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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
変わり目
54/61

本意

 バッセの葬儀も済み、ようやく時間が取れるようになったデノーテは、バッセから譲り受けた文箱を前にして、どうしたものかと迷っていた。


ーーもしかすると、マルセルの処遇について何か書いてあるかも知れない。

ーーこれを開けたら、私は良いとしても、アスクの運命まで決まってしまうかも知れない。

ーーでも、バッセは当主はアスクだと言ってた。


 意を決したデノーテは、震える手で蓋を開けた。

 中に入っていたのは手紙の束だった。バッセが書いた手紙の写しも入っていた。

 デノーテとバッセの間で交わした手紙を見つけた時には、デノーテも顔を赤くして、若かったころに思いを馳せた。

 親同士の取り決めた結婚とは言え、デノーテもバッセも、最初から好き合っていたからである。

 デノーテの父とバッセが交わした手紙の束も入っていた。

 その中に、モードネス家の問題について語りあっている手紙があった。

 それらを読んでいくうち、一つの書簡を前にしたデノーテの目に涙が溢れた。

 バッセとデノーテが結婚し、アスクが生まれて間もない頃に書かれた、デノーテの父からの手紙だった。



 デノーテの父からの手紙を呼んだバッセは、馬を飛ばしてモードネス家を訪ねた。


「お義父さん、あの手紙はどういうことでしょうか」


 モードネス家の書斎に、まだ若かったバッセが息を切らして入って来た。


「おお、バッセ君か。実は君に打ち明けておかねばならんことがある」


 机の上に開いてあった古い本を指差して、義父は言った。


「まずは、ここを見てくれないか」


 バッセが義父の指差したところには”モードネス家の呪い”と書かれていた。


「”モードネス家の呪い”とは何のことですか」

「この本は、モードネス家の三代目が書いたものでね」

「モードネス家には以前から、ー”聖女の証”を持つ女は若くして死ぬーという言い伝えがあったのだがーー」

「これまで何のことだかわからなかった」

「どうやら初代が造った墓所が関係しているらしいとは、誰もが感じていたがーー」

「モードネス家から嫁にやった娘やその子、その孫に至るまで、生まれた女の子は皆、若くして死んでいることに三代目が気づいたのだ」

「そしてそれを、”モードネス家の呪い”と書き残しておられる」

「それを見た私は気になって、モードネス家につながる人間の寿命を調べてみたのだ」


 一枚の紙を机のうえから摘み上げ、バッセに渡した。

 それには家系図のように書かれた名簿で、死亡者には✖印と数字が書かれていた。

 数字は死亡時の年齢だろう。


「驚いたことに、モードネス家と血のつながる娘は皆、若くして死んでおった。長寿を全うした娘はおらんのだよ」


 バッセが確認すると、確かにデノーテ以外の女の人にはすべて✖印がついていた。

 義父が一人の娘の名前を指差した。


「この娘などは曾祖母にモードネス家の血が流れていただけの、モードネス家とはほとんど縁のない家の娘だ」

「モードネス家には今は親族と言える者がいない。デノーテだけが唯一血のつながった子なのも、これでわかった気がする」

「デノーテが君と結婚してアスクがを生んだことで、アスクもモードネス家の血を受け継ぐことになる」

「わかるか、デノーテと血のつながる子供や、その子孫は皆、モードネス家と同じ運命を辿るということだ」


 義父はバッセの目を覗き込んだ。

 バッセには義父の言いたいことがわかって震えた。


「シフォン家を残したいなら、別の血を入れるしかない。今のままでは、シフォン家まで終わってしまうぞ」

「たとえデノーテがモードネス家を継いでいたとしても、その先は無かった」

「万が一にも、デノーテがシフォン家に残っているうちに王夫妻が死去したらーー」

「今のシャンツ家の跡取りには未だ精霊の力は得られていない」

「シバー家も跡取りがいない。モードネス家も儂で終わりだ」

「となると、デノーテだけが”聖女の証”を持つことになり、次の王家はシフォン家のものとなるかも知れない」

「だが、それもデノーテが生きている間だけのことであって、死んだ後はーーその時にアスクが嫁を貰っていたとしてもーーよほど力の強い娘でなければ、その嫁は瞬時に死んでしまうだろう」

「子供さえも残せなくなる」

「その時点でシフォン家も終わりだ。同時にこの四家で支えて来た王国も終わることになる」

「それが嫌なら、”聖女の証”を持った、モードネス家の血の入っていない娘に子供を産ませて、シフォン家を継がせれるしかない」

「そうすれば、シフォン家は王家になれる可能性が高くなる。この国も残る」

「でも、それだと、デノーテとアスクはどうなるのですか」

「デノーテとアスクは私の可愛い娘と孫だ。不幸にだけはしたくない」

「たとえその生涯が短かったにしても、二人には幸せに生きて欲しいのだ」

「だから、もうモードネス家の負債の肩代わりは止めて、代わりにデノーテとアスクの生活を最後まで支えてくれないだろうか」

「よろしいのですか。それではモードネス家は間違いなく廃れてしまいますよ」

「構わん。今も言ったように、いずれにしてもモードネス家は廃れる運命なのだ」

「呪いを解くことは出来ないのでしょうか」

「何がどうなっているのかさえ見当がつかんのだ」

「もし、書かれているように、墓所を造ったのが原因なら、墓所を壊せばいいのかも知れない」

「だがあそこの管理は、死んだ私の妻から、すでにデノーテに引き継がれている」

「そんなことをしたら、デノーテがどうなるかわからん。それより、デノーテを幸せに静かに暮らさせてやりたい」

「とにかく、これ以上モードネス家に肩入れして、シフォン家まで潰すようなことはしてくれるな」

「デノーテのためにも、アスクのためにも」


 確かに、モードネス家の負債をシフォン家が肩代わりする代わりに、デノーテがシフォン家のバッセに嫁入りし、”聖女の証”を持った女の子を生むという目論見が両家にあった。

