ジャンヌとシャークの結婚
ウイルドン家の血筋を引くシャークは、いつかは自分がウイルドン家を盛り上げたいと思っていた。
ジャンヌがウイルドン家を継ぐと知った時には、王になるはずのジョセの助けを借りてでもウイルドン家を取り戻したいと思っていたが、王の地位はジョセでなくファーナに移り、その目論見は実を結ばなかった。
むしろ、ウイルドン家再興に向けて働くジャンヌをそばで見ているうちに、彼女を見習わないといけないと言う気持ちの方が強くなっていった。
彼女と結婚すれば、自分が当主になれるという打算がそこに無かったとは言えないが、ジャンヌに失望されないように剣術と教養を高めることも忘れなかった。
最初はアピールする程度のつもりだったが、ファーナ女王への謝罪以降は、ウイルドン家に相応しい男になろうと考えを改めて、今まで以上に精進していた。
そんな彼に周りをうろうろされて鬱陶しいと思っていたジャンヌだったが、シャークの成長に気づくと、次第に好感を持つようになっていた。
そんなある日の夜、仕事を終えたジャンヌが部屋に戻ろうとすると、シャークが呼び止めた。
「ジャンヌ、少し話をしてもいいかな」
「あら、珍しいわね。じゃ、お茶を用意するわね」
お茶を入れてシャークの前に置くと、自分のカップを持って椅子に座り直す。
「どうしたの?」
シャークはっ下を向いてしばらく黙ったままだったが、意を決したように顔を上げるとジャンヌの目を見つめて口を開いた。
「僕の方からこんなことを言うと、勘ぐられるかも知れないが、あえて言う」
「何よ、改まって」
「僕と結婚してくれないか」
「急にどうしたの?シャーク」
思いがけない言葉にジャンヌが驚く。
シャークがふっと目を逸らした。
「ずっと思っていたんだ。このウイルドン家のことが無ければ、とうの昔に君に結婚を申し込んでいた」
「地位欲しさに結婚したがってると思われるのだけは嫌だったんだ」
「でも、本当に君を好きな気持ちが抑えられなくてーー」
「もう一度言う。僕と結婚してくれないか」
そう言って、シャークはジャンヌの目を見つめる。
しばらく、見つめ合っていたが、ジャンヌの口元が綻んだ。
「いいわ」
断られるだろうと覚悟していたシャークだったが、ジャンヌの言葉に驚いた。
「本当ーーかい?」
「ええ、実を言うとね、私もね、あなたと結婚してもいいと思い始めていたの」
「それに周りからも、あなたと結婚してウイルドン家の血筋を残して欲しいという気持ちをすごく感じてたし」
「でも、それを目的に結婚するというのは、すごく嫌だった」
「お互いが同じことで悩んでいたのか。滑稽だな」
ジャンヌとシャークの間に有ったわだかまりが、音を立てて崩れていった。
「俺たち、まるでバッセさまとデノーテさまみたいじゃないか」
シフォン家のバッセがデノーテを愛するが故に心に葛藤を持っていたことが、逆にデノーテに不安を与えていたことは、ジャンヌがシャークに伝えていた。
「でも私は、お二人みたいに、死に別れてからお互いの気持ちが理解できたなんて嫌よ」
「だから、結婚しましょ!」
二人は、王室に結婚する届けは出したが、二人の願いで結婚式は行わなかった。
やはり、血筋を残すために結婚するというわだかまりは、多少残っていたのだ。
「ジャンヌ、結婚式をやらないなら、私たちがお祝いのパーティを開いてあげるわ」
ジャンヌとシャークの気持ちに気づいたマルセルは、アスクやジョセと語らい、ジャンヌにも馴染みの深いシフォン家で小さなパーティを催すことを提案した。
「必要ないですよ」
「それじゃあ、私たちの気持ちが収まらないのよ。お願い」
手を合わせて頼み込むマルセルの姿に、ジャンヌは折れた。
「仕方ないですね」
「じゃ、決まりね。シフォン家の広間を借りようと思うの」
マルセルの泣き落としが功を奏して、ジャンヌは渋々受け入れた。
「そう言えばシャークさん、私たちが生活してきた尖塔をまだ見たことが無いでしょう?見せてあげるわ」
パーティの始まりを待っていた二人の手を強引に引っ張って、マルセルが二人を尖塔に連れて行った。
尖塔の扉を開けると、そこには見知った顔が大勢並んでいた。
