即位
王はしばらく目を瞑って考えていたが、目を開くとファーナを手招きして呼び寄せた。
「ファーナ、こっちへ来なさい」
ファーナが王のそばに来ると、その肩を抱き、マルセルに目を向けた。
「具体的にはどうするつもりなのだ?」
「まず、ファーナ王女にはモードネス家のデノーテさまの養女になっていただきます」
「ほう、デノーテが義母になるのか」
聞いていたエレノアの顔に驚きとも安堵とも取れる笑みが浮かんだ。
マルセルはエレノアを目をやり、にこりとほほ笑む。
「先ほども申し上げたように、ファーナ王女の乳母としての役目をデノーテ義母さまが引き継いで頂けるそうです」
「本当に、本当にそうしてくれるのか」
グーテ王はエレノア王妃の手を掴み、強く握りしめた。
「ファーナ王女がモードネス家の養女になって出て行くとなれば、ジョセ王子は王位が確実に手に入ったも同然と思われるのではないでしょうか」
「ふむ、その後、儂が王位を退いて隠居することを宣言すればいいのじゃな」
「はい、そして王夫妻には、私とファーナ王女の庇護に入っていただきましょう」
「ジョセは目の上のコブが全て無くなるわけだ。さぞ嬉しかろうの」
王は苦々しさを隠さずに、吐き捨てるようにつぶやく。
それを横目で見ていたマルセルが続ける。
「ジョセ王子は自分が王位を継ぐことを宣言すると思いますが、そこでモードネス家とシバー家が待ったを掛けます」
「王位は”聖女の証”が一番強い家に継がせると決まっているはずだーーと」
「シャンツ家は初代から続く結界を維持できてこその王家です。ジョセ王子にそれが出来るのかーーと」
「実際に今の王ご夫妻の状況でも、結界にいくらか綻びが出来るのが見えております」
「そうなのか」
驚く王がエレノア王妃に問いかける。
エレノア王妃が寂しそうに王を見ると、こくんと首を縦に振る。
「王には、この結界を修復した家こそ王家だと宣言されるとよろしいでしょう」
王の顔に笑顔が戻った。
「そしてマルセルが初代モードネス女王になるのじゃな」
「いえ、くどいようですが、私の義妹であるファーナが結界を修復し、その功績によりファーナが初代モードネス女王となります」
「私はその手助けをするだけです」
「そこまで言うならーーわかった。ならば儂らはどうすればいい」
「王ご夫妻には、すぐにでも結界に力を注ぐのを止めていただきます」
「結界が途切れたのを知れば、北の国からの侵入が始まると思われます」
「そこでファーナ王女が結界を修復して追い返せば、国民は皆安心してファーナ王女を女王と認めるでしょう」
「あいわかった」
「その後は、エレノア様はグーテ王との生活に必要なだけ精霊の力を使われればよろしいかと」
「それはうれしい。エレノアよ、儂らはもっと長く生きられそうだな」
「はい、結界に注ぐ力を止めていいなら、後10年くらいは」
「そんなに生きられるのか。隠居するのが惜しくなったのう」
「退位するからこそ得られる人生ですよ。楽しみましょうね。あなた」
「実は、私とジャンヌが王都で使っていた屋敷は、先王が隠居所として造られたものなので、隠居して住まうには恰好の場所です」
「ここに移られてはどうでしょう」
「今はモードネス家に作った新館の尖塔に移しましたので、空いているのです。元々、王さまより拝領した屋敷ですし」
「そうか、それは嬉しい。そうさせてもらおうか」
程なく、国王が退位を宣言し、エレノア女王が結界に力を注ぐのを止めた。
峠で機を窺っていた北の兵がそれに気づき、兵を集めて峠を駆け下りてこようとした。
マルセルはファーナを前に立たせ、ファーナを通して聖女の力を注いだ。
その力は簡単に北の兵を追い払うことが出来た。
そして改めて結界を張ることにも成功した。
ファーナを通したことで、思いがけずも結界の威力は大きくなり、元の結界よりもはるかに広く広がったため、北の兵士は山に近寄ることさえも出来なくなってしまった。
北の兵士が侵入してきたとき、どうなるものかと見ていた村人たちは、ファーナがより強力な結界を張ったことを目の当たりにして喜んだ。
