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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
変わり目
57/61

口伝

「そして、シャンツ家の口伝になるがーー」

「なぜ聖女が精霊の力を得ることができたのかーーというのが本題だ」


 シャンツ家の初代聖女の名はファンドーラと言う。

 活発な娘で、いつも野山を駆けまわっていたそうだ。

 峠から見える北の景色を眺めるのが好きで、仲の良かったシバー家のエステラを誘っては峠に登っていた。

 そのころすでに北からの侵略が見られていたので、大人たちは峠に行かないよう諭していたのだが、そんな目を潜り抜けては峠に通っていた。

 ある日、エステラと一緒に峠に登って、いつものように崖の窪みに並んで腰掛け、持ってきたおやつを食べていると、目の前に全身真っ白な人が立った。

 驚いたファンドーラが叫んだ。


「誰?」


 その声にびっくりしたエステラがファンドーラが見ている方を見たが、誰もいない。


「ファンドーラ、どうしたの?」

「あなたにはこの人が見えないの?」

「ええ、誰もいないじゃない」

「私の目の錯覚なのかしら?驚かせてごめんね」


 次の日、ファンドーラが一人で峠に来た。

 崖の窪みの横に、白い人が立っていた。


ーー見えたのは本当だったんだわ


 ファンドーラは恐る恐る白い人に尋ねた。


「あなた、だあれ?」

「お前には私が見えるのか?」

「ええ」

「するとお前はシャンツ家の人間か?」

「はい、シャンツ家のファンドーラよ」

「なるほど。儂はお前の家のある丘に、元は住んでいた。だからお前も儂を感じることが出来るのだろう」


 それから時々、ファンドーラは峠を訪れ、精霊と話をするようになった。

 シャンツ家にある村は峠に近いこともあって、北からの略奪の被害が大きかった。


「ねえ、あなたの力で北から盗賊が来れないように出来ないものかしら」


 何年か経って、ファンドーラが娘になった頃、精霊に尋ねた。

 精霊の力でそれは出来るとわかっていたが、実際に人間にその力を分け与えることが出来るかどうかは、精霊もやったことも無いのでわからなかった。


「出来なくもないが、どうやればーー」


 娘は自分の命を賭けてもいいから、その力を得たいと言い、精霊の手を取った。


「お願い!」


 すると精霊から、取り合った手を通じて娘に光が流れ、二人が光に包まれた。

 これには精霊も驚き、自分に宿った力を知った娘も驚いた。


「これが精霊の力なのね」


 この不思議なことはすぐに平原に住む人々の間に広まって行った。

 そして、精霊を見ることが出来た人間たちは、見えた精霊に触ろうとした。

 夜になると平原のあちこちで光が輝き、まるで星空を見ているようになった。

 だがすぐに、精霊の力を受け入れられるだけの器を持たない人間が精霊に触れると死んでしまうとわかり、余程でないと精霊に触ろうとする者はいなくなった。

 それは精霊にとっても、生きることに飽いた精霊が人間に触れれば死ぬかもしれないという希望を知った瞬間でもあった。

 精霊たちは、人を見れば触ろうとした。

 そのために、死んだ人間も多かった。

 ただ、大きな精霊の力を持つ精霊は少なかったので、命を落とすのは精霊の方がはるかに多かった。


 大きな精霊の力を持つ精霊は平原の四つの丘に住んでいると、峠の精霊に聞いていたファンドーラは、四家の娘たちに、それぞれの住む丘で精霊を見つけるよう説得した。

 精霊が見えたなら、触れば精霊の力を受け取れるかも知れない。

 でも、失敗したら死ぬかもしれない。

 それを聞いた娘たちは、恐れることなく自分たちの住む丘で精霊を探し回り、それぞれが大きな精霊の力を得た。


「これが、シャンツ家の知る精霊の力を得た馴れ初めだ」


「だがシャンツ家も、これまでのようだ」

「ジョセはあんなだし、ファーナには残念ながら”聖女の証”が見えなかった」


「そうなると、マルセル ここからが本題だがーー」


 王はマルセルをじっと見つめた。


「儂らは、お前に王位を継いで欲しいと思っている」

「その代わりと言っては虫のいい話だが、ファーナのことをお前に頼みたい」

「ファーナが今でも乳飲み子と同じで、生まれて以来ずっとエレノアの精霊の力を吸い続けておるのは知っておろう」

「止めてしまうと、ファーナの中の精霊の力は即座に枯れてファーナは死んでしまうじゃろう」


