相続
「チュール、あなたにお願いがあるの。シバー家を継いでくれない?」
久々に尖塔でジョセの手伝いをしていたチュールを見つけたマルセルが、挨拶もそこそこに話しかけてきた。
「えっ、それはサックスの方が適任でーー」
急な話に驚いたチュールが辞退する様子を見せると、マルセルが頭を掻きながら面倒くさそうに説明を始めた。
「やはりそうなるかー。でも知っての通り、ファーナがどうしても彼と結婚したいと言ってるじゃない?」
「そうなると、彼はまず間違いなくモードネス家に婿入りするよね」
「だからぁ、あなたしかシバー家を継げる人間はいないと言うことなのよ」
「お姉さまだってシバー家の血を受け継いでいるじゃないですか」
「それはまあそうなんだけどさぁ。確かにシバー家とシフォン家の血が流れているけどーー」
「シフォン家のバッセさまには、最後まで実子として認められてないから、あそこはアスクで決まりでしょう?」
「それなら、シバー家を継いでも全く問題ないじゃないですか」
「そう!そこなのよ」
「考えてみてちょうだい。私はモードネス家のデノーテ母さまの養女なのよ」
「シャンツ家の娘であるファーナは従妹で、私は彼女の義母にもなったのよね」
「ファーナがどの家を継ぐかで、私の立場も変わるのよ」
「だから、四家のどの家にも関わっているのよね」
「それじゃややこしいから、その家しか継げない人に継いで欲しいわけよ」
「例えば、シャンツ家はジョセでしょう。継ぎたがってたもの。ファーナはモードネス家に出ちゃったしね」
「シフォン家はさっきも言った通り、正統な跡継ぎのアスクが適任でしょう」
「モードネス家はデノーテ義母さまの娘になったファーナがすでに女王として継いでるからね」
「となるとシバー家も、家を継ぐはずだったミネルバ母さんの子のチュールで決まりと言うこと」
マルセルが一気に述べ立てた。
「そうしてくれれば、私が自由に動けると言うわけ」
そう言って、どや顔をする。
マルセルがシバー家をチュールに継がせたい目的がわかったチュールが膨れる。
「それが本当の目的ですか?ずるいですよ!」
「私にはやることがあるのよ。だから、お願い、お願いよ」
手を合わせて懇願する姉の押しにはチュールは弱かった。
「でも私に領主の仕事なんて出来るでしょうか」
「大丈夫よぉ。エレノアさまはシバー家の出なのよ。あなたさえ認めれば、今日からでもエレノアさまに教育してもらってもいいのよ」
「逃げ道を無くしましたね」
「ええ、無いわ」
「じゃ、お受けするしかないじゃないですか」
「良かったぁ。断られたらどうしようかと思ってたのよ」
「えっ、断っても良かったんですか」
「ちゃんとあなたの意見を尊重したつもりよ」
「うまく騙しましたね」
「人聞きの悪いことを言うなぁ。うまく説得したと言われたいわ」
「マルセル姉さんには敵いませんね」
「そうよ、あなたのお姉さまだもの」
がくりと肩を落とすチュールを楽しそうに眺めていたマルセルが、今度はまじめな顔になって話しかけてきた。
「それはそうと、あなたの聖女の力はものすごく強いでしょう?」
「えっ、わかりますか」
「そりゃあ、同じ血が流れているんだもの」
「でも注意してね。その力は使い切ってしまうとーー」
「死んでしまいます」
チュールがはっきりと言うので、マルセルは驚いた。
今までは、薄々感じていたという位で、確信は無かったからだ。
「わかってたの?」
「お母さんから、私のお披露目の後に聞きました」
「その時に、戻してあげると言って、お母さんが持っていた力を殆ど私に入るだけ流し込んでくれたんですが、その時に、使い切ると死んでしまうって話してくれたんです」
「実際に、お母さんがその後すぐに死んでしまったのを見てますからーー」
「どうすればうまく力を出せるのかわからないので、聖女の力を使うのはすごく怖いです」
マルセルはチュールを抱きしめた。
「そうだったの」
ーーやはりあの時に、何かどこかとつながっていた暖かいものが、急に途切れたような気持になったのは、お母さんが亡くなった時で間違いないわね。
ーーこれで、聖女の力は使い切ってしまうと死ぬことだけは、はっきりしたわ。
ーー峠の結界、モードネス家の墓所、ファーナ。
ーーどれも厄介ね。どうすればいいのかしら? どこかに謎を解く鍵が無いか、よく調べてみなくては。
マルセルはしばらく考えていたが、チュールがまだそこに立っているのに気がついた。
「あら、ごめんなさい。チュール、私のやることが決まったわ」
「やはりあなたがシバー家を継ぐしかないわ。後で泣き言を言ってきても、もう聞かないからね」
「聖女の力の使い方が不安なら、癒し程度の力なら使っても問題ないと思うから、昔のようにシバー家で治療院を開いたらどうかしら」
「シフォン家の尖塔のように、あの建物にはそんな力が残っている気がするから」
「やってみます」
「マリーさんやミッシェルさんとも、よく相談してね」
「はい」
「頼むわよ」
部屋を出て行こうとしたマルセルの前に、何かを思い出したチュールが駆け寄ってきた。
「家を継ぐ代わりに、お願いがあります」
「あら、何かしら?」
「ミネルバお母さんの部屋を私に使わせてください」
「何か、わけでも?」
「お母さんにも手伝って欲しくて」
「そうね、あの部屋にはミネルバ母さんがまだいるみたいだものね」
「あなたが館の主人になるのだから、好きにしていいのよ。じゃ、頑張ってね」
「はい」
そうしてマルセルはシバー家をチュールに継がせた。
その噂を聞いて集まって来たミネルバを知る元使用人たちが、チュールを見て「ミネルバさまが帰って来た」と大騒ぎになった。
チュールは、そんな元使用人たちに、望むなら元のように雇ってもいいと伝えた。
それを耳にした元使用人たちのほぼ全てが、すでに生活を固めていたにも関わらず、チュールの元に集まって来た。
たちまちのうちに、彼らによって治療院が開設され、昔を知っている人たちが多く訪れてくるようになった。
その後のシバー家には、必ず双子の男女が生まれるようになるのは、もっと後の話。




