、後の二つは助けてやれそうにないのが悔しいな」
「本当に問題になってくるのは、まだまだ先のことだから、今は気にしないでいてちょうだい」
「そうするしかないよな」




