予感
マルセルがまだ”聖女の証”を得ていない頃のことーー
マルセルとジャンヌが食事をしながら、他愛もないおしゃべりをしていた。
「ねえ、ジャンヌ ジャンヌのお母さんはどんな人なの?」
「うーん、まあ、普通の母ですよ。料理が得意ですね。特に野菜スープが美味しいです」
「それでジャンヌも料理が得意なのね。ジャンヌの野菜スープは私も好きよ」
「母の味を継いだってことですかね」
「いいわね、私は母の味なんて知らないものね。ジャンヌのこのスープが私の母の味ってことかな」
ーーやはり、本当のお母さんが気になるのかしら。
「マルセルさまは、お母さんを全く覚えていないのですか?」
「うん、おっぱいを飲んだ記憶は少しだけあるけど、すぐに心地良くなって寝ちゃってたからなあ」
「でもね、今でもすぐそばにお母さんがいるような気がして、すごく安心してるんだ。顔も覚えてないのにね」
それを聞いたジャンヌは、言おうかどうか迷っていたが、意を決して打ち明けた。
「実はですね。マルセルさまは寝ている時にボゥッと光っている時があるんですよ。そんなときは、すごく満足そうな笑顔で寝てらした」
「私は、お母さんの夢でもご覧になっているのかと思ってました」
「へぇ、そうなんだ」
ジャンヌは不思議に思っていた。
マルセルが一歳の時から面倒を見て来たけれど、その間に母を恋しがって泣いたことは一度も無かった。
母のことを聞いてくることも無かった。
聞き分けの良い子で、幼かったジャンヌでも十分に世話が出来た。
自分が家にいた時には、兄姉と暮らしているだけで疲れ果ててしまっていたのに。
そんなある日、庭で花の手入れをしていたマルセルが、部屋で編み物をしていたジャンヌの所に駆け込んできた。
「ジャンヌ」
マルセルを見ると、両目から大粒の涙をポロポロと流している。
「どうされたんですか?」
何があったのかと驚いたジャンヌが問うと、マルセルが泣きじゃくりながら訴えてくる。
「わからない。わからないけど、すごく悲しい」
「すごく大事なものが一つ消えてーー無くなってしまったような」
ジャンヌはマルセルをそっと抱きしめて囁いた。
「大丈夫ですよ。これからもずっと、私がマルセルさまをお守りしますから」
「ありがとう。ジャンヌ」
その後もしばらく、マルセルは涙を流し続けていたが、ジャンヌに抱きしめられていると、徐々に落ち着きを取り戻した。
「もう、大丈夫よ。ジャンヌ」
抱いていた手を緩め、ジャンヌが言う。
「何か異変でもあったのでしょうか?」
「すごく親しく思っていた人が、どこか遠くに行ってしまったような感覚だったわ」
マルセルがそう応じた。
マルセルのその物言いが元に戻って、むしろ大人びているのを感じたジャンヌはホッとして、お茶の準備を始めた。
「お茶にしましょう。まだクッキーも残っていますよ」
「わぁ、やったー」
クッキーを食べ始めたマルセルを見ながら、ジャンヌは考えた。
ーーさっきのあのマルセルさまの取り乱し様は何だったのかしら? 何か、遠くで起きた不幸でも、感知されたのかな。
ーーマルセルさまは寝ている時に光ることがあった。精霊の加護なんだろうと思っていたけど、そうでは無かったみたい。
ーー光が収まった後の満ち足りた表情は、私の母が妹や弟を寝かしつけた後の寝姿に似ていた。まるでお母さんにあやされていたようだった。
ーーもしかして、マルセルさまのお母さんに何かあったのかも知れない。
気にはなっても、ジャンヌにはどう調べていいか見当もつかなかった。
そこで、マルセルに日頃の自分の疑問を話してみたのだ。
マルセルはじっと聞いていたが、聞き終わっても冷静だった。
「そうかも知れないわ。あの後、私はまるで親離れしたような気持になったわ」
「今までお母さんは常にそばにいると思っていたけど、今は、ただ懐かしいという気持ちに変わっている」
「でも、どこにいるのかわからないから、探しようが無いわね」
「バッセさまに聞いてみれば、はっきりするのでしょうけど。このところ、お屋敷には戻られていないみたいですし」
「いいわよ、わかる時にはわかるでしょう」




