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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
最強の聖女たち
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メイド見習い

 デノーテが奥に声を掛けるその少し前、シフォン家のメイド長室に、メイド長のマーサと小さな娘を連れた母親の姿があった。

 母親は腰を低くして何度もお辞儀をすると、横に立っていた自分の娘をマーサの前に押し出した。


「マーサさん、これが娘のジャンヌです」


 そう言って、母親は子供の背中を突く。


「ほら、ちゃんと挨拶しな」


 母親に促された娘が、慌ててペコっとお辞儀をする。


「ジ、ジャンヌでしゅ。よ、よろしくお願いします」

「ああ、歳は?」


 ジャンヌがちらっと母親を見るが、母親は横を向いて知らん顔をしている。


「えっとーー十歳?になーーるでしゅ」


 まだ九歳になる前だったが、もう十歳だと言えと父親から釘を刺されていた。


「ふーん」


 マーサがジロジロとジャンヌを眺め廻し、値踏みを始める。

 ジャンヌはそんなマーサの目をじっと見つめたままで立っていた。


ーー十歳には見えないけどね。どう見てもやっと九歳になるかならないかだよ。

ーーでもしっかりしていそうじゃない。使えそうね。


 何とかなりそうだと得心したマーサがジャンヌの前に立った。

 ジャンヌの顔に不安が広がる。


「今日からメイド見習いをやってもらうわ。私がメイド長のマーサよ。よろしくね」


 ジャンヌの顔が笑顔になって、コクリと頭を下げる。


「よ、よろしくお願いしましゅ」


 マーサは横で不安そうに見ていた母親の方に振り向くと、言わなくてもわかっているわよと言う仕草をした。


「給金の話は、あんたの旦那さんから耳が痛くなるほどしっかり聞かされてるからね。帰りに執事のタンカの所に寄ってちょうだい」

「ありがとうございます」


 歳がバレて追い返されるんじゃないかと気を揉んでいた母親だったが、ホッと胸を撫で下ろすと、早々にその場を去ることにした。


「じゃあね。ジャンヌ、しっかり奉公して、可愛がられるんだよ」


 そう言ってジャンヌの頭を撫で、そそくさと部屋を出て行った母親を見送ったマーサは、そばにいたメイドの一人を手招きした。


「この子にメイド服を用意してやりな」

「それと、あんたの部屋はーー」


 そう言いかけたところに、別のメイドが息を切らせて部屋に飛び込んできた。


「マーサさん、アスク坊ちゃまがーー」


 アスクはバッセとデノーテの一人息子だ。


「あら、また癇癪の発作が起きたのかねぇ。タンカにも来るように伝えてちょうだい」

「はい」


 これはいつものことのようで、マーサは慌てることなくメイドたちに指示を与える。

 メイドたちが出て行くと、マーサはジャンヌの方を振り向いた。


「ジャンヌ、着替えたらここで待っているんだよ」


 そう言い残すと、マーサは大急ぎでメイド室から出て行った。


ーーアスクって、誰なんだろう?

ーー何か、難しい子みたい。虐められなきゃいいけど。


 メイド服に着替え終えたジャンヌがマーサの帰りを待っていると、女の人の声が聞こえて来た。


「誰かいないの?」


 それを聞いたジャンヌは悩んだ。

 待っていろと言われただけで、仕事をしろと言われたわけではない。


ーーあれって、奥さまだよね?

ーー誰か行かないといけないんだよね。


「誰かいないの?」


ーーまた呼んでる。

ーー私が行ってもいいのかな?


 意を決したジャンヌが、声のした部屋の前まで歩いて行き、深く息をして扉を細めに開けて顔を出し、恐る恐る答えた。


「はい、奥しゃま」


 見知らぬ子どもが顔を出したので、メイドが入って来ると思っていたデノーテは驚いた。


「お前は?」

「さっき、メイド見習いになりましゅた。ジ、ジャンヌと申しましゅ」


 見れば、確かにシフォン家のメイド服を着ているが、丈が合わずブカブカだった。


ーー誰も仕立て直してやらなかったのかしらね。

ーーこんな子をお客様の前には出せないでしょうに。


 次々に出てくる難題にデノーテはハァとため息をついた。


ーーいいわ、一つづつ片付けましょう。


「ジャンヌね? いくつになるの?」


 主人の前では、さすがにもう十歳だとは言えなかった。


「もう少ししたら十歳?になります」


 そう言って作り笑顔を見せる。

 前歯の欠けた顔は、どう見ても九歳の誕生日前だ。


ーーこの子じゃ、何とも頼りないわね。


 デノーテはまたため息をついた。


「他には誰もいないのかしら? マーサは?」

「はい、皆さんはーーアスク坊ちゃま?ーーのところでしゅ」


ーーあら、また癇癪が出たのかしら? それじゃあ私も行くしかないわね。


 逃げ道を見つけた気分になったデノーテは、腕の中の女の子をジャンヌに渡すことにした。


ーーアスクのことが片付いたら、タンカに伝えておけばいいわ。


「私はアスクの所に行くから、この子を見ていてちょうだい」


 デノーテはジャンヌに女の子を抱かせた。


「名前はマルセルと言うそうよ」

「はい、わかりましゅたぁ。どこにお連れしておきましょうか?」

「そうね」


ーーどうせタンカが金をやって直ぐに帰してしまうのだろうから、部屋を与える必要も無いわね。


 どうしたものかと思案するデノーテが何気なく目をやった窓の外に、白い石造りの尖塔が見えた。

 義母が趣味のための別館として造らせて、義父母は亡くなるまで自分たちの居室として使っていたものだ。

 義母の死後にデノーテに譲られたのだが、喜んだデノーテが中に入ると、何故か言い様も無く落ち着かず、すぐに外に飛び出してしまった。

 そしてその後は、二度と尖塔に向かうことは無かった。

 それだけでなく、母屋にあった義母の形見の家具なども、やはりそばにあると落ち着かず、それらも全て尖塔に押し込んでしまった。

 以来、そこは物置と化していた。

 デノーテはマルセルを見た時に湧いてきた気持ちは、それと同じものだと気づいた。


ーー嫌なものはあそこが一番ね。


 ジャンヌの方を振り向くと、尖塔を指差して言った。


「見えるでしょう。あそこに連れて行きなさい。そこでその子の子守りをして待っていてちょうだい」

「わかりましゅたぁ」

 

 ジャンヌがマルセルを抱いて部屋を出て行くのを見届けると、デノーテは大きなため息を一つつき、急いでアスクの部屋に向かった。




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