シバー家の精霊
思い掛けなくシバー家の跡継ぎを任されて、慣れない仕事で多忙な日々を送っていたチュールが、久しぶりにモードネス家にマルセルを訪ねて来た。
マルセルの顔を見るなり、目を丸くして駆け寄ってきた。
「マルセル姉さま、シバー家で精霊を見つけました!」
興奮して叫ぶチュールを落ち着かせると、マルセルはデノーテとファーナに声をかけた。
精霊の話なら、皆で共有しておく方が良いと思ったのだ。
ミッシェルやジャンヌも、授業のためにモードネス家の第二尖塔にいるということなので、授業が終わったらこちらに来るよう伝えさせた。
まだそわそわしているチュールにデノーテがカモミールティを勧める。
「飲みなさい。気が落ち着くわよ」
「落ち着いてなど、いられませんよ。だってーー」
興奮したチュールを落ち着かせようとマルセルが別の話を始める。
「マリーさんたちとうまくやってる?」
「よく気のつく方たちで助かってます。それでーー」
「そう、それは良かったわね」
「あのですねーー」
「あなた、昔の使用人を改めて雇い入れたんですって?」
「はい、それにですねーー」
あまりにチュールの意気込みがすごいので、マルセルは苦笑いをする。
「いいからもう少し大人しく待っててね。皆を呼んでいるから」
喋りたくてうずうずしていたチュールだったが、集まってきた皆がじっとチュールを見つめると、緊張してしまって声が出なくなった。
ぐっと唾を飲みこんだチュールが語り始めた。
「ミッシェルさんとシバー家の屋敷の中を調べていた時に、あそこの浴場がすごく気になっていてーー」
「シバー家を継いであの屋敷に移った時、一人で見に行ったんです」
「気になっていた水の湧き口を覗いたら、その先にーー」
「ーー居たんですよ」
「あなた、だあれ?」
岩穴の中で今まで水音しか聞いていなかった精霊が、唐突に声を掛けられて振り向くと、水の滴る小さな穴の向こうに、まん丸く見開かれた目があった。
ーー誰だ、この娘は?
ーーずっと昔にも同じように声を掛けられたな。エステラか? いや、違うな。
ーーそうかミネルバか!ミネルバと同じような力を感じる。
「お前はーーミネルバか?」
「いいえ、私はシバー家の跡継ぎのチュールと申します」
「あなたは、私の母をご存じなのですか?」
「ほう、お前はミネルバの娘なのか。ミネルバは元気か?」
「母は何年も前に亡くなっていて、もうここにはいません」
「そんなことは無い。まだ彼女の部屋に残滓を感じるのだ。それに少し前にもここに来たことがあるはずだ」
「あの部屋を今使っているのは私です」
「それにここに来たことがあると言えばーー」
「もしかしたら、マルセルさんかも」
「それは誰だ」
「私のお姉さまです。つまり、私の母ミネルバの娘です」
「なるほど、懐かしい力を感じたわけだ」
「それであなたは?」
「私はここに住んでいる精霊だ。もう四百年にはなる」
マルセルに四家にはそれぞれ精霊が居るはずと聞いていたチュールは、目の前の精霊に尋ねてみた。
「それなら、この南の国の建国に貢献された四人の聖女さまをご存じでは?」
「知っている。シバー家のエステラに力を与えたのは私だからな」
如何にも得意そうに言う。
「その後も、ここに娘が来る度に力を与えてきたが、お前は私が与えなくても、すでに大きな力を持っているようだな」
「私はミネルバ母さんから精霊の力をいただきました」
「なるほど、ミネルバか。あいつならそれも出来ただろうな」
「ミネルバ母さんと親しかったのですか?」
「彼女は儂をここから出そうといろいろ力を尽くしてくれたのだ」
「あと少しで出られたのだがな」
「あなたはここで何をされてたのですか」
チュールは精霊の雰囲気が変わるのを感じた。
「儂は危ないことは好かんでな」
「他の兄弟が良かれと思ってやって来たことは、結局聖女の命と引き換えになってしまった」
「じゃから儂はここで密かに、人を癒すための水を作り続けることにしたのよ」
「間抜けなことに、それが仇になって、ここから出られなくなってしまったがな」
「そんな時、ミネルバとエレノアに会ったのだ」
「二人には儂がはっきり見えたらしくて、お前と同じように、この穴から覗いて儂を見つけた」
「当時は針が通る位の孔だったのだがな」
「ミネルバがいろいろ工夫して、ここまで大きな穴にしたのだ」
「あと少しと言うところで、エレノアとミネルバの姿を見なくなった」
ーーもしかして、エレノアさまの結婚式の日?
シバー家の話はマルセルから聞かされていた。
ーーお母さんが失踪しなかったら、この穴はもっと大きくなって、この精霊は外に出られたと言うことね。
ーーそうなると、その後のシバー家はどうなっていたのかしら。
ーー今外に出してあげたら、ここはどうなるのかしら?
不安に駆られたチュールに構わず、精霊は話を続ける。
「この穴は見ての通り、儂とお前との間に滴る水滴に阻まれておるーー儂ら精霊は水に触れることが出来ないのだ」
「だから今まで、穴があっても外に出ることが叶わなかった」
「水に浸かるとどうなるのですか」
「見たことはないがーー固まってしまうらしい」
「誰もそれを見た者がいないのだ」
「東の湖に、湖に落ちて固まってしまった精霊がいるらしいが、はっきりしたことはわからん」
「悪いが儂はまだ固まるつもりは無い。そういうことだ。儂は今まで通りここで過ごす」
ーーどうしても出たいという気持ちは取りあえず無いみたいね。
チュールがホッと胸を撫で下ろしたが、精霊はそれを落胆と見たのだろう。
「心配するな。お前が跡を継ぐというなら、ここの水は昔のように温泉にしてやろう」
「人々の治療に役立てるといい」
「ありがとうございます」
「なるほどね。私もあの穴に何か感じて覗こうとしたんだけどね」
「同じシバー家の血筋なのに、なぜ私は精霊に会えなかったのかしら」
「ミネルバ母さんだと思ったと言ってましたよ」
「なら、猶更出てくれば良かったじゃない」
「水が邪魔して出られなかったんですって」
「なら、ここにいる!って呼べばいいじゃない」
「マルセルお姉さまが声をかけたら良かったんじゃないですか?」
「懐かしいと思ったのなら、自分から声をかけるのが常識じゃないかしら?」
「知らない人に、あなただあれ?って声をかけろというの?」
「やれ、やれ マルセルが駄々をこね始めたわ」
「流石にシフォン家の血筋ね。アスクさんにそっくり」
ジャンヌが茶化してくる。
「嫌だわぁ。二人もアスクがいるなんて、もう懲り懲りよ。生母でなくて良かったわぁ」
デノーテまでがそう言って、安堵の声を漏らす。
一瞬の間があって、部屋中が笑いの渦に巻き込まれた。
マルセルだけがふくれっ面をして横を向いている。
デノーテがマルセルに近寄り、優しくその頭を撫でて抱き締めると、そばにいたファーナとジャンヌが負けまいとばかりにデノーテに抱きついていった。
それを見ていたチュールがどうしたものかと迷っていると、デノーテがチュールを見て優しく手招きをする。
それでもまだ迷っていると、横にいたミッシェルがチュールの肩を軽く叩き、”行け”というように指で合図した。
ーーそうよね、デノーテさまはマルセル姉さんの義母さまだもの、私にとっても義母さまよね。
覚悟を決めたチュールもデノーテに抱きついていった。




