継承
グーテ王とエレノア王妃が、突然倒れたと使いがあり、マルセルたちは王夫妻の元に急ぎ駆けつけた。
マルセルたちが到着するとすぐ、かねてからの申し合わせ通り、マルセルが義姉としてファーナの後見人になることが正式に決められた。
ファーナの母、エレノアは自分の命が尽きる寸前までファーナに精霊の力を注ぐことを望んでいた。
ファーナもマルセルには最後まで頼りたくないと言った。
マルセルも、二人がそういうならそれでいいと気楽に構えている。
結局、グーテ王はミッシェルとジャンヌの二人と相談して、エレノア王妃に何か異変が起きたらすぐにマルセルがファーナの庇護者になる契約をすると取り決めてあったのだ。
グーテ王とエレノア王妃はシャンツ家のベッドに並んで横たわり、静かに臨終の時を待っていた。
マルセルとジャンヌが王夫妻の枕元に呼ばれると、ファーナ王女もそこにいた。
王たちには自分たちが死に至る原因が何か、わかっているらしい。
「マルセル、儂らはもうすぐ死ぬ」
「お気を確かに」
「マルセル、なぜ儂とエレノアが共に臨終の時を迎えているか、不思議に思っているだろう」
「はい」
グーテ王はエレノア王妃を見つめて言った。
「儂らは誓いを立てたのだ。エレノアの精霊の力でーー」
「”番”として、臨終を迎える時は、いっしょにとな」
マルセルは不思議に思った。
ーー精霊の力は、そんなことも可能なのかしら。
ーー番にも精霊の力を注ぐと、精霊の力が無くなった時点で番も死ぬってことかしら。
ーーそうだとすると、エレノア王妃がファーナに精霊の力を注ぎ続けているのと同じようなものね。
息を整えたグーテ王が続ける。
「エレノアは、峠の結界石に精霊の力を注ぎ続けてきたが、その力も今尽きようとしているようだ」
「今二人がここに並んでいるということはーーそういうことだよ」
王は息を大きく吸うと、ファーナ王女に向かって言った。
「ファーナよ。お前に残っている憂いを断ち切ることは儂らでは叶わなかった。お前の未来は見えなくなりそうだった」
「それだけではない。峠の結界石に精霊の力を注ぐ者がいなくなれば、この国の存在さえも危うくなる」
「だが、マルセルのお陰で、光が見えた」
「お父さま」
「少し、マルセルだけに話をしておきたいことがある」
マルセルだけを残してファーナたちが部屋から出ていくと、王と王妃は座り直してマルセルに向かい、話し始めた。
「これから話すことはシャンツ家に伝わる口伝で、儂しか知らん。エレノアも知らんはずだ」
エレノア王妃が頷く。
「本来ならジョセに語り継ぎたいところだが、マルセル、儂はお前に語っておきたい」
「なぜ、私にでしょうか?」
「ジョセは駄目だ。それに今日、お前はファーナの義姉になったのだろう」
「この国はお前が継ぐことになるだろうからな」
「私はシャンツ家を継ぐとは言ってませんよ」
「何だと?」
「私はファーナの義姉になっただけです。シャンツ家の後継ぎはファーナです」
「ですので、ファーナとジャンヌにも知っておいて欲しいのですが」
王の顔に笑みがこぼれる。
「お前ならそう言うだろうと思った。お前たち三人は今は姉妹であったな」
「皆を呼び戻してくれんか」
マルセルが扉の向こうに待機していた二人を呼び、中に引き入れた。
「これから語るのは、ここ南の王国、サザンヒルズ国の成り立ちにシャンツ家がどう関わったのかーーだ」
「ただしこれは、シャンツ家から見た解釈によるもので、他家はどう思っているかは知らぬ」
「じゃが、他家にも似たようなものが残っておると思うぞ」
マルセルは、デノーテに閲覧を許可されたモードネス家の書斎や、シフォン家の尖塔の屋根裏部屋の書棚を思い浮かべた。
「はい、シフォン家とモードネス家には本の形で残っていました。シャンツ家は口伝という訳ですか」
「道理で、禁書の中にはそう言ったものは見当たらなかったとミッシェルさんが言ってました」
ジャンヌが納得顔で口をはさんだ。
「口伝と言うのは便利な物での。その時々の都合に合わせることが出来る」
「シャンツ家は建国以来、ずっと王家を担ってきたからの。失敗や成功を教訓にして中身を変えてきたのだ」
「いつまでも古いものにこだわる必要は無いと言うことらしい」
「他家は王家としての経験が無いからの。建国時の自分たちの想いがそのまま残されているんじゃないかと察する」
「そうですね。モードネス家は都市計画をしたかったようですし、シフォン家は農業に拘っていたみたいです」
「シバー家はーーマルセルが行こうとしないからーーどうなんでしょうね?」
ジャンヌがマルセルに視線を送りながら、しれっと言う。
「えっ、だってあそこには若いミネルバさんが居るもん!」
ぷぅっとふくれっ面をするマルセルを見て、皆が大笑いをする。
ややあって、グーテ王が語り始めた。
