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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
変わり目
52/54

ミネルバ

 さらに、マルセルが生まれる一年前に遡る。


 シフォン家の領地にあるケトゥ村に、一目で貴族が乗っているとわかる馬車がやってきた。

 馬車は一軒の家の前で停まり、一人の男が降りて来ると躊躇無く、その家の扉を叩いた。


「どなた?」


 中から女の声がした。


「私はこの辺りの領主、シフォン家のバッセだ」


 扉が開くと、バッセはツカツカと中に入っていき、目の前にいた女に問うた。


「娘、お前は”聖女の証”を持っているらしいな」

「へぇ、そんなこと、どこで聞いたのかしら」

「ジャックスだ。お前が口を滑らせたらしいじゃないか」

「ジャックス? ああ、酒場での話かぁ」


 女は頭を掻いた。

 観念したらしい女は、じっとバッセを睨みつける。


「それで?」

「お前位の歳で”聖女の証”を持っていたのは、シバー家のミネルバだけだったと聞く。ミネルバは今、失踪中だそうだ」


 そう言うと、バッセはじっとミネルバの様子を窺う。


「お前がそのミネルバじゃないのか」


 ミネルバは逃げ道は無いと悟った。

 観念して、つっけんどんに言葉を返す。


「私がミネルバだったら、何だと言うのさ?」

「私の子供を産め」

「あきれた! あんた、奥さんがいるんでしょうに」

「妻は男しか生まなかった」

「後継ぎがいるなら、もう安泰じゃないの」

「女の子が欲しいのだ。それも生まれた時に”聖女の証”を持っていると、はっきりわかっている子だ」


 ミネルバの眼が一瞬泳いだが、バッセは気づかなかった。

 一呼吸おいて、ミネルバが聞いた。


「なぜ?」

「シフォン家の存続のためだ。王位継承権を確実に残しておきたいのだ」

「金ならいくらでも出す」


 ミネルバは考えた。


ーーこの男、もう私の素性を全部調べ上げてるんでしょうね。拒否すれば、きっと私の出自をしゃべるつもりだわ。

ーーシバー家に知られたら、私はここにいられなくなるかも知れない。いえ、知られるのは嫌だわ。

ーーいっそのこと、言うことを聞いておいた方が、私の夢も叶えられるかも知れない。その方が一石二鳥かもね。


 ミネルバの顔が商売人のそれになった。


「わかった。生んであげてもいいわ。でもねーー私、お店が出したいの」

「買ってやる」

「それと一生の生活費も欲しいわ。全部前払いでね」

「そうしよう」

「でも、私の出自をしゃべったら、あんたがやろうとしてること、私もバラすからね」

「わかった。よろしく頼む」


 そう言うと、バッセが服を脱ぎ始めた。


「えっ、今から?」

「早いほどいい」

「先に、出すものを出しなさいよ」

「約束は必ず守る」

「扉くらい、閉めさせてよッ」


 しばらくして、シャツを着ながらバッセが言った。


「金は間違いなく後から届ける」

「子供が生まれたら?」

「一歳になったら知らせてくれれば、間違いなく引き取る」

「男の子だったら?」

「引き取れと言うなら、引き取る」

「わかったわ、楽しみにしておいて」


 それから二年近く経って、ミネルバの世話をしていた娘が、子供が一歳になったとバッセに知らせて来た。

 部屋に入って来たバッセに、ミネルバはどうだと言わんばかりに言った。


「女の子よ。良かったわね」


 ところがバッセは思いもよらないことを聞いた。


「光ったのか?」

「えっ、何が?」


 ミネルバがとぼける。


「生まれた時、光の粉が舞ったのかと言っている」

「わからないわ。私はそれどころじゃなかったもの。この子に聞いてみれば?」


 バッセは、そばにいたミネルバの世話をしている娘に向かって意気込んで聞いた。


「どうだったんだ?」


 娘はちらちらとミネルバの方を見る。

 バッセの陰で口に指を当てているミネルバが見えた。


「さあ、一年前の事ですしーー」

「特には光らなかったとは思いますがーー」


 と、返してくる。


「ダメか」


 バッセはさも残念そうに肩を落とした。


「気を落とさないでよ。女の子だったんだから。それに”聖女の証”は五歳の鑑定を受けないとわからないじゃない」

「四年先では遅いかもしれないのだ。ともかく後で迎えに来る」


 肩を落として部屋を出て行くバッセの足音が聞こえなくなると、ミネルバは、小さな声でメイドに言った。


「ありがとう、黙っててくれて。本当はね、この子は生まれると同時に、私の精霊の力を吸い始めたのよ」

「今だって、おっぱいをあげてると精霊の力もいっしょに吸ってるし」

「でも光らなかったですよね?」


 マルセルが生まれたとき、この娘も立ち会っているが、光ったという記憶は無かった。


「なぜかはわからないわ。でもこのままいっしょにいると、私はこの子に殺されちゃうかもしれない。可愛そうだけど、早めに乳離れさせて、バッセに引き取ってもらうしかないわ」

「でもそれじゃあ、お母さんの愛がこの子に伝わらないじゃないですか。私も孤児だったですから、娘さんの気持ちがどうなるか、よくわかるんです」

「でも、あなたは、すごくちゃんと育っているじゃない」

「育てのお母さんがとても良い人で、他の兄弟と分け隔てなく育ててくれましたから」


 ミネルバはしばらく考えていた。


「わかったわ。私、この子に”祝福”を与えておきましょう」

「”祝福”ですか?」

「我が家に昔から伝えられている精霊の力の使い道よ。ただの伝説だと思っていたけど、試してみるわ」


 その後、ミネルバは別の村の若者と結婚し、双子の姉弟が生まれたらしいが、その後の消息まではわからなかった。

 証言した娘も、その後は知らないと口をつぐんでいた。




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