商人
「本日は、私どもの無理な求めにも関わらず、貴重なご時間を割いていただき、誠にありがとうございます」
市が開かれている広場で、ファーナの前に立って頭を下げているのは、南の山の向こうの海の国から定期的にやって来る商人で、いつもの老人と違って若い男だった。
「して、わざわざ私に用があると言うのは?」
ファーナが如何にも女王らしく振舞っているのを見て、そばに立っていたマルセルが横を向いてクスっと笑う。
それを横目でチラっと見たファーナが、少し顔を赤くして声を張り上げる。
「それに、お前を見るのは初めてだと思うが?」
「はい、これまでは父が伺っておりましたが、腰を痛めまして長旅が辛くなりました」
「代わりに私が南の国での商いを任されました」
南の国から来る商人はよく気がつく人物で、頼みごとをする前に必要な物を揃えてくれるので、皆の信頼が厚かった。
「そうか、今後とも今まで同様に、よろしく頼むぞ」
そう言って、彼と一緒に市に並べられている品々を見て回る。
「それにしても父に劣らぬ手際の良さであるの。品ぞろえも良い」
「何と言っても、毎度新鮮な海の魚介類を運んでくれるのは助かる。皆、心待ちにしておるからの」
ファーナが商人の手際の良さを褒めると、喜んだ商人はモミ手をして口を開く。
「はい、今回はそれに加えて、特別な物も用意しております」
「特別な物とは?」
商人は馬車の屋根の上に置いてあった大きな箱を下ろし、得意げに蓋を開けた。
「これでございます」
箱の中には、色とりどりの小さな造花が入っていた。それは貝殻で作られていた。
「綺麗だが、特別な物とはどういうことじゃ」
「母の日に贈るために作られた、貝殻で出来た花でございます」
「母の日じゃと?」
「はい、海の国では母の日に貝殻で出来た造花を自分の母に贈るのが習わしとなっております」
「これは七日経つと自然に崩れるように出来ておりまして、母の健康を願いながら崩れた貝殻を海辺に戻しておくという段取りになっております」
「一週間乾かした貝殻は、再び海に漬かることで、さらに深みを増した色になります。それを使ってまた花を作ります」
「それが何年も繰り返されると、このようにより濃い色になります」
商人は中にあった小さな箱を取り出すと、蓋を開けて中から濃い赤色をした花を取り出した。
他の花と比べても、その濃さは赤とも黒とも言えない美しさだった。
ファーナたちが見つめていると、それを見ていた商人が語りだした。
「つまり、この花に使われている貝殻は、何度も母の手に渡っているということになります」
「それはお母さんが大事にされてきたことの証でもあると、海の国では考えています。ですのでーー」
「お国でも必要じゃないかと思いまして」
得意そうに商人が喋る。
「それは確かに良いことだとは思うが、ここにはそんな習慣は無いぞ」
「えっ」
「考えても見よ、ここには海など無い」
「あっ」
今さらながら、商人は自分の失態に気づいた。
「そういう日があれば、そうよの、シフォン家の庭園のバラの方が喜ばれる」
その会話をそばで聞いていたマルセルが、がっくりと首を項垂れる商人に問いかけた。
「わが国のことをお父上から聞いていないのですか」
「父は、必要としているかわからないものは持って行くなとはーー言っていましたが」
確かに、商人の父親は、無理矢理売りつけるようなことはしなかった。
「相手が必要と考えている物だけを持って行けということだと思いますよ」
「ですが、見たことも無いものを知る機会も必要なのではと思いましてーー」
「それはいいことじゃが、相手の事情もよく知っておく必要はあったの」
ファーナが止めを刺す。
「そうですね」
当てが外れて、がっくりと肩を落とす商人を見ていたファーナが、商人の肩に手を当てた。
「まあ良い。我が利益を上げるためとは言え、私たちに新しい考えを教えてくれようとしたのだ」
「教授料として、今回は私が全部買い上げよう」
「えっ、本当ですか」
「無論じゃ。この貝は真水に浸しても色が変わるのか」
「はい、塩水の方がより鮮やかに発色しますが」
ファーナはそばにいた役人を手招きした。
「今日、市に来ている者で、母が健在という者には、この貝殻で作った花を渡して欲しい」
「”必ず母に渡せ”と伝えるのだぞ。そして七日が経って花が崩れたら、モードネス家の池に撒くようにとも伝えておくのじゃ」
「はい、ところで女王さま。これは私どもも頂いてよろしいので」
役人たちも欲しそうだ。
「母がいて、渡せると言うなら構わん」
「そうだ、私にも五つばかり取り置いて欲しい」
「良いものを選んで館の方にお届けします。後は、言われたように手配させて頂きます」
役人たちは上機嫌で貝殻細工の花の入った箱を運んで行った。
「と、言うことだ。代価は私に請求して欲しい」
「ありがとうございます!」
「助かりました! 今更持って帰っても、母の日を過ぎたら売れませんから」
「途中で崩れたら、海に撒くしかありませんので」
「これに懲りたら、相手の意向を確信してから持ってくるのじゃな」
「どちらかと言えば、今ここで欲しいと言った物が、すぐ手に入る方がうれしいからの」
「それは今すぐにと言われても大丈夫でございます! 我が家は特別な通路を持っていますから」
「特別な通路じゃと?」
商人はあっと口を塞いだが、もうそこにいた皆の目が商人に注がれていた。
父にもそれだけは明かすなと言われていた商人は、また肩を落とした。




