不安の芽生え
「よく来られた。身体のほうはもう大丈夫なのか」
「はい、お陰さまで」
ファーナの前に、海の国の商人の父親の姿があった。
「ところで、息子に託された文の、火急なご用事とは何でございましょう?」
「聞きたいことがあるのだ。お主の息子が口を滑らせたのだがーー」
「正直に申せ。”特別な通路”とは何のことだ」
「あ奴が、そのことを?」
商人は大きなため息をついた。
「やはりまだ、ここでの商売を任せるべきではございませんでしたな」
ファーナの訝し気な表情を見て取った商人は、手を広げて顔の前で振った。
「いえ、隠すつもりではございませなんだ」
「ただ、この話が広がってしまうと、商人としての我が家の大損害というだけでなく、御国の安全にも関わる事でもありますので、代々当主だけに語り継がれて秘密を守って来ただけなのです」
「知った以上、どんな事情があったにせよ、隠させたままというわけにはいかんぞ。詳しく聞かせてくれぬか」
「そうでありましょうな」
商人はどこから話そうかと考えていたが、長くなると前置きして話し始めた。
「我が家に伝わる話ですがーー」
商人の先祖は山師をしていた。
四百年前に人が北からこの平原に入って来るより前に、彼がここを訪れた最初の人間だった。
そのまま居ついていれば彼らがこの平原の主となっていたのだろうが、彼らはここに住むことを良しとしなかったらしい。あまりにも利が無いと判断したのだろう。
先祖の山師としての見立てによると、火山の外輪山の中に出来た広い火口が、今の屏風のような崖を残して陥没して出来たのがこの平原ということになる。
その後に平原の中で噴火が起こり、小火山が四つ出来た。それが今の四家が住まう丘になった。
中央の丘の下にはもう一つ小さな火山が出来て、今の小島を持つ小さな湖になった。今はここがモードネス家の墓所になっている。
その後南側で大噴火が起きて、南の山が出来た。
その噴火で外輪山の一部が崩れ、堰き止められた水の水位が上がって今の東西の湖が出来た。
まだ人が知らない時代の話である。
最後に出来た南の山の、海の国側の麓で、商人の先祖が溶岩洞窟の入り口を見つけた。
探検して平原に出る道を見つけたが、誰にも秘密にしておいた。
平原に南の国が出来たらしいと噂が聞こえて来ると、商人たちは湖の東の村から湖岸沿いに荷を運んだが、その道だとどんなに急いでも片道20日は掛かる。
そこで先祖は、見つけていた溶岩洞窟を通って商売を始める事にした。
ここを通れば一日で南の国に出られるのだ。
しかも、溶岩洞窟は、網の目のように別れているにも関わらず、迷わずに真っすぐ平原に出られるのだ。
これには秘密があった。
それを他の商人に気づかれないようにするため、洞窟の入り口付近からは代々の当主だけが荷を運んで来た。
「これまでにも、何か秘密があるに違いないと疑って、洞窟に入った者はおりましたが、網の目のような洞窟の中で出口が見つからず、戻るも出来ずで、飢えて死にかけたところを、私どもが助けたということは何度かあります」
「私どもが通らない所では、息絶えた者もおるやも知れません」
「これまで出入口を秘密にして来たということで、私どもの御国に対する誠意と受け取っていただければ嬉しいのですが」
平然として聞いていたファーナだったが、心は決まっていた。
「これまで秘密を守って、我が国の安全を守ってくれたことには感謝する」
「だが、後継ぎがあの様子では、これからも安全が守れるか心配でならぬ」
「ごもっともです」
「申し訳ないが、今後は南の国での商売範囲を限定させていただきたい」
「それも、ごもっともです」
「まだ決めてはおらぬが、南の山に一番近いシフォン家の領地辺りに限らせてもらう」
「仕方ありませぬな」
「それと、洞窟の出入口に番人を置きたい」
「それはーー無理かと思われます」
「無理?」