 グーテ王の声が嗚咽で途絶えた。

 エレノア王妃が後を続ける。


「ファーナが生まれた時、私は死ぬかと思うほどの力を持って行かれました」

「それでもその力は彼女に残ることはありませんでした。ただ消えてしまったのですよ」

「それからは、うまく少しずつ与えるようにしましたが、留めることまでは出来ないようです」

「ファーナに”聖女の証”が表れなかったのは、あまりにも速い速さで精霊の力が消されて、光る間も無かったからだと思います」

「私たちの心残りはその一点にあります」

「ファーナの今後のことをお願いできませんか」


 王と王妃が話し終え、口を閉じると、マルセルが口を開いた。


「王様、ご心配なく」

「私はファーナ王女を女王にするつもりです」


 思いがけない言葉に、驚いた王と王妃がマルセルを見る。


「それは無理だろう。今こそ一番強い”聖女の証”を持つそなたが女王になるべきだ」

「そうは言われても、私は女王になるつもりは全くありません」

「それに結婚するつもりも全く無いので、私の代で終わってしまいます」

「その後、どの家が王家を継ぐと思われますか」

「どの家も難しいじゃろうな」

「お前が亡くなった後は結界が消え、北からの侵入者が増えて、この国は終わりじゃ。それはそれで新しい未来とも言えるが」

「そうです。この国を残すには、ファーナ王女だけが唯一の望みなのですよ」

「それは王妃さまもお気づきではないですか?」

「ええ、ファーナは、私がしてきたように、大きな力を与えてくれる人がそばにいさえすれば、唯一無二の存在に成り得ます」

「初代さまも、シバー家の聖女の力を借りたと聞いています」


 マルセルが、我が意を得たりとばかりに口を開く。


「ですから、それを生かせるように考えましょう」

「まずーーファーナ王女をモードネス家のデノーテさまの養女にしたいと思います」

「何と?」

「デノーテさまは今、私のお義母さまです」

「そのお義母さまが、事情がわかったうえで、ファーナ王女の乳母になっても良いとおっしゃってます」

「エレノア王妃さまには、それ以上の恩義があるからと」

「デノーテがそう言ってくれたの? あの約束を忘れないでいてくれたのね」


 約束とは、シフォン家にエレノアとファーナが滞在したときにデノーテと交わした約束のことだ。

 安堵した王妃は、そこに座り込んでしまった。


「ファーナ王女は”聖女の証”に匹敵する何かをお持ちですが、どうしたらそれが生かせるのか、まだわかっていません」

「ですが、モードネス家のデノーテお義母さま、それに私、マルセルが集うのですよ」

「私たちで結界は十分維持できますし、ファーナ王女の乳母の役目も二人で引き受けます」

「ただしーー申し訳ないのですが、モードネス家のファーナ女王となるのを認めていただきたいのです」


 ほっと、ため息をついた王が言う。


「シャンツ家はどうするつもりだ」

「ジョセ王子が継げばよろしいかと。王になる意欲だけは十分のようですから」


 素っ気なくマルセルが言う。


「残念ながら、”聖女の証”を示せない家には王家になる資格は無いというのはご存じないようですが」

「王家を継ぐ気なら、少なくとも今の結界を維持できる力を持つことが必要です」

「ジョセ王子は、そんな力を持つ娘を嫁にするか、力を持った娘を産ませるしかありません」

「私の父がやろうとしたように」

「ですが、少し遅すぎるでしょう」

「ジョセ王子も、兄のアスクも、そこに気づいていない」

「私に”聖女の証”が表れた時に、兄も私と和解していれば、シフォン家が王家を勝ち得たかも知れないのですけどね」


 王も頷く。


「ジョセとアスクの立場も逆転したかも知れんの」

「ただし、お二人とも私の僕としてですが」

「ですが、ファーナ王女がおられましたから、それもあり得なかったでしょう」


 王にはまだ理解できない。


「ファーナとて、お前にはかなわぬだろう」

「ファーナ王女は、精霊の力を持った者が周りにいれば無敵です。そんな力をお持ちのようです」

「それに先ほども申しましたように、私は女王になるつもりは全くありません」


 マルセルはいたずらっぽく笑って言った。


「皆さんの幸せを感じながら、自由に生きたいのです」

「ですから、今私がこれから進んでいこうとしている道が、皆さん全ての幸せに一番近いのではないかと確信しています」



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