「さて、この国が北からの侵略者によって苦しめられてきたのは知っておろう」
北からの侵略者の行為は過酷なもので、特に峠に近い村々の惨状は筆舌に尽くしがたいものだった。
男は有無を言わさず殺され、女は犯されたあげく殺された。
子供は拉致され、侵略された村は焼き尽くされ、生き残ったのは老人だけという有り様だった。
その老人たちも一人では生活もままならずに死んでいき、後には廃墟だけが残った。
そうして、一つ、また一つと村が消えていった。
もう終わりだと皆が諦めかけたとき、突然四人の聖女が現れ、不思議な力を使って北からの侵略者を撃退した。
四人はシャンツ、シバー、モードネス、シフォン家の娘だった。
住民たちは四家に、四家が中心になって国を造り、この平原を守って欲しいと懇願した。
一つにまとまって大きな力を持たなければ、北からの侵略には耐えられないとわかっていたからだ。
四家の当主たちは集まって協議をし、二度とこんな惨状を作らないようにしようと誓い合った。
最初は、四家の館が建つ丘を中心として四つに分けて、それぞれの家の領地として防備を固めた。
最初こそそれでも良かったが、どうしても四家間で揉め事は起こるし、統制が取れない。
北からの侵略に対抗するためには、一つの家の力だけではどうにもならない。
そこで四家が集まって改めて協議した結果、精霊の力で平原を守れたのは事実であるので、精霊の力が一番強いことを示した家をこの国を束ねる王家とすることを取り決めた。
当時聖女の力が大きいと認められていたのは、今の王家のシャンツ家とモードネス家だった。
特にモードネス家の精霊の力は、どう見ても他を圧倒していたが、精霊の力が一番優れていることを皆の前で知らしめる必要があった。
四家はそれぞれの得意な方法で、聖女の力を披露することにした。
シャンツ家は自分たちが一番だとは考えていなかった。
モードネス家の”戦い”に使える力は群を抜いていたからだ。
それゆえ、モードネス家が王家となった後の、自分たちの役割について考えた。
シャンツ家の聖女は、戦いにおける防御に長けていた。”守護”の力が大きかったのである。
そこで、北からの侵略を抑えるために、国境の峠に結界を張ることにし、シャンツ家の聖女の力をそこに注いだ。
これは見た目は全く地味だったので、その成果を誰も知ることができなかった。
実際には、この時張られた結界のお陰で、多くの侵略者、盗賊の侵入を今日なお阻んでいる。
シバー家は”祝福”の力が強かった。
シフォン家は”癒し”の力を持っていた。
両家とも、他の聖女に協力することで精霊の力を生かすことが出来た。
あまりにも地味過ぎる他の三家の精霊の力を見て、モードネス家の当主は自分が王になることを確信した。
モードネス家の聖女の力は、”戦い”に長けていたからである。
確信を持った当主は、王になった後のことを考えて、自分の屋敷を王城に仕立てて、王都の地割を進めて行った。
そんな中でモードネス家の当主は閃いた。
ーー子孫のために、永久に王国に君臨したという証として立派な墓所を造ろうではないか。
ーーそこには初代から未来永劫の国王とその家族分の墓地を用意してやろう。
当主はモードネス家の聖女にそれを願い、聖女は父の願いを受け入れて、精霊に頼んで今ある墓所を造り上げた。
墓所の管理者の鍵が必要だと精霊から言われた聖女は、言われるままに墓所の鍵を作った。
鍵に聖女の名を管理者として刻み込むと、聖女の力は日ごとに弱くなっていた。
そしてとうとう、モードネス家の聖女の持つ精霊の力はシャンツ家のそれ以下になってしまった。
これではもう、王家になることは叶わず、王都造りなど続けられない。
当主は精霊に自分の持つ一切の資料を封印させた。
自分の欲の為に聖女の力を使い果たしたモードネス家と、国境に結界を張ったシャンツ家を比べて、国民はシャンツ家を王にすることを選んだ。
シャンツ家の国王は自分たちの国をサザンヒルズ国として立ち上げることを宣言した。
そのシャンツ家さえも、代を重ねるごとに聖女の力が薄れていき、王と王妃が支え合って、ようやく結界を維持できていたのである。
ここで王か王妃のいずれが亡くなっても、この国の結界は崩れてしまうのだ。
それに危機感を持った歴代の王は、”聖女の証”を持つ娘を見つけるための検定式を開催してきたのである。
「これがこの国に誰もが知っている歴史だ。ほかの三家に残っている歴史書にも同じことが書かれていると思う」
「シャンツ家はこの国をサザンヒルズ国と命名したが、他の四家はそれを良しとはしなかった」
「自分たちが王家を継いだ時にその名を使うことを嫌がったのだ。最初はどの家も野心に満ちていたからな」
「よって、これまでこの国は”南の国”と呼ばれてきた」