「はい、”約定”により、洞窟も含めて、南の森までの道は私どもしか、しかも一人だけしか通れません」
「その”約定”と言うのは?」
「私どもの先祖が森の人との間で決めたことのようです」
「森の人だと?」
「私もまだ会ったことがございません。それ以上はわかりかねます」
「わかった。それでは、さっき申した通りにさせてもらうと言うことで良いな?」
「寛大なご処置、承りました」
商売を止められることを覚悟していた商人だったが、限定的とは言え、これまでのように商売が続けられるとわかり、ホッとして帰路に就いた。
商人を労って見送ると、ファーナたちは部屋に戻って相談を始めた。
「あの溶岩洞窟とやらに、兵士でも送り込まれたらやっかいですね」
「以前、刺客が来たことがありましたが、まさかその洞窟を通って来たのでは?」
「あの時はモードネス家の元使用人だと言っていましたが、南の山の向こうの言葉も使ってましたから、可能性はありますね」
「商人は、”約定”により商家の当主しか通れないと言っていましたがーー別の道を見つけて、居ついたのかも知れないわ」
「森の人とは誰なのでしょうか」
「いずれにしても、あの若い息子が後を継ぐのでは心もとない」
「別の誰かが洞窟を通って入って来ることは、想定しておかないといけないでしょう」
「ええ、何か手を打っておかないといけませんね」
「こちら側に結界を張りますか?」
「私たちの結界は人を選ぶことが出来ません」
「それに、結界を張ることには大きな代償が伴うのはわかっているでしょう」
「そんなことをすると、彼らも入ってきて商売することが出来なくなりますし、私たちも困ります」
「溶岩洞窟の出入口を固めるのが手っ取り早いのですがね」
「それも無理と言っていました。南の森の出入口を固めるしかないですね」
「海の国側に設けるのはどうでしょう」
「他国に私たちが勝手に関所を設けて良いものかどうか」
「海の国とは交流もありませんし」
「それでも、調べてみる必要がありますね」
「それと、溶岩洞窟は枝分かれしているとも言ってました。他にも出入口があるかどうか、確認しておかないといけません」
「南の森に入っていく手段を探さなくては」
「それにはまず、どの辺りに出入口があるか、聞き出しておかないといけませんがーー」
「教えてくれるでしょうか」
「あの息子なら、教えてくれるかも知れませんよ」
「流石にもう来ないでしょう」
「あの父親はしっかりしているからーー」
「王都での商売の再開を餌にしてでも、聞き出しておかないといけませんね」
「それまではせめて、こちら側の管理だけでも必要ですね。南の森の出入口付近はシフォン家の領地になりますが、アスクさんがどう出るかーー」
「彼はまだファーナ女王に恭順の意を示してないですよね」
「ええ、今のままだと、侵入者と結託する可能性も捨てきれません」
「それなら我が家から私兵を送るようにしましょう」
黙って聞いていたデノーテが口を挟んだ。
「私兵ですって?」
「ほら、あなたを襲おうとした男がいたでしょう」
「ああ、デノーテ義母さまに預けた人たちね」
「モードネス家に対する忠誠心は人一倍だから、モードネス家のファーナ女王を助けるためなら命を賭けるわよ」
「義母さまに私兵を出されたんじゃ、女王として面子が立たないわ」
「峠に常駐していた元シャンツ家の守備隊をそっちに回そうじゃないの」
「となると、後はシャンツ家に関所を置くのを認めさせるだけね」
「シフォン領で定期市を開くという条件を付けたらどう?」
そう言って、皆がマルセルとジャンヌを見つめる。
マルセルとジャンヌは浮かない顔をしていた。
「あの、アスクさんよ?」
「こじれたら、厄介よね。私たちには説得は出来そうもないわ」
「私でも無理かもしれないわね」
デノーテの言葉に皆が固まる。
「仕方ないわね。どうすればいいか考えましょう」
ファーナもジョセのことを考えながら、ため息をついた。




