マルセルとジョセ
ジャンヌもミッシェルも結婚してしまい、ファーナもじきに結婚するのがわかっている。
自分だけが取り残された気がして凹んでいるマルセルだった。
そんな中、久しぶりに尖塔を訪れたマルセルは、尖塔の窓越しに石畳の上で子供たちに何かを教えているジョセを見つけた。
これまでのシャンツ家での出来事を考えると、ジョセには好感を持っていなかったが、楽しそうに子供を教えている彼の姿を見ていると、好意を越えた気持ちがこみ上げて来て、頬が赤くなった。
それまで尖塔で本を読み過ごしていたジョセは、マッケン爺さんに近くに住む子供たちを集めてもらい、得た知識を使って読み書きを教えていた。
チュールがジョセの世話を始めてからは、その代償にという形でシフォン領の子供たちにも勉強を教えるようになっていた。
窓の外から覗いているマルセルに気がついたジョセが、そこで待っていて欲しいとでも言うように、外の椅子を指差した。
授業が終わるまで外の椅子に座って待っていると、授業を終えた子供たちを送り出したジョセが、マルセルを手招きして尖塔の中に招き入れた。
広間に入って来たマルセルの手を何も言わず掴んだジョセは、驚くマルセルの手を掴んだまま尖塔の階段を上がって行った。
そして最上階のマルセルの屋根裏部屋の前に来ると、中に入るように促した。
「どうぞ、お帰りなさい」
階段を上がる時からすでに感じてはいたが、塔全体が昔と全く変わらず残されている。
部屋の中にあった、小さい頃に使っていた道具や家具も、その位置も変えずにそのまま残されていた。
「ここを変えてしまうと、君がいなくなってしまうような気がしてね」
「そっくりそのまま残してあるんだ」
「時々、ここに座って窓の外を眺めているんだよ」
そう言って、マルセルが使っていた小さな椅子を指差す。
部屋に入ったマルセルが久しぶりに小窓を開けると、正面にあるシフォン家の二階の大きなガラス窓が目に入った。
そこはデノーテのお気に入りだった部屋で、そこから見えたデノーテと和解した記憶が、マルセルの心に鮮明に残っている。
今はその窓に、息子を抱いてあやしているミッシェルの姿が見えた。
モードネス家の呪いはまだ消えていないのに、そんなことには無関係に幸せそうに見えた。
ーーこの尖塔を移築しなくて良かったわ。
「良かった。みんな幸せそうね」
つぶやいたマルセルの声を聞いたジョセは、しばらくマルセルの後姿を見つめていたが、意を決してマルセルの後ろに立った。
マルセルの背中に、ジョセの言葉が飛んできた。
「僕にも、君を幸せにする役目を与えてくれないか」
「えっ?」
思いもかけない言葉に驚いて振り返ったマルセルに、ジョセはもう一度言った。
「僕にも、君を幸せにする役目を与えて欲しいんだ」
「あなたに?なぜ?急にどうしたの?」
「僕はここで、君を幸せにするための方法を学ばせてもらったから」
「ほかの人じゃあ、ダメなの?」
「君でないと、せっかく学んだことが無駄になる」
マルセルは自分の顔がどんどん赤くなるのを感じて、慌てて言った。
「でも私には、あなたを幸せに出来るかどうかわからないわ」
「私にはやらきゃいけないことが残っているからーー」
「知っている。それを一緒にやりたいと願っているんだ」
「それじゃあ、幸せになれないと思う」
「ここで今の生活を続けた方が、あなたが幸せになる可能性は高いわ」
「その居心地のいいここで長く過ごしていた君でも、他にやることを見つけたんだろう?」
「だから僕もここに居なくても、君のそばにいるだけで幸せになるのは間違いない」
「言い切るのね」
「だから、君に幸せにしてもらった僕が君を幸せにしたい」
マルセルは両手を口に当てたまま、固まってしまった。
「そんな君に僕は相応しくないだろうか」
固まったままのマルセルの前に進み出たジョセが、片膝をついて両手を広げた。
「僕と一緒になって欲しい」
その声が終わらないうちに、マルセルはジョセの腕の中に飛び込んでいた。
「マッケン爺さんやミッシェル先生がここを残しておけって言ったわけがわかったわ」
「あなたと巡り合うためだったのね」
そう言うと、マルセルは部屋の中を見回して叫んだ。
「やっとこの屋根裏部屋をあなたと二人で使えるのね!」
マルセルとジョセはさっそく、今は隠居所に住む先王夫妻の元に向かった。
「父上、母上、お久しぶりです」
「お前がここに現れるとは珍しいの。何かあったのか?」
「私たちはもう隠居の身ですから、おねだりしても無駄ですよ」
「おねだりと言うか、認めていただきたいことがありまして」
「あっ、その前に改めてお詫びもしておきたくて」
ジョセはそう言うと、居ずまいをただし、自分の不徳を詫びた。
「私は、皇太子として不適のみならず、人間としても失格だったと悟りました。お二人には多大な心配をお掛けしたこと、お詫び申し上げます」
「お前がちゃんと立ち上がったのなら、それでいい。で、認めて欲しいこととは?」
ジョセが後ろに控えていたマルセルを手招きして横に並ばせると、その肩を抱いて先王夫妻の前に立った。
マルセルは真っ赤になって下を向いている。
それに気づいた王夫妻は驚きの表情を隠せなかった。
「お、お前、もしやーー」
「はい、マルセルと共に歩むことを認めていただきたく」
「でかした!」
先王夫妻は二人に駆け寄り、二人を抱きしめると、その後は声にもならなかった。
二人は皆に一緒になると報告したが、結婚式は行わなかった。
王位継承権を持つ四家の者同士の、しかも元皇太子のジョセとの結婚は広く周知させるべきだと皆が説得に努めたが、マルセルもジョセも結婚式を行うことを拒絶した。
その頑なさに折れたファーナに、せめてお祝いの宴を開かせて欲しいと懇願され、渋々、モードネス家の第二尖塔の広間でティーパーティを開くことに同意した。
集まった皆を前にジョセとマルセルが立った。
「皆さんに私たちの晴れ姿を披露することを拒否したこと、申し訳なく思います」
「それでも私たちのためにこうしてお集まり下さり、ありがとうございます」
「マルセルが言うには、まだやらないといけないことが残っているので、それが解決するまでは自分の事で祝うつもりがないらしいです」
「ジョセが言うには、私の手伝いに忙しいので、祝うどころじゃないそうです」
勿論、本気と冗談を含めたスピーチだったが、それはマルセルが日ごろから口にしていたことだったので、それを聞いた皆は、マルセルとジョセが二人で難題に取り組むことを本気で決意したのだと受け取った。




