バッセの死
シフォン家の主であるバッセは、物心ついた頃から彼の父がバッセを”聖女の証”を持つ娘と結婚させようとしていることを知っていた。
父は、王位継承権を保持したまま家を継いでいくという、代々の巌とした使命を抱えていたのだ。
だからこそ、本来なら不可能であったモードネス家のデノーテを嫁に迎える代わりに、モードネス家に多額の財を注ぐことを惜しまなかったのである。
「バッセ、お前にモードネス家のデノーテが嫁に来るのが決まった」
「本当ですか!ありがとうございます。父上!」
「必ず女の子を授かるのだ。それが儂への礼と思いなさい」
「はい、必ず王位継承権は維持して見せます」
「頼んだぞ」
王宮の舞踏会で一目見た時からデノーテを見初めていたバッセは、不可能と思われていた結婚まで話を進めてくれた父に感謝した。
そして自らも、父のようにシフォン家を王位継承権を保持したまま次の世代に渡すことが自分の使命だと考えるようになっていた。
モードネス家も、王位継承に絡む多額の負債のために、家の存続自体が危ういところまで来ていたので、シフォン家の支援と引き換えにデノーテを嫁に出すことに同意せざるを得なかった。
幸いにも、デノーテもバッセに好意を持っていたので、バッセとの婚姻は問題なく進めることが出来た。
ただ、デノーテとバッセの間には男の子のアスクしか産まれなかった。
そんな中、父の死によりシフォン家の当主となったバッセは、どういう訳かモードネス家への支援を打ち切ってしまう。
その結果、モードネス家は廃家となり、デノーテには何があったとしても戻る場所が無くなってしまったのである。
しばらくして、バッセが”聖女の証”を持つ娘を欲していることは国中が知ることになった。
デノーテが”聖女の証”を持つ娘を生まなかったから、その腹いせをしているのだろうと巷の噂になった。
そんな屈辱の中にいても、アスクに”聖女の証”を持つ娘を嫁に迎えさえすれば、シフォン家の王位継承権は保持できるとの思いで、デノーテはアスクに自分の行く末を賭けてきたのだ。
それにもかかわらず当主のバッセは、”聖女の証”を持つ女の子が、デノーテやアスクとは血のつながらない自分の子として生まれることを欲した。
そのためにバッセは国中を廻り、ミネルバの他にも何人かの娘と交わり始めていた。
当然女の子も生まれたが、生まれた時に光が舞わなかったという理由だけで、五歳の聖女認定を待たずに追い返していた。
そばでそれをずっと見ていたアスクも、分別の出来る歳になると、さすがにマルセルの置かれた境遇がどんなものだったかを悟ることが出来た。
そんな中で生き抜いたマルセルと、それを支えてきたジャンヌにも深い敬意を抱くようにもなっていた。
マルセルを実子として認めるよう父を諫めもしたが、バッセは聞く耳を持たなかったのだ。
結局、バッセの希望に叶っていたはずのマルセルも、バッセの愛するデノーテも、しかもどちらも強い”聖女の証”を持つ者なのに、皆バッセの元を去ることになってしまったのである。
バッセの臨終が近くなった時、バッセはアスクにデノーテを呼ぶように言いつけた。
知らせを受けたデノーテは、マルセルとジャンヌに声を掛けて、一緒にシフォン家の屋敷を訪れたが、呼ぶまでは待つようにと、二人を部屋の外に待たせて部屋に入った。
マルセルにとってバッセは実の父なので、最後こそは実の子として声が掛かるかも知れないと思ったのである。
アスクにとっては不運だけれども、バッセやその父の願い通り、シフォン家が王位継承権を保持できるチャンスでもあった。
ところがバッセは、”聖女の証”を持った女の子が生まれなかったことだけを、デノーテを前にして悔やみ続けた。
デノーテはただ目を伏せてそれを聞きながら、言いたくて仕方なかった。
ーー旦那さま、マルセルを実子と認めさえすれば、あなたの願いは叶うのですよーー
ーーでもそうなると、私のアスクはーー
デノーテの目から涙が溢れた。
急に静けさが訪れた。
驚いたデノーテがバッセの方を見ると、バッセがじっとデノーテを見つめていた。
「どうなされました?」
「心配するな。お前の子のアスクがシフォン家の当主だ」
荒い息の下で消え入るような声でそう言うと、バッセは力の無くなった震える手で、部屋の隅のテーブルを指差した。
その上には、バッセの使っていた文箱があった。
デノーテは立ち上がり、テーブルの上から文箱を持ってくると、バッセは力なく言った。
「それをお前にやる」
「私に? ーーいただけるのですか?」
バッセは何も答えなかったが、その目から涙が流れた。
デノーテはその目に若い時の、自分を愛してくれていた頃のバッセを見た。
ーー正気を取り戻したのね。
デノーテはバッセの手を取り、耳元で囁いた。
「お疲れでした。私はまだやることがあるようなので、もう少しだけ待っていてくださいね。」
バッセが安心したようにうなずき、息を一つ長く吐くと、二度と息をすることは無かった。
デノーテはしばらくそのままバッセを見つめていたが、立ち上がってドアを開け、そこに立っていたマルセルに声を掛けた。
「ごめんなさいね。バッセは最後まであなたを認めなかったわ」
「でも、親子には間違いないのだから、会ってやってちょうだい」
そう言って、マルセルを部屋に呼び入れた。
生まれて初めて間近に見た父は、もうマルセルに話しかけることは無かったが、マルセルは父の顔にどこか安堵した表情を見た。
”聖女の証”なんてものが無かったら、バッセさまはもっと自由な生き方が出来ただろうにとマルセルは思った。
ーー精霊の力なんて無くてもいい世の中にすべきじゃないだろうか。
ーー私に精霊の力がある限り、そうなるように努力していかないといけない。
それに、精霊の力は良いことばかりではないと実感し始めていた。
モードネス家の墓所の鍵を作った頃から、日に日にマルセルの身体から何かが消えていくような感覚に襲われていたからである。