ティーパーティと聞かされていたので、驚いて声もないジャンヌとシャークの手を取ったマルセルが、石畳の上に二人を立たせた。
ジャンヌの後ろから、花飾りのついた白いベールを被せたのは、ジャンヌの姉のキャルだった。
そこには、牧師が立っていたが、何とカストが演じている。
二人を前にしたカストが大真面目に唱え始めたが、緊張で声が震えている。
「新郎シャーク、あなたはジャンヌを妻とし、健やかなるときも、病めるときもーーよ」
カストの言葉が続かなくなると、すかさずマルセルが声を出す。
「喜びのときも」
「あっ、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときもーーつ」
「妻を愛し」
「ーー妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「新婦ジャンヌ、あなたはーー」
たどたどしいながら、カストの問いかけが続く。
「ーーその命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「ここに二人が結婚することを認めます」
重荷から解放されたカストは、そこにあったワインのグラスを取り上げるなり、一気に飲み干した。
その肩をポンと叩いたジョセがカストを労う。
「良くやってくれました。私が結婚するときには君にお願いしたいな」
「もう、懲り懲りですよ」
「そうか、残念だな」
そう言うと、ジョセはまだ信じられない気持ちで呆然と立ち尽くしている二人のそばに寄って行き、シャークに握手を求めた。
「おめでとう シャーク」
「ありがとうございます」
「今夜はここの最高の部屋を君たちに使ってもらおうと思っている。あの部屋の持ち主であるマルセルさんにも許可を取ってある」
そう言うと、ジョセはシャークの手に尖塔の屋根裏部屋の鍵を握らせた。
「これは、私たちには何物にも代えがたいプレゼントです」
ジャンヌは感激で涙が溢れて止まらなかった。
その肩を優しく抱いたシャークをジョセが促して、皆はシフォン家の食堂に移動した。
二人の到着を待って、お祝いのパーティーが開かれたが、ジャンヌを知るシフォン家の使用人たちや、どこで知ったのか、ここで結婚パーティがあることを知ったウイルドン家で学んだ生徒たちが続々と集まっていて、庭まで埋め尽くす大騒ぎとなっていた。
結婚してしばらく経った夜、ベッドに入りかけたシャークの手を引き留めて、ジャンヌが言った。
「シャーク、いい機会だわ。あなたがウイルドン家の当主におなりなさい」
「いや、今のウイルドン家を以前よりもすばらしく再興したのは君だ。そこに何の手柄も無い私が、ウイルドン家の血筋だからと言って、はいそうですかと受け取るわけにはいかないよ」
「僕はそれほど恥知らずじゃないつもりだ」
「あなた、すごく成長したのね。褒めてあげるわ」
そう言って、軽く口づけをする。
「だから、そのご褒美よ」
「君の中では、僕はまだガキなんだね」
「ジョセとアスクとシャークと言えば、有名だったからね」
シャークにとっては耳の痛い言葉だ。
「それは言わない約束だろ」
「ごめんなさい。でも本当は自分のためでもあるの」
「だって、当主の仕事なんかしていたら、マルセルさまに会う機会が少なくなるもの」
「あなたが引き受けてくれたら、私は毎日でもマルセルさまの元に通えるわ。それを楽しみにしてるの」
「やれやれ、妻の浮気を知って咎めることが出来ない夫は、どうすればいいんだろうね」
「気にせずに当主になればいいだけよ。そうすれば妻のことなど考える暇は無くなるわ」
「わかりました。我が儘な奥さま」
「我が儘を聞いてくれてありがとう。シャーク」
二人はもう一度、軽く口づけをする。
「君は人をいい気持にさせるのがうまいな」
「あなたは私をどうさせてくれるのかしら」
二人は抱き合い、キスを重ねた。
次の日、改めてシャークをウイルドン家の当主として王室に届け出た。
これでマルセルと会う機会が増やせると意気込んでいたジャンヌだったが、早々に妊娠がわかり、子育てに時間を費やすことになる。
そして、二人の間には男女の双子が生まれることになる。