その話を聞いた全国民がモードネス家のファーナを女王として支持したのである。
その一方、王館では、国王が退位を宣言するとすぐに、ジョセが即位を宣言した。
それは予想されていたことなので、打ち合わせ通りにモードネス家のデノーテが、四家の取り決めに従って精霊の力の大きい家が王家を引き継ぐべきだと異を唱えた。
そこで元王は、四家を集めて、意見を問うことにした。
集まった四家の面々を見てジョセは愕然とした。
「な、なんだ!どうしてファーナなんだ?」
モードネス家の代表がマルセルではなく、ファーナだったからだ。
しかもファーナは峠の結界を張り直した功績を引っ提げていた。
マルセルはシバー家の代表として出席していた。
シフォン家はアスクが出席していたが、この場を仕切る宰相の宣告を受けた。
「シフォン家には”聖女の証”を持たれる女人がおられませんので、王位継承権と投票権は消滅したものと見なします。よろしいですかな?アスク殿」
精霊の力を持った者がいないシフォン家には投票権は与えられなかった。
シャンツ家として出席していたジョセにも宰相の言葉が続く。
「次にシャンツ家ですが、ジョセさまには”聖女の証”を持った後ろ盾がおられません。よって、シフォン家と同じくーー」
「これはどういうことだ!」
ジョセの叫び声が響いた。
本来ならシャンツ家の味方であるはずのエレノア元王妃やファーナ王女はマルセルの庇護を受けている。
ようやく自分の立場が悪いことを悟ったジョセは立ち上がると、その場にいたマルセルを指差して叫んだ。
「彼女にはシフォン家の血が流れているだろう」
「この中ではマルセルが一番力を持っているはずだ。それならシフォン家が王家を継ぐべきではないのか」
ファーナに王位を取られたくないばかりの意味のない発言を聞いて、ため息をついたマルセルが立ち上がってジョセを見つめた。
そして静かに話し始める。
「それを言われるなら、すでに離縁されてモードネス家に戻られてはおられますが、デノーテさまもシフォン家のお方でしたはず」
「もし、シフォン家にいただけで良いのであれば、投票権はデノーテさまにあります」
「ですが、デノーテさまもファーナ女王を支持されています」
「それにここが一番大切なことですが、私はシフォン家に引き取られはしましたが、バッセさまにはシフォン家の子として認められてはおりません」
「アスクさんもこれまでずっと、私を家族と認めることを拒否されていたはずです」
アスクが俯き、拳を握りしめる。
「私は、モードネス家に戻られたデノーテさまと親子の契りをしております」
「従って、バッセさまやデノーテさまのいないシフォン家とは何の関係もありません」
「また百歩譲って私がシフォン家の人間と認められるならば、シフォン家に王位が移るその功は、この私にあります」
「アスクさんではありません」
アスクにとってはきつい一言であったが、一瞬身を震わせただけで、何も言わなかった。
アスクの気持の中では、すでにマルセルの生き方に賛同していたからだ。
「ジョセさま、それであなたはどうされようと言うのですか」
「おい、アスク!行くぞ!」
言い返せなくなったジョセは、渋るアスクを促して部屋を出て行った。
「では、残りの二家の総意で、モードネス家のファーナを女王と決定します」
ファーナが女王になることが確定した後、モードネス家の居間でお茶を飲んでいたマルセルがファーナに言った。
「峠の結界があんなにすごいものになるとは思わなかったわ」
峠の結界石に注いだファーナとマルセルの精霊の力は、維持を止めても十年は使えるくらい大きかった。
「やはりあなたには力を使う才能があったのよ」
「力は持って無いですけどね」
「だから注意してね。一人しかいないときに精霊に願い事をしないことだわ。すぐ死んじゃうわよ」
「あら、お姉さま、私のそばを絶対離れないっておっしゃってるのね。うっとおしいわ」
「死にたいのかしらね」
「ホホホ」
そうは言っても、結界が必要無いようにしておかなければならないとマルセルは決意していた。
峠で出合った一人の精霊の言ったことが気になっていたからだ。




