力の継承
ミネルバがマルセルを育てたのは、生んでから乳離れするまでだった。
マルセルをバッセに引き渡すと、代償として受け取ったお金で店を手に入れ、かねてから恋仲だった男と暮らし始めた。
その後、二人の間にサックスとチュールという双子の兄妹が生まれた。
店の経営も順調で、四人は楽しく暮らしていたが、チュールの十二歳のお披露目が終わった日の夜、皆が寝静まったころに、ミネルバがチュールを起こして小声で話しかけた。
「チュール、今日のカーテシーの時に、あなたの頭に光が舞わなくて寂しい思いをしたでしょう?」
「今年は光らない人ばかりだったから気にしてないわ。それに”聖女の証”だって持ってないもの。光る訳無いわ」
「ごめんね。それは私のせいなの」
「本当はね、あなたは”聖女の証”を持っているの」
「えっ」
思いも掛けないことをミネルバが言い始めたので、チュールは驚いた。
「今まで黙っていてごめんね。これまでずっと隠し続けて来たの」
「あなたのために。それにーー私のためにも」
自分たちはただの村人で貴族などではない。”聖女の証”があろうが無かろうが関係ないと思っていたチュールには、母の言った意味がわからなかった。
ーー”私たちのため”って、どういうことなんだろう。
「お披露目も済んだ後だから、もうだれもあなたに精霊の力が宿っているとは疑わないでしょうから、私があなたから預かっていた力を、ここで返すわね」
「それに私が持っている力も渡すから、あなたに受け継いで欲しいわ」
チュールは驚きで声も出ない。
そんなチュールに構わず、ミネルバはチュールの手を取った。
ミネルバの指先が光り始めて、その光は掴んでいたチュールの指先に纏わりつくように伝っていき、チュールの身体に沈み込んでいった。
光りが消えた時、ミネルバが少しよろけて言った。
「わあ、ギリギリだったわね。あなたの器がもう少し大きかったら、私、今ここで死んでたかも知れないわ」
そう言って、ミネルバはチュールを抱き締めると、チュールの目を見つめて真剣な表情で話し始めた。
「これであなたは、望めばいつでも精霊の力を使うことができるようになったわ」
「でも、これだけは憶えておくのよ」
「精霊の力を使い過ぎて、それが涸れた時はーーあなたは死ぬのよ」
「だから、悪い人に利用されないように隠しておくの。あなたが命を賭けてでも使いたい時にだけ使うようにしなさい」
「でも、どうやってやればいいの?」
ミネルバの顔が悲しそうに歪む。
「おかあさんは若い時のちょっとした過ちで、人が信用出来なくなってしまった」
「どうすればその力を使えるか知ろうともせず、誰にも尋ねずに今日まで来てしまったの」
「これではいけないと気づいても、せっかく持っていた私の力をみんなのために使うことが出来なかった」
「だから、私の力の使い道も、力の使い方も、あなたに託しておくしかないの」
程なくしてミネルバは寝付いてしまい、息を引き取った。
父はその前年に病気で他界していたので、兄妹は二人っきりになってしまった。
ミネルバの死があまりに急だったので、周囲の人は訝った。
チュールにはその原因が、ミネルバが自分に精霊の力を全て与えてくれたからだと確信していたが、誰にもその秘密は話さなかった。
精霊の力を失うと死んでしまうという事実を目の前で見せられると、チュールにはそんな恐ろしい力を使うことは怖くて考えられなかった。
ましてや、使い方さえ知らないのだ。
ちょっとした誤りで使い切ってしまうかも知れない。
人と会っている時には、少しでも聖女らしいそぶりは見せないように努めた。
心が安らぐのは、寝ている時だけだった。
ミネルバが死んだ後のチュールの様子が以前と変わったのに気づいたのはサックスだった。
「チュール、お前、何かあったのか?」
「何でもないわ」
「最近、お前は寝てるとき、光ってることがあるし」
「えっ」
秘密を知られたかと狼狽しているチュールの頭を優しく撫でながら、サックスがささやいた。
「お母さんもな、時々光ることがあったんだ」
「父さんも知っててさ。その姿を見ると心が癒されると言ってた」
「俺も、今でもお母さんが恋しくて泣きたいときがあるんだが、お前が光るのを見たら癒されるんだよ」
「サックスったら、赤ちゃんみたい」
「なぜ母さんみたいに光るんだろうな」
そう言って、サックスが鼻を擦る。
チュールは意を決して、母との間にあったことをサックスに話した。
「そういうことなら、この話はここで終わりにしておいた方がいいな」
兄と秘密を共有して気持が楽になったチュールは、その日から寝ている時に光ることはなくなった。
ただ、兄のサックスがぼやくことが多くなった。
「癒されない」
知らず知らずのうちに精霊の力を人前で使ってしまって、精霊の力を使えることが人に知れたらどうしようと悩んだチュールは、なるべく人前に出ないようにしていた。
それでもどういう訳か、チュールの周りには人が集まってきた。
最初はチュールも恐れて逃げ隠れしていたのだが、自分たちの店が繁盛し始めると、両親のいない店の顔として表に出ざるを得なかった。
そんな時、シフォン家で庭師をしている、父の友人のマッケンが訪ねて来た。
両親が無くなった後の子供たちを心配して様子を見に来たのだ。
客商売の苦手なチュールを見て、マッケンが声を掛けて来た。
「チュール、シャンツ家のジョセさまのお手伝いをする気は無いか?」
「実は、尖塔にジョセさまが滞在しておられるんだが、お世話をする者をアスクさまが探しておられてな」
「お前さえ良ければ、紹介してやるぞ」
毎日、大勢の人の相手をするのに疲れていたチュールはすぐにマッケンの手を掴んだ。
「マッケンさん、そこで働かせてください」
日ごろのチュールの様子を見ていたサックスも心が痛んでいたので、彼もマッケンに頼み込んだ。
「マッケンさん、ぜひチュールにその仕事をやらせてやってください」
兄妹に押された形で、マッケンはアスクに事情を話し、チュールを尖塔のジョセの元に連れて行った。
「それは有り難いが、私には人を雇うような余裕は無いよ」
「ジョセさま、それは心配しないでください。シフォン家のメイド見習いとして雇いますから」
ジョセの気持ちを汲んで、アスクが助け舟を出す。
「その代わり、ジョセさまには尖塔の階段にある本を使って塾を開いていただければ嬉しいのですが」
「それでいいなら、シフォン領の子供たちも含めて、ここで塾を開こう」
そう言うと、ジョセはチュールに向き合い、手を差し出した。
「チュールと言ったか?悪いが私の世話をお願いしたい。もちろん君もここで学んで欲しい」
「はい、よろしくお願いします」
チュールはジョセの手を取った。