 だから自分たちの想いとは関係なく、実家を助け、婚家に”聖女の証”を持つ女の子を生すのが使命だったと、デノーテはそう思っていた。

 一人でも女の子を授かれば、その後、離婚してモードネス家の娘として婿をとれば、モードネス家にも女の子が産まれる可能性があると思っていた。

 だが、デノーテの父の方からバッセに対して、モードネス家の負債を放棄しろと言っている。

 それに対するバッセの承諾の返信の写しもあった。


 バッセがデノーテに、つい漏らしてしまった”モードネス家の呪い”の意味が、ようやくデノーテにも飲み込めた。

 デノーテにも、デノーテの血を引く娘にも科せられる”モードネス家の呪い”は、その娘を短命に終わらせてしまう。

 つまり、モードネス家の血を継いだ一族には、全て”モードネス家の呪い”が広がるのである。

 それがわかったデノーテの父が、バッセにモードネス家への援助を止めるように言ってきたのだ。

 その代わり、デノーテやアスクが生きている間は二人を不幸にはしてくれるなと。


 バッセがモードネス家を援助し続けたら、シフォン家にもさほどの資産は無いので、おそらく両家は共倒れになってしまう。

 そうなれば、デノーテやアスクの未来はどうなるか見えている。

 いずれにしろ、一人娘が嫁に行った時点で、モードネス家の将来は無かったのだ。

 あえて娘の婚家にまで負担をかける必要は無い。

 そう考えたデノーテの父は、バッセにモードネス家の負債を肩代わりするのは止めるよう、手紙に書いてきたのだった。


 バッセは、シフォン家代々の思いと、モードネス家の義父の言葉の中で、もがき苦しんでいたのだ。

 マルセルを認知することはシフォン家にとっては願ったりだが、確実にデノーテやアスクを苦しめることになる。

 バッセは愛するデノーテとアスクを悲しませることは絶対にしたくなかった。

 それはデノーテの父の願いでもある。

 かと言って、シフォン家当主として、王位継承権を引き継ぐのは自分の使命であり、マルセルを認知しさえすれば、それは間違いなく達せられた。

 それはバッセの父の願いであった。

 どうするか決めかねて悩んでいるうちに、マルセルはバッセの手を離れて行ってしまった。


 王位継承権を引き継ぐためには、新たに”聖女の証”を持つ娘に女の子を産ませるしかない。

 もし女の子が生まれて、光りでもしたら、シフォン家の子として認めればいい。

 だが、そうなれば、デノーテとアスクはーー。

 バッセの心の中はその堂々巡りであった。そして少しずつ、心が病んできた。

 死を目前にして、ようやく自分を取り戻したが、その時彼の心にあったのは愛するデノーテとその子のアスクだったのだ。


 デノーテは、結婚以来バッセが苦しみ続けていたことを初めて知った。

 しかもそれは、モードネス家の血を継ぐ自分とアスクのせいだった。


 デノーテははっと気がついた。

 モードネス家の墓所の管理を今はマルセルに引き継いでもらっている。

 マルセルに愛を注ぐつもりで、ミネルバに倣って、自分もそこに入りたいからと言って軽く頼んでしまった。

 無論、”モードネス家の呪い”を知っていたわけではない。

 それでもこのままにしておいたら、マルセルにも大きな負担になるーー死ぬかもしれない。

 マルセルに対して、死ぬかも知れないような仕打ちを二度もやってしまったと気づいたのだ。


 デノーテはすぐにマルセルの所に行き、バッセの手紙の内容を伝えた。

 知らなかったとは言え、マルセルをその”呪い”の中に巻き込んでしまったことを詫び、泣き崩れた。


「こんなつもりじゃなかったの。あなたに母としての愛を注ぎたかっただけなのに」


 マルセルはデノーテの肩を抱き、立ち上がらせると言った。


「お義母さま、私のことでそんなに自分をお責めにならないでください。それはお義母さまも含めてアスクさんにとっても、大きな”呪い”なんですから」

「むしろ、”呪い”の正体がはっきりしたので、打つ手も考えることが出来るようになりました」

「今では、モードネス家もシャンツ家もシフォン家もシバー家も私に関係がありますからね」

「私が生きているうちに何とかしますので、安心していてください」

「私が言ったことは何でも叶うと、街の皆さんが言っているのはご存じでしょう」


 すこしお道化た様子でマルセルが口にする。

 デノーテはマルセルに抱きついた。


「マルセル、私の娘、可愛い娘、頼れる娘 あなたの義母になれて、本当に良かった」


 泣き続けるデノーテの背中をマルセルはずっと撫で続けていた。




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